真・恋姫?無双外伝 〜〜受け継ぐ者たち〜〜 第十三話 『受け継いだ”覇王”の名』 |
第13話 〜〜受け継いだ“覇王”の名〜〜
夜―――――――――――。
ここは、魏の国の外れ・・・・見渡す限りの荒野が続く土色の大地。
昼間は太陽がギラギラと照りつける地帯だが、夜になると昼間の暑さはなりを潜め、肌寒ささえ感じる。
今宵の空は星ひとつ見えず、まるで墨をこぼしたような漆黒の空が続いている。
だがそんな中に堂々と見える満月だけが存在感に満ちていて、淡い光を放つそれはとても神秘的であり、不気味にさえ思えるほどだ。
その荒野の中、あたり一面を見渡せる小高い崖の上に、一人の少女がいた。
黒い衣に、後ろで束ねた長い黒髪。
まるでこの夜の闇に溶け込んでしまいそうないでたちのその少女は、崖の上から一人、荒野の先を目をこらして見つめていた。
少女:「ん〜・・・・・お! 来た来た」
少女の表情が、まるでおもちゃをみつけた子供の様に嬉々としたものに変わった。
少女の視線の遥か先には、夜の闇の中をこちらに向かって進んでくる巨大な黒い影。
おそらく常人の目では正体はおろか、この暗闇のせいで存在すらも気づかない距離であるはずだが、少女はその影の姿までしっかりと捉えていた。
少女:「えっと・・・・だいたい3千ちょいってとこかな? もぉ〜、真ってば、情報よりちょっと多いじゃん!」
黒い影の正体は、彼女の敵である。
少女は影の大きさからおおよその人数を割り出し、不満そうに眉根をよせた。
その理由は、少女が聞いていた敵の数より多かったからだが、少女の表情はすぐに笑顔に変わった。
少女:「まぁいっか。 数が多いほうが楽しいもんね♪」
まるで今から遊びにでも行くような笑顔を浮かべる少女。
断っておくが、これは決し模擬戦などではなく、れっきとした戦争だ。
それに加えて、向かってくる3千の兵に対して少女が率いる兵士の数は・・・・ゼロ。
3000対1のこの状況を理解しながらも、少女の笑みが変わることは無かった。
少女:「うんうん、ばっちりこっちに向かってきてるね。 さすが真の作戦だよ」
少女は満足そうな顔で、自分の周りにつきたてられた数十本もの旗を見渡した。
その旗に書かれた字は“曹”。
おそらく遠くから見れば、何千と言う魏の大群が待機しているように見えるだろう。
これ自体は少女の案ではないが、少女はたった一人で昼の内にこの旗を設置し、敵が来るのをただじっと待っていたのだった。
少女:「夜に紛れて奇襲ってのはいい作戦だけど、ちょっと相手が悪いかな〜。 ね、“鴉”」
少女は、片手に握った自らの武器の名前を呼んだ。
“鴉”と名づけられた少女の武器は、彼女の身の丈ほどもある巨大な戟。
少女の髪と同じような漆黒の刃は、まさにその名前にふさわしく不気味に光っている。
そうしているうちに、先ほどまで巨大な影でしかなかった3千の敵の群れは、一人ひとりの姿が確認できるほどの距離まで迫っていた。
その大群を崖の上から見下ろし、少女はもう一度うれしそうに笑った。
少女:「さて・・・・。 それじゃ、ズバッと楽しく行きますかっ!!」
―――――――――――――――
――――――――――――――――――――
―――――――――――――――――――――――――――――――――
――◆――
黒い少女の戦いから二日後。
ここは魏の都、洛陽の城。
その執務室で、司馬懿仲達は机に向かっていた。
彼が見つめる机の上には軍の帳簿や名簿、その他にも様々な土地の地図や軍略の本など
が所狭しと広げられている。
さらに椅子の隣にはこれから使うであろう様々な本が高々と積み上げられ、その本の塔がいくつも出来ている。
広げられた資料を見つめながら、司馬懿はあごに手を当ててなにやら独り言の様につぶやいている
司馬懿:「ふむ・・・。 西方の村で物資の流通が滞ってるな。 ここは確か、先日の大雨
で流通経路の状況が悪くなっているし・・・・少し兵士を出して、物資運搬の補助をさせた方がいいな。 北方の村では最近穀物の生産者が足りていない。 洛陽の若い民に何人か移住してもらうか。 その分の手当てを出せば、あまり不満も出ないだろう」
目に付く案件を洗い出し、その対策を考えては筆を走らせる。
驚くべきは、これほどの膨大な量の情報を補佐もつけずにたった一人で把握・解析している点である。
本人曰く、すべて一人でやらなければ正確な判断を出来ないと言う理由からだが、おおよそ常人に理解できる考えではない。
司馬懿は普段、この様に軍務から政務まで幅広く管理している。
もちろん彼のほかにも優秀な軍師は何人かいるし、それぞれ多くの仕事をこなしているが、国内の情勢の約4割を司馬懿が管理しているという状況にある。
このあたりが彼が希代の天才と呼ばれる理由の一つであり、ほかの軍師たちから見ても
やはり司馬懿は特別な存在だった。
司馬懿:「後はこの辺りを根城にしている野盗の討伐か・・・・」
そう呟いたところで、何かを思い出したように司馬懿は手を止めた。
司馬懿:「そういえば、あの子がそろそろ帰ってくる頃か・・・・」
兵士 :「司馬懿様、いらっしゃいいますか?」
一人の兵士が、部屋に入ってきた。
兵士は入ってくるなり、きっちりと礼をする。
兵士 :「失礼しました。 お仕事中でしたか」
司馬懿:「いや、構わないよ。 それで、僕に何か用かな?」
兵士 :「はっ。 たった今、曹仁将軍が戻られましたのでご報告をと」
司馬懿:「おや、噂をすればか。 ありがとう、すぐに行くよ」
――◆――
兵士から曹仁は馬舎にいると聞き、司馬懿は馬舎を訪れていた。
すると、ちょうど今自分の馬をつなぎ終えた一人の少女の姿があった。
司馬懿:「おかえり、咲夜(さくや)」
咲夜:「ん? あ、し〜〜ん♪」
咲夜と呼ばれた少女は、司馬懿に気づくと満面の笑みで彼の元まで走りよってきた。
この少女が曹仁子考(そうじん しこう)、真名を咲夜という。
黒い羽織と長い黒髪・・・・。
二日前に荒野で3千の敵と戦ったあの少女だった。
司馬懿:「お疲れ様。 ケガはない?」
咲夜 :「もっちろん! ヨユー、ヨユー♪」
咲夜は親指を立てて、誇らしげな笑みを浮かべる。
しかし、その後すぐに頬を膨らませてムっとした表情に変わってしまった。
咲夜 :「そんな事より真! 敵の数、聞いてたのより少し多かったんだよ!?」
司馬懿:「え・・・本当かい? すまない、それは斥候の責任だね。 それに、その情報をちゃんと確かめなかった僕も悪い。 ごめんよ」
司馬懿は申し訳なさそうに咲夜に頭を下げた。
敵の兵力を計り間違えるなど、軍師として最もやってはいけない失態だ。
斥候に出した兵の失敗といえど、その情報を彼女に伝えたのは司馬懿であるため、責任
を感じていた。
だが自分に向かって頭を下げる芝居をみて、咲夜は慌てたように言った。
咲夜 :「ああっ、別にいいよ謝らなくて! 数が増えたってどうってことなかったんだから!」
司馬懿:「でも・・・・」
咲夜 :「もうっ、良いんだってば! それに、私が強いのは真だって知ってるでしょ?」
司馬懿:「ああ、ありがとう」
咲夜の必死の説得で、芝居はようやく頭を上げた。
咲夜からしてみれば、司馬懿はなんでも一人でやろうとしすぎる上に責任感が強すぎる
と思っていた。
しかしだからこそ城の皆は司馬懿を信用しているし、咲夜もその一人だった。
司馬懿:「それにしても、さすが咲夜だね。 毎度のことながら大したものだよ」
咲夜 :「へっへーん! 当たり前でしょ♪」
司馬懿に褒められて、咲夜は自慢げに胸を張って見せる。
実際、司馬懿の言った事はお世辞でも何でもなく、咲夜の実力は大したものだった。
二日前の3千人もの大群。
彼女はたった一人で、目立った傷もないままその大群を壊滅させていたのだった。
司馬懿が咲夜をたった一人で行かせたのも、彼女なら多少の問題があったとしても何の
問題も無く目的を達してくれるだろうと信じていたからだ。
司馬懿:「さすが、我が軍最強の将軍だね」
咲夜 :「えへへ・・・。 あ! ねぇ真、華音は?」
司馬懿:「ああ、居るよ。 多分、玉座の間じゃないかな?」
咲夜 :「そう。 ・・・最近はどんな様子?」
司馬懿:「・・・“あの件”を話してから、ずっと悩んでるみたいだ」
咲夜 :「そっか・・・・」
司馬懿と咲夜は、言葉を交わしながら互いに表情を曇らせる。
二人とも自らの仕える主の様子に、胸を痛めていた。
もちろん魏の将軍たちは主である曹丕に心からの忠義を尽くしているが、この二人にとっては主従の関係を抜きにしても特別な存在だった。
それは司馬懿よりも、ある意味では咲夜の方が・・・・
咲夜 :「こうなるだろうとは思ってたけど、やっぱり曹操様の様には考えられないんだよ
ね・・・・」
司馬懿:「ああ。 覇道を歩むには、あの子は優しすぎる・・・・」
司馬懿は愛する人を慈しむ様に、その言葉を口にした。
そんな司馬懿を見ていた咲夜は、吹っ切れたように笑顔を見せる。
咲夜 :「でも、それが華音の良いところでしょ? それに、そんなあの子を助けるために私や真や、他の皆がいるんだから!」
司馬懿:「・・・・ああ。 そうだね」
咲夜の笑顔につられるように、司馬懿もぎこちなくだが笑顔を浮かべた。
こんな光景は、二人にとってはそれほど珍しい事ではない。
主を想う者同士、二人はこうして話し合う事が多かった。
咲夜 :「それじゃ、私は華音のところに行ってくるよ。 また後でね、真」
司馬懿:「ああ」
手を振って走り去っていく咲夜に手を振り返して、司馬懿は彼女の背中を見送った。
――◆――
華音 :「ふぅ・・・・」
玉座の間。
中央にある玉座に腰かけて、魏王・曹丕こと華音は消える様なため息を吐いていた。
ここ数日、いつもこの調子だった。
自分のやるべき仕事はしっかりこなしてはいるものの、少しでも時間があるとこうして物思いにふけってしまう。
理由は先ほど司馬懿たちが話していた“あの話”。
それが四六時中頭から離れず、気が付けばその事ばかり考えていた。
華音 :「私は、どうすれば・・・・・」
咲夜 :「たっだいまー!!」
華音の呟きをかき消すように、明るくよく通る声が玉座の間に響いた。
その声と共に勢いよく玉座の間に入ってきたのは咲夜だった。
華音 :「咲夜っ!? 帰っていたの?」
咲夜 :「うん、ついさっきね。 華音は元気してた?」
華音 :「ええ。 あなたもケガが無いようでよかったわ。 聞いたわよ、今回も大活躍だったようね」
咲夜 :「まっねー♪ 私にかかれば敵の3千や4千なんてチョチョイのチョイだよ♪」
華音 :「フフ・・・そう。 相変わらず頼もしいわね」
華音からの称賛に、Vサインで答える咲夜。
そんな咲夜の姿を見て、華音は可笑しそうに笑った。
咲夜 :「えへへ・・・。 おっと、そ・ん・な・こ・と・よ・り〜・・・・」
華音 :「な、何・・・・?」
さっきまでの表情から打って変って、いたずらっぽく不気味な表情を浮かべた咲夜が・・・
咲夜 :「華音ちゃ〜〜〜〜んっ!!」
華音 :「きゃっ!!? ちょ、ちょっと・・・・・!」
咲夜はさっきまでの位置からひとっ飛びで、思いっきり華音に抱きついた。
いきなりのダイブ攻撃に、華音は慌てている。
咲夜 :「う〜ん。 やっぱり華音を抱いてると癒されるよ〜♪」
華音 :「ちょっと咲夜! 離れなさいっ!」
まるで大好きなペットとじゃれあうように、咲夜は華音を抱きしめたまま頬ずりする。
華音は引き離そうと必死に抵抗するが、単純な腕力で咲夜に叶うはずもなかった。
華音 :「こらっ! もうっ・・・どうしてあなたはいつもこうなのよっ!」
じつはこの光景は、この二人の間では恒例となっている。
とは言っても恒例だと思っているのは咲夜の方だけで、華音の方は母親と違って“そっち”の趣味はない為嫌がっている。
華音 :「も〜、離れなさいっ!」
咲夜 :「い〜〜や!」
華音 :「咲夜っ!!」
咲夜 :「あと一刻〜」
華音 :「この・・・っ! いい加減になさいっ!!!」
“ゴンっ!!!”
咲夜 :「きゃんっ!!?」
玉座の間に、鈍い音と咲夜の悲鳴が響いた。
華音 ;「あまり聞きわけが無いとぶつわよ!」
咲夜 :「にゃう〜・・・ぶってから言わないでよ〜。 痛タタ・・・」
咲夜は目の端に涙を浮かべながら、ぶたれた頭をさすっている。
対する華音は、怒り半分呆れ半分といった表情だ。
華音 :「はぁ〜、まったく・・・。 それで、何か用があったのではないの? ・・・まさか、この為だけに来たのではないでしょうね?」
咲夜 :「わわ! ち、違うよ! だから拳を握りしめるのはやめて〜!」
また殴られるかもと思い、咲夜は慌てて両手を振って制止する。
それを見て、華音も握っていた拳を収めた。
咲夜 :「・・・なんか、悩んでるみたいだったからさ」
華音 :「っ!?・・・・・」
咲夜の言葉を聞いて、華音は不意をつかれたのか動揺を隠せなかった。
華音が悩んでいる事を咲夜が知っていたのは司馬懿に聞いたからだが、先ほどの咲夜の様子を見れば誰でも分かる事だろう。
咲夜 :「理由もだいたい分かってる。 私も、真から聞いたから」
華音 :「・・・・・・・・」
咲夜 :「・・・蜀を、攻めるんだね?」
華音 :「・・・・・・・ええ」
消え入りそうな声で答えて、華音は小さく頷いた。
これが、華音がずっと頭を抱えている理由だった。
先日開かれた会議で、近い内に蜀と戦争を行う事が決定した。
発案者は、司馬懿。
もちろん華音もその会議には参加し、司馬懿の案を承認したのは彼女だが・・・・
華音 :「分かっているの。 これが大陸の平和を目指すために必要なことだって。 それでも、私は・・・・」
咲夜:「華音・・・・」
先ほどの様に、激しくはない。
今度は、うつむく華音の肩をそっと抱いた。
咲夜 :「言わなくていいよ。 あなたの想いは、皆知ってるから」
華音 :「こんなことでは王失格ね。 きっと、お母様に笑われてしまうわ」
自分が情けなく思えてか、華音の声は泣きだしそうに震えていた。
咲夜 :「そんな事ない。 華音は頑張ってるよ。 ただ、少し足りない部分は私たちが助けになるから。 今までだってそうしてきたでしょ?」
華音 :「咲夜・・・。 ええ、ありがとう」
華音をなだめるように背中をそっと撫でながら、咲夜は笑いかける。
咲夜 :「あなたは立派な魏の王だよ。 きっと天国の曹操様も、それにお母様も誇りに思ってくれてるよ・・・・芳夜(かぐや)」
華音 :「・・・馬鹿。 その名は呼ばない約束よ」
咲夜 :「あはは。 そうだったね、つい・・・・」
華音にたしなめられて、咲夜はバツが悪そうに肩を抱いていた腕をほどいた。
咲夜 :「えっと・・・それじゃあ、私はまだ報告が残ってるから行くね。 あんまり考え込んじゃダメだよ?」
華音 :「ええ、ありがとう。 ・・・・・姉さん」
――◆――
咲夜・・・姉さんと分かれた私は、ひとりで城壁に登っていた。
ここは、私が悩んだ時に来る一番落ち着ける場所。
自室や玉座のまで息が詰まりそうになった時は、こうしてここに来る。
城壁に手をかけて街を見渡しながら、自分の考えに想いを馳せてみる。
自分の名前の意味について、真剣に考えた事がある人間はいったいどれくらいいるだろ
うか・・・・・。
最近私は、こんな事をよく考える。
曹丕子桓―――――。
それが、私の名前。
母であり、先代魏王であった曹操様から頂いた名前。
そしてもう一つ・・・・。
曹純子和―――――。
曹操様ではなく、生みの母からもらった私の本当の名前。
・・・いいえ、それは違うわね。
今の私にとっては、曹丕の方が本当の名前だもの。
どちらの名でも、姓は同じ“曹”。
けれどこの二つの“曹”は、私にとっては意味も、その重さも、全く異なるもの。
私の家は代々皇帝の傍に仕えていて、父もその後を継いで侍中を努めていた。
曹一族とはいっても、父は曹操様の様祖父の兄の、そのまた子供にあたる為、曹操様との血縁関係はなかった。
そのせいもあってか、当時の魏王であった曹操様が親戚なのは知っていたけれど、その事に対して特別な感情を抱く事も無かった。
父が侍中を努めていた事もあり、私の家はそれなりに裕福だったと思う。
特に身の周りの事に不自由をすることも無く、私は育てられた。
父と母、それに二歳年上の姉と四人で、毎日を幸せに暮らしていた。
けれどそんな私の日常の中で、非日常は突然訪れた。
ある日、物々しい兵士の一団が私の家を訪れた。
そしてその兵士を率いていたのが、他でもない魏王・曹操その人だった。
そして家に来るなり幼い私に手を差し出して、あの人は言った。
―――――『私の娘になる気はないかしら?』―――――
当時まだ状況が理解できない私と姉とは別に、両親は驚きを隠せないでいた。
私が、まだ8歳の頃の話だ。
当時から、私には才能と呼べる力があった。
どんなことでも、たいていの事はたった数回見るか体験すれば、ほとんどこなす事が出来たのだ。
要領が良い、というのだろうか・・・・。
他の人のやり方を見ていれば、どこに気を付けなければいけないのか、どうすれば効率よくできるのかをすぐに理解できた。
私が7歳の頃、見よう見まねで父と囲碁をやって私が勝ってしまった時は、かなり驚かれたものだ。
けれど私は、別段それが特別なことだと思った事はない。
言ってみれば、人の真似が上手いだけ。
誰かのやり方を真似て覚えると言うのは、誰でもやる事だもの。
私はただ、その力が少し他の人よりすぐれていると言うだけの話。
しかし曹操様は、そんな私の力を認めてくれた。
曹操様が生涯伴侶を持つ気はなかったそうだけれど、魏王の座を継ぐ者はいなくてはならない。
そのために養子となる子供を捜していたところへ私の噂を聞いたらしかった。
私はもちろん、両親も思ってもいない縁談話。
もし自分の家から王の跡継ぎが出れば、家は一生安泰となる。
両親からすれば、断る理由はなかった。
私はもちろん不安ではあったけれど、不思議と嫌だとは思わなかった。
もしかしたら、幼いながらに曹操様の持つ圧倒的な魅力に引き付けられていたのかもしれない。
私は、ただ差しのべられた手をとった。
それからの生活は、当たり前だけどそれまでとはうって変わっていた。
曹操様・・・母は厳しかったかと問われれば、私は首を縦に振らざるを得ない。
正式に養子となり、初めて私を城に連れて来た母が言った言葉は今でも忘れない。
――――『私を目指す必要はないわ。 あなたはあなたの信じる王を目指しなさい。 そして将来、もし私があなたの信じる王ではないと思ったのならその時は・・・・私の首を刎ねなさい』―――――――――――――――――――
養子となったばかりの我が子に、例え話とは言え自分を殺せと命じるなんて、正気の
沙汰ではないと思った。
けれど同時に、これから始まるであろう厳しい日常への覚悟が決まった気がした。
それからは、ただひたすらに勉強の毎日だった。
城で開かれた会議にも、必ず参加させられた。
もちろん何か発言できるわけもないし、話している内容の半分も理解できなかったけれど、そのおかげで幼い頃から会議の緊迫した雰囲気を学ぶことが出来た。
・・・そういえば、私は母上の“母親としての顔”というものを見たことが無い気がする。
いわゆる普通の母と娘のように休日に外へ出かけたり、一日の出来事を話たりと言う経験が私には無い。
たとえ二人きりの時でも、常に私たちの関係は“母と娘”より“王とその跡継ぎ”だったように思う。
あるいは、それが曹操様にとっての“母親としての顔”だったのかもしれないけれど、今となっては確かめるすべが無いわね。
私はそんな母の姿を、必死に真似ようとした。
『私を目指す必要は無い。』とは言われたけれど、やはり私の目の前に常にいたのは曹操様であり、自然とそこが私の目指すところになっていた。
けれどそんな風に王に近づこうと頑張っても、その重圧に押しつぶされそうになった時期だってある。
必死に勉強しながらも、私では王になれないのではないかという考えが頭を離れなかったのだ。
そんなある日、私の教育係という男性がやってきた。
名前は、司馬懿仲達。
それが私と真との出会いだった。
最初は口数が少なくて、どう接すればいいものかと迷ったけれど、彼にいろいろ教わっているうちに自然と会話は弾むようになり、お互い笑顔を見せ合うようになった。
あんなに自然に笑うことが出来たのは、ずいぶん久しぶりな気がした。
それからは、真と過ごす時間が私の唯一の心休まる時間になった。
どんな事で悩んでいても、彼に話せば不思議と肩の荷が下りたように楽になれる。
私は、気づいたらそんな彼に惹かれていた。
そしてもう一人、私の心の支えになってくれる人がいる。
曹仁子考・・・・咲夜姉さん。
私が曹操様の養子になって2年後、姉さんは私を心配して曹操様の兵として志願してくれたのだった。
もともと武力に関しては天才的だった姉さんは、まだ幼いながらも驚異的な強さで、さすがの曹操さまも驚いていた。
私は、姉さんが初めて城に来たとき、嬉しくて泣きそうになった。
この何もかもが手探りの不安な環境の中で、家族が一緒にいてくれる。
それは幼かった私にとって、どれほど救いだったことか・・・・
姉さんと真。
この二人の存在が、私の努力の糧だった。
それは今でも変わらない。
曹操様が亡くなり、王位を継ぐ不安に押しつぶされそうになった私の側にいつも二人はいてくれた。
今だって、私に出来ないことを二人は全力で助けてくれる。
それは、とてもありがたいことだけれど・・・
華音 :「けれど私は、これでいいの・・・・?」
そんな言葉が、自然と口からこぼれた。
あの日、曹丕という名をもらってからもう幾年か・・・
あの日以来、私にとって今までただの名前でしかなかった“曹”という姓は、覇王の名を背負うものになった。
けれど私は、本当にこの名を名乗るに値する王になれているの?
お母様が目指した覇道に、あの頃より少しは近づけているの?
華音:「教えて、お母様・・・・」
私は、あなたが歩んだ道の上に立っていますか?―――――――――――――――――
真 :「華音」
華音:「? 真・・・」
いつからいたのか、振り返るとそこには優しく笑っている真の姿があった。
まったく・・・私というのはつくづく都合の良い女ね。
今まであれだけ曇っていた胸のうちが、彼の顔を見ただけでこんなにも晴れやかになってしまうなんて。
真 :「何か考え事かい?」
華音:「ええ、少しね」
憎らしい人。
そんな風に聞いておいて、私がどうして悩んでいるかなんてお見通しなのだから。
こういうところは昔から変わらないわね。
でも、いつまでも彼や姉さんに頼っているわけには行かない・・・・。
華音:「ねぇ、真。 明日、会議を設けて頂戴」
真 :「会議・・・? でも、いったい何のために?」
ずっと迷っていたけれど、ようやく決心がついたから。
華音:「明日・・・蜀討伐の為の軍議をしましょう!」
真 :「え・・・・・?」
もう迷わない。
お母様に言われたとおり、私は私の信じる王の姿を目指す。
真 :「華音、本当にいいのかい?」
華音:「くどいわよ、司馬仲達・・・!」
真 :「!・・・・・」
少しの間私を不安そうに見つめていた真だけれど、私の言葉を聞いて、ただ深々と礼をした。
真 :「・・・仰せのままに、我が主」
彼や姉さん・・・それに皆の力があれば、私はきっと戦える。
だからお母様・・・もう少しだけ、待っていてください。
今はまだ、あなたの言った私の信じる王の姿がはっきりとは見えません。
けれどこの戦いがすべて終わって大陸が平和になったなら・・・・
その時は、私の目指す答えが見つかるかもしれないから。
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十三話目です。 今回は魏サイドの話になってますww。 |
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