俺とあなたの景色は違う |
「りゅーせーぐんが、みられるんだって」
居間で菜々子と一緒にニュースを見ている時だった。
7月20日頃から8月20日頃にかけて見られるペルセウス座流星群は、今年のピークは8月13日15時ごろが出現のピークとのことだった。
残念ながら昼間の時間帯なので見ることは出来ないが、観望するなら12日の夜半から13日の明け方にかけて、あるいは13日の夜半から14日の明け方がチャンス、との事だった。
「ペルセウス座流星群か…見たことないな」
「ななこもみたことない、どんなだろうね?いっぱい、ながれぼしが見られるってことだよね」
テレビの内容から流星群とは。『毎年ほぼ決まった時期に、多数の流星が天球上のある一点から四方に飛び出すように現れる現象』
をさすらしい。なので、流れ星であっているんだよな…、と自問する。
そもそも、天体には興味がない。都会だと星をほとんど見ることが出来ないからだ。だが、ここは田舎だし、星々を邪魔するものはない。
「一緒に見ようか?俺も見たことないし」
「うん、みたい、みたい!だけど、時間が…」
先ほど、テレビで言っていた時間は…菜々子には厳しい時間帯だ。
流星群の放射点は徐々に昇っていき、22時ごろからそこそこ高くなり、以後十分な高度になっていくそうだ。
つまり、菜々子は最低でも22時より遅く起きていなければならない。
菜々子が起きていられるか?もあるが、そんな時間まで起きていたなんて知れたら…堂島さんがどれだけ怒るか。
年に一度だけだというし、夏休みなので聞いてみる価値はあるかもしれない。
何より、菜々子と一緒に流星群を見たい。
「せっかく、菜々子と一緒に見られるチャンスだしね。お父さんに聞いてみる?」
「うん!ななこもいっしょにおねがいする」
「よし、ふたりで頑張ろうな」
「うん!…あ、ジュネス!!!!!」
コマーシャルにいつの間にか切り替わっていた。
「えびぃでい、やんぐらいふ、じゅ・ね・す♪」
その時、ふと。
今回は満月に近いそうなので流星観察の条件としてはあまりよくないらしい。そうなると良く見える道具が必要かもしれない。
「あ、ジュネスに望遠鏡って売っているのかな?望遠鏡もあった方がいいよな??」
「じゅねすはねー何でも売っているよ、いっしょにかいかいにいこうよ、おにいちゃん」
「そうだな、明日にでも買いに行くか」
「うん!」
ここで問題。まず、堂島さんの許可もまだ下りていないのに望遠鏡を買っていいものか?
しかし、買ってしまったという事実を作っておけばプラスに働くのではないかと言う思惑が少しある。
ダメだと言われてもせっかく一緒に買いに行ったのに…と菜々子のがっかりする姿を見れば…堂島さんを落とせる…はず。
次に。望遠鏡の値段である。バイトをしているとは言え、高額なものは買えない。
せいぜい…諭吉さんより下くらいがいいのだが…イメージ的に諭吉さんが複数必要な気がする。妥協して双眼鏡で、との考えもよぎったが…。
「…万が一の時は…陽介に頼むか…」
「?おにいちゃん、なにか言った??」
「何でもないよ、菜々子」
言いながら、俺は菜々子の頭を撫でる。そう、菜々子の為なら俺は…陽介を脅す、もとい頼むなんて、簡単な事だ。
次の日。
「エビィデイ・ヤングライフ・ジュネス♪」
「えびぃでい・やんぐらいふ・じゅねす♪」
俺は菜々子と手を繋ぎながら、ジュネスにやってきた。正直、望遠鏡は何階にあるのかは…分からない。
カテゴリー的にカメラ売り場のような気がする為、カメラ売り場に向かう。
フロアの案内板を見、何階かを確認する。
「2階がカメラ売り場…か」
こうして改めて見てみると、ジュネスは広い、菜々子の言う通り、なんでも売っているのではないかと思ってしまう。
以前に住んでいた場所にこれほど大きな施設はなかった。都会だから少し出ればこのような大きな施設がなくても大抵のものは手に入ってしまう。
菜々子ではないが、珍しいといった点では、自分も少なからずワクワクする時がある。
とはいえ、あまり楽観視は出来ない。田舎の為、お店が少ないので何を買うにも離れたお店を梯子しなければならない。そのため、なんでも揃うジュネスでついつい買い物をしてしまう結果…商店街の危機になってしまうわけで。ただ、それはまた別の話になる。今は、望遠鏡を探そう。
夏休みという事、行楽にかかせない商品が売っているコーナー、という事もありけっこうな賑わいをみせていた。
「えっと…望遠鏡はっと…」
「おにいちゃん、あそこ」
菜々子が指差す先に、『夏休みの宿題に天体観測はいかが?』と看板が下がっていた。
確かに、宿題で天体観測もいいかもしれない。都会だったらなかなかそのテーマをやろうとは思わない。空気がきれいで、高いビル群に邪魔されない田舎ならではで、すごく素敵な事だ。つまり、堂島さんを説得する材料が増えた訳だ。
「おにいちゃん、早く行こうよ」
「そうだな」
売場に行くと、数は少ないもの天体望遠鏡が並んでいた。俺はすぐさま、値段の確認をする。
値段も夏休みの宿題に、と言うだけに安価なものが多く、安堵した。だが。
「三脚を固定する部分が…弱い…?」
固定する部分がプラスチックで出来ており、軽く折れてしまいそうな印象を受けた。
コストダウンの為にはこういった部分から図らなくてはいけないのだろう。
「おにいちゃん、どれがいいのかな?ななこ、わからない…」
菜々子が心配そうに見上げてくる。俺は間違った選択は出来ない。慎重に選ばなければ…。
値段の幅は約3000から30000円ほど。カタログと実物とにらめっこをしながら考える。
販売員に聞くという選択肢もあるが、繁忙期につき手の空いている販売員は見当たらない。
考えて考え抜き、俺が導き出した答えは。
「ラプトル50、7980円…かな…?」
小学校低学年のお子様から大人の方まで簡単にお使いいただけます、という売り文句に惹かれた。
「レンズは日本製だし、学校の理科の授業でも使われているみたいだし、菜々子にもちょうどいいんじゃないかな?」
実物を見ても、まぁまぁの作りだし、諭吉さん以下にしてはいいと思う。
諭吉さん複数は確かに立派だが、お値段と総合したら、ラプトル50が出てきた。
「うわー、ななこ、これでお星さま見る!」
嬉しそうな声を菜々子が上げる。多分、どれを選んでも喜んでくれるとは思う。
だが、変なものを選んで実際に使って『ちゃんと見えなかったね…』と言われた日には…俺は立ち直れないかもしれない。
「よし、これに決めよう」
「うん!わーい、ななこ、楽しみだなーえへへ」
商品を棚から取り、レジに向かう俺と菜々子の足取りは軽かった。
そして。
「陽介を脅さなくて大丈夫だったな…」
俺はポツリとつぶやいた。
「おにいちゃん、なにか言った?」
「いや、何でもないよ。流星群、楽しみだね」
夜。
足立さんを連れて堂島さんが久々に帰ってきた。
久保美津雄が捕まり、連続殺人事件でバタバタしてなかなか戻ってこなかったが、そこから数日経過しようやく落ち着いたようだった。
戻れるという電話をジュネスで受け、食料品売り場で沢山の材料を買い込み、豪華な食事を作った。
とはいえ、豪華と言ってもいつもと変わらない、ただ品目が増えただけなのだが…。
「お、今日のご飯は気合い入っているな!」
「だって、おとうさんが帰ってくるって言うから。あと、あだちさんもきてくれて、ななこうれしい!」
「そうか、良かったな、菜々子。足立も嬉しいだろう?」
「堂島さん、目が笑ってなくて…怖いんですけど…」
「そうですね、ヨカッタデスネ、アダチサン」
俺も堂島さんに続き、足立さんに声をかけた。もちろん、目は笑っているはずもない。
菜々子が足立さんに懐くのは良い事だが、若干嫉妬心が生まれる。
「悠くんも…怖いんだけど…」
ビクビクと不安そうにする足立さんだったが、
菜々子の『あだちさんもうれしいの?よかったー』と無邪気に笑う姿を見てしまっては、何も言えないようだった。
そんな微妙な空気がほんの少し流れる中、菜々子が嬉しそうに。
「ななこ、おなかペコペコ。早くいただきます、しようよー」
「そうだな。まったく、足立が怖いだのなんだの言いだすから…」
「まったくもってその通りですよ、足立さん」
「僕、何もしてないじゃないですかー…ま、けど僕もお腹空いているので、ご飯にあり付けて嬉しいですよ」
口を尖らせながら文句を言うが、次にはいつもの安っぽい笑顔を浮かべていた。
なんだかんだ文句を言っても、俺たちに何言われるか分からないと悟ったのだろう。
そもそも。俺たちが勝手に嫉妬?をしただけで、足立さんには罪はない。
菜々子が足立さんを好いているのは良い事だ。
本日の料理は。もちろん、キャベツを中心としたものだった。
キャベツの特売もしていたし、足立さんが好きだから、と菜々子も言ったからだ。
他、ビールのつまみに焼き鳥と堂島さんが好きな餃子も買った。
品目も多いが量も多い。だが、男が3人もいるのでそれくらい軽くいける。
「あの、堂島さん」
「うん、何だ?」
他愛もない話をしながら食事を摂っている中、俺は本題に入ろうと切り出した。
「今度、ペルセウス座流星群があるの、知っていますか?」
「なんだ、それ?」
「あー、僕、ニュースで見ましたよ。どういうものかと言うとですねー」
と、足立さんのウンチク話が始まった。とはいえ、ニュースの言っていた内容をそのまま話しているだけだったが。
だが、ニュースの内容を覚えているなんて…流星群に興味があるのか、と思いたくなってしまう。
興味のない事は、聞き流すだけで覚えていることなんてない。だが、足立さんの話す内容は大方、合っていた。
それか、頭がいいのか?足立さんは自分で頭脳派だからと言っているし、あながち間違っていない…?
「で、それがどうかしたの?悠くん」
話しおわり、問われた。
「え、ああ。それで、ですね。菜々子と一緒に見たいのですけど」
「今日ね、じゅねすでぼうえんきょう、買ってきたんだ」
「は?望遠鏡って、望遠鏡…だよな??」
堂島さんが菜々子の言葉に、まるで鳩が豆鉄砲を食ったようだ。
さすがに、すでに望遠鏡を買っていたとは思っていなかったのだろう。
「へぇー望遠鏡買ったんだ。すごい、本格的だね」
「足立、そこは感心するところじゃないだろう!」
「う…すいません…」
「…どうしたものか…」
堂島さんは腕を組みながら黙ってしまった。
おそらく、流星群の見る時間が時間なだけに反対をしようと思ったのだろう。
だが、間髪入れずに菜々子が望遠鏡を買った宣言をし、ダメだと、言いにくくなったようだ。しばらく考え、はぁ〜と深いため息をついた。
「…分かった、だが、条件がある」
「条件…とは?」
「俺と足立も一緒に流星群を見る。この条件で良ければ許可する」
「えー!!!!!!!!なんで、僕まで…とほほ…」
「え?おとうさんとあだちさんもいっしょに見るの!!」
「だいたい、庭で見る気だったのか?河川敷まで行かないと見れないんじゃないか?」
「あ…」
庭では天体観測するには適さない事を失念していた。
そうなると、堂島さんの言うとおり河川敷まで行くことになる。そんな時間に菜々子を外出させるのは危険だ。
俺が一緒だったとしても…やはり、堂島さんから見れば子供だ。
なので、了承してくれたのも良かったし、何よりみんなと一緒に行けるのも嬉しかった。
ただ、すんなりそう思えた事に俺は一つ、不思議なことがある。足立さんも一緒に行くということに対し、違和感がなかったことだ。
すでに俺の中で足立さんは家族として認定しているのだろうか?
それとも、菜々子が喜ぶさまを見て、それだけで嬉しかったのか?
「だけど、足立さんも…来るんですか?」
俺は、わざと冷たく言い放った。
考えるとなんかズルい気がしたからだ。俺と菜々子だけが嬉しいって思うなんて不公平だって。
足立さんは俺と違って大人だし、俺たちの事なんて単にめんどうくさい子供って思われているかもしれない。
先ほども、堂島さんが一緒に行くと言った時。なんで、僕まで…とこぼした。
「もう、”まで”って何なの!僕がお邪魔虫みたいじゃないか!!」
「そういうな、悠。足立だってこれでも、刑事だぞ。俺だけでもいいが、危なくなったら菜々子とお前、両方は守れないかもしれない」
「またまた、堂島さん。危ない事なんてないですよー。だって、連続殺人事件は解決し…あいた!」
睨みを利かせながら堂島さんは足立さんの頭を思いっきり殴った。これは…すごく痛そうだ…。
「馬鹿野郎!俺は、まだ納得したわけじゃないと何度も言わせるな」
「大丈夫ですか、足立さん。なにか冷やすものいります??」
立ち上がり、冷えピタを用意しようと立ち上がったが、堂島さんに止められた。
「優しくなんてしなくていいぞ。まったく、足立はいつまでたっても新米気分で…」
「あだちさん、だいじょうぶ?」
「大丈夫だよ、菜々子ちゃんに悠くん。二人とも優しくて…僕、嬉しいよ…」
足立さんは大げさに涙を拭く動作をし始めた。
こういった動作が芝居じみていて、こちらが一方的に親しんでいるように感じてしまう。なんというか、壁を感じる。
先ほども俺が冷たく”足立さんも…来るんですか”と言っても、ヘラヘラ笑いながら答えていた。傷ついた素振りは見受けられなかった。
「とにかくだ。その日は俺と足立も行くからな、分かったな…特に足立!」
「もー分かりましたよ。一度言ったら聞きませんからねー」
「わーい、ななこ、すっごく楽しみ」
「ああ、俺も楽しみだよ」
食べ終わり、足立さんが帰った後、菜々子がカレンダーに『みんなでながれぼしをみる』と書き込んでいた。
その姿を俺は、ほのぼの見ていた。本当に楽しみなのだなって。
だが、俺は違う感情があった。
楽しみなのは嘘じゃない。だが、足立さんは果たして俺たちと一緒の感情を抱いてくれているのだろうか?
「嫌々つき合わされているだけ…だよな…」
どう見ても、堂島さんから無理やりに、だ。
俺たちの感情を一方的に押ししつけてもいいのだろうか?
「だけど…俺は…」
「何か言った?おにいちゃん」
「ううん、何でも…ないよ。流星群、楽しみだなって」
それでも、俺たち堂島一家の面々は足立さんの事を親しんでいるのだ。
もっと交流を深めればきっと同じ気持ちになれると信じたかった。
続きは「俺とあなたの景色は違う」で。
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堂島一家と足立が天体観測に行くことに。みんな家族として仲良くしたいと願う悠だが、足立だけは違うようだった。 夏コミ新刊「俺とあなたの景色は違う」のサンプルです。 |
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