fate imaginary unit 第十三話 |
妹の朝は早かった。
まだ外もそこまで明るくない時間帯に妹の目は覚めた。
妹は今日この日を忘れることはないだろう。
なんて言ったって姉が存在しない屋敷を手に入れたのだから。
恐らく姉の方も同じようなことを言っているのは間違いないだろうが、お互いにとって事実である
から妹は特に気にしなかった。
とりあえずサーヴァントを召喚することが出来た。
「「問う。あなたが私のマスターか?」」
召喚陣に現れた影は二つだった。
ここまで露骨なのかと二人は相手のサーヴァントを見て笑ったのを覚えている。
傍から見ても感じる相反する二つの属性。
まさに姉妹と同じ。
善と悪。
姉妹が召喚したサーヴァントも見た目こそ同じだが纏っている空気というのかオーラが違ってい
た。
金髪碧眼。
この戦時中の世の中ではそれだけで目の敵にされそうな風貌。
騎士というのに相応しい鎧。
片方のセイバー腰には鍔が大きくあたかも十字架を模した片手剣。
もう一方には黒くねじれたたおいう表現が正しいような醜い片手剣が刺さっていた。
「えぇ、私があなたのマスターよセイバー」
姉は片方のセイバーの手を取る。
それにつられて妹ももう一人のセイバーの手を取った。
「さて、私達は四人で聖杯でも取りに行こうかしらね」
姉がそう言うと、セイバーは頷く。
妹の方は、そんなことさも当然であるかように聞き流し自らの屋敷に足を進める。
「マスター」
ようやく床に着けたかと思った矢先セイバーに話掛けられた。
「何かしら?」
「はい。なぜ私達、いえ私は二人分として召喚されたのでしょうか?」
「そうね……きっと私達二人が二人共マスターになるのに相応しい同等の資格があったからじゃな
いかしら?」
「しかし、前回までの聖杯戦争においてこのようなことは一度も起きてないですが……」
セイバーの質問に対していい加減面倒になってきたのか妹はぶっきらぼうに答える。
「それは前回までに私達みたいな魔術師がいなかったからでしょ。ところで、セイバーって姉さん
のもセイバーだから呼び方が混乱するわね……」
セイバーの方も確かに。と腕を組む。
現界した時に与えられる知識の中にこんな事態を上手く対処出来るような気の利いたものはなかっ
たらしい。
セイバーから気の利いた名前が出てくることはなかった。
「じゃあ……あなたはセイバーオルタ。とでも呼ぶわ」
「セイバーオルタですか?」
「そ。オルタ。オルタナティブ。うん。即興の割にはよく出来てるわ」
自分で考えた名前が気に入ったのか妹はしきりに頷いた。
「なら、オルタ。聖杯戦争はもう始まってるわ。寝首をかかれないようにしましょうね」
そう言うと妹は目を閉じた。
そして現在に至るのである。
朝一番気持ちのいい時間帯に誰かの使い魔が窓を叩くのが見えた。
訂正しよう。
今日もいつも通りの朝だった。
妹は使い魔から伝言を受け取る。
妹は自室にある装置から姉のいる屋敷に連絡を取る。
全くこんなに主体性がない人間が自分の姉だと考えるだけで腹が立つ。
「ねぇ、姉さん?まず最初に誰からいきましょうかね?」
「さぁね。何か当てはあるのかしらね妹?」
姉の方は連絡を待っていたみたいで間髪入れずに返答が返ってきた。
姉が名前を呼ばずに妹と呼ぶのは自分の方が立場が上であるということを妹に再確認させるための嫌がらせだ。
「……とりあえず、私達を除く三騎士クラスの奴らを片っぱしから殺してはどうかしら?」
妹の方はそんな姉の言葉を意に介する様子もなく平然と自らの意見を述べた。
「三騎士クラスが先?アサシン達が先ではなくて?」
姉の方からしたら、妹の発言は意外だった。
どうしてそんな面倒なことを先にやろうとするのか。と。
加えてアサシン達は戦闘能力が低いとはいえ、いや、低いが故にその他の能力が厄介なのだ。
この双子館においてはエーデルフェルトの結界が作動しているから平気とはいえ、屋敷を一歩出た瞬間に後ろから寝首をかかれるということもあるのだ。
「不満のようですね。姉さん。私達が、いえ、主に私が得た敵陣営の情報を鑑みるにアサシンとキャスターは放っておいて大丈夫かと」
「……どうしてそう言えるのかしら?」
「アサシンのマスターは、どうにも昨日の晩にいきなりアーチャーに闘いを挑んだらしいわよ。蛮勇もいいところね」
「それで?」
「勝手に死にそうだから無視しようって言ってるのよ姉さん。後はキャスターだけれど、どうにも
情報が集まらなくて未知数。」
流石に挑む気になれないわ。と妹は肩を竦める。
「……」
妹の意見を聞いていた姉は少し考えるように視線を下にやる。
ここは意見を戦わせるべきじゃない。
そう結論を出す。
「まぁ、とりあえずあなたの意見を採用するわ」
そう言うと姉は妹からの連絡を断ち、ようやくテーブルに着く。
姉は昨日からロクに寝ていなかった。
自分のサーヴァントの特性を理解するために夜を徹して作業をしていたのだ。
眠気覚ましに飲もうと思ったコーヒーは話しているうちに冷めてしまったらしくあまり美味しくなかった。
どうにかして不味いコーヒーを飲み干すと姉は自分の部屋に戻った。
「ふぅ」
やはり自分の部屋は落ち着く。
安堵して溜息を吐いた。
「どうかされたか?マスター。妹君とはどうにも上手くいっているようには見えないのだが……」
姉は声のした方を向く。
そうだった。セイバーがいたのだ。
「セイバー。もしあなたがあのやりとりを見ても尚、『微笑ましい姉妹ですね』など言おうもんならいきなり令呪の使用を考えるところだったわ……」
妹の話題を出されるとどっと疲れが出たのか、ぼんやりと窓の外の景色を見ていた。
遠くの方に橋が見える。
姉妹共々日本に来たのは初めてだった。
というより欧州から出たのが初めてだ。
冬木の街のことも知らない。
聞きかじった程度の知識では、こっちの方でも魚を食べるらしい。
他にも色々聞いた気がするがあまり覚えていない。
「ねぇ、セイバー」
「なんでしょうか?」
「あなた、もう一人のセイバーとどの程度まで離れて行動出来るのかしら?」
するとセイバーは少し目を閉じた。
何かを考えているのだろうか。
一分もしないうちにセイバーが目を開く。
「恐らく、高低差は分かりかねますが、この屋敷なら別々に、冬木市内ではある程度までは……」
「ある程度って随分曖昧ね」
その言葉にセイバーは申し訳なさそうに目を伏せる。
「申し訳ありません。こんなことは過去に前例がありませんでしたから」
まぁ、そうかと納得した。
そんな簡単に双子がどちらもマスターになるのにふさわしい能力を持っているはずがない。
久々に一人で見知らぬ街でも散策してみよかと思ったのだが、万全を期すためには二人で行動した
方が良い。
そう考えた結果、諦めて二人で行くとするか……。
姉はそう考えると妹を呼びに屋敷の地理的に丁度対になっている妹の屋敷に連絡を取る。
向こうは反応しなかった。
しょうがないので伝言を残すことにする。
今から行くと。
「入るわよ」
姉は妹の屋敷に着くなりそう言ってドアノブを開けようとした。
開かない。
鍵をかけている感じはしない。
時々ドアノブを回るから、恐らく中で妹がドアノブを回させまいと押さえているのに違いない。
「ね、姉さん。要件なら外で伺いますから、少し待っててくれないかしら……」
ドア越しに聞こえる声がどうにも真に迫っていたので姉の方は大人しくドアノブをさっと離した。
ガシャン!!
今まで必死にドアノブを止めていたが、姉が急に離したためドアノブが勢いよく回ってドアが開
く。
「きゃあ!」
姉の目の前に妹の姿があった。
二人の目が合う。
少し気まずい沈黙が流れた。
「ね、姉さんお待たせしました。それでなんの用ですか?」
どうにかして妹はその場を取り繕ったが心なしか顔が赤い。
「あ、えーと大丈夫?」
「き、気にしないで……」
「まぁいいわ。意外に妹もドジなのね。それより外に行くわよ?」
「は?」
妹はようやく立ち直ったのか、姉の顔を見つめる。
いい事を思いついたというような顔をしていて気に入らない。
私もこんな顔をしているのだろうか。
そう考えると少し自分に腹が立つ。
「姉さん。ちなみに理由は?」
「決まってるじゃない観光よ。聖杯戦争が始まったとは言えずっと家に籠ってるのも癪じゃな
い?」
「はぁ……」
普通はそうやって作戦を練って確実に勝利を収めるのが普通だと妹の方は考えているのだが、姉は
一度決めたら動かないタイプの人間なので、今回はこちらが折れるしかない。
そう妹は考え、渋々頷いた。
「分かりましたよ。行きますから」
渋々姉の申し出を受け入れると、部屋の鍵を閉めた。
「それで何かアテはあるんですか?」
「ないわよ?」
エーデルフェルト姉妹は揃って外出していた。
フィンランドでさえ目を惹いた二人の風貌は極東の大地でも人様の目を惹いた。
というより注目の度合いで言うならばこちらの方が上だろう。
二人は特に視線を委意に介する様子もなく橋に向かって道なりに歩いていく。
「あ」
姉が何かを発見したらしく指をさした。
その指先には何やら釣りをしている人がいた。
妹の方は特に何も感じなかったが、姉が興味を抱くには十分だったようでそちらの方向に歩を進め
た。
「すみません何か釣れるんですか?」
姉は何も躊躇することなくその釣り人に話しかけた。
一応日本語もある程度操れるから相手にも通じているだろうが、それにしても人見知りをしないと
いうのはなんとも凄いな。
妹は姉を見てそう思った。
「あ?んー。海の漁なら自信あるんだけど、どうもこっちの方はあんまりみたいでそこまで釣れて
ないんだよ」
ははは。と釣り人は姉の問いに苦笑いをした。
顔を確認すると意外に若そうだ。
もしかしたら同じ年位かもしれない。
先ほど、漁が得意だと言っていたことからも漁師か何かだろう。
妹は姉の話相手を冷静に見定めていた。
いつものことながら姉は相手の素性などをまるで意に介さず話しかける。
そのせいか妹の方が相手を観察するのが常になっていた。
今回もその例に洩れず妹がその釣り人を見ていたのだが特に魔術師でも怪しい人間だとも感じなかったので少し安堵する。
まだ、極東の魔術師の情報が少ないため最善手を打つことができないからである。
「ん?お嬢さん、随分と美人さんだな。こんな時期に旅行とはお金持ちさんは違うねぇ」
釣り人はそう言って笑った。
ほほ。と姉も上品に笑う。
「まぁ、観光というか、少し用事がありましてね」
「ほぅ、用事か。ちなみにどんな用事なんだ?」
「流石に…それは言えませんわね。申し訳ありませんわ」
だよな。と釣り人は釣り人は何が面白いのか笑みを崩さない。
「ん?もしかしてあんたら最近出来たあのお屋敷の人たちかい?」
「えぇ、よく分かりましたね」
「いやな、外国の人が住んでそうだなって思いながら見てたんだよ」
俺の勘も中々捨てたもんじゃないな。と釣り人は姉妹を見て笑った。
勘がいい割には魚先ほどから竿にかかる様子がない。
妹は心中で皮肉を呟く。
「なぁ、もし時間あったらこの魚一緒に食べるか?」
釣り人は姉の方ではなく妹の方に向いて呟いた。
どうやら妹がじっと見ていたのを魚が食べたそうだとでも勘違いしたのだろう。
「あ、いえ……」
妹が小さな声で断ると残念だ。と言って顔をしかめる。
「さて、そろそろ釣りも飽きた。というわけで俺は帰るわ」
釣り人は釣り道具を素早くしまうと立ち上がった。
「じゃあな、お嬢さん方。俺の名前は権藤、権藤統二って言うんだ」
差し出された手を姉は握った。
「私は、エーデルフェルトとでも呼んで下さいな」
妹はその手を握らなかった。
そして統二から視線を外す。
統二とエーデルフェルト姉妹は反対方向に歩きだす。
「あ、聞き忘れたんだけど」
統二は振り返ってエーデルフェルト姉妹に訪ねた。
「ここまで来た用事って実は聖杯を手に入れるとかじゃない?」
統二のその言葉は二人に戦慄を走らせた。
「どうして……」
妹の口からそう小さく洩れる。
どうして一般人がそんなことを知っているのか。
答えは簡単だ。
その時自分の認識が間違っていることに気がついた。
彼は一般人ではないのだ。
魔術師。
この聖杯戦争において倒すべき相手だったのだ。
「改めて自己紹介をしようか。俺の名前は権藤統二。ライダーのマスターをやっている。今会った
のは偶然だ。不意打ちは本分ではない。だから俺はここで何も見なかったことにして帰る」
そう言うと、統二はエーデルフェルト姉妹に背を向けた。
「じゃあな。もし、聖杯戦争が終わったらとびきり旨い魚料理でも食べさせてやるよ」
統二は、その場を後にした。
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フィンランドから来た彼女たちは日本で何を思うのか―― | ||
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