インフィニット・ストラトス―絶望の海より生まれしモノ―#56 |
午前十一時――約束の時間に鈴と一夏は校門のところで落ち合っていた。
「さて、行くか。」
「うんっ!」
『太陽と見紛いそうになるくらい』と比喩すべきに思うほど満面の笑みを浮かべた鈴に一夏も笑みを返す。
歩き始めると鈴は猫のような身のこなしでするり、と一夏の腕に自分の腕を絡めさせる。
「おい、あんまりくっつくな。」
「いいじゃない、いいじゃない。」
まったく、とこぼしながらも一夏も苦笑を浮かべそのまま歩き始める。
「…あら?あれは……一夏さんと鈴さん?」
そんな二人の姿を目撃した英国人が一人、興味本位での追跡を開始した。
「あら?」
………荷運びをしていた((従者|メイド))を放置して。
* * *
[side:鈴]
ふふふ。
ついにあたしにも春が来たわ!
箒、セシリア、シャルロット、ラウラ、抜け駆けしちゃってごめんね〜。
でも、一夏から誘ってきたんだからあたしが責められる理由ないからね〜。
「そういえばさ、どこ行くの?」
「ん?俺んちだけど?」
「!」
ま、まさか………春をとっ越して夏の到来!?
まさかあの一夏が……で、でも夏って人を大胆にするって言うし…
い、今のうちに心の準備をしとかないと………
『鈴、俺に毎日酢豚を作ってくれ!』
とか言ってきちゃったりして。
そのあと、もしかしたら[以下、Z指定により検閲削除]なんて………きゃー。
あ、あと見つめ合って、名前を呼び合っちゃったり。
『…鈴。』
『…一夏。』
『……鈴。』
『………一夏。』
「―――鈴、」
「いちかぁ……。」
「おい、鈴!」
「―――はっ!」
ぐいっ、と手を引っ張られて我に返ったら電車は目的地の駅の…一夏の家の最寄り駅のひとつ前についていた。
「え?え?え?」
「ほら、なにボサッとしてるんだよ。降りるぞ。」
「え、あ、うん。」
訳がわからないまま最寄りのひとつ前の駅で降りた。
…なんで?
「ねぇ、あんたん((家|ち))って次の駅が最寄り駅じゃなかったっけ?」
「ん、ああ。よく覚えてるな。」
「当然でしょ。で、なんで一駅前で降りたのよ。」
「ん。まあ、ちょっと寄り道だな。」
「寄り道?」
あたちたちが通っていた中学校のそばを通りぬけ、なんとなくだけど懐かしくも見慣れた道を歩いてゆく。
………この道って、確か………
「よし、到着だ。」
「………やっぱり。」
あたしの視界の真ん前にあるのは――― 一件の食堂。
店先にかけられた暖簾の文字は『五反田食堂』。
そう、あたしと一夏の中学時代の親友にして、一時は((商売敵|ライバル))でもあった五反田弾の家だ。
………あ、ちょっとオチが見えてきた気がする。
約束した時の『誰も誘ってない』ってのは学園内の話で弾とは約束してたんじゃないんだろうか。
首謀者ならば、『誘う』とは言わないし。
そうよ、一夏のことだからきっと―――いえ、絶対にそうに決まってる!
――――――弾…か。
一夏と同じで、会うのは一年――――あ、もう夏だから一年半ぶりかぁ。
時間が経つのって、早いわね。
「いらっしゃい――って、一夏。久しぶりだな。」
「おう、弾も元気そうだな。」
「あったぼうよ。」
って、一夏はあたしを置いて先に店に入ってる!?
「っと待ちなさいっ!」
「ぅおっ!?り、鈴!?」
一夏のすねを痛打したところ、一夏はうずくまりちょうど背中に隠れる形になっていたあたしの事を弾が認識した。
「何よ、いちゃ悪い?」
「いや、驚いただけだ。元気そうだな。」
「ま、色々あったけどね。」
ホント、色々あったわね。
機密がついてくる大惨事予備群も二、三あったけど。
…って、いうか濃過ぎる三カ月だったわ………。
「どうしたんだ?」
「何でも無いわ。」
振り返ったら少し黄昏てしまったらしい。
心配したのか弾が尋ねてきた。
まあ、答えられる訳無いので誤魔化すけど。
「弾!くっ喋べってないで席に案内しろ!」
と、厳さんの怒声と杓文字が飛び弾に直撃。
かなり痛かったらしい弾はうずくまったかと思えばがばっと立ち上がり厳さんに怒鳴り返した後、あたしたちを席に案内して自分も向かい側に座った。
「で、どうなんだ?一夏の学園生活は。」
詳しく聞かせろと言わんばかりの弾にあたしは周囲の人間関係を思い浮かべてみた。
「んーと、担任が千冬さんでしょ。廻りによくいるのは箒にセシリアにラウラにシャルロットに――ああ、あとは空と簪もね。」
ひいふうみ、と指を折りながら名前を挙げてみる。
「な、七人も囲ってるだと!?こうしちゃいれん。ちょっと待ってろ!」
『異端審問じゃぁ!』とか吼えながら奥へと去ってゆく弾。
ぽかーんとした一夏の横顔にあたしは溜め息をついた。
この無自覚タラシの朴念神め。
程なくして弾は妹の蘭を連れて戻ってきて、さらにその少し後に呼び出した中学時代の友人(悪友?)である御手洗数馬が合流。
昼食を取り終えた後、弾と数馬が詰問し一夏が誤魔化そうとしてあたしが答え、二人に絞められかける。
そんな様子を蘭が目を輝かせて見つめるという中々にカオスな空間が出来上がった。
―――『一夏と二人っきり』では無かったけどまあ、久しぶりに会った友人たちとの時間もけっこういいものだって思った。
「あ、そうそう。弾、例の物はちゃんととってあるよな?」
「ん?ああ、当然だろ。今出す。」
唐突にじゃれ合っていた一夏が弾になにやら言って弾は奥に戻ってゆき、程なくして厳重に梱包された包みを持ってきた。
何よアレ…なんであんなに―中身が見えないくらいに厳重なの?
ま、まさか、あたしが居るのにっていうか店で『((検閲削除|ピーーー))』なシロモノのやりとりをする気ッ!?
少しは配慮というか、あたしの事も考えろ!
とか思っていたら、
「ほれ。」
「へ?」
あたしの前にそこそこに大きな包みが差し出された。
「開けてみろよ。きっとびっくりするぜ。」
何が飛び出してくるのか、不安に想いながら包みをそっと開いてみる。
そこにあったのは―――
「あ………。」
あたしと、一夏と、弾と、数馬と―――みんなと過ごした中学校の卒業アルバムがそこに有った。
「懐かしいだろ。開けてみろよ。」
弾に促されてページをめくる。
開けて一ページめ。
本来ならば空白の表紙裏に『これでもか』と言うくらいに色とりどりのペンでいろいろと書き込まれていた。
『鳳さんへ』とか『鈴音へ』とかから始まる―――あたし宛のメッセージが。
「これって………。」
「お前の分の卒業アルバムだよ。」
あたしの?
「で、でも、あたしは三年生になる前に転校したのよ?」
普通、転校した人の分なんて用意されるハズが―――
「ああ。本来ならば用意されないハズのシロモノだ。」
数馬がうんうん、と頷きながら言ってきた。
なら、何故?
「なんというか、編集長が頑張った結果ってヤツか。な、一夏。」
えっと、どういう事?
あたしは答えを求めて一夏に視線を向ける。
すると、
「俺は別に何もしてないぞ。」
とそっけなく視線を外してきた一夏。
「はいはい。そうだったな。校長とPTA会長を説得して、転校していった連中の分の用意と寄せ書きの手配をして送り届けた以外は何もして無かったよな、編集長。」
「………うっせぇ。あと、ちゃんと編集長の仕事はしたぞ。」
バツが悪そうに呟く一夏。
不意に、寄せ書きのメッセージがぐにゃりと歪んだ。
あれ、おかしいな。
物凄く、目じりが熱い。
袖が無いから手の甲でごしごしと目をこするけど、ちっとも治りゃしない。
あたしの涙腺、こんなに緩かったっけ?
泣きだしそうになるのを必死になって我慢する。
けど―――
「おい、五反田。いきなり『五反田食堂に集合』って何事―――って、((鳳|ファン))!?」
「あ、鈴ちゃん、久しぶり〜!いつこっちに来てたの!?」
続々と集まってくる元クラスメイトたち。
「お、懐かしいな卒業アルバム。」
「ああ、織斑君が暗躍しまくったアレね。」
「そういやIS学園に通ってるんだってな。………一夏、今すぐ((爆発し|はぜ))ろ。もしくはモゲろ。」
昼時を過ぎて閑散としていた店の中があっという間に埋まってゆく。
まるで、あの頃の教室のような喧騒。
懐かしさと、嬉しさがあたしに止めをさしてくれた。
「―――――ッ!」
頬を伝う、熱い涙。
もう、泣かずにはいられない。
「ああ、言い忘れてた。―――『おかえり』。」
「―――ただいま!」
泣き笑いのあたしを『またね』と見送ってくれた、かつての((仲間|クラスメイト))たちはそうそう変わらない、けど少しばかり大人びた笑顔で迎えてくれた。
「よーし、まずはIS学園での一夏の所業についての審問から始めるとしようか。鳳審問官、罪状を全て読みあげてくれ。」
「ちょ!?」
「ええ。判ったわ!」
なし崩し的に始まったクラス会は厳さんに怒られて追い出されるまで楽しく騒がしく続けられたのだった。
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