インフィニット・ストラトス―絶望の海より生まれしモノ―#72 |
[side:箒]
八月三十一日。
夏休み最終日となるこの日に私たちは―――
「行くよ、ラファール!」
「ああもう、なんて厄介な機体を作ったのよフランスはっ!」
((一年専用機保有者|いつものメンバー))で模擬戦をしていた。
今の対戦は『鈴対シャルロット』なのだが、その様相はいつぞやの空対セシリアを彷彿とさせる一方的な物だった。
何故か。
それは―――
「ふふっ。逃げて逃げて逃げ回ってね。じゃないとハチの巣じゃ済まないよ?」
「だぁぁぁッ!!」
『八丁の六連銃身ガトリングガンによる制圧射撃』という常軌を逸した攻撃をシャルロットが極上の笑顔と共に容赦の『よ』の字も無く行っているからである。
「ガトリングガン八丁って、そんなにナシでしょうがっ!」
そう、普通ISが装備できる武装は両手に一つずつの二つのみ。
固定武装として両腕や肩に装備されていれば六丁くらいなら扱う事は出来るのだが、流石にガトリングガン八丁は『あり得ない』の域に入る。
「『ありえない』、なんてあり得ないんだよ。」
けれども、それが可能なのがシャルロットの新しい相棒『ラファール・オーキス』、正しくは『ラファール・リヴァイヴ・カスタムIII[オキシス]』だ。
両手の他に腰部リアアーマーに武装懸架用サブアームが両側に一つずつ備えられ、それだけで四つの片手持ち武装を同時に扱える。
その上、背面部マルチウィング・スラスター基部に接続された『スラスター兼用((武装懸架ユニット|アームドベース))"オキシス"』がある。
コイツが曲者で、背負う形に接続された基部スラスターユニットの両側面に武装懸架アームが、上側から展開するモノが二基、下側から展開するモノが二基の合わせて四基備えられている。
それらのアームは絶妙な配置でそれぞれが互いを邪魔せず、両腕とサブアーム、それにこの"オキシス"合わせて八つの武装の同時使用が可能となり冗談みたいな高火力を実現しているのだ。
コレを相手に一夏は荷電粒子砲での砲撃戦を展開しておいてからの((瞬時加速|イグニッション・ブースト))、零落白夜の一撃で残エネルギーギリギリ二桁の辛勝。
私は展開装甲を全てスラスターに振り分けた高機動仕様での一撃離脱を行ったが、進路上にグレネードや弾幕を用意され、その回避のためにエネルギーを余分に消費しガス欠負け。
簪は開始と同時の全武装一斉掃射で削るだけ削ったがその後の砲撃戦で削り負け、ラウラは高火力の振るいにくい懐の内から出ずに近接格闘戦に持ち込んで勝った。
セシリアは簪の方法に近い感じでの撃ち合いになったが改良され数が増えたビットによる撹乱が功を奏して削り勝った。
そして今、鈴が八丁のガトリングガンの前でダンスを踊らされているという訳だ。
驚く事に、一度として同じ戦法を使っていない。
そんな事が可能なくらいに装備可能数が多く、また装備されている武装の数が多い。
このラファールは元々((技巧|テクニック))型で『((高速切替|ラピッド・スイッチ))』を得意とするシャルロットとの相性は抜群に良い仕様に仕上がっているのだ。
「それじゃ、次行くよ〜。」
そんなのんきなシャルロットの声と共にガトリングガンの銃声が止む。
一方で主武装である衝撃砲を使うための『僅かなタメ』の時間が確保できないでいた鈴は反撃のチャンスだと衝撃砲を((起動状態|アクティヴ))に。
それとほぼ同時にラファールも装備変更を終える。
ガトリングガンに代わって現れたのは"オキシスユニット"の上側ハードポイントから後ろへと延びるテールバインダーと、下部ハードポイントが背中側に保持する三角柱だった。
「む…」
「あ、」
衝撃砲がチャージされると同時、テールバインダーの蓋が開き片側十二発のミサイルが姿を現す。
同時に、テールバインダーに当たらないような位置に武装懸架アームが伸び、三角柱の地面側から推進剤を噴き始める。
「これって………」
飛び上がる三角柱。
鈴の視線がシャルロットと打ち上げられた二つの三角柱、どちらを狙うかで一瞬の逡巡。
次の瞬間、打ち上げられた三角柱から無数の小型ミサイルが吐き出され、テールバインダーからもミサイルが全弾発射。
その数、総計二四〇発。その全てが鈴に向かって殺到していった。
「ななな、なぁぁぁッ!?」
迫りくるミサイルの壁。
…これはどうしようもないな。完全に"詰み"だ。
対処するには、ラウラならAICでなるべく多くを巻き込んだ玉突き事故を起こさせて誘爆させる、私なら『空裂』で攻性エネルギー刃を飛ばして迎撃、一夏ならギリギリまで引き付けてからの瞬時加速での回避、鈴とセシリアと簪はとにかく乱射して安全地帯を作る位だろうか。
とはいえ、冷静に考えられるのは直面していないからであって、直面すれば今の鈴みたいに絶望感と驚愕に押しつぶされて何もできないだろう。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁ―――――!」
そんな((断末魔|ひめい))と共に、鈴はミサイルに群がられて爆炎に包まれた。
同時にシールドエネルギーが零になったらしく判定プログラムが鈴の撃墜を宣言した。
* * *
『うん、この間のゼフィルスの気持ち、ちょっと判ったかも。』
そう、虚ろな笑顔と共に言った鈴は真っ白な灰になっていた。
そして私を含めた他の面々は『八丁のガトリングガンでの制圧射撃からのミサイル二四〇発一斉射』という『何処かの同級生な副担任補佐』を彷彿とさせる外道な真似を笑顔でしでかしたシャルロットに戦慄すると同時に自分の対戦の時にやられなくて良かったと安堵した。
それこそ、真っ白に燃え尽きた鈴が一夏に寄りかかるのを容認する程度には。
「ラファール・オーキスにシャルロットか。………デュノア社はなんて恐ろしい機体を作ったんだ………」
「うむ。反応速度も中々に良いようだしな。」
「技研の人が言うにはイメージ・インタフェースを機体操作と武装管制に使用してるんだって。」
「成る程。武装が操作できるなら機体を操作できない道理はないですわね。」
そして寄りかかられた一夏も交えての反省会兼討論会は気がつけば、一番大暴れしてくれたシャルロットのラファールの話になっていた。
「なんというか、空さんの薙風を相手にしているような気分でしたわ。」
「僕がどうかしたの?」
その一人称に一瞬だけシャルロットが発言したような気がしてしまったが、その声は前ではなく後ろから聞こえて来ていた。
「あ、空くん。」
「戻ってきていたのか。」
「少し前にね。簡単に引き継ぎと打ち合わせをしてきた処。」
めいめいに挨拶を始める。
ラウラに至っては猫のように頭をこすりつけそうな勢いだ。
…まあ、それも仕方がない事なのだろう。
ラウラが母と慕う空は一週間ほど前からつい先ほどまで学園を離れていたのだから。
まあ、途中で数日間は空の居る槇篠技研に赴いて会ってはいるが。
「それで、一つ頼みたいことがあるんだけど。」
「頼みたいこと?」
「ッ!まさか、武装運用試験の((犠牲者|かそうてき))になれとか言いませんわよね?」
怯えた声を上げるセシリア。
私や一夏、簪の脳裏によぎるのは年度初めの対セシリア戦と夏休み始めの三対一。
あんな事をされたら、明日マトモに登校できるか怪しい。
「違うよ。今回はどちらかと言えば臨床試験かな?」
「臨床、試験?」
簪が訊ね返す。
「そう。技研で作った疲労回復のドリンク剤。一応、技研の中では普通に流通してるヤツなんだけど。」
そうか。
「ならば、安心ですわね。」
「うん。ちょうど模擬戦やってちょっと疲れたし。」
「ありがと。それじゃあ、着替えたら職員室まで来てくれるかな?」
『待ってるよ』と去っていく空を見送った後、私たちはそれぞれ更衣に使ったピットに戻り、簡単に身支度を整えてから職員室に向かうのであった。
* * *
[side: ]
「あ、待ってたよ。」
職員室で空に呼ばれた事を告げるよりも早く一夏たちに気付いた空はこっちに来いと言わんばかりに手招きしてきた。
空に充てられている事務机の隣には山のような書類の束が有り、その先では真耶が机に突っ伏し、屍の如き無残な姿を晒している。
……大丈夫なんだろうか。
「試しに飲んでもらいたいのはコレだよ。」
何やら段ボール箱を自分の机の上に置く空。
そこから取りだされたのはよくあるドリンク剤の瓶だった。
ピンク色のラベルには『こっち見んな』と言いたくなるようなイイ笑顔の兎がこっちを見ていて、妙に腹立たしい。
そしてそこに書いてある名前は……
「たばねん、えっくす?」
丸っこい、ポップ体の文字でそう書かれていた。
「タバネン、だと……?」
その声は傍らにある山のような書類の束の中から聞こえてきた。
「あ、織斑先生。」
「千凪。今すぐ((そのドリンク剤|タバネン))を全て処分しろ。大惨事が起こる前に、早く!」
書類の山から姿を現した千冬は空の肩をつかんでガタガタと揺らす。
その様子はまるで『嘘だ』と言って欲しいかのように。
ついでに、箒は表情が硬直気味で一夏はなんだか震え始める。
「大丈夫ですよ。味まで全部しっかりと改善したって篠ノ之博士も言ってましたし、技研でも『疲労回復はコレが一番』て女性職員に評判なんですよ。」
「信じないぞ。あの『タバネン』が人気だなんて、私は絶対に信じないからな!」
空から手を離し頭を抱えてガタガタ震えだす千冬。
周りの先生方も『何事か』とその様子をちらちらと窺っていた。
「………ねぇ、織斑先生はどうしてああなってるの?」
簪はそっと箒に訊いてみた。
「あ、ああ。………千冬さんは昔、姉さんの作った栄養ドリンク…言うなれば『初代タバネン』で余りの不味さに失神させられているんだ。」
「ああ、成る程。」
要は((精神的外傷|トラウマ))な訳である。
「それじゃあ、織斑くんも?」
「一夏は二代目タバネンで丸一日寝込んだ事がある。私が飲まされた三代目は殺人的とはいかなかったから一瞬花畑が見えた程度で済んだが………」
箒曰く、三代目以降は『殺人的な味は改善されたが、好き好んで飲もうとするシロモノではない』というモノになっていたそうだ。
当然のことながら、効果だけは初代からピカイチで目覚めた後はかなり調子が良くなったとか。
「あれ、そっちのなんのラベルも貼られて無い瓶は?」
「ん?おかしいな。僕が預かってきたのは七本だけのハズだったんだけど……技研の開発部が作ったヤツが混ざってたのかな?」
そう言って空が手に取ったのはただ茶色いだけの瓶だった。
「織斑先生、落ち着いてください。あとでご飯差し入れますから。」
「………頼む。」
千冬はまた机に向かって書類仕事を始めた。
…不在にしていた間に溜まった『千冬にしかできない仕事』の処理を。
「できればそっちの方がいいのだが…」
「俺も…」
おずおずと小さく手を上げる箒と一夏。
二人に刻まれた『タバネン』の傷は深いらしい。
「それじゃあ、((一夏|おりむらくん))と((箒|しのののさん))はこっちで、他のみんなはこっちね。」
それぞれに手渡される『タバネンX』と無名のドリンク。
「それじゃあ、飲んだら感想聞きたいから、夕食後…そうだね、八時くらいに((副寮監室|ぼくのへや))に来てくれるかな?」
「あ、はい。判りました。」
流石に職員室で飲むわけには行かない。
故に、
「それじゃ、よろしくね。」
空に見送られぞろぞろと退出した一行はそのまま寮に戻る事にした。
その途中、
「とりあえず、飲んでみる?」
「そうだな。」
同意が出たので寮に着くまえに飲んでみる事になった。
キャップを開けて、ぐいっ、と一気に飲む。
「あ、おいしい。」
最初にそう言ったのは簪だった。
「けっこう美味しいわね。」
「そうですわね。飲み口も軽いですし、疲れた時には丁度良いかもしれませんわね。」
「うむ。これはいい。」
「ドリンク剤の薬っぽい味を想像してたけど、結構甘いんだね。どちらかと言うとスポーツドリンクかな?」
続いて鈴、セシリア、ラウラ、シャルロットが言う。
口ぐちに出てくるのは『タバネン』の好意的な感想であった。
「今回のタバネンは『当たり』だったのか?」
「まあ、完璧主義な束さんだから効能第一なんだろうけど…」
一方で『タバネン』を警戒した二人は驚いている様子。
失神経験のある一夏としてはいろんな意味で微妙な表情を浮かべている。
「で、一夏。そっちのはどうだったの?」
鈴が一夏に問うのはあの『無記名ドリンク』の感想。
「そうだな………薄めた練乳ってところか?」
「飲みにくくは無いのだが、少しばかり甘さがしつこかったな。」
『飲めないモノでは無い。が、ドリンク剤らしくない。』
それが一夏たちの感想であった。
「ふぅん……ま、いいわ。それよりこのあとどうする?夕飯までまだ時間はあるけど。」
「そうだな、―――」
一行は談笑しながら歩き、結局((相棒|せんようき))の整備をする事にしたのであった。
* * *
「ふむふむ、成る程。それじゃあ概ね好評だったって事でいいのかな?」
午後八時過ぎ、昼間の約束に従って一行は副寮監室で『タバネンX』の感想を伝えていた。
そしてその感想と意見を総括したのが冒頭の空の一言であった。
「…今回限りなのが勿体ないくらいね。」
そう言う鈴は昼間の惨劇を思い出してげっそりとしていた。
「そうだね。昼間、あんなに暴れたのに殆ど疲れは残って無いみたいだし。」
そこに笑顔で言うシャルロット。
「………それ、アンタが言う?」
右往左往させ、最後は真っ白になるくらいに燃やしつくした((張本人|シャルロット))に鈴は呟かずには居られなかった。
「ん、それじゃあ今度はもっと本数を用意してもらって試飲だね。とりあえず学園に納入できるようにならないか相談してみるよ。」
「是非、お願いしますわ。」
それから『どんな味がいい』とか『こんな風がいい』とかの意見交換がある程度行われ、時計の長針が一周進んだ頃―
「…さて、明日から二学期が始まるし、今夜はこれ位で解散にしておくとしようか。」
副寮監室で喋って居てもいいのだが、翌日の授業が辛くなるのは避けたい。
特に一組の場合、居眠りでもしようものならば一撃必殺を誇る出席簿が頭部にめり込み、別の意味で『ねむって』しまう。
「そうだね。」
空の提案に同意する簪に倣って皆が動きだす中、
「ですが、あの二人はどうしましょうか。」
セシリアが視線を向けた先では壁に寄りかかって眠っている一夏と、一夏の肩を枕に寝ている箒が居た。
「そういえば、夕飯の時から眠そうにしてたよね。」
シャルロットの言葉に頷く他の全員。
何処にそんな要素があったのかは判らないが、一つだけ心当たりがあった。
「あの、無名ドリンクの副作用か?」
ラウラは今寝ている二人の共通点である『無名のドリンクを飲んだ』事を上げる。
「まあ、起きるまでここで寝かせておくよ。」
その可能性を否定しきれないのか、空はそう言う。
普段なら『一夏と誰かが一緒』という状況は認めたくない面々ではあるが、((空|きょうし))が一緒ならば大事は起こさないだろうと大人しく部屋に戻っていく。
『まさかあんな事に』と思う事になるとはこの時誰も思ってもみなかった。
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