インフィニット・ストラトス―絶望の海より生まれしモノ―#58
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[side:箒]

 

八月の半ば。

 

世間が盆休みを迎えた頃。

 

私は『とある神社』を訪れていた。

 

まあ、『とある神社』と言っても大層なモノではない。

 

『篠ノ之神社』

 

私の生家であり、転校する前の家であり、一夏と千冬さんと姉さんと―――アキトさんとの思い出の詰まった場所だ。

 

 

………本当に、変わってない。

 

板張りの剣道場は今でも昔のままだった。

聞くところによると定年退職した警察官の方が善意で剣道教室を開いてくれているらしい。

 

「今では、結構な人数がいるのだな。」

 

壁の木製名札を眺めながら少しばかり昔に想いを馳せる。

 

昔は私と千冬さんと一夏、それにアキトさんだけだった。

アキトさんと千冬さんは私などとは隔絶した実力を持っていたから、歳の近い対等な相手は一夏だけ。

 

そんな一夏も気付いた時には私よりも強くなっていた。

 

『今日こそ勝つ!』

『受けて立つぜ!』

 

 - - -

『ぐぬぬぬ……』

『すげーな。また強くなった。』

『お前に勝てんのでは無意味だっ!』

『おう、それじゃあまた明日だな。』

 - - -

そしてようやくの事で勝ったらその数日後にはさらに強くなった一夏に負けて……

 

 

生徒手帳を取り出しそこにはさんである写真をそっと覗く。

 

剣道着を着た私と一夏。

道場の全員で写真を撮った後に撮ってもらった、二人だけで写っている思い出の写真だ。

 

 

「箒ちゃん、ここにいたの。」

 

「あ、はい。」

 

後ろから声を掛けられて私は手帳をポケットに押し込み振り向く。

 

そこに居たのは四十代後半、落ち着いた物腰で柔らかな笑みを浮かべた女性――私の叔母である雪子さんだった。

 

私たち一家がここを離れなくてはならなくなった後の神社の管理を受け継いでくれている。

 

「懐かしくてつい……すみません、雪子叔母さん。」

 

「あら、いいのよ。元々住んでいた処だもの。誰だって懐かしくて見て回るわよ。」

 

うふふ、と微笑む姿には唯の一つの裏も無く、純粋に楽しそうな顔だった。

 

昔から私が悪い事をしても雪子叔母さんにだけは叱られた事がなかった。

 

父さんやアキトさんからは盛大に怒られるのだが………

それでも二人も『必要だと判断した時』以外は叱りつける事は無かった。

 

「それにしてもよかったの? 夏祭りのお手伝いなんてして。」

 

「め、迷惑でしょうか?」

 

「そんな事無いわよ。大歓迎だわ。でも箒ちゃん、折角の夏祭りなんだから、誘いたい男の子の一人もいるんじゃないの?」

 

「そ、そんなことは………」

 

一夏の姿が脳裏に浮かんできて思わず顔が赤くなる。

 

だが、誘ってない。

 

―――――『他の誰か』と来るかもしれないのが、怖いから。

それがたとえ、恋愛感情を抜きにした『善意』だけのモノだとしても。

 

だから、誘えなかった。

 

「まあ、折角だから厚意に甘えましょうか。六時から神楽舞だから、今のうちにお風呂に入って頂戴ね。」

意味深な、どこか納得したような笑みを浮かべた雪子叔母さん。

 

「はい。」

 

なんだろうか。

あの笑顔はどこか見覚えがあるような………

そう、アレは姉さんが『皆まで言うな』と言わんばかりの時の笑顔に似てる気が………

 

まあ…親族なのだから似ているのも当然だが………

 

―――そんな事よりも今は神楽舞の事を考えなくては。

 

とにかく禊ぎを済ませてしまおう。

 

………この家の風呂も久しぶりだな。

 

 

 

思い出に浸り、つい長風呂をしてしまったがそれ以外には特に問題も無く、私は神楽を舞う舞台に立った。

 

心を無にして、舞う。

 

気がついた時には舞を終え舞台を降りていた。

 

 * * *

 

「よっ、おつかれ。」

 

「―――――」

 

突然の事態に、私は思わず((思考停止|フリーズ))してしまった。

 

いや、散々させられた戦闘訓練で思考停止しても頭のどこかが動き続けるようになったらしくどうしてかここ数十分の行動を振りかえっている自分が居る。

 

当然のことながら、この状況の原因に繋がるような事は一つも出てこないのだが。

 

「いいいいい、一夏ッ!?」

 

「そんなに驚く事か?」

 

甚平を着た一夏が、そこに居た。

 

うぅむ………やはり一夏には和服が似合うな。

 

―――じゃなくて!

 

「今の巫女姿も似合ってるけど、神楽舞の方は別格だった。うん。なんつーか、うまく言い表せないけど。」

 

「あ、ぅ…」

 

「うん、月並みだけど……綺麗だった。」

 

「ききききき―――」

 

『綺麗だった』

 

その言葉が脳裏でやまびこのように繰り返され、思わず顔が赤くなる。

 

 

なんでこんな時に限って誰もお守りを買いに来ないのだろうか。

 

来てくれれば『巫女としての役割』に没頭できるのに。

 

「あ、織斑センセー!」

 

びくっ!

 

千冬さん!?

 

「おう。お前ら、元気してたか。」

 

………ん?

 

「一夏。なんでお前が『織斑先生』と呼ばれているんだ?」

 

「ん? ああ、ここの道場でやってる剣道教室に顔出した時は指導の手伝いしてるんだよ。」

 

初耳なのだが…

 

「まあ、その辺は後でもいいだろ。雪子小母さん、箒を借りてっていいですか?」

 

「じゃあちょっと待っててね。」

 

「了解っす。」

 

ぐい、と背中を押された

 

「え、え、へ!?」

 

雪子叔母さん、何時の間に私の背後に!?

 

「ほらほら、早く早く。」

 

「え、あ、ちょっと―――」

 

「あんまり待たせちゃうのも悪いでしょ。ほらほら。」

 

「それじゃ、俺は鳥居の辺りで待ってるぞ。」

 

そのまま私は雪子叔母さんに母屋へと押し込まれる事になってしまった。

 

 

………『綺麗』…か。

説明
#58:真夏の日の宵
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インフィニット・ストラトス 絶海 

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