インフィニット・ストラトス―絶望の海より生まれしモノ―#73 |
[side:箒]
気がついたら、寝てしまっていたらしい。
記憶があるのは空の部屋に行って、そこまで。
後は簪たちがめいめいに『タバネンX』の感想や意見を空に告げている処くらいまでか。
壁に寄り掛かって寝ていた一夏の肩を借りていたハズなのだが、どうやら空が布団に寝かせてくれたらしい。
なんだか懐かしい寝心地の寝具にほど良く効いた空調。
人肌程度に暖かいこの抱き枕が絶妙に眠気を増長させてくれる。
そう、この抱き枕が絶妙なのだ。
パウダービーズとも、綿とも違う、何とも言えない柔らかさと言い、
落ち着く、それでもってなんだか懐かさを感じるいい匂いといい、
眠気を誘う、『トクン、トクン、』というゆっくりとした鼓動のような音と言い、
そう、まるで母の胸に抱かれているかのような―――――って、ちょっと待て!
拍動する抱き枕など、聞いた事が無い。
いや、姉さん――槇篠技研なら作り上げてしまいそうな気もするが………
ええい、この心地よさは惜しいが起きるしかない。
私は決心してまどろみを振り切り重い瞼をなんとか開けさせる。
目の前に広がる世界は、暗かった。
まだ、日が出てないのだろうか。
手さぐりで辺りを窺ってみる。
「んッ、ぁあん…」
ちょうど顔を埋めていた辺りに手が来た時にそんな嬌声が聞こえてきた。
空の声じゃないし、千冬さんの声でもない―――第三者の声が。
どうやら、私は本当に誰かを抱き枕にしているらしい。
それも、千冬さんクラスの((胸囲|バスト))を持つ((女性|だれか))を。
………そういえば、ほぼ密着状態なのに胸が潰されている感じがしないのは何故だろうか。
僅かに残っていた眠気も、見事に吹き飛んだ。
慌てて、それでも私が抱き枕にしていた女性を起こさない程度に跳び起きる。
暗さに慣れてきた私の目に映ったのは、矢張り副寮監室であった。
次に、自分の体を検める。
「胸が、無い。」
自分の胸に手を当ててみたら真っ平らだった。
これは地味に落ち込む。
『あっても邪魔』と思う事はあったが、いざなくなってみるとこれが中々にショックだ。
まあ、肩は凝らなくなるかもしれないが…
そんなこんなを経て私が至った結論は―――
「私が、男になっている?」
普通ならあり得ない事だが、現実としてそうなのだ。
………女ならばあってはならないアレもあったし。
だとしたら―――
有る種の確信を持って、私は先ほどまで胸元に頭を抱かれていた人物に視線を向ける。
千冬さんに似て非なるこの人物は―――
「一夏…?」
実は、私にはこの少女に見覚えがある。
正しくは((既視感|デジャヴ))と言うべきだろうか。
臨海学校が終わった少し後にあった『大粛清事件』の頃に視た夢で。
夢の中で見た、いつもの私のような腰下まであるような長髪ではなく、肩に届くかどうか位のセミロングであるのだが、そのくらいは誤差と見ても問題ない事だ。
半ば確信に近い予想を抱きながら、私は彼女を起こす事にした。
「一夏、起きろ。」
肩を軽くゆする………が、起きない。
えへへぇ…なんて気の抜ける笑顔を浮かべている一夏を起こすのは忍びないが、今は必要な事なのだと心を鬼にして―――
「起きろ、寝ぼすけ。」
握りしめた拳を、頭に落とした。
当然、かなり軽めに――『コツン』程度のつもりだったのだが、『ごつっ』という中々に痛々しい音が、
「ふぎゃっ!」
――という、猫の尻尾を踏んだかのような悲鳴と共に部屋に響いた。
「痛ったぁ………」
「起きたか。」
むくり、と起き上がった一夏と、目が合った。
何かを言おうとして、勢い余ってか言えないでいる様子の一夏はたっぷりとタメた後―――
「へ、変態ッ!?」
何故、そう言われたのか判らなかったがすぐに気がついた。
今の私は、男なのに女子制服のままであったという事に。
騒ぎを聞きつけて空が起きてくるまで、私と一夏はまるで筆舌し難い――何とも微妙な居心地の悪い空気に包まれていた。
始業を目前に控えた、九月一日午前三時の事だった。
* * *
始業初日の一年一組は、ざわついていた。
「…誰だろ、あれ。」
「ちょっと怖そうだけど、かっこいいよね。」
「篠ノ之さんの席に座ってるけど…」
「篠ノ之さんと似てるし……まさか兄妹とか?」
「ここで私はあえての本人説を提唱してみる。」
「ないない。」
そんな『((女子高校生たち|クラスメイト))』の隠す気皆無なヒソヒソ話と視線を一身に受け、本来は一夏の物である男子用制服を着た私は精神的に追い詰められていた。
空に『この程度の事での欠席は認めない』と言われ互いの服を交換する事で賄い授業に参加する事になったのだ。
これは………正直、きつい。
いつも通りの席についている一夏に視線で助けを求めてみるが気付いていないのか無視しているのか、反応が帰ってこない。
…シャルロット、セシリア、ラウラ、鈴の四人に囲まれてあわあわしているだけなのだが。
ああ、そういえば入学初日に似たような状況があったなぁ……
あの時は助けを求めてきた一夏の視線を真っすぐ受け止められなくて顔をそむけてしまったが。
そうか、今の私の状況はあの時の一夏と同じか………
…異性しかいない空間とは、ここまで辛いモノだとは思ってもみなかった。
遠巻きに観察される、珍獣扱いの時間は―――
「はい、席着いて。十秒以内に着かないとレポート提出だよ。」
そういう脅し文句と一緒に空が現れた為に中断された。
ちなみにこのレポートというのはISの関連技術についてのもので一冊十枚が下限。
しかも間違いや教科書などからの((完全抜粋|まるうつし))には赤下線と付箋による添削の嵐が吹き荒れるという恐ろしいシロモノだ。
それを聞いて皆は慌てて席に戻り、鈴も大慌てで教室に逃げ帰る。
「色々聞きたいことがあると思うけど、とりあえず今は出席取るから。それじゃ、相川さん。」
「はい。」
期待の視線を背中に受けながら淡々と出席確認が進んでゆく。
そして、私と一夏の二人は名前を呼ばれる事無く出席確認は終わりを迎え―――
「さて、みんな気になって仕方ないようだけど…」
そう、空が切り出した途端に教室中の雰囲気が変わった。
「織斑くんと篠ノ之さんの席に見慣れない人が座ってるけど、どっちも本人だから。」
やけにあっさりと言い放った空。
逆に教室中は凍りついたかのようだ。
「はい、それじゃ授業の用意して。チャイム鳴ったらすぐ始めるからね。」
そんな事は関係ないと言わんばかりに進める空。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
「そうですわ!」
「せめて、状況の説明を!」
そんな強引な流れに異を唱えたのは案の定シャルロット、セシリア、ラウラの三人だった。
さっき、本人を問い詰めていたのに状況は飲み込めていないらしい。
…まあ、事情説明無しで一夏本人もあわあわしていただけだから何も判らないだけなのだろうが。
だが、タイミングが悪かった。
チャイムが鳴っても騒ぎ立てる三人に音も無く忍び寄った千冬さんが出席簿を―――振り下ろした。
すぱーん、すぱーん、すぱーん、
「まったく。年始めに『教師の言う事には従え』といったろうに。」
机に沈む三人に顔をひきつらせながらも賢明なクラスメイト達はそさくさと授業の支度を整える事に専念する。
誰もが『セシリア以外の二人は中途転入でその話は聞いてない』と判って居ても口を噤んで嵐が通り過ぎるのを待つ。
「それじゃあ、始めるよ。」
そして始まる授業。
だが、何処となく観察するような、物色するような視線が常に向けられているような感じがしてなんだか落ち着かない。
「とりあえず、お前らいい加減に起きろ。」
ぱーん、ぱーん、ぱーん。
強制的に覚醒させられた三人を加えて、授業は進んでゆく。
だが、授業時間は有限。
合間である休み時間ごとにやってくるクラスメイト達には正直辟易するのだが、
助けを求めて一夏に視線を投げると睨み返されるのは何故なのだろうか。
………早く、放課後になってくれ。
そう、切に願いつつ授業に意識を集中させた。
* * *
放課後は、更に酷い事になっていた。
『篠ノ之さん!あ、今は篠ノ之君って呼んだ方がいいよね?』
『今ヒマ?夜ヒマ?いつが暇?』
『部屋って何処?相変わらずなの?』
『今夜遊びに行っていい?』
そんな何処かで見た覚えのある光景が私の前で繰り広げられていた。
正直、自分でも判らない事を何度も何度も根掘り葉掘り訊かれるのは流石に辟易してくる。
だが、蹴散らす訳にも行かずに困っていると、
「空から必要な事教えといてくれって言われてるから…」
そう、一夏が私を包囲網から引っ張り出してくれた。
そのままの流れで鞄を持って教室を出てゆく。
―――このまま逃げ切れるか?
だが、そんな甘い考えは通用せず、つかず離れずの距離を維持してゾロゾロとついてくるクラスメイト達。
それどころか続々とその集団に加わってゆく通りすがりの同級生や先輩達に溜め息をつきたくなる。
「ここが本校舎唯一の男子トイレだ。」
職員室のあるフロアの一角で立ち止まった時、私たちの後方に居た集団は最早数えるのが馬鹿らしくなるくらいに巨大化を果たしていた。
「他には整備科棟に一ヶ所と各アリーナに一ヶ所ずつ。ほら、来賓席へ上がる為の通路の側だよ。寮には無いから部屋のを使う事になるな。風呂は開放日以外は部屋のシャワーで我慢してくれ。着替えは空いてるアリーナの更衣室が使える。ああ、大浴場の開放日とアリーナの使用状況の一覧はコピーを貰っておくと便利だぞ。空か山田先生に頼めば貰えるハズだ。」
一夏の説明に私は相槌を打ちつつ頭に叩き込んでおく。
この姿で女子用トイレに間違えて入った日には大惨事間違いなしだろう。
「後は―――うん、とりあえずはこんなもんかな。判らない事とかあったらオレか空に訊けば大体何とかなる筈だ。」
「なら、頼りにさせてもらう。」
「おう。」
『任せろ』と言わんばかりに笑顔で力こぶを作って見せる一夏。
実際の所、力こぶ自体は出来ているかどうかも見ただけでは全く判らない。
判らないがその仕草が妙に可愛らしく見えて仕方ない。
なんだか微笑ましくて自然と笑みが浮かんでくる。
「それじゃ、空を呼んでくるから少し待っててくれ。」
一夏はそう言うと職員室に向かってゆく。
…と、言っても今居る場所が職員室前なのでノックして室内に入るだけなのだが。
「IS学園新聞部、突撃取材班の名にかけてスクープを逃すな!独占インタビュー実施の為に目標を((拉致|ごあんない))せよ!」
「((Ja|ヤー))!」
「あ、ズルイ!」
「抜け駆けは無しでしょ!」
「あたしもあたしも!!」
一夏が離れた途端群がってくる『群れ』。
『マズイ』と思った時には時すでに遅し。
群体に呑みこまれた私はそのまま何処かへと引き摺られてしまった。
恐らく、振りほどく事は出来る。
だが、振りほどいた処でまたすぐに別の誰かが押さえかかってくるだろうし、それによってけが人が出かねない状況では実行が躊躇われる。
「―――――あれ?」
私が強制的に階段への角を曲がらせられるとき、職員室から出てきた一夏がポツンと取り残されていた。
そのまま引き回されていた私は五分ほどしたころに現れた空によって『群れ』が解散させられた事によって漸く開放された。
同時に、簪が一時的に空の部屋に引っ越して私が一人部屋になるという事も告げられたが私の脳裏には『取り残された一夏の寂しそうな顔』が妙に残っていた。
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