インフィニット・ストラトス―絶望の海より生まれしモノ―#68
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槇篠技研地下 中枢演算室前

 

「…どうやら終わったみたいね。」

 

「………」

 

「そんなに警戒しなくてもいいわよ。別に取って食おうなんて考えてないから。」

 

「……………」

 

「はぁ、まったく。可愛い顔してるのに、そんな怖い顔ばっかりしてるとクセがつくわよ?」

 

「…………………」

 

「はいはい、それじゃ『楯無』に伝言してもらえる?『知りたかったら今夜は空の部屋に居ろ。』って。」

 

「……………………」

 

「それじゃ、伝言お願いね。メッセンジャー狐さん?」

 

「………………………」

 

「まったく、末恐ろしいというべきか…下手な諜報機関の下っ端より諜報員らしいじゃないの。」

 

本音が立ち去ったのを見送った女性はまた中枢演算室へと戻って行った。

 

 * * *

[side:箒]

 

"サイレント・ゼフィルス"の迎撃に回っていた空たちと合流した私たちは研究棟の一角にある医務室に集まっていた。

当然、千冬さんと姉さんも。

 

「――場所が場所だけに注意は必要ですが恐らく、問題は無いと思います。できれば大きな病院で一度検査を受けた方がいいとは思いますが。」

 

そこでは一夏がシャルロットに付き添われて眠っており、"アラクネ"の自爆で軽傷を負った私は手当てを受けていた。

手当てと言っても、紅椿に守られていた私は"念の為に軟膏を塗る"程度で終わりだが。

 

「そうですか。…判りました。ありがとうございます。」

 

「では、何かあったらあちらに居ますから声を掛けてくださいね。」

 

千冬さんが礼をすると駐在医の女性ははにかみながらそう告げて部屋の奥へと戻って行った。

 

いや、今いるこの部屋が医務室の奥にあるから手前へと戻ったというべきか。

 

それと入れ替わりに槇村さんとISスーツの上にフライトジャケットを羽織っただけのファイルスさんが現れる。

ファイルスさんがISスーツを着ているという事は、矢張りあの『天使モドキ』はファイルスさんのISなのか?

だが、((銀の福音|シルバリオ・ゴスペル))は………。

 

と、私が思考の海に潜り始めようとしたところで槇村さんは深々と頭を下げてきた。

 

「本当にごめんなさい。本当ならば私たちだけで対処しなければならなかった事なのに手伝ってもらって、その上にこんな事になってしまって。―――学園にも、後ほど正式に謝罪をさせてもらうわ。」

 

皆の視線は千冬さんに集まるが逆に千冬さんは私たちの方を見てくる。

 

そして視線は何故か、丁度千冬さんの視線の直線上に居た私に集まって来た。

 

…これは『私がどうにか返せ』という事なのか?

 

 

「ええと、頭を上げてください。私や一夏は今日ここの所属になった訳で居場所を守るのは当然ですし、みんなも考えよりも体の方が動いてたみたいですし。それに、困った時はお互い様でしょう。」

 

「……ありがとう。お詫びと言っては何だけど機体の修理は責任を持ってやらせて貰うわ。」

 

まさかの申し出に鈴やセシリア、それに簪の目が輝いた。

 

前に聞いた話によればここ、槇篠技研はIS技術開発の最先端を行く研究所。

そこの技術が用いられるという事は『最先端技術の一端』に触れられる可能性があると言う事だ。

 

「ですが、機密の問題が……」

 

そんな中で一人難色を示したのがラウラだった。

自国の最新鋭機を他国の―最先端を行く研究所相手でも見せる事は機密保持に反するのではないか、とでも思ったのだろう。

 

「大ジョーブ。そこは『((篠ノ之束|わたし))が有無を言わさずにやった』って言えばお偉いさんも黙るしかないから。」

 

朗らかに言う姉さん。

 

確かに、開発者直々の修理改修はどの国にとっても願ったりかなったりだろうし『篠ノ之束』を制御できる人間などいないと判っているから黙るしかないだろう。

 

「ああ、そうだ。ついでにちょっと改修もしちゃおう。ブルー・ティアーズはビットの数増やして、シールド・ビットとストライク・ビットもオマケ!甲龍はエネルギー効率をもうチョイ上げる位にしとかないとバランス崩れるだろうし、シュヴァルツェア・レーゲンはAICの方をちょろっと弄るのが限界かな?打鉄弐式にはウチで作ってた視線追跡型マルチロックオンシステムを積めばいいし、ラファールは、アレがあるし。」

 

一気にまくし立てられてセシリアも鈴もラウラも簪もぽかーん、としていた。

「すとらいく、びっと?」

 

「ああ、イギリスの依頼を受けて槇篠技研が開発してた三種類目のビットだよ。これと並行してBT兵器適性がD以上なら使えるBT兵器開発もしてたけど。ちなみにテストパイロットはBT兵器適性Dだったくーちゃんだよ。」

 

姉さんのセリフに夏休みに入って間もない頃の惨劇を思い出した。

あの時、空がBT兵器を使って来て驚いて撃墜、対セシリア戦法をとったらビットの足止め同時に砲撃で撃墜、基本的に何やってもビットに出端を潰されて本体に一撃必殺を撃ち込まれたな………三対一なのに綺麗に三人全員の脚を止めてくるから厄介どころじゃなかった。

 

ビットで足止めしてライフル、ビットで足止めしてミサイル、ビットで足止めしてパイルバンカー…酷い時はビットで足止めして鉄球とか。

本当に酷い目に遭った。

 

その代わりに槇篠技研名義の@クルーズの株主優待券をくれたけど。

…なんでも、所長がポケットマネーを使って技研名義で出資してるんだとか。

 

そういえばまだ使って無かったな。

今度一夏を誘って行って来るとしよう。

 

「あの、アレってなんですか?」

 

そこで俯いていたシャルロットが顔をあげた。

 

「んー、強いて言うならば『不器用な父親からのプレゼント』かな?」

 

『それじゃ、準備してくるよー!』と元気よく部屋を飛び出していく姉さんと『本当に、ありがとう』と一礼して出てゆく槇村さん。

 

そして残ったのは、私たちIS学園組とファイルスさん。

 

 

「そういえば、福音はもう大丈夫なのか?」

口火を切ったのは千冬さんだった。

 

「ええ。一時は自閉状態になってしまっていたけど、根気強く話しかけてたから。無事、通常の((第二形態移行|セカンドシフト))を迎えられたわ。」

 

「そうか。それは良かったな。」

 

本当に『良かった』と思っているのだろう、柔らかい笑みを浮かべる千冬さん。

今、さらっと流されたが思いっきり問題発言があったような気が…。

 

「福音の機体はアメリカで封印処理になったのでは?」

 

ラウラがそこに口を挟んだ。

 

「そうよ。いまここに在るのはここに来てからこの子と一緒に作った機体なの。」

 

そう言いながら首に下がっている銀色の十字架を優しく撫でるファイルスさん。

アレが、福音の待機状態なんだろう。

 

「まったく、技研脅威の技術力だな。」

 

「ホント。まさかあんなに早く『((銀の福音|シルバリオ・ゴスペル))』を再現できるとは思ってもみなかったわ。」

 

本当に、脅威の技術力だ。

 

オマケにそこに姉さんまでいる。

 

………それだけで襲撃される理由が十二分に在る気がするのは私だけだろうか。

 

「さて、みんな疲れてるだろうし部屋に案内するわ。機体の修理もあるから、逗留者用の部屋を確保してあるの。」

 

「言葉に甘えよう。一夏を置いて帰る訳にも行かないしな。」

 

千冬さんがちらり、とベッドに寝かされている一夏を一瞥する。

 

そこに寝かされた一夏は頭に包帯こそ巻いてあるがほぼ無傷で安らかに眠っていた。

 

「行くぞ、お前ら。」

 

「はい。」

 

その場に留まろうとするシャルロットをセシリアと私で左右から腕を抱え込み強制連行。

私たちはまるでホテルような逗留者用の宿泊施設へと移動した。

 

すると『準備が終わったら呼びに来る』と言ってファイルスさんは千冬さんを連れて何処かへと行ってしまう。

 

私たちはと言うと、―――早速、寝転がって寝息を立て始めていた。

珍しい事に案内された部屋は畳敷きだったのだ。

ホテルのような廊下と旅館のような内装でなんとも言い難い違和感というか日本らしいというか…

 

まず、鈴が盛大に手足を投げ出して寝転がった。

それに対してセシリアが苦言を呈するが、鈴が言葉巧みに誘導した結果、セシリアも寝転がる。

二人の寝息が聞こえてきたのはそのすぐ後だ。

 

簪と私も、瞼が重くなってきているので部屋の片隅に寝転がる。

 

畳の井草がいい匂いだ………。

 

ラウラは平気そうな様子だがシャルロットがしっかり抱きしめているせいで身動きが取れずに諦めて寝るようだ。

抱きつかれ暑さでぐったりしている訳ではないと信じたい。

 

矢張り、緊張が続くと疲れる。

 

 

………そういえば、何時の間に布仏は戻ってきていたのだろうか。

 

 * * *

[side:   ]

 

千冬はナターシャに連れられて研究所の奥へと歩いていた。

 

「で、なんでわざわざ連中を寝かせて来たんだ?」

 

「疲れてたみたいだし、それに――」

問に応えるナターシャの顔に陰りが入る。

 

「知らない方が、幸せか。」

 

「ご明察。」

 

ナターシャの簡潔な答えに千冬は溜め息を一つ。

 

「では、その後ろ暗い大人の話しを聞かせてもらおうか。」

 

その答えは、開いた扉が物語っていた。

 

 

応接室程度の広さの部屋にあるソファーに、相対で座ると千冬の前に資料が差し出された。

 

「狙われたのはISの無人制御用擬似生体デバイスと((剥離剤|リムーバー))。制御デバイスはデータが持ち出された形跡が残っていて、リムーバーはプロトタイプが一つ紛失を確認しています。」

 

被害情報を聞きながら千冬は差し出された資料を斜め読みする。

 

「ふむ、無人制御の方は宇宙開発における危険個所用か。………だが兵器転用も容易にできそうだな。」

 

「幸いにもまだまだ先は長い技術なのだけれど……とりあえずは人の形をしたロボットを遠隔操作できる程度のシロモノ。その人形に搭乗者をエミューレートしてISを起動させるのはまだまだ先。」

 

「だが、そこさえクリアしてしまえば無人制御のISが使える訳だ。」

 

「……ええ。リムーバーの方は、」

 

「ISを所有者から引きはがす為の道具、か。厄介だな。」

 

千冬の表情が歪む。

 

「無差別に出来ないようにするリミッターが未完成なんですよ。その代わりに一度使えば全てのISがコアネットワーク経由で生成したワクチンを入手して効かなくなる。」

 

「成る程。保険は掛けてあるという事か。―――ところで、」

 

「何かしら?」

 

「今更だがこの情報、部外者の私に教えてしまっても良かったのか?」

 

「撃退に協力してもらった謝礼って事で副所長から許可を貰ってます。それに、((学園|そちら))も無関係ではいられないのでしょうし。」

 

千冬はクラス対抗戦の時の無人機襲撃や福音の暴走事件の事を思い出す。

「…確かにな。」

 

千冬の溜め息は湿気て重い物だった。

 

 

「ああ、最後に一つ訊いていいか?」

 

「何ですか?」

 

「下手人の名前は?」

 

「………まだ確定ではないし私も又聞きなんだけど、…」

 

「推測でもいい。」

 

「所長は奴らをこう呼んだらしいです。」

 

 

―――――((亡国機業|ファントム・タスク))と。

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