インフィニット・ストラトス―絶望の海より生まれしモノ―#59
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[side:箒]

 

ちょっと汗を流すだけのハズが三十分も悶々としてしまった。

 

雪子叔母さんに手伝ってもらってもあれから一時間が経ってしまった。

 

呆れられないだろうか、それとも帰ってしまっているかもしれない………

 

約束の場所――神社の鳥居の所に向かうが、そこは祭りにやってきた人でごった返していて立ち止まるだけで邪魔になってしまいそうな状態になっていた。

 

うぅむ………いくら一夏が長身な部類に入るとはいえこの状況では見つけるのは難しいぞ。

 

それに、待たせ過ぎて帰ってしまったというのもあり得る。

 

…どうするべきか。

 

 

それから暫しうろついてみるけれど、中々見つからない。

 

これは、もしや………

 

「待たせ過ぎた…のか…」

 

これだけ探して居ないのだ。

きっと愛想を尽かして帰ってしまったに違いな――

 

「おー、居たいた。悪かったな。待ち合わせ場所に居なくて。」

 

急に手を掴まれ、振り返ったらそこに一夏が居た。

 

「さて、この人ごみから脱出するとしよう。こっちだ。」

 

「あ、ああ。」

 

勝手知ったる何とやら。

 

一夏はすいすいと私の手を引きながら人ごみの中をぬって奥へと進んでゆく。

 

そこで、私は一夏に手を握られている事に気がついた。

………気がついてしまった。

 

気がついてしまったが最後、意識してしまう。

意識してしまうと、唐突に顔が熱くなる。

 

―――落ちつけ、私。

今更、手をつないだ位で舞い上がるな。

 

「よし、この辺まで来れば大丈夫だろ。」

 

程なくして、縁日の出店から少し離れた、人の少ない場所に私たちは辿り着いた。

 

とはいえ、なんとか立ち止まれる程度なのだが。

 

「悪かったな。剣道教室の子供連中に捕まっちまってさ。」

 

「そう、だったのか。」

 

安堵、なのだろう。

気がついたら少しばかり頬が緩んでいた。

 

…だが、折角の祭りで、折角の二人きりだ。

こんな時まで顰め面をしている必要もあるまい。

 

「それにしても――」

 

まじまじと私の事を眺めてくる一夏。

少々どころでは無く恥ずかしくて思わず身を抱いて隠す。

 

あ、あんまりジロジロ見るな、馬鹿。

 

「ホント、似合ってるな。」

 

「う―――」

 

やっぱり、面と向かって言われると嬉しいけど、恥ずかしい。

 

「い、一夏も、似合ってるぞ。」

 

「そうか?」

 

「ああ。」

 

やはり、和服の一夏は様になる。

胴着然り、甚平然り。

きっと浴衣や紋付袴も似合うだろう。

 

 

「………」

「………」

 

ふと、会話が止まった。

視線が交差し、なんとなく見つめ合う。

 

 

居心地の悪い、それでもってなんだか心地よい沈黙。

 

まるで、お互いに言葉無しで判り合えているかのような錯覚に陥る。

 

 

「そ、それじゃあ、行くとするか!」

 

居心地の悪さが勝ったらしい一夏がそう、視線を外しながら言ってくる。

 

「ああ、そうだな。」

 

ふとその横顔に紅が差している事に気付いた私はクスリと笑みを浮かべ、『ぐい』と手を引く一夏に続いて歩き始めた。

 

 * * *

 

気がつけば花火の開始時間が目前に迫っていた。

 

色々と屋台を廻り、遊び、食べ、飲み、時には冷やかした。

 

飲み物を賭けた金魚すくい勝負(結果は引き分けでその後に買ったラムネは一夏が奢ってくれた)をしてみたり、

モノは試しで射的(私は何も落とせなかったが一夏が落とした一頭身ペンギンのぬいぐるみをくれた)をやってみたり。

 

途中、小学校時代の知人に遭遇してからかわれたりもしたが、この地を離れて久しい私としては嬉しくもあった。

 

 

そんなこんなで久々の生家の夏祭りを満喫した私と一夏は神社の境内の奥にある針葉樹林の中へと入って行った。

 

その林を抜けた先に一角だけ天窓のように開けた場所がある。

春の朝焼け、夏の花火、秋の満月、冬の雪。

 

四季折々の美しい景色を見せてくれる秘密の場所だ。

 

なんでも、アキトさんが千冬さんと姉さんの三人で境内探検をした時に見つけた場所らしい。

そしてその場所の事を知っているのは見つけたその三人と私と一夏。

その五人だけだ。

 

「変わって無いな。ここも。」

 

「ん、そうか?ああ、そういえば箒はここに来るの六年ぶりだったな。」

 

虫の((音色|こえ))と、時折吹く風に木々が揺れる音。

祭りの喧騒すら遠く離れた、六年ぶりのこの『秘密の場所』に立って私は過去を思い出す。

 

「昔は五人でここから花火を見上げたっけな。」

 

「その帰りに寝てしまった一夏をアキトさんが抱えて帰った事もあったな。」

 

「………俺の記憶に間違いがないなら寝た箒を背負って帰った事もあったぞ。」

 

「昔の事だ。」

 

バツが悪そうに言い返してくる一夏に私はしれっと返す。

 

「あの―――」

「いち―――」

サァァァァァァァ―――

 

 

風に揺られた木々の音。

互いに言葉の出端をくじかれる形になって言葉を飲みこみ、黙る。

 

丁度、花火の開始時刻直前である事もあって、私たちは黙ったまま夜空を見上げる。

 

「………」

 

月明かりに照らされ、人気も喧騒も遠く、完全なる、二人きり。

 

その情景がまるで臨海学校の『あの夜』の情景の焼直しに見えて思わず赤面する。

 

慌ててその妄想に近いソレを頭から追い出す為に私は、

 

「一夏。」

 

「ん、どうした?」

 

「今日は、何で一人で来たんだ?」

 

「一人で来ちゃダメか?」

 

一番気になっていた事を、無意識のうちに尋ねてしまっていた。

 

「そんな事は無いが……セシリアや鈴、ラウラにシャルロット。幾らでも『一緒に来る相手』は居るではないか。」

 

「まあ、それもそうなんだけど。」

 

「だったら。何故―――」

 

何故、私を選んだのか。

 

その問を一夏にぶつけようとした時、丁度一発目の花火が空に輝いた。

 

「始まったな。」

 

「……………」

 

私は黙るしかなかった。

 

この花火大会は百連発で有名。

一度始まれば一時間は止まらない。

 

当然、音も。

 

私は問い詰めるのを諦めて一緒に空を見上げる。

 

パッ、パパッ、と花火がまたたく。

 

そのたびに少し離れた場所から歓声が上がり、それに応えるかのように次の花火が打ちあがってゆく。

 

「―――お前は、誰が好きなんだ。一夏。」

 

 

きっと花火の音にまぎれて掻き消されてしまうであろう。

 

「――――――なぁ、箒。」

 

そう思って呟いたら花火の音に負け微かに聞こえる程度の声が返って来た。

 

「……なんだ、一夏。」

 

「俺さ、ずっと昔から気になってた((娘|こ))が居るんだ。」

 

「なっ!?」

突然、何を言い出すんだ?

 

「けど、『特別』になるまでは行けない。行けなかった。」

 

「……何故だ?」

 

「………怖いんだ。喪うのが。だから、俺は強くなる。守りたいモノを守れるように。―――だから…」

 

そう言った一夏の背中はなんだか大きく見えた。

大きくて、けど、なんだか物悲しくて。

 

そう、何時の日にか見た、アキトさんの様な………。

 

私は黙って一夏の隣に立ち、そっと腕をからめる。

 

「…判った。その答えを聴ける日を待ってる。」

 

「………ああ。」

 

それから、私も一夏も黙って空を見上げ続ける。

 

 

煌々と月が輝く空にまた、大輪の花が咲いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 - - - - - 

[おまけ]

 

ひゅるるるるる―――――どーぉーーん

 

「おぉ! これが日本の『花火』か。」

 

『黒地に月を見上げる兎』という、なんとも『らしい』浴衣に頭には狐のお面、右手に綿菓子、左手に水風船という完全装備のラウラが興奮を露わに歓声をあげた。

 

「ラウラ、あんまりはしゃいでると廻りの人の邪魔になるわよ。」

 

そう、鈴がラウラを窘める。

 

「う、うむ、気をつける。」

 

言われて気付いたのかラウラは恥ずかしそうに頬を染めながらキョロキョロと周囲を窺う。

 

「にしても、この神社の夏祭りは相変わらず人が多いわね。」

 

「む?鈴は何度か来た事があるのか?」

 

「まあ、ね。…こっちに暮らしてた頃は毎年来てたわ。」

 

毎年のように祭りに参加する一夏に連れられて、だが。

 

「だから、今日夏祭りがあると知っていたのか。」

 

「そんなとこよ。――ラウラは何処で知ったの?」

 

「うむ、嫁が箒と話しているのを聞かせてもらった。本当は母様を誘うつもりだったのだが…」

 

「まあ…あの状態じゃ来れないわよね。」

 

鈴は出る前の空の様子を思い返す。

 

………千冬が休暇を取るための((終わりの見えない仕事天国|デスマーチ))に真耶同様に巻き込まれて大変な事になっていた。

それでも、ラウラが『夏祭りに行きたい』と言った途端にあれこれ手配して浴衣とかを用意したりはしたのだが。

ちなみに着付けは空に依頼されたら二つ返事の即答で引き受けた簪である。

 

 

「ま、何かお土産でも買ってって、話してあげれば良いんじゃないの?」

 

「うむ。」

 

丁度、その時だった。

 

「おう、鈴じゃないか。」

 

「あ、弾。それに蘭?」

 

「こんばんは。」

 

挨拶を交わす中、ただ一人面識の無いラウラは鈴に尋ねる。

 

「…鈴。この二人は?」

 

「ああ、あたしや一夏の中学時代の((親友|ともだち))とその妹。こっちが五反田弾で向こうは五反田蘭。」

 

「ふむ。嫁の友とその妹か。―――ラウラ・ボーデヴィッヒだ。よろしく頼む。」

 

 

 

「…嫁?」

 

一瞬、弾と蘭は固まった。

 

が、聞かなかった事にして先に進める事にした。

 

「ま、まあ。よろしく頼む。」

 

軽い自己紹介の後に四人組となった一団は地元民であり祭り参加の先輩に当たる弾と鈴の先導で境内の比較的人の少ない、花火を見易い場所に移動してから空を彩る刹那の華を見上げるのだった。

 

時折、『お』とか『おぉー』とかの歓声を上げるラウラとそんな様子を微笑ましげに眺める三人という構図が出来上がるまでそれほど時間はかからなかったが。

 

(来年は、一夏と―――)

鈴は、((空に咲く大輪の花々|はなび))を見上げながら心の中で呟いた。

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#59:真夏の夜の、刹那の夢
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