北郷一刀の奮闘記 第九話
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「おう、戻ってきたか。」

 

先生に別れを告げ再び店へと戻る。

店主は、腕を組んで店前に仁王立ちをしていた。

 

「済みません。遅くなりました。」

 

「いやァ、別に気にすることじゃねェ。それより、水鏡先生は元気にしているか?」

 

「ええ、特に問題は無さそうです。元気にしていますよ。」

 

でも、昨日あったばかりだと思いますが……。

店主へと言葉を続ける。

彼は、昨日のことなど知るかと、そう言わんばかりに笑った。

 

「まァ、こういうモンは挨拶と一緒だ。最後にいつ会ったかなんて、どうでもいいんだよ。」

 

店主は、身を翻し店内へと歩を進めていく。

俺は遅れないようにと彼の後を追った。

 

母ちゃんが首を長くしてんだ。

 

人懐っこい笑みを見せる彼に、今までと違う印象を受ける。

破落戸かとも思えた顔つきは、柔和なものへと変わり。踏み出す足は、小気味の良い拍子を鳴らす。

心なしか、その歩調も速く思えてくる。

 

やはり、何だかんだと言っても、仲の良い夫婦なのだ。

 

前を歩く、男の背中が先程よりも広く、そして大きく見えた。

 

 

「あぁ、待ってたよ。」

 

店内の更に奥。

夫婦の居住区である居間に、奥さんが座っている。

 

「さぁ、飯にしようぜ。母ちゃん、ウチで一等の酒を出してくれ。」

 

「何言ってんだい。ウチにあるモンは全部安酒じゃないか。」

 

「だからなぁ。昼間にも言ったじゃねェか。こういう時ちゅうのはなぁ……。」

 

「はいはい、黙って持ってくりゃいいんだろ?アンタこそ、つまらない見栄を張るなって、一体何度言えばわかるんだい。」

 

「男なんてのは、見栄張ってナンボの((生き物|いきもン))なんだよ。」

 

そう言って店主は肩を揺らす。

やれやれ、といった声が彼女の口から漏れた。

 

「さァて、ウチの宿六は放っておいて。元直さん、こっちに座ってゆっくりしてな。直ぐに準備しちゃうからね。」

 

酷ェじゃねぇか、母ちゃん……。

 

ぼやき声を上げる亭主には目もくれず、彼女は奥へと消えていった。

 

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「さァ、遠慮せずにどんどん食ってくれや。」

 

とくとくと手元の杯に酒を注ぎながら、店主が言う。

 

「アンタは何もやってないじゃないか……。」

 

奥さんが不満気に漏らすも、ぐいと、酒を煽る彼には既に聞こえていないようである。

 

「ま、アレの言うように遠慮なんかはしなくていいからね。好きなだけ食べて頂戴。」

 

そう言われ、卓の上に並ぶ料理へと目を向ける。

大皿に盛られた野菜と肉の炒め物。椀には、鶏肉と卵のスープが注がれ白い湯気を上げている。

そして白米。米の一粒一粒が仄かに輝きを放つ。銀シャリとは本当に上手く言ったものだ。

粥も悪くない。悪くないのだが、やはり、日本人としては、炊きたてそのままのご飯が食べたいのである。

その傍らには、白い磁器になみなみと注がれた酒が――。酒?

 

どういう訳かを尋ねるように、店主へと視線を向ける。

彼は、持っていた杯を、笑いながら傾けた。

どうやら飲めということらしい。

 

未成年なんだけどなァ。

 

酒に興味が無い訳では無い。しかし、いざ飲めと言われると、どうにも尻込みしてしまう。

それ程までに、二十年近くに渡り築かれてきた意識というものは、崩し難くあった。

 

ごくりと、固唾を呑んで、卓上の酒を見やる。

 

「何だ、酒は初めてか?」

 

「はい。……中々、機会がなかったもので。」

 

そんなに、気負うモンじゃねェ。

店主は、少しだけ、困ったような笑みを浮かべた。

 

「酒は、人生の友だ。隣の母ちゃんなんかよりも、ずっと長い間付き合いだ。

 堅ッ苦しく飲んだって、いいことなんかありゃしねェ。水でも飲むみてェに、ぐいとやんな。」

 

そう、言葉を続け、彼は杯を煽る。

 

本当に、美味しそうに飲む人だ。

 

思わず手元の磁器を覗きこむ。

白く濁った水面は、静かに揺れていた。そこから、ツンとした匂いが発せられ、鼻孔に届く。

卓に並べられた、他の料理の香りと入り混じり、不思議と堪えなきれなくなる。

そのまま、ゆっくりと手を伸ばす。杯は、ひんやりとして心地が良く、それがまた好奇心に揺れる心を擽った。

ちびり、と舐める。

見た目ほど度数は高くはない。

続けて、少しずつ注ぎ込む。

辛味の効いた酒が舌を刺激する。

濃厚な香りが、ふんわりと広がり。浮き上がるようにして、脳味噌を侵してゆく。

 

何だか、気分が良くなって来た。

 

ぼんやりとした視界の端に、満足気に笑う、男の顔があった。

 

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「だから、それがいけねェンだ。」

 

料理は粗方片付き、卓上には空になった瓶子が、三本、転がっている。

 

「何だい、その、鄭さんってのは。堅ッ苦しくて仕様がねェ。背中の辺りがムズ痒くなってくらァ。」

 

「はぁ。」

 

気の抜けたような声で返す。

どうやら、彼は鄭さんと呼ばれたのが気に召さなかったらしい。

しかし、そんな事を言われても、こちらは困ってしまう。

 

「じゃあ、何と呼べばいいんでしょう?」

 

「そうだな……。」

 

むむむと、唸ったきり、彼は黙りこんでしまった。

待てども待てども、一文字に結ばれた口は、縫い付けられたかのようにぴくりともしない。

代わるように、奥さんが口を開いた。

 

「ッたく、本当にどう仕様もないねェ、この人は。」

 

呆れたのか、はァ、と溜息を溢す。

 

「相変わらず、考えなしで口を開くんだから。まァ、他人行儀な気がするってのは否定しないけどねぇ。」

 

彼女は、亭主の方へと視線を移す。

つられるようにして、そちらへと目を向ける。

 

黙りと、まだ考えているのかと思えば、彼の肩は規則正しく上下していた。

 

やれやれ、といったふうに奥さんは息をつく。

 

「ホラ、アンタ、寝るなら部屋に戻ってからにしな。こんな所で寝られたら、いつになっても卓の上が片付かないじゃないか。」

 

何度か、体を揺するも、彼は起きる気配がない。

幸せそうに、空になった瓶子を、何本も抱え込んだまま寝息を立てている。

 

「もう、本ッ当に、呆れた人だよ……。元直さん、悪いんだけど……。」

 

「はい。運ぶの、手伝います。」

 

席を立って、彼の左側へと周り、肩を貸す。

 

「ホラ、起きな。」

 

奥さんが、彼の右頬を軽く張る。

ぺちんと、乾いた音がした。

目を覚ました店主が、きょろきょろと辺りを忙しなく見渡す。

 

「何でェい、お前ら、寄って集って……。」

「アンタが、こんなトコで寝ちまうから、これから部屋まで運ぶんだよ。ホラ、さっさと立った立った。」

 

どうやら、目は覚めても酔いまでは覚めていないようだ。

 

おおゥ、と声を漏らし、がたがたと椅子を体に引っ掛けながら、漸くといった風情で立ち上がる。

その際に踏まれた右足が酷く痛んだが、こればかりはどう仕様もない。

よろよろ、ふらふらとしながらも、一歩ずつ歩みを進めていく。

俺と、店主との身長差は大きく、彼は、半ば引き摺られるようにして歩いていた。

 

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「あーッと、何だっけかな?」

 

「何だい、アンタ。生憎、酔っぱらいに貸すような耳は持ってないよ。」

 

「うるせいやい。さっきの、さっきのがここまで出かかってンだ。」

 

「さっきの、じゃあ一体何のことだか分かりゃしないよ。

 口動かす前に、足を動かしてくんな。アンタ、体ばっかりでかくなって重いんだから。」

 

彼女の言う通りであった。上背がある分、彼の体は重い。正直、支えるので精一杯なのだ。

 

「わーッてるよ。……もう、ちぃいとのトコなんだがなァ。」

 

彼の言う、さっきの事も気にはなる所だが、自分に口を開く余裕はない。足元も覚束ない。

それに対し、奥さんの足取りは確りとしたもので、あの細い体の何処にそれだけの力があるのか不思議なものである。

曲りなりとも、鍛えていた身としては、自信の無くなる光景であった。

 

「あァ、思い出した。」

 

店主が叫ぶ。

 

「場所を考えとくれよ。人の耳元で大声なんか出して。」

 

彼女が、何度目かも分からぬ、溜息をつく。

 

「悪かったよォ。でも、ようやっと、さっきの事を思い出したんだよ。」

 

「だから、それじゃあ、何の事だか分かんないって言ってるじゃないか。話の分からない人だねェ。」

 

「さっきのだよ、さっきの。あの……、あれだ、呼び方だよ。呼び方。」

 

「あぁ、呼び方ですか。」

 

店主に言葉を返す。

 

「そうだ。呼び方だよ。やっと、思い出せたんだ。」

 

「それで、何と呼べば?」

 

「オウ。俺のことは、親父だとか、おやっさんだとか、そんな感じで呼んでくれや。」

 

高らかに言い放つ。

弾んだ声であった。

顔を見ずとも、分かる。

彼は、今、笑みを浮かべているのだろう。

 

「全く、この人は……。」

 

店主――親父さんを挟んだ向こうから、女性の声がする。

何処か、楽しげな響きを含むものであった。

 

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「悪かったね、元直さん。手伝わせちゃって。」

 

「いえ、構いません。」

 

あの後、親父さんは再び眠り込んでしまった。

ひいこら言いながら、漸く彼を寝室へと運び込むと、再び居間へと戻り、現在に至る。

 

「本当に、あの人はどう仕様もないんだから。」

 

言葉こそ、辛辣なものだが、温かみのある口調である。

 

「酒は、人生の友だ。なんて、偉そうなこと言ってるけどね?

 ウチの人、酒には弱いんだよ。」

 

からからと笑う。

先程の様子を見るに、何となくそんな気はしていたが、やはり弱かったようだ。

 

「そのくせ、呑んだくれるンだから、手に負えなくて困ってたんだよ。

 でも、これからは、男手があるからね。今日みたいに、少しは楽になって助かるよ。」

 

また、アレがべろべろになったら頼むよ?

 

あはは、と乾いた笑みを彼女に返す。

 

「駄目だよ、男はもっと、しゃんとしないと。」

 

そう言って彼女は声を上げて笑った。

 

「ええ、頑張ります。」

 

「まァ、あの人の気持ちも分かるんだよ。ウチには子供がいないだろ?」

 

彼女の言葉に頷く。二人以外を、この服屋で見かけたことはなく、また、子供がいるという話を夫妻から聞いたこともなかった。

 

「あれでも、ウチの旦那は子供好きでね。なのに、あの見てくれだろ? 中々、街の子たちは寄って来ないんだよ。

 子供たちが遊んでいるトコを見てるあの人を見ると、どうにも居た堪れなくてね。

 子供が産めないのは、アタシの体のせいだろうし。」

 

彼女は目を伏せる。

長い睫毛が、微かに震えていた。

 

「だから、アンタが来てくれて、あの人は凄く喜んでたんだよ。子供が出来たみたいだってね。

 勿論、アタシも嬉しかったさ。まァ、でっかい子供だったけどね。」

 

「……ありがとうございます。」

 

彼女の言葉に、何と返せば良いのか分からなかった。

やっと、口にすることが出来たのは、そんな答えである。

それも、何に対して、の言葉かも分からずにであった。

 

いいんだよ、と、彼女は柔らかく微笑む。

 

「ウチの人が、親父だとかそんなふうに呼べって言ったろ?

 だから、アタシのことも――。そうだねェ、女将さんとでも呼んでくれよ。」

 

「はい、分かりました。……女将さん。」

 

「良い子だねェ、元直は。」

 

わしわし、と頭を撫でられる。

この歳になって、人に頭を撫でられるというのは、気恥ずかしいものがあった。

しかし、不思議と悪い気はしない。

胸の芯から、仄かな熱が体中へと流れていく。

それは、とても心地の良いものであった。

 

 

女将さんと別れ、充てがわれた部屋へと向かう。

着替えるのも億劫であり、そのまま床に敷かれた布団に倒れこんだ。

体中を、程良い倦怠感が包む。横になると、酔いせいか、頭の中がぐるぐると回り出す。

 

今日は疲れた。

 

脳が睡眠を欲しがっている。

その欲求に抗うことなく、目を閉じる。明日も、佳き日でありますように、と。

ほんの僅かの間に、意識は深く深く沈み込んでいった。

 

 

 

  北郷一刀の奮闘記 第九話 家族酒 了

 

 

説明
待っていた方がどれだけいるかは分かりませんが、第九話です。
前回に、拠点をやって黄巾の乱と言ったがあれは嘘だ。
拠点は次回になります。
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コメント
きまお様 ありがとうございます。先生のメイド服か……。俺も見たいわ! 誰か描いてくれないかしらん? と、まぁ冗談はさて置き、本編中ではやれませんが、おまけという形で挑戦してみたいと思います。(y-sk)
アルヤ様 ありがとうございます。現在の一刀君は誤魔化せる程、口が上手くないですからねぇ……。非常に、てんやわんやとすることでしょう。(y-sk)
「もう、そんなに見ないでください、一刀さん・・・。」とか恥ずかしがる先生はまだか!(マテ 相変わらず心理描写がほんわかしていて良いですね。ゆっくり頑張ってください!(きまお)
女学院の知り合いに元直と呼ばれてるのを見られたらどうなるやら・・・・・・(アルヤ)
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