戦う技術屋さん 十件目 考査試験 |
「さてと。大丈夫?」
「恐らく……」
「眼鏡かけっぱなしよ?」
「……」
外した。代わりにコンタクトレンズを探すためにごそごそと鞄を漁り……見つからず再び眼鏡。
「相当テンパってるわね」
「すいません。訓練校の入学試験もこんな感じでした」
「本当に大丈夫?」
「た、たぶん!」
グッとこぶしを握って答えるカズヤにギンガは溜息を一つつく。
(こんなんで大丈夫なのかしら?考査試験)
そう思わずにはいられない。
カズヤが異動になって一週間。いつもの108部隊隊舎から場所は移り。カズヤとギンガが今いる場所は時空管理局首都中央地上本部。
今日はカズヤの捜査官補佐考査試験の当日である。つい数日前、ラッドに一応とか言っていたカズヤであったが、試験直前になって、不安が押し寄せてきたのか、すっかりテンパり気味。
プライベート以外では着けないと決めていた眼鏡をかけ、ネクタイはなぜか蝶ネクタイのように締めていた。溜息とともにギンガはカズヤの締め直し、しっかりしろという意味を込めてネクタイを少しきつめに縛る。
「グエッ」
「ほら、びしっとする。ちゃんと勉強したんでしょ?」
「しました」
「昨日はちゃんと休んだ?」
「追い込みこそしましたが。この一週間で一番寝たかと」
「よし、なら大丈夫」
カズヤを安心させるように笑いながら、ギンガはきつく締めておかしくなったネクタイを一度ほどいてから締め直し、ついでに襟首など違和感を覚えた場所を直す。最後に地味に残っていた寝癖を手櫛で整えて、軽く頭を叩いた。
「がんばりなさい。一週間とはいえ、やれることはやったんだから。胸張って、ね?」
「……ギンガさん」
「何?」
「俺、本気でギンガさんみたいな姉が欲しかったです」
「なんで半泣きなのよ」
なんか不気味だった。
「俺、がんばります!ギンガさんのために!」
「落ち着こう、カズヤ。ね?試験前で緊張してるのよ」
カズヤの奇怪な言動に慣れたつもりのギンガでも、今のカズヤのテンションにはついていけない。
なんだろう、弟みたいなカズヤに対して、スバルと接する時みたいに接したのが間違いだったのだろうか。でも半休とって、今はオフ。プライベートなのだから、間違っていない……筈である。その筈なのにギンガの自信はゴリゴリと削られて、なくなってきた。
それに打って変わるように「やるぞー!」とテンションを上げているのはカズヤ。先ほどまでの心温まる風景とは一転。何ともカオスな空間が広がる。とはいえほかに誰もいなければ困る者もいない。
「あの……そろそろ試験始めたいんですけど?」
一行目から出番を窺っていた試験官以外は。
***
「そういえば、今日だよね、カズヤの考査試験」
「……言われてみればそうね。訓練きつくて、すっかり忘れてたわ」
「それに連絡だって、結局六課が始まる前日一回きりだもんね。私たちは訓練、カズヤは色々勉強あって忙しかっただろうし」
一方視点は変わって機動六課食堂。午前の訓練を終えての昼食時。ふと思い出したのか、ミートソースのパスタを食べながら言ったスバルに、ティアナが返す。
そんな二人の会話に割り込むのはエリオであった。
「前から気になってたんですけど……」
「ん?何、エリオ?」
「カズヤさんって((何方|どなた))なんですか?時々スバルさんとティアナさんの会話に出てきますよね」
「あー、そういえば説明してなかったっけ」
「ここにいないから紹介する必要もなかったしね」
自分の皿にパスタを乗せながらティアナが言う。
「カズヤっていうのは、私たちの訓練校時代の同期でね。そのあと386部隊の災害担当も一緒だったんだよ」
「386じゃ同い年くらいって事もあって、周りからは完全にトリオ扱い。本当は機動六課にだって私たちにカズヤを入れた三人で誘われたの。カズヤだけ断って、今は108部隊の捜査部」
「あとね。私とティアのローラーとアンカーガンの育ての親なんだよ」
「育ての親?」
スバルの言葉にキャロが首をかしげた。キュクルー?とそれをまねてかキャロの使役竜であるフリードことフリード・リヒも同じく首をかしげる。
「そう。元々私たちのデバイスは自作だったんだけどね。訓練校でちょっとした縁があって。それからは」
「おかげで簡単なメンテナンスとかはともかく、解体整備なんてしようもんなら訳分らなくなって困るんだけどね」
「もぉ、ティア〜。素直じゃないんだから」
「っさい、バカスバル」
「えっと……よくわからないんですけど、デバイサーの方なんですか?シャーリーさんみたいに」
「うーんと……デバイスマイスターの資格は持ってるけど、カズヤ本人は私達と同じ災害担当部では突入隊だったし、多分108でも前線に出るんじゃないかな」
「え?でも、デバイサーなんですよね?」
訳が分からないといった様子のライトニング二人の姿は、三年前のカズヤがデバイサーの資格を持っていると聞いたばかりのスバルとティアナと同じである。だからこそ、二人の疑問の理由は普通にわかるし、それに対しての答えもスバルとティアナ、二人は持っていた。持ってはいたが。
『どうするティア?』
『話すわけにもいかないでしょ。本人が気にしていないように見えても、あれで結構気にしてるし、本人がいない所で勝手に話していいことでもないわよ』
『だよね』
念話で打ち合わせをし、スバルはエリオとキャロのほうへ。
「ごめんね、二人とも。それついては話せないんだ」
「……そうですか」
「ごめんなさい。変なこと聞いちゃって」
「ううん、わかってくれればいいんだ」
自分たちの過去のこともあり、なんとなく察したのか聞き分けのいい二人。
そんな二人に(本当にこの二人は子供らしくないわね)と思いながら、ティアナは一足先に食事へ戻る。
その片手間で。
(……がんばりなさいよ)
と誰に告げるでもなくティアナはそう思うのだった。
***
それから時間は飛んで。具体的に言えば二時間ほど飛んで。
108部隊捜査部捜査課で死体遺棄事件が発生していた。
「……あー」
困り顔のラッド。視線の先にはソファーに倒れる死体カズヤ。
なんか試験は終わり既に結果待ちなのだが、知らない人間が見れば、明らかに不合格通知を受け取った後のように見える。
「カズヤ?」
「……カルタス二尉、なんですか?」
「なんか既に不合格通知を受け取ったみたいな様子なんだけど、大丈夫かい?」
「あの問題間違えた、あの問題の説明が曖昧にしすぎたなど、いろいろ考え始めてしまったらもう……」
「ああ……。なるほど」
自分にも経験があったため、ラッドは納得。そして、この状況はとりあえず試験結果が公開されないと解決しないことも良く知っている。
ならばと自分にできることを考え。ラッドが思いついたのは自分がこの状況にあった時、気が楽になった方法であった。
やることは単純。話題をそらす。
「そういえばカズヤ。ギンガのローラーはいいのかい?」
ピクッとカズヤの肩が跳ねた。そのままゆっくりと体を起こし、カズヤはラッドへ向く。
「仮組みは済ませてますから。今のところ、問題らしい問題はないです」
「なら、それをギンガに渡さなくていいのかい?」
「……それもそうですけど。ギンガさん、僕の試験開始に合わせて帰ったらしくて」
「彼女は何のために半休を取ったんだろうね?」
「さあ?」
そんなことを言っていると、休憩室の扉が開いた。其処からギンガが顔をのぞかせる。
「あ、カズヤ。ここにいたの。試験どうだった?」
「ギ〜ン〜ガ〜さ〜ん〜」
ガバチョッ。
バキッ。
「目が覚めた?」
「すいません。ばっちりっす」
思い切り殴られた左の頬をさすりながら、ギンガの足元に正座して、そのお言葉に頷くカズヤ。一方のギンガは仁王立ち。また不埒なことをすれば容赦しないと、左拳の準備をしている。三撃目からは惨劇とかけてリボルバーナックル装備の予定。休憩室がスプラッタな事になってしまうが、セクハラ死すべしは女性の特権なので仕方がない。
カズヤのほうもそれがわかっているからか、それとも反省しているからか、ギンガの足元で正座を崩さない。なんだろうこの状況と、二人の上司であるラッドが呆然と眺める中、「それで?」と口を開いたのはギンガであった。
「試験の出来は?」
「何とも言えず。どうでしょう?」
「私に聞かないでほしいんだけど……。どのくらいいったと思う?」
「七割」
「もう少し上が良かったわ」
それでも、カズヤが基本的に過小評価する気合いがあるから、あまりあてにならないのも事実。
少なくとも自分が心配していてもしょうがないと、カズヤを信じようと、そう考えたギンガは話題を変えることにした。
ギンガ的にはむしろこちらが本題である。心なしか、ギンガの顔に年相応にワクワクした色が見える。
「それでカズヤ。ローラーなんだけど……」
「ああ、はい。一応試作ではありますが。ウイングロードをローラーから発動できるようにしました。お時間があるなら、試走していただけると」
「分かったわ」
ローラーを受け取り、意気揚々と休憩室を出ていく。あわてて立ち上がり、その背を追うカズヤ。
「ちょっと!待ってくださいよ!」
「早く、早く!」
走るギンガに追うカズヤ。有事以外で隊舎内は走るなと言いたい者が、休憩室に一人。ラッドである。
しかし、すでに二人の影はなく、残されたラッドは手に持ったすっかり冷めたコーヒーを一気に煽った。
ブラックのほうを先に飲み、カズヤ用にと持ってきた砂糖やガムシロップ、ミルクなどが入ったコーヒーも同じく飲む。
「……甘っ」
何とも言えない気持ちになり、ラッドは溜息を一つついた。
***
数日後。
108部隊捜査部捜査課、カズヤ・アイカワ二等陸士宛に一通の手紙が届いた。
その差出人を見て、即座に内容を予想したカズヤは、ギンガ、ラッド、ゲンヤの三人が見守る中、恐る恐る手紙の封を切る。
ゴクリとつばを飲み込む四人。ええい、ままよと、カズヤは一気に二つ折りの紙を開いた。
定例文に始まり、色々と書いてあったが、四人の視線が集まったのはただ一点。
あれ?と首を傾げ、各々がこすったり、瞬かせたりして目を整えて再度紙を見る。
『不合格』
やはり予想より一文字ほど多かった。
「「「「……なに――――――っ!?」」」」
という夢をカズヤは見た。
「夢オチかよ!ちくしょう!!」
そんなことを怒鳴り、時計を確認すると、考査試験の結果発表の日付とともに、午前四時と普段よりも早い時間が示されていた。しかし二度寝する気にもなれず、カズヤはそのまま嫌な汗を流すためにシャワーへ。
数時間後に108の捜査部へ行くと、なぜか顔色の悪いギンガとラッド、それにゲンヤがいた。
「おはようございます」
「ああ、カズヤ。おはよう」
言葉を返したのはギンガのみ。ラッドとゲンヤはなぜか片手をあげての挨拶のみだった。
「顔色悪いですよ」
「いやぁ……妙な夢を見てね」
「……不合格通知をここにいる四人で見る夢なら見ましたけど」
「「「お前もか」」」
「……心配してくれてありがとうございます」
うれしすぎて涙が出そうだった。
それから更に数時間。捜査部へ届く一通の手紙。
あんな夢を見た後だからこそ開け辛いその手紙をカズヤは手に取ることすらできない。
「ギンガさん、開けません?」
「現実から逃げない。ほら、早くする」
「はい……」
怒られて、カズヤは恐る恐る手紙を手に取り、封を切る。
いきますよ」
カズヤの言葉に、三人が頷く。
夢でのことがあったからか、どんな事が書いてあっても、現実として受け止めようと、四人は覚悟して。
カズヤは深呼吸ののち、ゆっくりと手紙を開いた。
手紙の内容は同じ。定例文に始まり、色々な事が書いてあって。
四人の視線が集まる場所に書かれていたのは漢字二文字。
『轟殻』
「剥ぎ取り素材?」
「まあ、頭殻とか重殻が正しいんだけどね?」
「名前的にティガの素材かしら?」
「そもそも轟く殻ってなんだよ」
現実を直視しすぎて、意味不明な発言をする四人。全員がこのゲームを知っている事が意外である。
それからしばらくして謝罪の電話とともに、正式な合格通知が届き――。
カズヤ・アイカワ二等陸士。晴れて陸士108部隊捜査部捜査課で、捜査官補佐として働くことになるのだった。
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十一件目→http://www.tinami.com/view/466222 九件目→http://www.tinami.com/view/462464 一件目の閲覧数が一番多いのは何となくわかります。ただ二番目に多いのが四件目ってどういうことですか。 閲覧数一番→http://www.tinami.com/view/446201 |
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