君のジャズ
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 当時、私は孤独だった。

 だが自由でもあった。

 

 ガタガタと不良な音を立てるぼろのエンジンとともに、気ままに水の上を滑って旅をしていた。

 唯一の友は、潮騒とせせらぎ。私の体は常に水の上に在ったから、それらは私の耳によく馴染んだ。

 

 エンジンがうんともすんとも言わなくなり―― すなわちもう十年以上前に私の旅は終わりを告げたのだが、今でも耳の中では私の友が笑ったり怒ったりをしている。目に映らずとも、私の根幹はそれらとともに存在している。

 

 私は彼らのささやきを、よく歌にした。

 そうと言っても、私は音楽を嗜んだ身ではない。口から出ていくのはいつでも酷い唸り声のようなものであったが、それが不満でも、私の気持ちばかりはずいぶんと落ちつくのだ。今はもう耳の中でけにしか居ない友と、一緒になって歌っている気分に慣れるからだろう。

 

 ある時、私の酷い歌を聞いた一人の演奏家が、それをジャズにした。

 彼の指は魔法のようだった。私には扱えぬ楽器をすべらかに扱って、旋律とも言えぬような私の歌を、綺麗な濁りの無い音楽に仕立て上げた。

 

 しかし、それは私とともにある彼らのささやきとはまったく別のものであった。

 私は演奏家に、それが私から生まれたものではないことを懸命に訴えたが、優しく笑いかけられるだけで相手にはしてもらえなかった。

 

 彼の作ったジャズは、酒場で人気になった。

 私はしばしばそれを聴く機会があったが、何度聴いても私が孤独だったころの、あのかたち無き友の声とはまったく別のものにしか聴こえなかった。

 そして、彼のジャズが世に溢れてどこででも聴けるようになったころ、私の耳から友の声は消え去って、彼のジャズばかりが取り残された。

 

 演奏家の彼とはいまだ親交がある。私は彼を恨んでいるわけではないからだ。しかし、彼の方は、私が少なからず屈折していることなど、考えもしていないだろう。彼は健康で善良であった。

 彼は今ではたくさんのレコードになったあのジャズを、「君のジャズ」だと言って笑う。君から生まれたジャズだから、「君のジャズ」なのだと。

 

 私はどうしても、もう一度言うことはできない。あれは「おれのジャズ」なんかではない、と。

 

 彼は私がかつて、潮騒とせせらぎに包まれて生きていたことを知らぬ。潮風に晒されて荒れた肌や髪を見ても、それをその証だとわからない。

 私はそれを、これからも彼に言うつもりはない。言ったところで、「彼のジャズ」は「おれのジャズ」には成りえないからだ。

 

 かつての友との絆である声を私は失ったが、かわりに音楽を得た。

 

 それが新しいきずなの証であることを思うと、どうして私に、彼を責めることが出来ようか。

 

 

 

 

説明
「潮風」「魂」「ジャズ」から。
着想はジーン・リース、「あいつらのジャズ」から。出展を知ってると「もろじゃねえか」と言われそう。
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