ソードアート・オンライン―大太刀の十字騎士―
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「お前、雛木か?」

「ふぇ!?」

 

 いきなり、現実の親友に似たキリト君に現実の名前を呼ばれて、変な声を上げてしまう。

 

「雛木、だよな?」

 

 僕を知っていて、その容姿ってことはやっぱり、この人は、

 

「和人君?」

「あ、ああ」

 

 キリト君が和人君だと知って驚いていると、クラインさん(赤髪ツンツンにバンダナ、無精ひげの)が聞いてくる。

 

「なんだおめぇら、現実(あっち)でも知り合いか?」

「あ、ああ」

「うん。一応」

「まさか、お前がゲームやってるなんてな」

「知り合いに進められて」

 

 僕がそう言うと、キリト君は少し何かを考えてから話を続ける。

 

「でも、ヒナはベータからだよな?」

「うん、まあ、知り合いがこれの関係者でね。僕のためにって」

「そうなのか。それより、今まで疑問に思っていたんだが、お前何で――胸があるんだ?」

「へ?」

 

 キリト君の言葉を一瞬では理解できなかった。

 

 胸?胸ってあれだよね?女の子が膨らんでるやつ。

 

 基本的に胸があるって、胸が膨らんでいることを指しているんだよね。

 

 え?僕に胸がある?

 

 不思議に思いながら、自分の胸部に目をやる。

 

 そこには、本来ないはずの膨らみがあった。

 

 でかいという訳ではないが、小さいわけでもない、その膨らみが。

 

「あれぇ?何で胸があるんだぁ?」

「いや、俺に聞かれても……」

「くっ、くはははは」

「ど、どうした?壊れたか?」

 

 失礼だよ、キリト君。

 

 僕は壊れてなどいないよ。ただ怒りがMAXまで到達しただけだ。

 

「かーやーばーさん。何で、僕のアバターは女なのかな?まさか、現実まで女になったなんてないよね?」

『まさか、もちろん現実まで女の子になってるに決まってるじゃないか』

 

 そこで、何かが切れる音がした。

 

「茅場!何しやがった!?」

『おっと、そんな女っぽくない喋り方の子には教えられないな』

「お前、そんなキャラじゃないだろ!」

『………………』

「ああ!わかりましたよ。女っぽい喋り方すればいいんでしょ!」

『よし、話してあげよう。君にあげた薬、あれは君が作った《性別逆転薬》だ』

 

 なんだって、自分で作ったのに見破れなかったとは……なんてこった。

 

「何でそんなことしたんですか?」

『夢だからさ』

「夢?」

 

 その回答に僕『思考中でも僕って使っちゃ駄目だよ』何でこの人は心まで読めるんだ?

 

 とにかく、私だけでなく、周りの人たちも疑問に思う。

 

『そう、夢。私にはふたつ夢がある。片方は知ってるよね』

「まあ、一応」

『で、もうひとつが、君を女にすること』

「はい?」

 

 なに言ってんだこいつ。

 

 頭おかしいのか?

 

『君を始めてみたとき、私は君を女だと思った。しかし、性別を聞いたら男だと言われた。その時私は、いいようもない喪失感を感じた。それを他の人には感じて欲しくないんだよ』

「あんた、明らかにキャラ違うだろ!」

 

 茅場さんは僕――私の言葉を無視して続ける。

 

『では、他の者に訊いてみよう。ヒナと親しそうな、そこの君たち』

 

 そう言って、空っぽの指をキリト君とクラインさんに指す。

 

『君たちはヒナを始めてみたとき、ヒナの性別はどっちだと思った』

「「女」」

 

 そんな、ハモんなくてもいいじゃん!

 

 あ、ちなみにハモるの語源って、ハーモニーらしいよ。

 

 というか、即答しないでよ。明らか的に私の負けじゃん!

 

 そして周りの(男の私を見たであろう)人たち、「女じゃなかったの」とか「男の子であの可愛さは反則だ!」とか言わないで。悲しくなるから。

 

「はぁ、わかりましたよ。女でいればいいんでしょ」

『最初からそう言えば傷つかずにすんだのに。それと、今後、興奮状態時を抜いた時以外に女の子っぽくないことすると、何か起こるから』

 

 何かってなんですか!?すごい怖いんですけど。

 

 はぁ、これじゃあクリアしても女の子の仕草とか抜けないだろうな。その際は仕方ないか。

 

 というか、現実世界でも何か起こりそうだから一生、男には戻れないんだろうな。

 

『ちなみに私がこんなことをした理由は、この世界を創り出し、鑑賞するためだ。それと、ヒナを女にするためだ。そして今、全ては達成せしめられた』

 

 茅場さん、超キャラ変わってるから。

 

『……以上で《ソードアート・オンライン》正式サービスのチュートリアルを終了する。プレイヤーの諸君の――健闘を祈る』

 

 そう言って茅場さんは、空を埋めるシステムメッセージに溶け込むように同化して、メッセージと共に消えた。

 

 そして、広場にNPCの楽団が演奏する市街地のBGMが遠くから近づいてきて、穏やかに聴覚を揺らした。

 

 ゲームは幾つかのルールと私の性別だけが、以前とはどうしようもなく変わっていたが、再び本来の姿を取り戻していた。

 

 そして――数分の沈黙ののち、やっと、一万人のプレイヤーたちが、然るべき反応を見せた。

 

 その、圧倒的なボリュームで放たれた多重の音声で、広大な広場がぴりぴりと振動する。

 

「嘘だろ……なんだよこれ、嘘だろ!」

「ふざけるなよ!出せ!ここから出せよ!」

「こんなの困る!このあと約束があるのよ!」

「嫌ああ!帰して!帰してよおおお!」

「さすが茅場さま!わかっていらっしゃる!」

 

 悲鳴。怒号。絶叫。罵声。懇願。砲哮。そして信仰って、おい!最後のはおかしいだろ!

 

 とにかく、たった数十分でゲームプレイヤーから囚人へ変えられてしまった人たちは、頭を抱えてうずくまり、両手を突き上げ、抱き合い、あるいは罵り合っていた。

 

 私は、別の意味で頭を抱えていた。

 

 女になるなんて。ま、まあ、これからは堂々と可愛い服着れるとか、良いことはあるけど。

 

「クライン、ヒナ、ちょっと来い」

「ふぇ?」

 

 私が変なことを考えていると、キリト君が現実世界ではずいぶん長身だったらしいクラインさんと私の腕を掴み、荒れ狂う人垣を縫って足早に歩き始めた。

 

 どうやら私たちは集団の外側付近にいたらしく、すぐに人の輪を抜ける。

 

 そのままキリト君は、広場から放射状に広がる幾つもの街路の一本に入り、止まっている馬車の陰に飛び込む。

 

「……クライン、ヒナ」

 

 キリト君は、どこか魂の抜けたような顔をしているクラインさんと、私の名前を呼ぶ。

 

「いいか、よく聞け。俺はすぐにこの街を出て、次の村に向かう。お前らも一緒に来い」

 

 キリト君は驚いている私と、バンダナの下でぎょろりと目を剥くクラインさんに、低く押し殺した声で続ける。

 

「あいつの言葉が全部本当なら、これからこの世界で生き残っていくためには、ひたすら自分を強化しなきゃならない。お前らも重々承知だろうけど、MMORPGってのはプレイヤー間のリソースの奪い合いなんだ。システム街路供給する限られた金とアイテムと経験値を、より多く獲得した奴だけが強くなれる。……この《はじまりの街》周辺のフィールドは、同じことを考える連中に狩りつくされて、すぐに枯渇するだろう。モンスターの再湧出(リポップ)をひたすら探し回るはめになる。今のうちに次の村を拠点にしたほうがいい。俺とヒナは、道も危険なポイントも全部知っているから、レベル1の今でも安全に辿り着ける」

 

 キリト君の言う通り、次の村に移るのはいい策だろう。

 

 それに、ベータテスターが二人いる。クラインさん一人なら安全に連れていける。

 

 しかし、クラインさんはわずかに顔を歪めて言った。

 

「でも……でもよ。前にいったろ。おりゃ、他のゲームでダチだった奴らと一緒に徹夜で並んでソフト買ったんだ。そいつらももうログインして、さっきの広場にいるはずだ。置いて……いけねぇ」

「「…………」」

 

 私とキリト君は息を詰め、唇を噛んだ。

 

 クラインさんの張り詰めた視線に込められたものを、私たちは如実に感じ取っていた。

 

 この男――クラインさんは、陽気で人好きのする、恐らく面倒見もいいのだろから、その友達全員を一緒に連れていくことを望んでいる。

 

 しかし、それはかなり難しい。

 

 ベータテスターが二人とはいえ、精々、クラインさんとあと一人ぐらいを安全に次の村に連れて行くぐらいしか出来ないだろう。

 

 クラインさんの言い分からすると、クラインさんの友人は一人じゃない。

 

 仮に道中で死者が出た場合、その責任は、安全なはじまりの街の脱出を提案したキリト君に帰せられるだろう。

 

 そう考えると、ここで私が、全員連れていくとは言えないだろう。

 

「一応聞いときます。クラインさんの友人は何人ですか?」

「俺を抜いて五人だ」

 

 五人、さすがにそれほどの人数を安全に連れて行ける自信はない。

 

「ごめん」

「いや……、今会ったばっかのヒナやキリトにこれ以上世話んなるわけにゃいかねえよな。オレだって、前のゲームじゃギルドのアタマ張ってたんだしよ。大丈夫、今までに教わったテクで何とかしてみせら。それに……これが全部悪趣味なイベントの演出で、すぐにログアウトできるっつう可能性だってまだあるしな。だから、おめぇらは気にしねぇで、次の村に行ってくれ」

「「……………」」

 

 黙りこんだまま、私は色々考えたがなにも案が出てこず、クラインさんたちを連れて行くのを諦める。

 

「……そっか」

 

 そして、キリト君は頷き、一歩後ろに下がると、その後二年間にもわたってキリト君を苦しめることになる言葉を掠れた声で言った。

 

「なら、ここで別れよう。何かあったらメッセージ飛ばしてくれ」

「私も、クラインさんフレンド登録しといてください」

「おうよ」

「……じゃあ、またな、クライン」

「また、クラインさん」

 

 目を伏せ、振り向いて次の村に向かおうとした私たちに、クラインさんが短く叫んだ。

 

「キリト!ヒナ!」

「…………」

「?」

 

 キリト君は視線で、私は首をかしげて問いかけたが、鎖骨のあたりが軽く震えただけで、言葉は続かなかった。

 

 そして、キリト君は一度ひらりと手を振り、体を次の拠点になるべき村があるはずの方向――北西へ向けた。

 

 私はそれを追おうとするが、振り向き、手を大きく振ってからキリト君についていく。

 

 五歩ほど離れたところで、背中にもう一度声が投げ掛けられた。

 

「おい、キリトよ!おめぇ、本当は案外カワイイ顔してやがんな!結構好みだぜオレ!!そして、ヒナ!おめぇは、男の時も女の時もすっげぇカワイイぜ!惚れちまったかもしれねぇぜ!!」

 

 私は顔を真っ赤にする。

 

 キリト君は苦笑いし、肩越しに叫んだ。

 

「お前もその野武士ヅラのほうが十倍似合ってるよ!」

 

 キリト君が叫んだおかげで平静を立て直した私は、顔を真っ赤にしながら後ろを向いて叫ぶ。

 

「いきなり恥ずかしいこと言わないで下ださいよ!でも、クラインさんも、まあまあカッコいいですよ!」

 

 叫んでキリト君の横を歩いてついて行く。

 

 キリト君は私の頭を撫でながら言う。

 

「これから頼むぜ、ヒナ」

「うん。よろしく、キリト君」

 

 私たちは次の村――そしてその先に続く、果てなきサバイバルへと向かって、駆け出し始めた。

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