インフィニット・ストラトス―絶望の海より生まれしモノ―#69
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夜。

 

本来ならば人は皆寝静まり、辺りを静寂が包みこむ時間。

 

だが、―――

 

 

「三番の伝導ケーブル持って来い!」

 

「バカ野郎!それはウチじゃねぇ!あっちだ!」

 

「おい、((七番|ウチ))の高周波カッター持ってったの誰だ!」

 

「一班が空間投射ディスプレイを二台借りたいってさ。」

 

「ふふふふ、やっちゃうよー。かんちゃんにオーケーサイン貰ったから自重を捨ててやっちゃうよー!」

「おー!」

 

「空ちゃんがコーヒー淹れてくれるって言ってるけど?」

 

「お願いしますっ!」

 

槇篠技研IS整備ハンガーは喧騒に包まれていた。

 

そんな喧騒から少し離れた場所にシャルロットは居た。

 

「あの、なんで僕だけこっちなんですか?」

 

((副所長|実奈))に連れられて辿り着いた先は地下。

 

エレベーターでは表示されていない、隠された階だった。

 

「見れば、判るわよ。」

 

実奈のセリフのすぐ後、エレベーターのドアが開く。

 

そこは、薄暗いIS用ハンガーだった。

 

「"秘匿された地下格納庫"って、ロマンだと思わない?」

 

唐突に言いだす実奈。

 

「秘匿された格納庫。そこに眠るは鋼鉄の翼。ピンチになったら真打登場!…なーんてね。」

 

子供みたいな笑顔で語る実奈にシャルロットは思わず呟く。

 

「…何処の子供向けアニメの話ですか。」

 

「あら、簪さんだっけ?あの、打鉄の子。あの子は嬉々としてノってくれたけど?」

 

「アレは簪だからですよ。」

 

簪のアニメ好きの特撮好きは((専用機持ち|なかまうち))では有名な話である。

 

その中でもいくつかのジャンルに関しては一夏も楽しげにノって行くため、話に着いていくべく見始めたらハマったという事もあったのだがここでは蛇足なので割愛しておく。

 

「あら、残念。…その"お約束"が実現できるのにその喜びを分かち合えないなんて、本当に残念だわ。」

 

「…え?」

 

実奈が壁際にあるスイッチを押す。

 

すると、薄暗い格納庫の一点が照らし出される。

 

 

「あ………」

 

シャルロットは照らされたソレから目を離せなくなった。

 

照らし出されているのは、一台のISであった。

 

全体として小ぶりな装甲。

大型のリアスカートに、スキンアーマーのみの右腕部とシールド一体型の腕部装甲が備えられた左腕部。

ラファールタイプの特徴的な((多方向加速推進翼|マルチ・ウィング・スラスター))の基部にはなにやらハードポイントらしきモノが備えられている。

 

そして、その装甲の色は鮮やかなオレンジ。

シャルロットの相棒『ラファール・リヴァイヴ・カスタムII』と同じ色であった。

 

不意に、医務室で昼間聞いたセリフがシャルロットの脳裏に蘇ってくる。

 

『不器用な父親からのプレゼントかな。』

では、これは―――

 

「フランス製第三世代型試作機、ラファール・リヴァイヴ・カスタムIII[((Orchis|オキシス))]。――デュノア社からの預かり物。……私たちはラファール・オーキスって呼んでるけどね。」

 

そんな実奈の説明もシャルロットには届いていないようだった。

 

「ラファール、オーキス………」

 

「さて、それじゃあ始めましょうか。」

 

「始めるって、何をですか?」

 

「決まっているじゃない。"お色直し"よ。」

 

この場面を箒が見ていたらきっとこう言っただろう。

『まるで、あの時の姉さんのようだ』と。

 

 * * *

 

その頃、簪は打鉄弐式を本音と束に任せて別の場所に居た。

 

「それでは、始めましょうか。『楯無』さん?」

 

「………そうですね。」

 

槇篠技研、その地下十九階という深さにある一室。

しかもその一室に繋がるエレベータは一台しか無く、『中枢演算室』の迷路のような通路を抜けた最深部にあるという、正に『隠された一室』。

 

その部屋の入り口には『所長室』という飾りっ気の欠片も無いプレートが添えられていた。

 

「それでは改めて、槇篠技研所長代理。槇村((千凪|ちなぎ))よ。」

 

「……対暗部組織『更識』当主、十八代『楯無』。…更識簪。」

 

互いに名乗りながら、簪は『ちなぎ』と名乗った女性を観察する。

 

Yシャツスラックスに白衣という『The研究者』的な服装の人懐こそうで中性的な顔立ちをした女性。

……何処となく見覚えのあるような気がするのは気のせいだろうか。

 

「では、簪さん。腹の探り合いをしても時間の無駄だから単刀直入に言わせてもらうわ。」

 

「…」

前置きに簪はこくり、と頷く。

 

「あなた、何を知りたかったの?」

 

そう言う((千凪|ちなぎ))。

 

「………」

 

簪は思考する。

どうするのが、一番なのかを。

 

簪自身、このような交渉事の経験が少ないのは百も承知の上だ。

 

故に考える。

((先代|ねえさん))なら、((先々代|おじいちゃん))なら、どのような対応をしたのか、考える。

 

そして出した『簪の答え』は…

 

「この技研が、何を目指して、何を求めているのか。」

 

相手が単刀直入に来るなら、こちらも真正面から受けて立つ。

 

「そして、その為に何をしているのか。」

 

さあ、答えてみろ。

真正面からぶつかって、相手の出方を窺う。

『楯無』となるべく様々な修養を積み重ねてきた。

相手の出方が判れば、自分でも何とかなるかもしれない。

 

そう思っての行動であったが…

 

「…((彼|・))の目的は『ISを本来の姿に戻す事』。その為にこの技研は作られた。」

 

一番有り難く、一番反応に困る返し方をされて、簪は一瞬思考停止に陥りかけた。

 

まさか、真正面から返してくるなんて。

 

「ISの、本来の姿?」

それに、千凪の言う『彼』という新たな存在。

それが何故か頭に引っ掛かる。

 

「ISが当初はどのような用途で開発されていたか、知っているでしょう。」

 

「はい。宇宙開発用汎用パワードスーツ…でしたよね。」

 

「そう。((障害物破砕用衝撃砲|アステロイド・バスター))だったものが『敵』を撃つ為の荷電粒子砲に、建材加工用のカッターが『敵』を斬る為のブレードに、装着者を宇宙の放射線や熱から守る為のバリアも、敵の攻撃から身を守る為のシールドに。その原因は―――」

 

 

「…白騎士事件。日本に対して少なくとも二千三百四十一発以上の大陸間弾道弾が発射されて、それらを全てたった一機のISが撃破。続けて派遣された各国軍を死者を一人も出さずに撃退し姿をくらました。」

 

「最後の部分に関しては若干誇張が入ってるけど、その通りよ。それ以来、ISは兵器としてしか扱われなくなった。その((元凶|・・))を潰し、本来の姿に戻す。それが技研の、『宇宙開発の為のIS開発』という表向きの目的を達する為の、彼と私の目的。」

 

「………」

 

「一つ言っておくけど、この件は日本政府も『更識』も承知のハズよ?」

 

「…え?」

 

「白騎士事件が起こる少し前位に、『彼』が今後の予定を伝えに更識の本家に出向いたりもしているし。…そもそもでISが開発できたのも『彼』に当時の『楯無』が賛同してくれて、政府と繋がりを持てたからなのよ?」

 

まさかのIS開発秘話が飛び出してくる。

 

「その、『賛同した楯無』って…何年くらい前の話なんですか?」

 

「大体、十年くらい前かしら。」

 

(お、おじいちゃん―――!)

 

簪は思わず叫びそうになった。

 

簪が十八代『楯無』を襲名する事になったのは十七代『楯無』である姉が自由国籍となりロシア国籍を取得、ロシア代表候補生になったからだ。

ちなみに現在も『先代の楯無』である姉が楯無を名乗っているのはロシアでの国籍取得時に『更識楯無』で国籍を取ったからで、簪が『楯無』を名乗って居ないのは防諜上その方が良いのと、『裏』の名前は余り表に出すべきものではないからである。

 

確かに、急な事ではあった。

だからって、こんな重要な事をなんで教えてくれなかったのだろうか。

 

今度実家に帰ったら問い詰めてやる、と心に決め簪は改めて千凪と向き合う。

 

「…判りました。とりあえず先々代と『OHANASHI』してみます。」

 

ぎゅっと握り拳を作る簪。

その『オハナシ』とやらは肉体言語も伴うだろう事が容易に想像できる。

 

「これからも、良き((共犯者|・・・))であって欲しいわ。」

 

「―――そうですね。」

 

色々と身内に対しての文句が募る『秘密』の話はここで幕を下ろすのであった。

 

「ああ、判ってると思うけど…」

 

「『楯無』の銘に賭けるまでも無く、((暗部の常識|他言無用))くらいは守りますよ。」

 

「なら、いいわ。」

 

 

「ああ、そうだ。」

席を立ってドアに向かう途中に、簪はふと思い出したかのように立ち止まる。

 

「その『元凶』の名前、教えてもらえますか?」

 

「ええ、いいわよ。―――ヤツらの名は、」

 

 

 

 

 

 

―――((亡国機業|ファントム・タスク))。

説明
#69:影と、闇と、蘭華一輪

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