真・恋姫無双 EP.102 苦渋編 |
最初は勢いもあり、優位に戦いを進めることが出来ていた。だが、星が負傷したのをきっかけに、徐々に劣勢へと変わっていったのである。
「命に別状があったわけではないのだがな」
腕をさすりながら、星がぼやく。オークの重い一撃から部下の兵士を守ろうとして、正面から受け止めてしまった時に痛めたのである。
「鋭さはないが、あれはまさに嵐のようだ。鈴々あたりならまだしも、私には少し辛い攻撃だな」
「星は速度重視の戦士じゃからの。わしにも無理じゃ。焔耶なら受け止められそうじゃがの」
部下と打ち合わせをする焔耶を見ながら、桔梗が星に同意するように言う。
「さりとて当面の問題は、士気の低下じゃろうな」
「なあに、問題はない。多少痛むが、剣を持てぬほどではないからな。先頭に立って戦う姿を見れば、兵士の動揺も収まるだろう」
星が腕を回しながらそんなことを口にすると、丁度やって来た人物が声を上げた。
「ダメだよ、星ちゃん!」
本陣の天幕に入って来たのは、桃香である。
「もう! しばらくは動かしちゃダメだって言ったでしょ」
諦めろ、と言わんばかりの桔梗の視線に、星は肩をすくめた。いつもは皆の話を聞く桃香だが、怪我に関しては一歩も譲らないところがある。今回の戦闘で、多くの負傷者が運び込まれて来たこともあって、怪我に過敏になっているところもあるようだった。
空気を変えるように、桔梗が訊ねる。
「愛紗と鈴々の様子はどうです?」
「うん、もう一人で食事ができるまでは回復したけど、まだ動くのは無理かな」
「そうですか」
桃香の報告を聞き、桔梗はわずかに溜息を漏らす。ほんの少し、今の状況を打開するきっかけになればと期待したのだ。だが、まだ続く戦いのことを考えれば、ここで無理をさせるわけにはいかない。
(さて、どうしたものかのう)
桔梗が腕を組んで頭を悩ましていると、何やら天幕の外が騒がしくなった。
「何を騒いでおる!」
「き、桔梗様! 怪しい者たちが天幕を覗き込んでおりまして」
問いかけに応えた兵士の声に続き、二人の少女がひょっこり顔を覗かせた。
「はわわ! 怪しい者じゃありません」
「あわわ……劉備様……」
慌てた様子の二人を見て、桃香が何かを思い出したように駆け寄った。
「そうだった! 二人ともごめんなさい」
桃香に促され、恐る恐るといった様子で二人が天幕の中に入ってきた。一人は顔を隠すように、とんがり帽子を目深に被っている。
「二人はあの水鏡先生のお弟子さんで、『星見の里』から来た諸葛亮ちゃんと鳳統ちゃんだよ」
「よろしくなのです」
「……です」
ぺこりと頭を下げる二人を見て、桔梗と星は感心した様子で頷く。
「水鏡の名は聞いた事があります」
「うむ。実在しておったのじゃな」
百年以上も生きている仙人などと呼ばれている水鏡の名は、あまり学のない者の間でも広く知られていた。その弟子というからには、幼い外見からは想像も出来ない知識を持っているのだろう。
桔梗は試すような眼差しで、じっと二人を見た。高名な人物の弟子とはいえ、自分たちの味方とは限らない。
「それで、二人はなぜここに? 我らに何進軍を退ける策でも授けてくれるのかのう?」
「きっとそうだよ! ねっ?」
嬉しそうに言う桃香の言葉に、諸葛亮は困ったように表情を曇らせて首を振った。
「劉備様……残念ながら私たちは、撤退を進言するためにやって来ました」
「撤退? この長安を見捨てるって事?」
「いえ、長安の民を連れてこの地を離れます。何進軍はオークの部隊です。人間には容赦がありません。ここに残ることは、死を意味します。万が一、命が助かったとしても家畜のような扱いが待っていることになるのです」
その厳しい言葉に、誰も口を開くことが出来なかった。心のどこかで、今のままではどうする事もできないということに、誰もが気付いていたのだ。しかしわずかな希望を信じ、それにすがるしかなかったのである。
桔梗も星も、じっと桃香の言葉を待った。酷なことかも知れないが、それを決めるのは桃香だけなのである。
「もう勝ち目はないのかな? ううん、勝てなくても、長安を守りきることは出来ない?」
「残念ですが、戦力差が大きすぎます。仮に策を弄するとしても、地形的に長安は不利なのです。城壁の復旧もまだ終わらぬ今、籠城も無理でしょう」
「……」
桃香はうつむく。衛生兵の天幕にいた彼女は、多くの怪我人を見てきている。現在の状況が厳しいものだと認識もしていた。
「だが、追っ手から逃れるのは難しいのではないかな?」
助け船を出すように桔梗が訊ねる。
「それは大丈夫だと思います。何進軍の目的は長安を落とすことです。おそらく先発隊にもそれ以上の指示は出されていないでしょう。追撃部隊は出すでしょうが、今よりは少数になるはずですので逃げ切ることは十分に可能です」
「だが、逃げると言ってもどこに行くのだ? 長安の民も受け入れてくれるほどの街など、そうはあるまい」
「ここより南……『星見の里』でもある漢中です」
恋はぼんやりと空を眺めていた。今日は出撃がなく、待機命令が出ていたのである。部隊の訓練は、音々音が指揮を執って行った。
「恋殿〜」
両手に肉まんの入った袋を抱えて、音々音が小走りにやって来る。匂いに気付いたのか、わずかに反応を示した恋が視線を向けた。
「恋殿、訓練は無事に終わりましたぞ! 恋殿の足手まといにならぬよう、厳しくしました! ささ、肉まんです」
「ん……」
肉まんを受け取った恋は、小動物のように食べ始める。その隣に腰掛けた音々音も、同じように肉まんを頬張り始めた。
「しかしこの戦い、今のままでは勝ち目はないのです。もしも長安が落ちるような事になれば、涼州は完全に孤立するのです……ねねも策を考えてはいますが、最悪の場合……」
それ以上は言葉を継げず、音々音は肉まんをかじった。
涼州は二人にとって思い出の地で、かつての恩人が住む場所だ。家族の面倒を引き受けてくれた馬超たちのことを忘れたことはない。
「――! 恋殿?」
突然、恋が音々音の頭を優しく撫でた。驚いて顔を上げた音々音に、恋は無表情のままコクッと頷く。
「大丈夫……」
安心させるような恋の言葉に、音々音は思わず微笑んでしまう。どんな厳しい戦いも、恋はその一言で勝利を収めてきたのだ。
「そうです! 恋殿が負けるわけがないのです!」
「ん……」
頷いた恋が、再び肉まんを頬張ろうと口を開きかけ、しかしそのままピタッと止まってしまう。と、肉まんの袋を地面に置いたかとおもうと、全速力で走り出したのだ。
「恋殿〜!」
音々音の声が遠ざかり、恋はまるで何かに吸い寄せられるように走って行く。表情の無かった顔に光が差す。走って行く先は、陣を張った南側の入り口。
「だから、怪しい者じゃないって」
「本当か? どうしたもんかなあ〜」
門番の兵士と問答をしている一人の人物に向かって、恋は腕を広げて飛び込んだ。
「一刀!!」
久しぶりに会う、彼の名を叫びながら――。
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恋姫の世界観をファンタジー風にしました。 楽しんでもらえれば、幸いです。 |
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