第十三話〜イニシエーション〜 |
クラウドルーラー神殿から出発する頃合いを見計らって、マーティンとジョフリが見送りにやってきた。
アーベントはすでにブルーマへと戻ったらしく姿は見えない。
「ソマリ、バウルスに会ったら伝えて欲しいことがある」
「なんじゃ、あらたまって?」
ジョフリはいつにもまして真剣な目をしていた。それが、バウルスという男に関わる事柄だからなのだろう。
「……皇帝の死に責任を感じるのはわかる、だがそれを引きずるな。新たな皇帝を迎えるためにも、決して死んではならぬと」
「……伝えておこう」
敬愛する君主に仕えていた優秀な騎士が、後を追い命を断つことは珍しくはない。
まして皇帝は暗殺されている。陛下の側近でもあったというバウルスという男に、いったいどんな感情を与えたかは推し量るに容易い。
だが、ジョフリとしてはそれを受け入れることはできないのだろう。皇帝の側に控えていたというブレイドならば、相応の実力を有しているはずだ。
今の事態を踏まえても、そして今後の事を考えても失いたくない男ということなのだろう。
私は箒を召喚してそれに跨ると、クラウドルーラー神殿の見張り台から空に身を躍らせた。
落下する感覚はすぐに無くなり、風を切る感覚へと変わる。
冷たい空気を切り裂きながら、私は帝都へと進路をとった。
* * *
「こっちだ」
そう言って先導するバウルスの後をついて、下水の中を歩く。匂いがきつく、正直言って鼻が曲がりそうだった。
なぜこんな場所を歩いているかといえば、神話の夜明け教団と接触するためにほかならない。
神話の夜明け教団にとっての聖地。秘密の祭壇の場所を突き止める、そのために帝都で数日の間、教団の入門書を探しまわることとなった。
全四巻からなるその本の四冊目を手にするべく、下水道の中を、三巻の内容によって連中の指定した場所まで移動中というわけだ。
どうやら面接が行われるらしい。
「しかし随分と下水道の構造に詳しいのね」
「職業柄というやつだ、帝都の下水道は我々ブレイズの緊急用通路として使われるからな」
「なるほどね」
考えてみれば、アミュレットが見つかったのも下水の前だった。
となれば、この地下のどこかに、皇帝の遺体もあるのかもしれない。嫌な考えが頭を掠めたので顔に出ないうちに振り払っておいた。
「先に決めておきたいことがある」
「どちらが交渉の席につくかという事かしら?」
「そのとおりだ、席には俺がつく。例の部屋は上にも通路があるはずだ、君はそこから見張っておいてほしい」
バウルスの意図が何であるか、大方の予想はつく。
返事をすること無く、彼の先導に付き従っていると、やがて彼は鉄扉の前でその足を止めた。
「この奥だ。そっちの階段から部屋を見下ろせる場所にいける」
「……貴方、生きて帰る気無いでしょう?」
私の問いに、バウルスは目を細めるだけだった。
この場で敵と相打ちになるつもりで居るのだろう、そうなっても私がいれば、問題はない。
そう考えているのだろう。
「ジョフリからの言伝は伝えたはずよね?」
「ああ、聞いた」
表情を変えもしないバウルスは、剣を腰に下げてそうして部屋の中へと入って行ってしまった。
その有無を言わさぬ態度に苛立ちが募る。
「……愚か者が」
今後のためにも、なんとか生き延びてマーティンの側に控えて欲しいと思えるだけの男だった。
それはこの数日間で十分に承知している。
だからこそ、なんとしても死なせるわけにはいかないのだ。
仕方なく階段を登り、階下から見つからないように隠れる。
通路は向かい側の扉へと続いていたから、更に奥があるのだろう。
状況次第では難易度の高いミッションとなりそうだった。なにせバウルスは──私もだが──教団に入門したい第三者を装うべく、鎧を身に着けていない。私にとっては普段の事でも、バウルスにとっては捨て身も同然だろう。
バウルスが席について程なくして、部屋に一人の男が入ってくる。
神話の夜明け教団特有の赤いローブを纏っているところから、奴が面接を行うということなのだろう。
一人でやってきたのは予想外だった。
お互いに席につき、話が始まる。
何を話しているのかに耳を澄ませていたが、次第に互いの語気が荒くなっていった。
そろそろ事を構えるかと思った次の瞬間、唐突に私が隠れていた通路の向かい側の扉が開き、そこから赤いローブを来た男が二人現れた。
今になって、その可能性に思い至らなかった自分の間抜けさを呪う。
こちらが伏兵を忍ばせていたように、連中だって同じ事をしておかしくはないのだ。
いや、むしろ新たな同胞を迎える前のかなり踏み込んだステップであるとするなら、当然のことのはずだ。
「おい! 伏兵がいるぞ!」
二人組の片割れが声を上げ、そして話し合いは決裂した。最初から決裂することは決まっていたが、この展開は予想外だ。
下ではバウルスと教団の男が剣を抜き放って相対していた。
どうすればバウルスを死なせずにこの状況を打開できるか、しばしの逡巡の後、私は通路に居た二人のうち、一人を階下に引きずり下ろすことにした。
そうすれば下が二人になる。
少なくとも私が彼の側に居ることができるのは利点となるはずだ。
即断即決、一気に二人へと距離を詰め、刀の柄で相手の顔を打つ。正面からだったから防がれこそしたものの、刀を鞘から抜ききったわけでないため姿勢を戻すのはたやすい。
すぐさま体を一回転させ、逆方向に蹴りつける。
私の柄での強打を受け止めるための態勢から、突如反対側に向かって蹴り飛ばされて敵は階下へと落下した。
その奥に居るもう一人の男と一瞬視線が交錯する。
こいつのほうが手練だろう。
そう悟った瞬間、私は先に突き落とした男を追うべく階下へと身を躍らせた。
階下でバウルスと切り結んでいた男の背中に電撃の魔法を放ちつつ、私は空中で男めがけて刀を走らせた。
並の人間では空中に蹴り落とされた状態で姿勢の制御はできない。
空中であっけなく切り裂かれて男は着地もできずに墜落した。
「此処は任せる!」
そう言ってバウルスは身を翻らせると上階へと向けて階段を駈け出した。
仕方なくその後を追おうとする男に対して牽制をし、通路を塞ぐ。
私は抜き放った刀を一旦鞘へと収めた。それを見て男は警戒を緩める事無くメイスを構える。こいつ、抜刀術を識っている。
上階から響いてくる剣戟の音を頭の外へと振り払い、目の前の敵に集中することにした。
次の瞬間、唐突に目の前に迫ったメイスの切っ先を、私は体をのけぞらせることで何とか回避した。
とっさに体を右に捻り距離を取ろうとするが、狭い下水道の内部で思うように距離を取ることができない。
次々と迫り来るメイスから体を捻り避け続けるが、それも長くは続かない。
壁際に追い詰められた状態で、私は男がメイスを振り上げるのを見た。
その次の瞬間、頭上から降ってきた人影が手にした刀を落下の勢いと共に振り下ろした。
完全な不意打ちに反応することもできず、男は頭を叩き割られて絶命した。
吹き出した血が私の視界を赤く染める。
私にとってはなんという事はない光景だったが、それは人の死に様としては酷いものだっただろう。
荒い息を吐き出すバウルスは全身傷だらけだったが、命にかかわるような重症は無いようだが、浅くもない。気が抜けたのか彼はその場に膝をついた。
結果として、彼は死ぬこともなく神話の夜明け教団の信者を二人も仕留めた。
それも、新しく同胞を迎える勤めを任される地位にある者をだ。
喜ぶ様子は無かったが、多少の溜飲は下がったことだろう。
「終わりか、酷い有様よ貴方」
「そう、かもしれんな……」
ウェストポーチから手製の飲み薬を出して手渡すと、私はそっと教団の男の持ち物を漁る。お目当ての物は誰が持っているのだろうかと、一人目の死体をあさり、目当ての物が無かったため二人目を漁る。
どうやらこちらが正解だったのだろう、赤い表紙の本を見つけることができた。
軽く開いて目を通してみるが、探している本に間違いなさそうだ。
「あったか?」
「ええ、おそらくこれがそうでしょう。目的は達したわ」
本を見せると、バウルスは小さくため息を付いた。やや自嘲的なそれが、少し癇に障る。
「そうか……死に損ねたな」
軽口を叩くバウルスに対して、私は睨みつけるような視線を送った。
彼はさして気にもとめず、気をとりなおしたのか。
「俺はクラウドルーラー神殿へ向かおうと思う。此処で死ななかったのも何かの運命だろう、陛下が私を許してくれるとは思わないが、できることをしようと思う」
「それがいいわ。マーティンも喜ぶでしょう……出来れば、すこし個人的な話にも付き合ってあげて。特に……父親のことについて」
「……ああ、分かった」
私の意図を察したのだろう。余計な真似だったかもしれないけれど、今の彼にはおそらく必要なことだろう。
下水を出たところでバウルスと別れることにした。
* * *
「ふぅん、なるほどね……興味深いわ」
魔術学院に所属するアルゴニアンの女性、ター=ミーナは、私がつい先程手に入れてきた神話の夜明け教団の希覯本、『「神話の夜明け」教団解説書』それの第四巻をめくりながら興味深そうにつぶやき、時折頷きを交えながら読み進めていく。
時刻は草木も眠る丑三つ時、それでも彼女はブレイドからの依頼ということで寝ずに協力してくれていた。
もっとも、純粋に協力するだけと言うよりは、自らにとっても有益、かつ興味深い事柄であるのだろう。密教の入門書というのは格好の研究材料だと言っていた。
「彼らの神殿の隠し場所はこの本には記されていないわね」
「……なんですって?」
「なかなかに用心深い連中のようね。話を聞いただけでもそう思えたけれど、この本を見て確信したわ。自分たちが邪教だと自覚しているのでしょう、少なくとも中枢部は」
彼女は紙を取り出し、そこに流暢な文字でメモ書きを綴っていく。
それを私に差し出すと続けて言った。
「本を読み解く限りでは、信じられないことに連中は帝都の中心部の一角に地図を隠しているらしいわ。それを本から読み解くのが連中にとってのイニシエーションらしいわね」
イニシエーション、通過儀礼。
この試験を持って、組織に参加する資格があるのかどうか試しているということだろう。
差し出されたメモ書きを受け取ると、なるほどたしかに帝都の地区名が記されていた。
"日が天頂に抱かれる時、緑皇通りの高貴なる者の墓をたずねよ"
日が天頂に抱かれる時間、つまり正午ということに気づいて私は顔をしかめた。
私にとって、その時間に外を出歩くことは自殺行為だ。
「この四巻、預からせてもらっていいかしら? まだまだ調べたいことが沢山あるのよ」
「それは構わないわ。何か新しい事実がわかったら教えてもらえると助かるけど」
「ええ、その時は必ず」
そう言うとター=ミーナは本を手に学舎へ戻っていった。
帝都の協力者であるロマヌスにメモ書きを渡して正午に探索をしてもらうよう頼み、私は寝床に潜ることにした。
翌日の夜、部屋で食事をとっているとロマヌスが訪ねてきた。
その顔に険しい表情が浮かんでいるところを見ると、何かがあったのだろう。
「食べるか?」
「いえ、食事は済ませてあります。まずはこちらを」
そう言ってロマヌスが差し出した紙は地図だった。
どうやら事前に大きな地図を手に入れておいたのだろう、北東の方に印が付けられている。
同じように自分の持つ地図に印の場所を書き写す。
「驚きましたよ……ある墓の側面に、正午になると光が反射して地図を浮かび上がらせる仕掛けになっているようでした」
「ほう、光仕掛けか……屋外に?」
「はい、相応の組織力と技術力がなければ、あのようなものを作ることもできないでしょう。想像以上に根の深い組織と感じます」
「ま、それは今更じゃろ。皇帝暗殺をなし得るほどじゃ、驚きはせん……と言いたいところじゃが、それだけではないようじゃな?」
私の問いに対して、ロマヌスは答えることはしなかった。
だが、その胸の内はある程度予想はつく。厄介事が増えたとばかりの表情で、これからどこかへ行くつもりなのだろう。
ター=ミーナのメモ書きを見た時から、気になっていたことが一つある。
"高貴なるものの墓"という言葉が何を意味しているのか、ある程度予想がつかないでもないのだから。
「……何があったのかまでは聞かぬことにしよう。今わしがそれを知っても悩みの種が増えるだけのようじゃからな……お前が正しいと思うことをするがいい」
「ありがとうございます。それでは……」
深々と礼をして、ロマヌスは退室していった。
それをテーブルに付いたまま見送り、そして私は大きくため息を付いた。
今回の事件は、ただ解決するだけではダメなような気がする。
まるで、深々とこの帝国に対して根を張った大樹を相手にしているような、そんな感覚を感じていた。
いったい、どれほど前からこの計画のための準備が薦められてきたのか想像もつかない。
私はロマヌスの地図から写した印の場所を確認する。
位置は、私がまだ訪ねていない場所。チェイディンハルという北東に位置する街の近くだった。
「敵の本拠地……じゃろうな。とすれば、単身で乗り込むにはいささか心もとない。……アーベントを頼ってみるか? しかし、あやつもいまいちとらえどころがないからの……」
食事を終え、しばらく考えた後、私は再びブルーマへと赴くことにした。
* * *
「で、なんで俺は敵の本拠地に乗り込むんじゃなくて、お前の小屋の修理を手伝わされているんだ?」
切り崩した丸太を崖下に蹴り落としながら、アーベントは不満そうに言う。
小屋の周りのゴミを処理し、傷んだ床板を新しいものに取り替える作業にほぼ一晩を費やすことになった。
敵の本拠地に乗り込むから手を貸せ、という話でブルーマから連れ出した先がこれではたしかに不満に思うだろう。
「ま、そういうでない。敵の本拠地に乗り込むというのに、荷物の整理も準備も無しに突撃できるわけがないじゃろう。拠点を整えて諸々支度しておきたかったんじゃよ」
「周りくどいことを細々とちっせぇやつだな」
こやつ本当に猪突猛進というか、ためらいがないやつじゃな。
「お主にも幾つか見繕ってやるからその代金だと思え。こう見えても魔力付与にもある程度長けておるんじゃからな、わしは」
「へぇ?」
「ま、今はせいぜい宝石を使った魔力付与ぐらいじゃがな。祭壇とソウルジェムが手に入ればもっと高位の魔力付与もしてやれるんじゃが……魔術師ギルドはそのへんうるさそうじゃから使わせてはもらえぬじゃろうしなぁ」
生憎と今のところそうした施設を見つけていないため、自分の武器にもそうした魔力付与はしていない。
そのうちどこか、古代アイレイド遺跡に使える設備が見つかればと思っているが、今のところそうしたものは見つかっていない。
「例えばどんなものが作れる?」
「そうじゃな、過去に作ったものじゃと、双剣に雷と冷気の魔力付与をしたことがある。同時に扱うには互いに反発しないようにせんといかんから難しいんじゃがな。使い勝手はよかったんじゃが、維持するのがが面倒になって欲しがっていた奴にくれてしまった。似たような感じで雷と冷気を纏った手甲とかどうじゃ?」
「…………」
そうまんざらでもなさそうな顔をするでない、不意をつかれて可愛いとしもうた。
「ま、まぁ。そういう事なら期待しないで待っててやる」
期待しまくっとるじゃろ、お主。
その後、使えるように修復の終わった山小屋で武具の整理をし、幾つかの装飾品に魔力付与をし、調合でポーションを作ってと慌ただしく過ごすこととなった。
アーベントが途中、やることが無くなったからと出かけて、鹿を一頭まるごと持って帰ってきたとき、は結婚すればいい旦那になりそうだと思ったほどだ。
解体まで手馴れておった。
その日の夕食は肉をふんだんに使った豪勢なものとなった。そんな夕餉の時間に彼は唐突に私のことを聞いてきた。
「なあ、なんでこんなところの小屋を引き取ろうとしたんだ? 俺達の組織力ならどこの街にだって住処を用意することぐらいできたと思うんだが」
「街中に住処を用意するのも面倒じゃろう?
昼に一切出入りしない住人なぞ、あっさり噂になる」
「……まぁ、そりゃそうか。けど、な……お前、雪国の生まれだろ?」
「……気づいとったのか?」
いつ気づかれたのか少し考え、ブルーマで会った時だろうと目星をつける。
吸血鬼はもともと寒さに強いが、それに加えた慣れを見せてしまっていれば言い逃れはできまい。
「ブルーマの雪景色の中あんな寒そうな格好で平然としてりゃ、な……俺はてっきり、だからかと思ったんだがな」
「ふん、そんな感傷なぞのこっとりゃせんよ、数百年前の話じゃからな」
「はぁ!? お前そんなに歳いってんのかよ!?」
「少しは敬う気になったかぇ?」
実際のところは、かなり長い年月を寝て過ごしているためそこまで老いたつもりもない。
だがそういうことにしておいたほうが面白そうだったのであえて黙っておくことにした。
だが、あえてアーベントはそのことには触れずに話題を切り替えてしまった。
「お前はさ、この一件が終わったら、どうするんだ?」
「……また唐突じゃな。今のところ何も考えておらんが」
そもそも、この一件が終わる前に私の旅が終わってしまう可能性も十二分に存在する以上、そこまで考えることに気を回す余裕が無い。
そういう意味でも、彼──アーベントはやはり強いのだろう。
話は次第に脈絡のないよもやま話となり、日が昇る前の頃合いになり、私たちは話を止めて寝床へと潜り込んだ。
説明 | ||
洋ゲー、The Elder Scllors:VI Oblivion のMOD導入環境下ノベライズとなります。 若干更新ペース落ちてきてますが仕事が重なったので更におちるかもしれません。先に謝っておきます、ごめんなさい。 |
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