インフィニット・ストラトス―絶望の海より生まれしモノ―#60
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[side:一夏]

 

 

夏休みも残り少なくなった盆明け間も無いその日、俺は墓参りに来ていた。

 

 

正確には、俺と箒と雪子小母さんの三人で、だ。

 

墓石とその周りを軽くだが掃除し、用意した花と線香を手向ける。

 

 

カナカナカナ………

「………」

 

少し離れた処にある広葉樹林から聞こえてくるヒグラシの鳴き声。

俺たちは黙って手を合わせ暫し佇む。

 

『槇村家之墓』と彫られた墓石に向かって。

 

 

 

何故、俺たちがそんな場所に来ていたのか。

 

それは今日がアキ兄の親父さんの命日だからだ。

 

 

 

―――俺たちは絶対に『アキ兄の命日とされている日』には来ない。

あのアキ兄の事だから、きっとどこかで生きているだろう。

 

そう信じているから、せめてもの無事を会った事も無いアキ兄の両親に祈ってる。

 

 

………正直言って、不安が無い訳じゃない。

 

本当に死んでしまっているかもしれないという思いは拭いきれない、けど生きているって信じ続けても居る。

 

 

 

長くも短くも無い、黙祷を捧げるには十分な時間が過ぎたところで合わせていた手を離す。

 

「それでは、また来ます。」

 

声をかけてから、俺たちはその場を後にする。

 

 

来年は、アキ兄と来れれば良いんだけどな……

 

そう、想いながら。

 

 

 

 * * *

 

[side:シャルロット]

 

「ここで、あってる……よね………」

 

僕はドキドキとしながらその表札と住所表記を見つめる。

 

鈴から聞きだした住所と、『槇村』と書かれた表札を何度も確かめながら深呼吸を繰り返す。

 

もちろん、郵便受けの所に『織斑』と追記されているのも確認済み。

 

 

―――大丈夫、大丈夫。さっきメールで確かめた時は家に居るっていってたし、あの一夏の事だから迷惑がったりしない………………ハズ。

 

 

ええと、こう言う時はなんて言えばいいのかな。

『本日はお日柄もよく』…?はなんか違うし……

 

インターホンのボタンを押しそうになってはなんて言えばいいのか判らなくて手を引っ込めを繰り返していたら、

 

ぽち「あ。」

 

『ピンポーン』

 

なんて言うかも、覚悟も準備も全くできていなかったのにインターホンを押してしまった。

 

 

―どうしよどうしよ出てきたらなんて言えば良いんだろああ足音が近づいてくる!?!?!?!?

 

無慈悲にもガチャン、という音と共に鍵が開けられて――

 

「ええとあの、本日はお日柄もよく―――じゃなくて、」

 

恥ずかしさに顔が上げられず、パニックに陥った僕の頭の中では何かいい言葉は無いかと((SDシャルロット|ちいさいぼく))総勢二五六人が大慌てで頭の中の((語彙録|ライブラリ))を検索する。

 

「き、来ちゃった♪」

 

顔を上げて『えへ』なんて気の抜けた笑みを添えて――――言った後、とてつもない後悔をした。

 

―――う、うわぁぁぁあ、ぼ、僕の馬鹿ぁ!

 

「―――――…?」

 

ふと、気付いた。

 

 

一夏って、こんな髪長かったっけ?

 

それに一夏の髪ってこんなつややかな漆黒じゃなくてちょっと青みがかってるような感じの黒だったハズだし、夏の日差しに眩しい白いYシャツの胸の部分の膨らみは僕なんかよりもずっと大きいし、それに顔つきからして完全に別人というかこれって……

 

「あー、まあ…なんだ。一夏は少々買い物に出てる。とりあえず上がって待っていてくれ。もうすぐ帰ってくるハズだ。」

 

「―――――――――」

何で、箒が一夏の家に居るの?

 

しかも、朝見た時と服装違うし、髪とかなんか湿気てるしこれじゃまるでシャワーから出てきたばっかりみたいじゃないか。

 

そういえば朝に出かける時も一夏と一緒だった。

 

一緒に出かけて行って、箒はシャワー後これってもしかして、まさかの事後!?

 

 

「ええと、シャルロット?」

 

ううん、そんな事あの一夏に限って…

でも、夏は人を積極的にするって言うし、一夏はなんか最近箒と仲いいみたいだし、ああもう訳が分からないよ。

 

「おーい。」

 

―――ハッ!?

 

「大丈夫か?」

 

訝しむような憐れむような、なんかいろんな成分の混ざった視線を向けてくる箒。

 

やめて、そんなイタイ子を見る目で見ないで!

 

 

「だ、大丈夫!それじゃあお言葉に甘えて。」

 

ええい、こうなったら出たとこ勝負!

 

「おじゃましまーす!」

 

敷居を跨ぐと、なんというか無条件に安心感を与えるような不思議な匂いがしているような気がした。

 

…そういえば僕、男の子の家に上がるのって初めてだ。

 

ふと思い出して少しばかり心拍数が上がり始める。

何の事は無く『勝手知ったるなんとやら』な箒が少しばかり恨めしいけど。

 

 

キョロキョロと辺りを見回す。

 

結構な年数使われたような『深み』みたいなモノがあるのにあまり痛んでない事にちょっと驚いた。

 

あと、インターホンじゃなくて呼び鈴だった事も。

 

程なくして…というか、廊下の突き当たりのドアの先がリビングだった。

 

その奥にはダイニングキッチンがあるから、リビングとダイニングキッチンが一緒になってると言えない事も無い。

 

「そこのソファーに掛けていてくれ。今、茶を出す。」

 

「あ、うん、ありがとう。」

 

「何、気にするな。」

 

手慣れた様子で食器棚やら戸棚やらを開けては何かを出してゆく箒。

 

なんだろ、この敗北感。

 

「そういえばさ、箒。」

 

「ん、なんだ?」

 

「一夏と一緒に出かけたみたいだけど、何か有ったの?」

 

「………ああ。」

 

僕の問に少しばかり遅れて返事が返ってくる。

その様子はまるで言うべきか躊躇っているみたいに。

 

「今日は……アキト兄さんの父上の命日なんだ。」

 

「もしかして、お墓参りに?」

 

「ああ。転校して以来、来る事が出来なかったからな。」

 

「そう、なんだ。」

 

それを区切りに僕たちの間に沈黙が横たわる。

 

その状態は一夏が帰ってくるまで続いていた。

 

 * * *

[side:   ]

 

「ここで間違い有りませんわね。」

 

ナビ機能付きの携帯電話と目的地を何度も確認しながらセシリアはその表札――の隣にある郵便受けにつけられた苗字を見る。

 

『織斑』

 

二度見どころではなく三度見、四度見と繰り返してまでして目標点到達を確認したセシリアの脳内はというと、ピンク色に染まりつつあった。

 

(ふふふ、今日、一夏さんがご在宅なのは情報網から得ましたわ。そしてそこに訪れれば二人きりになれるのは………なれます、わよね?)

 

だが、セシリアの脳裏に今では親友であり、戦友である少女たちの顔が浮かんでくる。

 

(箒さんは最近仲が宜しい様ですし、鈴さんともこの間外出なさられていたし……クラスの情報網に乗るという事は抜け目の無いシャルロットさんの耳にも届いているでしょうし………矢張り、時間との勝負…)

 

『終日二人きり』は無理でも、『二人きりの時間』が過ごせればいいかなぁ〜、なんて目標の下方修正をすると同時、咳払いをして喉の調子を整え、いざインターホン(正しくは呼び鈴)のボタンに指を伸ばし――――

 

 

「あれ、セシリア?どうしたんだ。」

 

「ぴぃっ!?」

 

押す前に、背後から声を掛けられて奇妙というか、普段では絶対に出さないような声で悲鳴を上げる羽目になった。

 

うろたえまくったセシリアは慌てて振り向く。

 

そこには、持参の買い物袋を肩に掛けた一夏が居た。

 

「いいいいい、一夏さんっ!?」

 

「おう。それでなんか用か?それともまた迷った?」

 

「迷ってません!」

 

「そりゃ何より。で、どうした?」

 

『どうした』と聞かれても突然の奇襲に頭の中がごっちゃになっているセシリアは気の効いた事を言おうとして余計に混乱が酷くなってゆく。

 

「ええとですね、これはその、」

 

そんな混乱しまくったセシリアの脳が出した結論は―――

 

「所謂、『来ちゃった♪』――というところでしょうか。」

 

 

((思考放棄|どーにでもなーぁれ))と言わんばかりの行為だった。

 

それでも『来ちゃった』と言った時にはちょっと悪戯っぽく笑って見せる位には思考力も残っている。

 

 

セシリアと一夏は知らないが、似たような会話をシャルロットもやっている。

詳しくは80行目付近参照。

 

但し、その時は焦りまくっていた為に応対に出てきたのが箒だった事に気付けていなかったが。

 

 

「そうなのか?とりあえず上がってけよ。」

 

「あ、ええと、それではお邪魔させていただきますわ。」

 

セシリアの脳内に『Mission Complete』と金色に輝く文字が現れる。

 

だが………

 

 

「箒、ただいまー。」

 

「え?」

 

「ああ、早かったな。」

「おかえりー、お邪魔してまーす。」

 

「ええっ!?」

 

何とも自然に居る箒と、箒に来客対応されているシャルロットが居る事にセシリアは計画の頓挫を理解し、がっくりと肩を落とした。

 

(まあ、結局はこうなると予想はしてましたが…)

 

幾らなんでも早すぎる。

二人きりだったのが玄関前だけだったという事に抗議したい気持ちでいっぱいになるセシリアだった。

 

まあ、シャルロット同様に『家に遊びに来ただけで十分』と割り切る事にしてリビングに足を踏み入れた。

説明
#60:恋に騒がす五重奏 [来訪編]
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