きゅうりとスイカ、また食べにおいで。 |
「きゅうりは、ないんけ」
背後からそいつはそのように言った。僕は驚いて振り返った。慌てたもので、危なく水路に落っこちるところだった。
そいつは、この村では見かけない、都会風な服を着た少年――僕の弟と同じ年頃くらいの、麦わら帽子をかぶった男の子だった。少し垂れた目元がなんとなく眠そうにも見えた。
「きゅうりか? ううん、畑にやったらあるけど、今から採っても冷えとらへんけん、美味しない思うわ」
そう言うと少年は少し残念そうな顔をして、そうなん、と言った。よっぽどきゅうりが好きなんだろう。見ず知らずの男に声をかけてまで欲しがるだなんて。
「ごめんなぁ。そうや、きゅうりはないけど、ほれ、スイカやったら冷えとるで。切ったるけん、僕の家くるか?」
「うん」
即答が返ってきた。無表情ながら少し嬉しそうに感じられた。僕にとっても嬉しいものだった。自分の作ったスイカで嬉しそうな顔を、他の人が見せてくれるというのは。
「そしたら、スイカ食べとる間にきゅうり冷やしとこか。帰りに持たせたるけん、帰りながら食べな」
言って、まっすぐにのびた綺麗なきゅうりを二・三本ネットに入れて川に放りこんでやると、少年はことの他嬉しそうに何度も頷いた。
「ほんなら、ついてきぃ」
籠にスイカを放りこんで、自転車を押して歩き出すと、ひょこひょこと少年もついてきた。今の今気付いたが、彼は裸足であった。さっきまで水遊びでもしていたのだろうか。彼が歩いたあとはしっとりと濡れていた。
「おいしかった」
まさかまるまる一玉平らげてしまうとは思いもよらなかった。ごちそうさま、と手を合わす彼の隣、僕は苦笑した。
「ええ食べっぷりやったわ。見とるこっちが気持ちよかった」
ありがとうございました、と頭を下げる少年は、そう言えば室内でも帽子を被ったままだった。
畑に戻ると、少年は一目散に水路に駆けて行き、ネットを取り上げた。おお、と声を漏らしているところを見ると、どうやら十分に冷えているようである。
「ええ感じか?」
「うん」
ネットから水の滴る青いきゅうりを取り出して、さっそく一本彼は齧りだした。ボリボリと、まるで河童のように、実に美味そうに食べてくれるので、やはり僕は嬉しかった。
「またおいでな。今度はスイカもきゅうりも仰山用意しとったるけん」
「うん」
彼は力強く頷いた。このようにして僕らは約束を交わし、少年は何度も手を振って立ち去った。
その日の夕方のことであるが、ニュースで、この村のすべての水路の源流である川の上流部で土左衛門が見つかったという話題が一瞬流れた。源流と言っても仏さんが見つかった場所まではずいぶん遠く、水自体はほとんど綺麗になっているものだろうとは思うが、どことなく気持ちの悪さは拭えなかった。
そして翌日。もしかしたらやってくるかもしれない少年の為に冷やしておいたスイカときゅうりに、あの麦わら帽子が引っ掛かっていた。
説明 | ||
「村」「水路」「スイカ」の三題噺。ホラーしばりの超掌編縛り。 | ||
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ホラー SSS 掌編 | ||
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