ソードアート・オンライン―大太刀の十字騎士― |
「……ごめんね」
やっと言葉を見つけ、こえをかけると、少女は必死に涙を収め、首を振った。
「……いいえ……あたしが……バカだったんです……。ありがとうございます……助けてくれて……」
嗚咽を押さえながら、少女はそれだけ口にする。
私は少女にゆっくり歩み寄り、少女の前に跪いて、再び声をかける。
「……その羽だけどさ。アイテム名、設定されてるかな?」
私の予想外の言葉に少女は戸惑いつつも、顔を上げて涙を拭い、おそるおそる手を伸ばし、右手の人差し指で羽の表面の表示をぽんとシングルクリックする。
そうすると、半透明のウィンドウが浮き上がる。
ウィンドウには、重量とアイテム名が表示されていた。
アイテム名は《ピナの心》
多分、ピナというのが使い魔の名前だろう。
それを見た少女はまた、泣き出しそうになる。
「ま、待って待って、泣かないで。心アイテムが残っていれば、まだ蘇生の可能性があるから、ね?」
「え!?」
私が蘇生の可能性があることを伝えると、少女は慌てて顔を上げた。
口は開いたまま、ぽかんと私の顔を見つめる。
ヤバい、可愛い!
そう思いながら私は、眠た気な声で続ける。
「えーとねぇ、最近解ったことだから、まだあんまり知られてないんだけど。四十七層の南にね、《思い出の丘》っていうフィールドダンジョンがあるんだよ。名前のわりに難易度顔高いんだけどね……。そこのてっぺんにね、咲く花がさあ、使い魔蘇生用のアイテムらし――」
「ほ、ほんとうですか!?」
私の言葉が終わらないうちに、少女は腰を浮かせ、叫ぶ。
その顔は一瞬ぱあっと明るくなるが、またすぐに暗くなる。
「……四十七層……」
呟き、少女は再び肩を落とす。
それもそのはず、今はいるところは三十五層、四十七層は遥か十二も上のフロアだ。
どうしよう、助けてあげたい。
そう思った私は、考える。
「うーん」
私は困ったように頭を掻く。
「私が行ってきてもいいんだけど。使い魔を亡くしたビーストテイマー本人が行かないと、肝心の花が咲かないらしいんだよ……」
私の言葉に、少女はちょとだけ微笑むと、言った。
「いえ……。情報だけでも、とってもありがたいです。がんばってレベル上げすれば、いつかは……」
「それができないんだ。使い魔を蘇生できるのは、死んでから三日だけらしいんだ。それを過ぎちゃうと、アイテム名の《心》が《形見》に変化して……」
「そんな……!」
少女は叫ぶ。
そして、少女はうなだれ。地面から使い魔の羽を摘まみ上げて、両手でそっと胸に抱く。
そしてまた、瞳に涙が滲んでいる。
――助けてあげたい。
何度目かわからない気持ちを抱きながら、私は立ち上がり、トレードウィンドウを開き、アイテムを探す。
案の定、お目当てのアイテムは一ヶ所にまとまっていた。
それを次々に、トレード欄に入れていく。
「あの……」
少女は口を開く。私は眠た気な声で言う。
「この装備でね、五、六レベルぶんぐらい底上げできるんだ。ふわ〜、私も一緒に行けば、多分なんとかなるから」
「えっ…………」
少女は口を小さく開きかけたまま立ち上がり、私の顔をじっと見つめる。
その顔が可愛くて、頬が少し熱くなる。
そして、少女はおずおずと言った。
「なんで……そこまでしてくれるんですか……?」
少女には明らかに警戒心が見える。
まあ、アインクラッドでは《甘い話にはウラがある》のが常識化している。
警戒するのも仕方ない。
私は返答に困り、また頭を掻く。
キリト君のせいで癖になっちゃったよ。
そして、視線を逸らしながら、小声で呟く。
「……言っても笑わないって、約束できる?」
「笑いませんよ」
「私は……困ってる人をほっとけないから。あと、可愛いものが好きで、君が可愛いから」
私が言うと、少女は笑い出す。
慌てて片手をで口を押さえているが、込み上げてくる笑いを堪えられないみたいだ。
その笑顔が可愛くて私も微笑む。
「わ、笑わないって言ったのにー。ひどーい」
私が笑いながらそう言うと、少女はぺこりと頭を下げ言った。
「よろしくお願いします。助けてもらったのに、その上こんなことまで……」
言いながら少女は、自分のトレードにコルの金額を入力していく。
「あの……こんなんじゃ、ぜんぜん足らないと思うんですけど……」
「いや、お金はいいよ。どうせいらないものだし、私がやりたくてやってることだから〜。それに、私がここに来た目的とも、多少被らないでもないし……」
私はお金を受け取らずにOKボタンを押す。
「すみません、何から何まで……。あの、あたし、シリカっていいます」
少女――シリカは名乗る。
まあ、ルーフェルからの情報で解ってるんだけどね。
私も右手を差し出し、名乗る。
「私はヒナ。しばらく、よろしくね」
ぎゅっと握手を交わす。
そして、コートのポケットから迷いの森の地図を取り出し、出口に繋がるエリアを確認して歩き出す。
それにシリカちゃんはついてくる。
私は眠気と闘いながら、出口に向かった。
三十五層の主街区は、白い壁に赤い屋根の建物が並ぶ牧歌的な農家のたたずまいだった。
それほど大きな街ではないんだが、現在は中層プレーヤーの主戦場になっているらしく、行き交う人の数はかなり多い。
私はそんなのが珍しく、周りを見回していると、シリカにプレイヤーたちが話しかけている。
「あ、あの……お話はありがたいんですけど……」
シリカは一生懸命頭を下げ、プレイヤーたちからのパーティーの誘いを断り、傍らに立つ私に視線を送って、言葉を続けた。
「……しばらくこの人とパーティーを組むことになったので……」
ええー、そりゃないよ、と口々に不満の声を上げながら、シリカちゃんを取り囲む数人のプレイヤーたちは、私にうさんくさそうな視線を投げかけてくる。
まあ、今の外見じゃ強そうに見えないよね。
だって、上は黒いフード付きのロングコートに黒いシャツ、下は赤いスカートで武器は騒がれたくないので、何も装備していないから。
「おい、あんた――」
最も熱心に勧誘しているように見えた背の高い両手剣使いが、私の前に進み出て、見下ろす格好で口を開いた。
「見ない顔だけど、抜けがけはやめてもらいたいな。俺らはずっと前からこの子に声をかけてるんだぜ」
「抜けがけって言われてもねえ……成り行きなんで……」
また、困ったように頭を掻く。本当に癖になっちゃったかな。
私が困ってると、シリカちゃんが両手剣使いに言った。
「あの、あたしから頼んだんです。すみませんっ」
最後にもう一度深々と頭を下げ、私のコートの袖を引っ張って歩き出す。
男たちが未練がましく手を振りながら、今度メッセージ送るよー、と叫んでいる。
私はシリカちゃんに引かれながら、北へ伸びるメインストリームへと足を踏み入れる。
ようやくプレイヤーたちの姿が見えなくなると、シリカちゃんは私の顔を見ていった。
身長が同じくらいなので、見上げたり見下したりはない。
「……す、すみません、迷惑かけちゃって」
「いやいや」
私は気にしていないので、笑いながら言う。
「すごいね。シリカちゃんは、人気者なんだね」
「――そんなことないです。マスコット代わりに誘われているだけなんです、きっと。それなのに……あたさいい気になっちゃって……一人で森を歩いて……あんなことに……」
あの時のことを思い出したのか、シリカちゃんの瞳にはまた、涙が浮かんでいる。
「だいじょうぶ」
落ち着いた声で私は言う。
「絶対生き返らせられるから。心配ないよ」
シリカちゃんは涙を拭い、私に笑みを見せた。
不意に頬が熱くなる。
「あ、ヒナさん。ホームはどこに……」
「ああ、いつもはね二十二層のはじっこなんだけど……。眠いから、私もここに泊まるねぇ」
「そうですか!」
シリカは嬉しそうに、両手をぱんと叩いた。
「ここのチーズケーキがけっこういけるんですよ」
そう言いながら私のコートの袖を引っ張って宿屋に入ろうとした時、隣の道具屋からぞろぞろと四、五人の集団が出てきた。
その集団には見覚えがないがけ、最後尾の一人の女性プレイヤーは私が探している人だった。
だが、ここで仕掛けても無意味なので抑える。
シリカも知っているみたいだが、顔を伏せている。
「あら、シリカじゃない」
向こうから声を掛けられ、シリカちゃんは立ち止まる。
「……どうも」
「へぇーえ、森から脱出できたんだ。よかったわね」
真っ赤な髪を派手にカールさせている、ルーフェルの情報によるとロザリアという名前のその女性プレイヤーは、口の端を歪めるように笑うと言った。
「でも、今更帰ってきても遅いわよ。ついさっきアイテムの分配は終わっちゃったわ」
「要らないって言ったはずです!――急ぎますから」
シリカは会話を切り上げ、宿屋に入ろうとしたが、相手にはまだシリカを解放する気がないようで、シリカちゃんの肩が空いているに気付き、嫌な笑いを浮かべる。
「あら?あのトカゲ、どうしちゃったの?」
使い魔は、アイテム欄(ストレージ)に収納できないし、どこかにも預けることもできない。
つまり身の回りから姿が消える理由は一つしかない。
それをわかっているはずなに、薄い笑いを浮かべながらわざとらしく言葉を続けるこの女性プレイヤーに腹がたった。
今のも含めて、私のこの人の評価は最悪だ。
「あらら、もしかしてぇ……?」
「死にました……。でも!」
シリカちゃんは女性プレイヤーを力強く睨み付ける。
「ピナは、絶対に生き返らせます!」
気持ち悪く笑っていた女性プレイヤーの目が、わずかに見開かれた。
そして、小さく口笛を吹く。
「へえ、てことは、《思い出の丘》に行く気なんだ。でも、あんたのレベルで攻略できるの?」
「できるのだよ」
シリカちゃんが答える前に、私が進み出てシリカちゃんをかばうように後ろに隠す。
「簡単なダンジョンだからね」
女性プレイヤーはあからさまに値踏む視線で私を眺め回し、汚い唇に再び嘲るような笑みを浮かべた。
「あんたもその子にたらしこまれた口?そういう趣味なの?見たトコそんなに強そうじゃないけど」
まったくうるさい人だ。
確かに女の子は好きだけど、それは元の性別ゆえだ。
「行こう」
シリカちゃんの手をつかみ、シリカちゃんを宿屋に連れて行く。
「ま、せいぜい頑張ってね」
女性プレイヤーの笑いを含んだ声を無視して、宿屋《風見鶏亭》に入った。
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