5人の夏 ―第三幕―
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             第3幕 

           「だから、なんでそうなるのさ。」

夏キャンプまであと2日と迫った、火曜日。ゆみの部屋。

        「イイじゃん!これもアルバイトだと思えば!2日で2万円だよ?旅館でもないのにさあ。2日間くらい泊めてよ〜!」

旅行バッグの隙間からピンクの洗面道具のポーチがのぞく。

        「はいはい。っで?誰にひかちゃんの部屋を貸したの?」

ゆみが呆れながら、ひかるの荷物を一緒に2階の空き部屋にはこぶ。その部屋は、ひかるが泊まりに来る時の為に開けているので、ほぼひかるのものである。

        「同じクラスの五条 麻里絵さんって言う人。」

ゆみは驚いて荷物を落としそうになり、慌てて持ちなおす。

五条 麻里絵といえば、かの有名な“五条かんぱにー”の社長礼嬢。保育園の頃から送り迎えはリムジンという、異常なほどのお金持ち。

        「確かにひかちゃんのマンションはきれいだけどさあ、なんでそんなお金持ちがわざわざひかちゃんのところに?」

       「…よくわかんないけど、一般庶民の暮らしの体験がしたいんじゃない?」

ひかるはぶっきらぼうに答える。そんなことひかるに聞いてもわかるはずもない。仮にも、泊まらせる相手が仲良しの友人だったら、ひかるもとっくに理由は聞き出している。

しかし、相手はあいさつをし合う程度の、しかも社長礼嬢ときている。ひかるが遠慮して理由を聞かないのも、無理はない。

       「…でもさあ、だったら、こう…なんて言うか、ひかちゃんに頼まなくても良いわけじゃん?」

ひかるもそれにはうなずいて、

      「そこなんだよね、ちょっと気になるのがさ。うちに恨みがあるのかな〜?

んでもって、マンション返してもらったら、めちゃくちゃ…とか?」

と苦笑い。

      「まさか…ねえ。警察沙汰じゃん。それって。」

      「いや、ありえるかもよ?親の権力で、もみ消しちゃったりして!」

      「証拠隠滅のために、ころされたりしてね…。」 

      「そうそう。それでさ、… …」

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              ピンポーン

ふたりが妄想に花を咲かせていると、会話に割り込むように突然チャイムが鳴った。

     「はいはーい!誰ですか?」

サンダルを引っ掛けながら、ゆみはガラッと玄関を開ける。 

     「はじめまして。私、五条 麻里絵という者なのですが…、あの…」

噂をすれば、なんとやら。雪のように白い肌に口紅を塗ったような赤い唇と、長いまつげに、ゆみはしばし見とれてしまった。

恥ずかしそうに口ごもり、自分の手とゆみの顔を交互に見つめ、照れくさそうにうつむく。

栗色のウエーブがかった髪の毛が綺麗。とゆみは思った。

     「もしかして、ひかるかな?」 

     「あ、はい!っでも別にたいした用はなくて…。」

麻里絵は慌ててそう言うと、

     「ただ、これが渡したくて。」

と言って、茶色の封筒をゆみに手渡す。

     「もしかして…。お金?」

     「あ、はい。宿泊費です。少なくて悪いのですが…。」

その封筒から透けて見えるしわのない一万円札を見て、ゆみはあらためて麻里絵の裕福さを感じた。とはいえ、2日で2万円は高過ぎるし、こんなことは許されるはずがない。ゆみは麻里絵に封筒を差し出して、首を振った。

     「いいえ。これはいりません。もらうわけにはいかないの。」

     「えっ?でも…。」

麻里絵はゆみの意外な言葉に動揺しているようだった。

     「私が泊めてあげられるし、2日くらいどってことないわ。」

ゆみはにっこり笑うと、

      「あがっていけば?っといっても、たいした物もないけどね。」

といって、麻里絵を部屋に上がらせる。

     「失礼致します。」

麻里絵は行儀よく床に正座して、まもなくしてひかるがついできた紅茶をすすった。

     「口に合うかどうかわからないけど…。」

ひかるは心配そうに麻里絵の顔をのぞきこむ。

     「…おいしいわ。」

麻里絵はひかるに向かって、にっこりわらった。その言葉は、決してお世辞ではなく、心のそこからの「おいしい」の言葉だった。

     「そんな事言ってさ、麻里絵さんの家のだったらこんなの比べ物にならないはずだよ。でもね、このハーブの紅茶は、うちのママの畑で取れたハーブを天日干しにして作ったやつなの。お砂糖以外は、何にも入ってないし健康てきなの。」

ひかるは照れくさそうに、自分のカップにも紅茶を注ぐ。

      「だから。この紅茶とってもおいしい。自然のままの味の中にも、愛情のような優しい風味があって、心まで温かくなるの。こんなの初めてです。」

ひかるは「おおげさよ。」と言いながら、嬉しそうに紅茶を飲み干す。

                 *

しばらく雑談をしてから、ゆみはさりげなく麻里絵に聞いた。

    「どうして、ひかちゃんの部屋を借りようとおもったの?」

ゆみは、麻里絵が躊躇して沈黙するだろうと身構えたが、麻里絵は気にも留めぬ様子で話し出した。

    「3年前でした。私が中学生の時です。」

麻里絵と父親とは、一年に3度程しか顔を合わせる事はなかった。 

それもそのはず、麻里絵の父親、清は、麻里絵の幼稚園卒業後すぐ新事業に着手する為に中国へ旅立っていた。予算3億円の、中国でも一位・2位をあらそう工場を立て、中国の安い労働者を求めて、上海にビルを建てた。そのビルは、宣伝の為でもあったのだが、これらの中国進出は「五条かんぱにー」にとって大きな賭けでもあった。

「五条かんぱにー」は昭和時代に清の祖父の代に設立され、昔からの伝統的な方法で、手間ひま掛けて家具を作り続けていた。「五条かんぱにー」の家具はしっかりしていて日持ちが良いと評判であったが、バブル崩壊後、「質より量」という新たな社会になり、

「五条かんぱにー」のような伝統派の企業の売上は、年おうごとに減って行き、倒産に追い込まれるまでになった。それに危機感を持った清は、伝統を捨てる事に強く反発していた祖父代吉の死後、「五条かんぱにー」を食品メインの会社に切り替え、当時注目されていたダイエット食品の大量生産に踏み込んだ。そしてよりコストを落として、新事業に着手する為に、人件費の安い中国へ進出を決意したのである。

     「その新事業が原因?」

ゆみが控えめにそう尋ねると、麻里絵は少し考えてからうなずいた。 

     「そういうことになるのかもしれません。…新事業は始めはとてもうまくいっていました。でも、父はもともと家具職人だったから、やっぱり食品を専門に学んで経営している敵会社には勝てなかったんです。」

そしてついに3年前の正月。麻里絵は母の口から離婚の話しを聞いた。もともと母の実家は有名な旅館で、お金には苦労しなかったのもあり、「五条かんぱにー」の倒産危機を知った母方の祖父が、強引にふたりを実家に呼んだのだった。

 そこまで話して、麻里絵はほっとため息をついた。

     「でも、姓は…?離婚したんでしょう?」

     「ええ。一時は。でも、もともと同じ姓なんです、ふたりとも。結婚式の時にもね、結婚もしていないのに、姓がおんなじだって騒がれたんですって。」

離婚した後、「五条かんぱにー」は、どうにか体制をととのえて、その翌年にはテレビやインターネットに大きく載るくらいの食品企業として有名になった。すると電話も許さなかった母方の祖父の態度が変わり、父に母との復縁を持ちかけ、父は麻里絵のこともあり快く再婚に踏み切った。

     「私、許せなかったの。祖父の態度も、自分勝手なパパも、人に頼って自分の意思を表さないママも。何もかもいやになった。だから、家出しようとおもって。でも、家出を相談できる信頼する親友なんていなくて…。でも、いつも明るくてやさしそうなひかるさんなら、黙って私に部屋を貸してくださると思ったんです。ゆみさんとの事は、友人に聞いていましたから。」

ゆみは、紅茶を飲んでいる麻里絵に心配していた事を話した。

     「でも、大丈夫かしら?捜索願いを出されたら、大変だし…。」

すると麻里絵は、少し微笑んで寂しげに答える。

     「その心配は要りません。私の家は、なによりも世間の目を気にするんです。私を探すにしても、内密に探すはず。決して、迷惑は掛けません。」

そこまで言って、麻里絵は少しためらってから、

「…洋服を貸していただきたいんです。家からほとんど何も持ってこれなくて…。

おねがいします。」」

と、頭をさげた。

するとひかるは突然笑い出して、

     「そんな事なら、わたしたちにまかせなさ〜いっ!!」

と言って麻里絵の肩を優しくたたいた。そして当惑しているゆみを、

     「ほら、何ボケ―っとしてんのさ。早く準備して!」

と無理やり立たせた。 

     「ひかちゃん?何考えてんの?」

     「はっ?」

     「もしかして、麻里絵さんを夏キャンプに…」

     「あったり〜!ねっ?麻里絵!イイ考えでしょ?」

驚いて呆然としている麻里絵に、ひかるは軽くウインク。

     「ちょっと、呼び捨てはやめなさい。」

ゆみがひかるに言うと、麻里絵はうれしそうに、

     「いいんです!私、逆に嬉しいんです。呼び捨てされた事ないし…、憧れてたんです!」

とゆみに笑いかける。それ以上なにも言えなくなったゆみは、麻里絵に本当に一緒に行きたいかと尋ねた。

     「もちろん!ただ、お邪魔でなければ…。」

     「じゃま?ンなわけないない!決定だね〜!」

ひかるはそう言って、ゆみに有無も言わさず麻里絵の荷物の準備にとりかかった。

                *

 ゆみはひかると楽しそうに話している麻里絵の笑顔を見て、ふと、親の勝手さを思った。

どんな時でも子供を振り回すのは親の事情である。どんなにしょうがない事でも、そうでないものでも、親たちは子供の事情には耳を貸そうともしない。そのくせ、自分達の事情を子供に押し付けて、自分は平気な顔。

      (…だから、子供は早く大人になりたがるのかしら。) 

ゆみはぼんやりと窓の外を見ていた。 

       ゲロロ…       ゲロロ…    

     

      

      

 

説明
5人の夏 第三幕です
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コメント
これで5人ですね。どんな話がまっているか楽しみです(華詩)
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隅田川 5人  ひかる カエル 

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