とある武術の対抗手段《カウンターメジャー》 第一章 匹夫之優:三
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匹夫之優:三

 

 白井黒子との模擬戦を終えた廷兼郎は、訓練施設内の食堂で遅めの昼食を取っていた。半熟卵のカルボーナーラに親子丼に卵チャーハンという、コレステロールに真っ向から勝負を仕掛けるメニューを、これまた嬉しそうに平らげていた。

 その向かいには、模擬戦を行って見事に失神させられた白井が座っていた。廷兼郎が食堂へ行こうとしたら、何故か付いてきて、何故か向かいに座っていた。

 その何故をいちいち聞くのも失礼な気がして、廷兼郎はとりあえず腹を満たすことにした。別に体に異常がないなら帰れば良いのにとは、自身が絞め落とした手前、口が裂けても言えなかった。

 

 廷兼郎は卵尽くしを、白井はサラダを黙々と食べていた。目の前の食べ物しか見えていないように思える廷兼郎だが、先ほどの模擬繊以上の頭脳戦を勝手に自分だけで繰り広げていた。

 

(何で帰らないで白井さんは飯を食ってるんだ? 俺と同じでお昼食べてないのか。だとしても何故ここで食べるんだ? 自分の家か寮に帰ってからでもいいじゃないか。そんなに我慢できなかったのか。そして何故俺の前で食べる? 当てつけか? 当てつけなのか? よくも腹を蹴り上げてくれたなっていうことなのか? 言ってくれれば謝るのに、何で言ってくれないの?

てかさっきから何も喋ってないよこの人。いや俺も喋ってないけど。何か、こういう場面では男が先に話題振れってことか。いや、俺はそんな恋愛至上主義が生み出した悪しき慣習なんぞに引っ張られん。そもそも気の利いたことなんて言えないよ。女子中学生と何話せってんだ。ある意味天国と地獄が両脇でタップダンスだよ! このままだと地獄に転ぶのは火を見るより明らかだぜ。

てかサラダだぞ。飯じゃない。バナナはおやつでも、サラダはご飯じゃない。まさか、これ昼ごはんなのか? あれか、これが世に言うダイエットってやつか。それともベジタリアンなのか。そういう個々人の主義主張には首を突っ込みたくないが、もっと高カロリーなもの食べんといかん、いかんよこれは。天下の常盤台がこれではいかんですよ!)

 

 こと闘いという要素が絡まないと、廷兼郎は単なる繊細で気を使いすぎるくせに肝心なことには頭の回らない面倒な男子高校生となってしまう。

「白井さん!」

 ついには耐え切れず、廷兼郎は大声で白井を呼んだ。

「な、何ですの?」

「豆喰え、豆!」

 白井は呆れた顔で「はあ?」とだけ漏らし、気の毒そうな目で廷兼郎を見つめていた。思ったような反応ではなかったので、廷兼郎もこれは悪手であることを瞬時に悟った。

「豆というのはですね、畑の肉と呼ばれるほど高い栄養素を含んでいましてね、それに食物繊維も豊富だからダイエットにも最適ですよ。ベジタリアンの方にも人気ですので是非……」

 さらに白井は「はあ?」と返す。とても人間に向けるものとは思えない視線は、廷兼郎が墓穴を掘ったことは火を見るよりも明らかだということを如実に現していた。

 

「別にわたくし、ダイエットしてるわけでも、ベジタリアンでもありませんの。あなたとお話したかっただけですわ」

「話、ですか。何でしょう?」

「負け惜しみではありませんが、やはり総合的な能力において、わたくしが廷兼さんに負けているとは思えませんの」

 物怖じしたり、遠慮したりする素振りを一切見せず、白井は言い放った。これほど正面から言われては、却って心地良さを感じてしまう。

「はい、その通りです。僕よりあなたのほうが優れている。それは覆りません」

 廷兼郎も一切引かず、真っ向から白井を肯定した。

「ならわたくしが廷兼さんに負けたのは、偶然ですのね」

「勝負事というのは、一回一回が決着です。そういう意味では、偶然といえます。だけど、もう一度僕と戦ったとして、白井さんが戦い方を変えないようなら、あなたは偶然、もう一度負けます」

「……どういうことですの?」

「簡単なことです。白井さんは僕に格闘を挑んできた。だから負けた」

「格闘? 空間移動《テレポート》を使ったあの闘いが?」

 

「僕に近づくまでは空間移動《テレポート》を使いましたが、最終的な攻撃は蹴り、掴みと、まさに格闘でしたよ。それなら僕にも対抗する余地はある」

 確かに白井は空間移動《テレポート》で一気に間合いを詰めたり、連続で空間移動《テレポート》して目を眩ましたりしたが、肝心の攻撃手段は格闘技のそれであった。ならば、格闘技に精通した廷兼郎に負けるのもむべなるかな、ということだ。

「それが、敗因ですのね」

「……そう。より直接的な手段を使われていたら、僕は負けていた」

「直接的な手段、とは?」

 廷兼郎は食べ終わったカルボナーラの皿を叩いて言った。

 

「例えば、この皿を僕の首に空間移動《テレポート》させる、とか」

 

 二人の間に、こわい空気が張り詰める。互いに『死』を意識し、それが体中から滲み出る。殺気のようでいて殺気ではない。より単純な『死』という意識が濃密に漂う。

 皿を空間移動《テレポート》させる。ただそれだけで、目の前の男が死ぬ。そんなことを言われては、意識せざるを得ない。

「嫌なことを言いますわね」

「すみません」

 ようやく空気が通常に戻り、二人して大きく息を吐いた。

 食べ終わった食器に視線を落として、廷兼郎が独り言のように呟いた。

「空間移動《テレポート》。素晴らしい能力です。無能力《レベル0》の僕から見れば、夢のような力だ。この能力の真価は、一対一の勝負で計れるようなものではないと思います。あなたが負けたのも、偶然と言えば偶然です。僕のような相手に格闘を挑むのが危険だと言うことが分かったのなら、同じことはしないでしょう」

「ええ。同じ轍は踏みませんわ」

 

「それならどうか、こだわらないでください。目の前の勝負に囚われず、大局を見据えた能力の行使を心掛け、空間移動《テレポート》のアドバンテージを常に意識してください。そうすればあなたに、本当の意味での敵は存在しません」

 黙って聞いている白井の様子を見て、廷兼郎は恥ずかしそうに顔を背けた。

「すみません。無能力《レベル0》が分かったようなことを言ってしまって……」

「いいえ、そんな風に言わないでくださいまし。わたくし、目から鱗ですわ」

 廷兼郎は「はあ?」と間の抜けた声を上げ、どの辺に感心する要素があったのかと顎に手を当てて考えた。

「思ってることを言っただけですよ。大げさだなあ」

 そう言って廷兼郎が照れていると、彼のポケットから電子音が鳴り響いた。電話に出た廷兼郎は何やら先輩と話しているらしく、しきりに「はい」と「すいません」を連発していた。

 

「どうしたんですの?」

「先輩の風紀委員《ジャッジメント》に、早く報告書書きに来いって怒られちゃって」

 風紀委員《ジャッジメント》は学園都市内の治安維持機構の一つである。多くは有志の学生で構成されており、主に所属学校周辺の治安維持に当たっている。そんな彼らにも、とかく書類というものは付きまとうようで、そもそも風紀委員《ジャッジメント》になるだけでも九枚ほどの書類を書き、他学区で活動しては始末書を書き、信号弾のデバイスを使っては始末書を書き、事件・事故に関与した場合はその顛末を報告書に書きと、「事務屋仕事のために風紀委員《ジャッジメント》になったのではない」を持論とする廷兼郎にとって、この書類地獄は全く以って不本意極まる事態であった。

「報告書を書くなら、わたくしも同行させていただいてもよろしいですか?」

 白井の妙な提案に、廷兼郎は訝しんだ。

 別段断る理由もないが、報告書を書くのに同行して何か白井にメリットがあるようにも思えない。

「いいですけど、そんな楽しいもんじゃありませんよ」

「楽しそうとかではなくて、あの二人をどうやって倒したのか、個人的に興味がありますの」

 廷兼郎は得心したように、何度も頷いた。

「そういうことですか。白井さんは真面目なんですね」

 食べ終わった食器を片付け、二人は風紀委員《ジャッジメント》の支部へと向かった。

説明
東京西部の大部分を占める学園都市では、超能力を開発するための特殊なカリキュラムを実施している。

総人口約230万人。その八割を学生が占める一大教育機構に、一人の男が転入してきた。
男の名は字緒廷兼郎(あざおていけんろう)。彼が学園都市に来た目的は超能力ではなく、武術だった。

科学と魔術と武術が交差するとき、物語は始まる
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