インフィニット・ストラトス―絶望の海より生まれしモノ―#67
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時間は少し遡る。

 

「シャルロットと一夏で西側を、私と箒で東側を索敵する。」

 

空たちから別れ地表へと降り行く中でラウラは『隊長役』として指示を出していた。

 

「何か有ればすぐに、何も無くても五分に一度は((秘匿回線|プライベート・チャンネル))で報告。いいな?」

 

「ああ。」

「判った。」

「了解だよ。」

 

「それでは、何事も起こらない事を祈っている。」

 

地表数メートル、研究施設群の間を縫うようにして地表付近を索敵しつつ、それぞれの担当エリアへと別れて行く。

 

シャルロットと一夏が向かった方角には資材搬入用であろう、港湾区画があった。

 

侵入路や脱出路として適しているだけに最初に見ておこうというのだ。

 

で、その道中――

 

「動かないで。」

「こちら一夏。研究員らしき人を発見した。今、シャルが接触してる。」

 

シャルロットは発見した白衣姿の女性にアサルトライフルを向けて警告を発した。

 

避難指示が出ているのに地上を歩いていた人物を見つけたが故に。

 

同時に一夏はラウラへと連絡を入れる。

 

 

IS用の銃を向けられてふわりとしたロングヘアーの女性研究員は萎縮している様子だった。

 

逃げ遅れた研究員かもしれないが用心に越したことは無い。

 

「何処の人?名前と所属は?」

 

やや高圧的に尋ねるシャルロットの背後では一夏がシャルロットから借り受けたアサルトライフルを構えて周辺の警戒と索敵を続ける。

荷電粒子砲は建物の間で使うには威力が高すぎ、残る武装は全て近接格闘用兵装となる白式・雪羅の『中間不足』をシャルロットの銃で補っているのだ。

 

「わ、私は、巻紙礼子、IS装備開発企業『みつるぎ』のし、所属です。」

 

「ふーん。みつるぎ、ねぇ…一夏、聞いた事有る?」

 

「ん?―――無いな。」

 

警戒しつつもシャルロットの問に応える一夏。

 

「わ、わが社は設立間もない新興なので…」

 

疑われている、そう思ったらしい女性――巻紙礼子は弁明してくる。

 

それを見てシャルロットは一夏の方に少しばかり顔を向ける。

 

「ねぇ、技研とラウラに連絡を取ってくれる?外に居た人を一人保護したって。」

 

すっかりその人物を信用したのだろう、シャルロットはアサルトライフルを下ろし一夏の方に向く。

 

「ああ、わか―――ッ!」

シャルロットに声を掛けられて振り返った一夏の視界に移るのはシャルロットと、その背後で蛇を思わせる邪悪な笑みを浮かべ八本の装甲脚を背負った白衣姿の女。

 

その黒と黄という禍々しさを感じさせる装甲脚は今にも振り下ろされようとしていて――

 

「シャル、後ろだ!避けろ!」

 

言うが早いか、飛び出すが早いか。

 

一夏はほんの一秒にも満たない時間だけスラスターを最大出力で吹かしシャルロットに体当たりして押しのける。

「わわっ!?」

 

ライフルを投げ捨て、雪片を展開と同時に零落白夜を発動させて振り抜き、

 

ガギン!

 

「が、ぁッ―――」

(ヤベェ、意識が―――)

 

装甲脚の一本が宙を舞い、取り落とした雪片が光と消え、ドサリと白式が((強制解除|クローズ))されて生身になった一夏が倒れ伏す。

 

 

 

ISの防御装備は他の兵器に比べて優れているが完全では無い。

当然ながら絶対防御で防ぐ事の出来た攻撃であっても衝撃は抜ける事がある。

 

今回は殴られたダメージは絶対防御が受け止めたが装甲脚による打撃の衝撃は防ぎきれず、一夏に伝わった。

頭部に強い衝撃を受けた為に脳震盪を起こしたのだ。

ついでに、白式は超短距離での((瞬時加速|イグニッション・ブースト))と急停止、零落白夜の発動、そして絶対防御の発動にエネルギーを使い果たし解除されてしまったのだ。

 

「ちっ、ガキめ、やってくれる。」

 

まさか装甲脚を一太刀で斬り落とされるとは思っていなかったらしく悪態をつく女。

 

が、そんな事はシャルロットには関係が無い。

 

一夏が自分を庇って攻撃を受け、倒れた。

それだけで十分だった。

 

シャルロットの中で、何かが『ぷつり』と音を立てて切れた。

 

一夏を庇うような位置取りをし、空いていた左手にアサルトライフルをもう一丁展開。

 

『敵』に照準。

ターゲットサイトが相手に重なると同時、シャルロットは躊躇なく引き金を引いた。

 

恋慕する男をやられて黙って居られるなど、シャルロットには到底無理だった。

 

 

「ああああぁぁぁぁぁあああアアアアッ!」

 

普段からすれば『らしくない』喚声を上げながら引き金を引く。

 

対する相手はISを完全に展開し、飛び跳ねるかのようにアサルトライフルの射線から逃れようと回避し続ける。

 

 

右のアサルトライフルが弾切れ、即リロード。

今度は左が弾切れになるが同じく即リロード。

 

弾切れ、リロード、弾切れ、リロード、弾切れ、リロード、

 

(この"蜘蛛"は絶対に―――赦せない。)

 

相手が撃ち返してきた弾はラファールの機体装甲で受け止める。

その度にシールドエネルギーが減り、装甲が削れるが回避した場合に待っているのは生身の一夏への被弾だ。

 

もしIS用の機銃弾が生身の人間に降り注いだら?

 

――原型を留めていれば恩の字だろう。

 

そんな不吉な想像がシャルロットの脳裏を過ぎる。

そんな『最悪の想定』が現実的にあり得る事をほんの僅かでも思ってしまった。

 

(もし、流れ弾が出て一夏に当たったらきっと死んじゃう。―――――一夏が、死ぬ?)

 

それはなんと恐ろしい事か。

シャルロットにも喪失の経験はある。

愛しき母を喪った時の幼いシャルロットが受けた衝撃は今も記憶の片隅に眠っている。

 

(どうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしよう!?)

 

かちり、

 

「あっ!」

 

不意にアサルトライフルが沈黙した。

 

ほぼ左右同時。

慌ててリロードしようとするが慌てているせいか、うまくいかない。

 

蛇のような禍々しい笑みを浮かべた"蜘蛛女"が迫ってくる。

 

いつものシャルロットならばショットガンに武装を変更して至近距離射撃を仕掛けるとか、腕に備えられている((パイルバンカー|グレー・スケール))でのカウンター等、反撃を加えていただろう。

 

だが、今のシャルロットは何故かそれができなかった。

いや、想像に衝撃を受けて思い付かなかったというべきか。

 

焦りが焦りを呼び、致命的な隙になる。

 

(マズい―――ッ)

 

振り下ろされようとする装甲脚。

 

両手にあるカタールと併せてシャルロットに襲いかかろうとする。

 

「一夏ッ!」

 

身を強張らせ、なんとか頭を護るようにしゃがんだ瞬間、頭上を眩い閃光が奔り"蜘蛛"を襲った。

 

「ぐぉっ!?」

 

完全な不意打ちに吹っ飛ばされる"蜘蛛"。

 

続けざまに上空から紅の((閃光|レーザー))が降り注ぎ追撃をかけてくる。

 

「シャルロット、無事か!」

 

現れたのは、隙なく二刀を構えた箒であった。

 

「ほうき?」

 

「ああ。もうすぐラウラも来る。コイツの相手は任せろ。代わりに、一夏を頼む。」

 

「う、うん!」

下がるシャルロットと入れ替わり、箒は"蜘蛛"に斬りかかった。

 

 * * *

 

(もう、大丈夫そうだな。)

 

一夏は、倒れ伏したまま余力の全てを振りしぼって上げていた腕の力を抜いた。

一夏同様にエネルギーを使い果たして満身創痍ながらも逆転の一撃を叩きこむべく力を振り絞ってくれた白式も役目は終えたと言わんばかりにその装甲を光と散らす。

 

霞む視界には紅い影。

 

(箒が来たなら、大丈夫だろ。)

恐らく、速力に勝る箒を先行させたのだろう。

きっと、もう少ししたらラウラも追い付いてくる。

 

上空の敵には空を中心に簪、セシリア、鈴が当たっている。

目前の"蜘蛛"もシャルロット一人では少々キツかったようだが箒とラウラがやってくればあっという間にケリがつくだろう。

 

(ホントはここから退いた方がいいんだろうけど、そこまで余力は残って無い。)

 

だが、きっと、彼女たちならやってくれる。

 

そう信じて、一夏は再度朦朧としてきた意識を手放した。

最後に見えていたのはだんだんと近づいてくる『オレンジの何か』であった。

 

 * * *

 

(よし、シャルロットは一夏を連れて下がったな。)

 

それまで防御に回していた展開装甲をスラスターと攻撃に再設定しつつ箒は状況を確認する。

 

相手はアメリカの第二世代型《アラクネ》。

紅椿のデータベースの情報が間違っていないのならば八本ある装甲脚とそこに仕込まれた機銃以外はコレと言って特別な点は無い第二世代型だ。

 

(だが、操縦者が恐ろしいくらいに上手い。うまいし、狡猾だ。)

 

世代差などモノともせずに、攻めてくる相手に箒はやや防戦に回りがちになっていた。

 

当然、撤退支援の為に箒の側が防御に重きを置いていたというのもあるが、それでも片手間に攻められるような相手では無いのは確かだ。

 

(相手のダメージらしいモノは斬り落とされた装甲脚が一本と、多少の銃弾。シールドはそれほど削れていないと思った方がいいな。)

 

冷静に装甲脚を二刀でさばきながら相手を視る。

 

「まったく、『任せろ』と大見得を切ったはいいが…」

広げた大風呂敷は畳めるか?

まあ、アレは二人を下がらせるための方便だし、と箒は自己弁護をしつつ刀を振るい、レーザーを撃つ。

 

ふと違和感を感じるが相手の猛攻はなんとか箒も追い付いていける。

 

(なんだ、この違和感は…)

 

右からくる装甲脚を受け流し、左から来たカタールを斬り払い、次は―――

 

(しまったッ!)

 

「掛ったなァ!」

 

同じパターンが繰り返され慣れさせられてしまっていた。

そう気付いた時にはタイミングをずらした装甲脚の一撃に紅椿の装甲が削れ、体勢が大きく崩される。

 

「くっ、!」

 

脚の展開装甲をスラスターに転化して吹かし、強引に離脱を図る。

 

だが、それに追いすがってくる"アラクネ"。

((瞬時加速|イグニッション・ブースト))を使ったのか、あっという間に紅椿に追い付いてくる。

 

その両手にはショットガン。

 

(万事休すかっ!)

 

せめてもの足掻きで展開装甲を全て防御に再設定し銃撃に備える。

 

が、

 

「La………♪」

 

箒にとっては聞き覚えのある、むしろ忘れ難い((機械音声|マシンボイス))と共に輝く羽根が舞い落ち、"アラクネ"に突き刺さると同時に爆発した。

 

「何!?」

 

「これはっ!」

 

次々と飛来し、アラクネだけを狙って突き刺さる『光輝くエネルギー体の羽根』。

それはアラクネの装甲を削りシールドエネルギーを奪ってゆく。

 

「ちっ、新手か。」

 

"アラクネ"は二対一は流石に難しいと思ったのか離脱を図る。

 

装甲脚の機銃、両手に装備した銃、それらすべてを乱射して強引に作った間隙にもぐりこむ。

 

それとほぼ同時、

 

「がっ!?」

 

狙い澄ました、カノン砲による砲撃が"アラクネ"を撃ちすえる。

 

「済まない、遅くなった。」

 

ラウラからの通信に箒はほっと一息をつく。

 

「ああ、大丈夫だ。正直、危なかったから助かった。」

 

一度大きく息を吐き、ゆっくりと吸い直す。

改めて気合いを入れ直し、二刀を握り直す。

 

 

"アラクネ"を取り囲むように三機のISが迫る。

 

地上付近には箒の紅椿、研究棟の高さギリギリ程度の高度からラウラのシュヴァルツェア・レーゲンが砲撃体勢のまま接近中。

そして上空には『臨海学校の時の仇敵』を彷彿とさせる、二対の"光の翼"を持つ白銀のISが周囲に輝く"光の羽根"を展開させて滞空している。

 

「さて、神妙にお縄に着きなさい。それとも、まだやるつもり?」

 

上空の『白銀のIS』からのオープンチャンネル通信。

 

その声は箒やラウラにとって聞き覚えのあるモノだった。

 

「投降――」

 

包囲された"アラクネ"は武器を降ろし、

 

「―――すると思ったか?バーカ。」

 

急加速で箒に向かってくる"アラクネ"。

 

ラウラや"白銀のIS"が砲撃を仕掛けるが意に介さずに紅椿に向かってくる。

 

「なッ!?」

 

"アラクネ"の装甲脚が紅椿に組みついてくると同時に圧縮空気の抜けるような音と共に操縦者の女は転がるように物影へと隠れる。

 

「待――」

 

待て、そう言おうとした瞬間に紅椿は爆炎に包まれた。

 

 * * *

 

一方、上空でも勝負は決まりつつあった。

 

サイレント・ゼフィルスが見せた『((偏向射撃|フレキシブル・ショット))』にセシリアが動揺というピンチこそあったが簪の一喝で復活。

それから四対一の戦闘が続いていた。

 

 

そう言う意味では今の今まで撃墜されなかったエムとサイレント・ゼフィルスの健闘を讃えるべきだろう。

 

撃墜を考えず徹底的に回避と牽制に専念し続けた結果ではあるのだが。

 

「まったく、オータムめ。何時まで遊んでいるんだ?」

 

エムは思わずぼやく。

目当ての物の回収が済み次第連絡が入る手はずになっているのに一向に連絡が来ないが故に。

 

失敗の場合も同じく。

有るとすれば抵抗も出来ずに拘束された場合だが、相手はIS学園の学生。

一人職業軍人も混ざっているが、仮にも『((亡国機業|ファントム・タスク))』のエージェント。

それくらいならばどうにかできる程度の技量と狡猾さは持っている筈だ。

 

それに地上では"アラクネ"が戦闘中らしいのはハイパーセンサーからの情報でもはっきりとしている。

 

と、その時、地表で爆発音と共に爆炎が上がり"アラクネ"の反応が((消失|ロスト))した。

 

「自爆か。…潮時だな。」

 

オータムが機体を自爆させたという事はそれだけしなければ逃げ切れそうになかったからだろう。

 

なら、もうこの場に留まる義理も四機のISを留めておく義理も無い。

 

逃げの手としては『装備しているビットを全機展開し一斉掃射の後に自爆させて、その爆煙を煙幕代わりに離脱』あたりが無難だろう。

 

恐らく、追撃は無い。

相手のエネルギーは競技用リミッターの外されているゼフィルスやアラクネと違い心許無いハズだ。

 

そんな状態での追撃戦は危険すぎる。

先見の明がある、別動隊の事も見切った指揮官ならそんな無茶はさせない筈だ。

 

そう予測し、願い、エムは離脱の為の手立てを実行に移す。

 

 

ビット展開。

 

ついでにシールドビットも全機展開させておく。

 

大型ライフルも併せて全砲一斉射撃。

 

照準は当然適当だ。

 

相手の攻撃の出端が崩せたのでそのまま全てのビットを自爆させる。

 

盛大に広がる爆炎。

 

盲撃ちでの砲撃がかすめてヒヤリとするが、十分な高度を取れた処で全力で空域を離脱する。

 

「…まったく、厄介な相手だった。」

 

だが、不思議と嫌な気分ではない、むしろ清々しく心地よい疲労感を感じすらしていたエムだった。

説明
#67:再臨する"白銀"
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