インフィニット・ストラトス―絶望の海より生まれしモノ―#70
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槇篠技研現行IS研究棟横 試験用アリーナ。

 

そこは夜も遅くだというのに、六つの影が所狭しと飛び回っていた。

 

 

「この様子なら、六機とも問題はなさそうだな。」

「まあ、打鉄と紅椿は篠ノ之博士が直々にやって、ラファールも送られてきた完成品の調整しかやってませんからね。」

「他の機体も微調整とちょっとパーツを追加しただけですし。」

 

そしてその様子を見上げるのは六つの影――六機のIS達を整備していた整備班の面々。

 

「よーし、兵装のチェックが終わったら最終点検とクールダウン、始めるぞ。その旨を嬢ちゃんたちにも伝えてやってくれ。」

 

「はいッす。」

 

槇篠技研IS整備班。

自らの全てをISに注ぎ込んできた、根っからの((機械狂|メカマニア))であり、熱き魂と子供心を何時までも忘れない漢たちの集まりである。

 

………どーでもいい上に本筋とは全く関係ないのだが。

 

 * * *

六人の((戦乙女|ヴァルキリー))の卵たちが空を飛びまわっている頃―――

 

「………マスター、おかわり。」

 

「まったく、飲み過ぎだよ。ちーちゃん。」

 

「うるさい。」

 

逗留者施設の一角にあるバー。

そこで、千冬と束はグラスを傾けていた。

 

正確には浴びるように強い酒を頼み、飲み続ける千冬を束が窘めていた。

 

「まったく。自棄酒なんて楽しくもないでしょ。………特に付き合わされる私が。」

 

「………一夏が怪我して、目を覚ましていないのに、楽しい酒が飲めるものか。」

 

「あらら、やっぱりソレかぁ。」

 

束も喉をうるおす程度にグラスを傾ける。

 

「自分が出なかった事、後悔してるんでしょ。それとも、いっくんを危険に晒し続けている自分を責めてるのかな?」

 

「………」

 

「今のちーちゃんはIS学園の先生。"暮桜"を駆る((世界最強|ブリュンヒルデ))じゃないし、暮桜も手元に在る訳じゃない。一生徒のいっくんだけを守り続けるなんて、出来やしない。」

 

「………」

 

「はぁ、強情だなぁ。まあ、ちーちゃんらしいけど。」

 

語りかけられている間もグラスを黙々と傾け続ける千冬に束は溜め息をつく。

 

「少しは、昔の相棒を信用してあげたら?あっくんとちーちゃんの背中を追って成長し続けてるいっくんも、((白騎士事件|あ))のとき、ちーちゃんを守り抜いてくれた((白騎士|あいぼう))の((ISコア|たましい))を継いだ((白式|こ))も。」

 

決して遠くは無いが、話す事を躊躇わないで済む程度の距離にいる初老のマスターに気を使って束は言葉を選んで語りかける。

 

「………」

 

「それとも、信用できない?いっくんの事を。―――あっくんが遺した、『一番目』を。」

 

「………」

 

その時、千冬の手がぴたりと止まった。

 

「………まるで、遺品みたいな言い方だな。」

 

「まあ、生死不明の消息不明だからね。」

 

にゃはは、と笑いながら束は自分のグラスを傾ける。

 

「………そういえば、そうだったな。」

 

その呟きは一体どちらに対しての応えなのか。

 

 

テーブルに置かれたグラスの氷が『カラン』と音を立てる。

そのグラスにはまだ琥珀色の液体が残っていた。

 

「………マスター、済まないが水を貰えるか?」

 

「はい、ただいま。」

 

グラスに満たされた水。

 

差し出されたソレを受け取ると千冬は躊躇う事なく自身の頭上で傾けた。

 

「わわ、」

 

「これはタオルが必要ですかな。」

 

驚く束、『おやおや』と言う様子でタオルを取りに行くマスター。

 

「――――ふう。」

 

「まったくもう、妙な処で雄々しいんだから。」

 

頭から水を被るという方法をとった千冬に、束は苦笑する。

 

濡れた髪からポタポタと雫が垂れる。

 

だが、その雫と共に千冬に巣くっていた『何か』が一緒に零れおちていく様子が束には見えた。

 

「……束。」

 

「何かな、ちーちゃん。」

 

「幾つか、面倒事を頼みたい。」

 

「あい、おーらい。その続きは私の((研究室|へや))で。」

 

「………そうだな。」

 

「ついでに、そんな面倒事を頼まれる私の愚痴を聞いてくれると助かるんだけど。」

バーのマスターに頼み、一升瓶を受け取りながら束は言う。

 

「………仕方ないな、付き合ってやる。」

憎まれ口を叩きながらも、内心では気遣ってくれる幼馴染に感謝していた。

 

(私も、まだまだ未熟者だな。みんなに支えられてばかりだ。空斗兄さんにも、束にも、一夏にも………)

 

『今度は、自分が支える番だ』

 

そう、心に決めて千冬は立ち上がる。

 

その瞳は燃え立つ気炎で輝いていた。

 

 

 * * *

[side:一夏]

 

なんだか、気がついたら朝だった。

オマケに目が覚めてみれば保健室みたいな場所のベッドの上で、頭には漫画チックに包帯が巻かれていて、そのくせ怪我はないという不思議な状態で。

 

「………そーいえば俺、シャルを庇ってやられたんだっけな。」

 

今思い返してみれば無茶苦茶な事をやったもんだ。

たったの数メートルを((瞬時加速|イグニッション・ブースト))で詰め、((瞬時加速|イグニッション・ブースト))での逆噴射と全力のPIC、更にはシャルを押しのけた時の反作用も使っての完全停止。

同時にアサルトライフルを投棄して雪片を展開と同時に零落白夜の発動、直後に斬る。

 

コレ、ほんの数秒の間にやれたんだぜ?

 

「人間、やればできるもんだな。」

 

というか、火事場の馬鹿力というヤツだろう。

 

その後はちょっと遠のいてた意識が戻ってきて、雀の涙ほど残ってたエネルギーをかき集めた荷電粒子砲を撃って、そのままバタン。――だったか?

 

「お前にも、無茶させちまったみたいだな。」

 

腕の白式を軽く撫でる。

 

実際、俺の無茶に応えてくれたんだ。近いうちにフルメンテをしてやりたいものだ。

……流石に簡単な手入れ以外は束さんにお願いするしかないのが現状なのだが。

 

ううむ、どうしたものか。

束さんに日常整備的なモノのやり方でも教わった方がいいのだろうか。

 

とか、何とか思案していると、

 

「あら、目が覚めたのね。」

 

見知らぬ、けれども見覚えのあるような気のする女の人が部屋に入ってきた。

 

「ふうん………。」

 

俺の寝ていたベッドの傍まで来たその人はまじまじと俺の目を見つめてくる。

 

気恥ずかしいのだが、何故か顔を逸らせない。

 

「眼の色、『彼』にそっくりね。」

 

「え?」

 

「他の彼女達は食堂で朝食中よ。もうすぐ空が来るだろうから、案内してもらいなさいな。」

 

「はぁ…」

 

正直、掴みどころが見つからない。

束さんとは違った意味で飄々とした人だな…

 

「それじゃあね。」

 

「あ、!」

 

俺が呼び止めようとしてもそのままスタスタと出て行ってしまう。

 

「………何者なんだ、あの人。」

 

それに、誰かに似てるんだよな。

……あー、出てこねぇ。

 

程なくして空が現れるのだが、その時まで俺はウンウンと唸りながら『誰に似ているのか』を考えていた。

………答えは思い付かなかったが。

 

 * * *

 

『そういえばそうだった』と存在を忘れられていた事を突き付けられて凹んだ朝食の後、俺たちは来た時同様にバスを手配してもらってそれに乗って帰る事になった。

 

それにしても―――――シャル、幾らなんでも『あれ、何処行ってたの?』は酷過ぎるぞ………

 

 

 

「それでは、世話になった。」

 

「こちらこそ、色々と助かりました。」

 

 

見送りに来たファイルスさんと笑顔で話す千冬姉。

 

 

「今度IS学園の文化祭がある。時間が合えば、その時にでも呑みに行こう。もちろん、招待状は手配しておく。」

 

「楽しみにさせてもらいますよ。」

 

この場に居るのは俺と千冬姉とファイルスさん、そして空の四人だけ。

 

理由は副所長の槇村さんは行き同様にバスの運転席で準備中、箒たちは物凄く眠そうにしていたので先にバスに乗って今頃は夢の中だろう。

昨日、久々に荒事があったから興奮してしまって寝れなかったとか、そう言うのでもあったのか?

でもそう云う類の事に慣れてる筈のラウラもそうなってるし…夜更かしでもしてたのは間違いなさそうだ。

 

まあ、詳細を訊くつもりも詮索する気も無いが。

 

ちなみに見送りはファイルスさんと空の二人。

空に関してはこの後荷物を纏めたり何だりの後に学園に戻ってくるらしいが。

 

「ああ、あと束に伝言を頼めるか?」

 

「どんな用件です?」

 

「無理はしないでくれ、と。」

 

「判りました。伝えておきます。」

 

「頼む。」

 

丁度、会話が切れ目を迎えたところでバスの方から準備が整ったという旨の声がかかる。

 

「では、また。」

 

「招待状、待ってますから。」

 

俺は軽く会釈して、千冬姉はそう言い合ってからバスに乗り込んだ。

 

これからまた数時間に及ぶバス移動の始まりだ。

 

「なぁ、一夏。」

 

「ん?」

 

席に着く直前、声を掛けられて俺は振り向く。

名前で呼んできてるから、私的な事なんだろうけど。

 

…帰ったら『アレが食べたい』とかそういうのだろうか。

だとしたら冷蔵庫の中身を確認して買い物にも出ないと―――

 

「支えられっぱなしの頼りない、頼りがいの無い姉だが、私に――――いや、何でも無い。」

 

この話は終わりだといわんばかりに二人掛けの席の窓側に俺を押し込んで、通路側に座る千冬姉。

 

全員が席に着いた事を確認できたのか、ドアが閉まりバスは動き出す。

 

「いざとなったら、頼りにしてるからな。千冬姉。」

 

「………ふん。」

 

不機嫌そうな反応ではあったけど、顔をそむけたままの千冬姉はどこか嬉しそうだった。

説明
#70:動き出す者たち
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