インフィニット・ストラトス―絶望の海より生まれしモノ―#75
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放課後、何か言いたげな箒を振り切った一夏は寮の裏でただひたすら木刀を振っていた。

 

「さんッ、しッ、ごッ、ろくッ、――」

 

 

ただ無心に、心の中に渦巻く物を全て押しだそうとするかのように。

 

「しちッ、はちッ、きゅッ、――じゅッ!」

 

そしてその一振りの後に残心。

 

一呼吸整えてから構えを解き―――そのままその場に倒れこむように寝転がった。

 

「ハッ、ハッ、ハッ………」

 

まだ夏の面影を残す九月の日差しが眩しくて日陰を作るべく一夏は手をかざす。

 

 

そこに有るのは見慣れた、家事や剣の修行に明け暮れ酷使された自分の手ではなく、どこか頼りなさを感じてしまう、細くて白い手だった。

 

「…オレ、なにやってんだろ。」

 

一夏は、自分がこうして木刀を振って、振って、振り続けて、無心になろうとしていた理由を思い返す。

 

………きっかけはクラスメイトや同学年、その他諸々の女子に囲まれている箒の姿を見ているとなんだかもやもやした、

うまく言い表せないが不快な気持ちが湧いてきたからだった。

 

それが何なのかは判らない。

だが、その不快感を払うために無心になって木刀を振り続けた。

 

 

否、無心に成る為に木刀を振り続けた。

 

 

三百までは数えていたが、そこから先はとにかく無我夢中になって木刀を振っていた。

おそらく、五百か六百は越えている筈だろう。

 

それでも、胸中のもやは晴れようとしなかった。

 

 

 

しばし寝転がり、時々の風に体を覆っていた熱気が冷めてゆく。

 

「………汗流して、食堂行くかな。」

 

人間体を使えば腹も減る。

慣れない体で普段以上に緊張を強いられた上に木刀をひたすら振るという暴挙に耐え抜いた体は食事を欲していた。

 

食堂で顔を合わせたらどんな顔をすればいいのだろうか。

そんな事を考えながら一夏は寮の自分の部屋へと戻る。

 

戻って、脱衣所に立って((下着|アンダーウェア))に手をかけた処で『自分の体が女である』事を思い出して四苦八苦する事になるのは余談である。

初日は―――『千冬と一緒に風呂』という状況に困惑して自分の体がどうこうなどと気にする余裕が全くなかった為に、現実に直視するのはこれが初めてである。

 

 

 

 

 

 

 

 

なお、一夏はこれっぽっちも気付いていない事なのだが『今の一夏』が抱いている気持ちは四月当初の箒が抱いている物と大差ない物である。

 

『不安』と『嫉妬』。

 

要は箒が他の女子たちに囲まれて嫌な顔をしていないのが気に食わないだけである。

 

 

『精神は肉体に引っ張られ、肉体は精神に影響を受ける』と言う。

一夏の思考回路も気付かぬうちに肉体の影響を受けているようだった。

 

 * * *

放課後の一組の教室は―――愚者を裁く審判の場と化していた。

 

 

 

 

「これより、((断罪|・・))裁判を始めるわ。陪審員、準備はいい?」

 

「ええ、宜しくてよ。」

「勿論だよ。」

「いつでも行ける。」

 

一夏に置いて行かれた箒は気がついたら鈴、ラウラ、セシリア、シャルロットの四人に取り囲まれていた。

 

 

「思い当たる節を全部白状しなさい。」

「偽証と黙秘は許しませんわよ。」

「ほらほら、さっさと喋った方が楽だよ?」

「―――吐かせる方法は幾らでもあるのだからな。」

 

そんな、事実上の処刑宣告とも取れるセリフを吐きながら四人は箒を睨みつける。

 

 

箒は四人揃って一夏擁護である事に内心で溜め息をつく。

 

 

溜め息をついてから、思い当たる節を考えてみるが、そんな簡単に出てくるのならば苦労しない。

 

悩んでいると鈴が怪訝そうな表情を浮かべる。

 

「心当たりがないとか言い出さないわよね?」

 

箒としてはその通りだ。

 

それ故に、

「その通りなのだが………」

 

そう、当然の答えを返したハズだったが、箒に向けられる視線が一段と厳しいモノに変化した。

 

「あんたねぇ………」

 

「一夏さんも一夏さんですけど、箒さんはそれ以上ですわね。」

 

「まあ、一夏は判ってやってる感がちょっとあるけど………これが真性の鈍感なんだね。」

 

「この((鈍感|ニブチン))が。要らん処だけに嫁に似おって………」

 

「む………」

 

『ダメだこりゃ』と言わんばかりの溜め息をつく四人相手に、流石の箒も少しばかりムッときた。

 

「一つ言わせて貰うが、私も慣れない環境に自分の事で手一杯で―――」

 

「だから、それがダメなのよ。」

 

弁解を始めようとした処で、鈴が遮った。

 

「何故だ?」

 

箒にはその理由が全く理解できない。

 

「箒さん、四月を顧みてくださいな。」

 

「それか、シャルロットが転校してきた頃ね。」

 

セシリアと鈴はそう言った。

 

ちなみに、二人が挙げた期間は一夏が上下左右関係なく女子に群がられて箒を始めとした面々が相当にやきもきさせられた時期である。

 

「少なくとも、アンタには『判らない』という資格は無いわよ。―――どうしても思い当たらないって言うなら、直接聞きに行けばいいんじゃない?一夏は、そうしたでしょ?」

 

「………」

 

「断罪裁判は一時閉廷。猶予をあげるからなんとかしてみなさい。―――以上。」

 

鈴が宣言すると取り囲んで圧力をかけていた面々がさっさと散って鞄を手に教室を出てゆく。

 

 

取り残された箒は少しばかり呆けていたが、鈴が言った『助言』を思い返して駆け出した。

 

 

 

向かう先は―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

一時期は自室でもあった一〇二五号室。

 

その部屋に辿り着いた箒はノックも忘れてノブに手をかける。

不用心にも鍵が掛っていなかった。

 

 

そして、ドアを開け―――――

 

 

箒の視界にはまぶしい『ソレ』が飛び込んできた。

 

 

「えっ?」

「あっ!」

 

その光景に思わず箒はまじまじと凝視してしまった。

 

シャワーを浴びていたのだろう、バスタオルを巻いただけだった。

 

しかもそのバスタオルは胴に巻く事を前提としていない、やや小ぶりなバスタオルだ。

当然の如く隠しきれない訳で色々と危険な処がギリギリ隠れている程度。

 

そして隠しきれていない太ももやら胸元やらの健康的な、少しばかり日に焼けている肌の上を僅かばかりに煌く水滴が飾っていた。

タオルに隠されている部分も、『本来の自分』と比べても遜色ないくらいであろうと箒は想う。

しっとりと濡れた、藍色がかった黒髪も水気を含んで何とも言えない色香を醸し出している。

 

結論として本来ならば同性で見慣れているハズのその姿に、箒は『男の性』か目を離せなくなってしまっていた。

 

 

 

………図らずも入学初日に一夏がやらかした『風呂上がり遭遇事件』を立場を逆にして完全に再現してしまっていたのだ。

 

固まる箒と一夏。

 

先に動き出したのは、一夏だった。

 

「ッ!!」

 

慌てて机に駆け寄り、手近にあった一冊を思いっきり投げつける。

 

無理に捻りを加えられたバスタオルがぱさりと落ちて眩しい裸体が露わになってしまうがその直後、

 

「ぐぽっ!」

 

箒の顔面を一夏が投げた辞書クラスの厚さと重さの本が強襲し、勢い余ってそのまま後ろ向きに倒れた。

 

箒の記憶に残る最後の光景は、必死になって身を護るように抱える僅かに涙目の一夏の裸体と散々読み返したのであろう手垢のしみついた『今更聞けないIS用語辞典』の堅い背表紙だった。

 

 

 * * *

 

箒と別れた四人は食堂で駄弁っていた。

当然ながらその場に饗される話題は先ほどの箒の一件である。

 

「まったく、一夏さんも一夏さんですけど、箒さんも箒さんですわね。」

 

「まあ、似たモノ同士だってのは良く分かるけどさ。」

 

「だが、良かったのか?一夏と箒の仲を取り持つようなアドバイスをしても。」

 

あきれ顔のセシリア、納得半分のシャルロットはさておき、ラウラは鈴に対して問いかけていた。

 

ラウラが言いたいのは『これを機に一夏との仲を進める事が出来たのではないか?』そして『それを何故わざわざ箒に譲ったのか?』という二点である。

 

「いいのよ、別に。」

 

応える鈴はやや苦いような、それでもって眩しいような笑みを浮かべる。

 

「あたし的には仲違いさせてってのは違う気がするのよね。」

 

「?」

「どういうことですの?」

 

鈴の発言にラウラは首を傾げセシリアは疑問の声を上げる。

 

「確信ってほどのもんじゃないけど、あの朴念仁の『一番』は箒よ。しかもあたしが一夏に出会うずっと((昔|まえ))から。」

 

「ッ!」

 

その想いもよらない発言にその場の空気が固まった。

 

幸い、声はそれほど大きくなかった為に固まったのはセシリア、ラウラ、シャルロットの三人だけで済んでいた。

 

「どういう事?」

 

「ま、あの((朴念仁|バカ))の事だから妙な決心でも抱えて最後の一線を越えさせないようにしてるだけだろうけど…それでも、間違いなくその『最後の一線』に箒の足は掛ってる。」

 

一夏とは五年間の付き合いがある鈴の言葉は、確かな説得力があった。

ごくり、と誰かが息を飲む音がやけに大きく聞こえる。

 

「それが何故なのかは一夏に聞くしかないんだろうけど、間違いなく地雷だろうから下手に触らない方がいいわね。きっと。」

 

はぁ、と憂いを帯びた溜め息をつく鈴。

 

「じゃあ、鈴は諦めるのか?」

 

そこにラウラが挑戦的な一声をかける。

 

「冗談。」

 

鈴は即答した。

 

「箒の方がアドバンテージはあるけど、それを覆すだけの魅力ある自分を磨く。そして正々堂々と振り向かせるわよ。」

 

「なら、鈴もライバルだな。」

「まったく、手ごわいライバルが一人減るかと楽しみにしてましたのに。」

 

そう残念そうに言いつつもラウラもセシリアも楽しげな笑みを浮かべていた。

 

「そういえば、箒はどうなったのかな?」

 

この話題はこの辺りで終わりになると察したシャルロットが投入したのは、鈴の発破を受けた箒が取った行動についてだった。

 

「愚直に前進して、玉砕か?」

「ラウラ、願望は止めておいた方がいいわよ?」

「うん、なんとなくだけど、殴り合いでもして解決しちゃいそうな雰囲気はあるよね。あの二人なら。」

 

好き放題を言い始める三人。

セシリアは唯一人、黙っていた。

 

 

「あれ、セシリア。どうしたの?」

「アンタはどうなってると思う?」

 

「ええとですね、実は―――」

セシリアは入学式の日にあった騒動についてのあらましを話す。

 

といっても、ルームメイトやクラスメイト達から聞いた話なので正確さには欠ける物があるが―――

 

「なんでも、一夏さんが部屋に行ったらちょうど箒さんはシャワーを浴びていた処で―――」

 

「あわや殴り殺されそうになった…だっけ?」

鈴が聞いたことのある話だったので乗る。

 

「惜しいですわね。木刀で突き殺されそうになったそうですわ。」

 

「で、それがどうしたのだ?」

鈴の言葉をセシリアが訂正し、ラウラが何を言いたいのか判らずに真意を問う。

 

「似ていると思いません?部屋にいる女子である一夏さんの所を男子である箒さんが訪れるという状況は。」

 

しかも訪れられる側の部屋番号は『一〇二五』である。

 

「だが、一夏がシャワーを浴びているとは限らんぞ?」

 

「一夏さんは放課後、ずっと寮の裏で木刀の素振りをしていたそうですわ。そのあとしばし地面に寝転んでいたとか。」

セシリアは聞いていた情報を開示すると全員が『ああ』とその先の光景を想像できてしまった。

 

「あー、確実に汗だくね。」

繰り返しになるが今は九月の初旬。

まだまだ夏の暑さが残っている時期なのだ。

当然、日差しも強いし気温も高い。

 

運動すればそれは当然汗をかく。

 

そして一夏は周囲の為にもあまり酷い状態では公共の場に出てこない。

最低限の身だしなみは整えてから出てくるのだ。

 

つまりそれは―――

 

「一夏はシャワーを浴びてる可能性が高くて、箒はそのタイミングで突撃をした、と。」

 

短い沈黙の後――

 

 

「なんて、起こって居たら面白そうですわね。」

「修羅場だな。」

「ま、せめて冥福くらいは祈っておいてあげましょ。恋敵のよしみで。」

「そうだ―――って、無事じゃないの確定!?」

 

「当然でしょ。」

「当然ですわ。」

「当然だな。」

 

ちょうどその頃、箒の顔面に辞書クラスの厚さの本がめり込んだのだが、神ならぬ彼女らにそれを知る術は無い。

 

ただただ、『明日はどんな顔になって出てくるのやら』と半分楽しみ、半分怖いもの見たさで思う程度である。

 

 * * *

 

箒が気付いた時、目の前は真っ暗だった。

否、真っ白だった。

 

それは濡らされているのかそれなりに冷たく、当てられている辞書に強打され痛む部分に心地よい。

枕も不思議な柔らかさが有り、何処からともなく石鹸のかおりが漂ってくる。

 

そんな夢心地のような状況に箒は再び意識を手放しそうになり―――

 

「はぁ………」

 

そんな重い溜め息と共に顔面に押し当てられた柔らかいモノのおかげで一気に目が覚めた。

 

「何やってんだろ、オレ。」

 

起き上ろうとした箒だったが、その後の呟きに動きを止める。

 

動きを止めて寝た振りをしたまま一夏の独白に耳を傾ける。

 

だが、一夏は黙ったまま箒の髪に手を伸ばして、そっと梳いた。

 

その手が動くたびに顔面に押し当てられているソレがむにょむにょと形を変えて動き、箒の理性をガリガリと削るが必死になって耐える。

 

「―――ああ、そうか。なんだ、そう言う事か。」

 

不意に髪を梳く手が止まり、一夏は呟く。

それは多分に自嘲を含んだ呟きだった。

 

「嫉妬だなんて、なんて女々しいんだろ、オレ。」

 

一夏はようやく自分が抱き胸中でうごめいていた感情の正体を知った。

 

「オレは、箒が群がられて、困るだけで嫌な顔をしないのが気に食わなかっただけじゃないか。」

 

箒のその姿は、いつもの自分の姿であるというのに。

 

そう独白を続ける一夏の表情は、箒からは見えないが泣き笑いに近い表情であった。

 

 

一方で、黙って聞いていた箒も一夏の取っていた態度に納得したと同時に、安堵と歓喜の感情を抱いていた。

 

自分が他の女子に囲まれている光景を見て、嫉妬してくれる程度には想われていると判ったから。

 

好意と、危機感と、心配と、ほんの少しの独占欲が混ざって出来上がった嫉妬。

ああ、なんて可愛らしい感情だろう。

 

「それなのに、冷たく当たって、部屋に来てくれたのに本をぶつけて……」

 

前者はともかくとして後者は当然の制裁である。

なんせ婦女子の裸を、故意では無いとはいえ見てしまったのだから。

 

というか、四月に一夏が箒にされた事のほぼそのままだ。

但し、その時は殺傷能力十分な木刀による刺突であったので辞書程度ならばまだ可愛い物であるが。

 

「…はぁ。やらかした………嫌われた、んだろうなぁ………どうしよ。」

 

その最後の呟きは、正に恋する乙女であり、弱り切った子犬のようであり―――

 

「―――――そんな事は、ない。」

 

「えっ!?」

 

箒は、黙って居られなかった。

 

「おおおおお、起きてたの!?何時から!?」

 

「ええと、『なにやってんだろ、俺』の所から………」

 

「ほとんど最初!?」

 

バカ正直に応える箒にうろたえる一夏。

そんな問答をしながら箒は体を起こし目元に当てられていた濡れタオルを外す。

 

『あわわ、はわわ、』と慌て真っ赤になる一夏はTシャツ一枚という中々に凄まじい格好であった。

それが白いだけに紅くなっているのがよく判るのだ。

 

それにつられて、箒の方も赤くなってくる。

 

それまでは気にしないでいれたのに、先ほどまで枕にしていたのが一夏の生の腿であったりとか、押し当てられていた胸の感触だったりとかが何故か蘇ってきていた為に。

 

赤面したままの二人の視線が、ふと交差する。

 

箒は、潤んだ一夏の瞳に。

一夏は、真っすぐな箒の瞳に。

 

それぞれ、目が離せなくなる。

 

 

一夏が、目を瞑る。

箒は、吸い寄せられるように近づいてゆく。

 

そこには『元は男』の織斑一夏と『元は女』の篠ノ之箒は居らず、恋する乙女の織斑一夏と純情少年な篠ノ之箒がいた。

 

そして二人は――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ごンっ。

「あうっ。」「痛っ。」

 

 

突如として間に現れたアクリル板に頭をぶつけた。

 

「いい雰囲気の所悪いんだけど、お姉ちゃんが砂糖吐いて糖死しそうだからちょっとお邪魔させて貰うよ?」

 

「姉さんッ!」

「束さんっ!?」

 

突如として現れた束にその場の空気が一気に変わった。

 

「今回の諸悪の根源はきっちり((粛清|オシオキ))してあるから。それについてはゴメンとしか言えないけど……」

 

色に例えるのならピンク色一色から、緑を経て、青とかの辺りに。

 

「とりあえず、元に戻せる準備はできたよ。」

 

「えっ!?」

 

束の発言に思わず声を上げる一夏。

 

「ただ、ちょっとばかり問題があってね。その理由は今から説明するけど―――」

 

束曰く、今回の性転換の原因になったのは、技研のとある阿呆が作りだしたナノマシンの働きによる物らしい。

その『性転換の原因になったナノマシン』のプログラムを書き換える為のナノマシンは完成し用意してあるが、問題がある。

一つ目は原因のナノマシンで改造されてしまった体が安定するまでに約一週間近く掛ること。

二つ目はその安定期を迎えてからでないと修復用ナノマシンの使用は危険なのでリミッターが掛って動作しないこと。

三つ目に体を作り変えるに当たってナノマシンが必要とするエネルギーになる分をしっかりと取っておく必要があること。

 

これを要約すれば、

 

「一週間はこのままでいてもらう必要があるんだ。あと最低でも一日三食、しっかりと食べれるだけ食べる事も。」

 

と言う事である。

 

「体の成長と維持に必要ない分の余剰カロリーを勝手に集めて燃やしてエネルギー源にしてくれるから遠慮なく、ジャンジャンと!必要量が集まったら夜寝ている間にナノマシンが働いて元通りだから。ついでに原因のナノマシンは元に戻したら勝手に自壊するよ。」

 

何とも無駄に高性能なナノマシンである。

が、束印と言えば誰もが納得できてしまう処が何とも恐ろしい。

 

「以上、説明終わり。ささ、コレをぐいっと一気に飲んでくれれば一週間くらいしたら万事解決だよ。」

 

そう言いながら束が二人に押しつけるように渡すのはまたしてもドリンク剤の瓶だった。

 

「カプセルにしても良かったんだけど、そうすると水無しじゃ飲み辛いだろうからね。」

 

そんな心配りに微妙な気持ちになりながらも、二人は意を決してドリンク剤を呷る。

 

何の事は無い、柑橘系のさっぱりとしたドリンクであったために決死の覚悟は見事に空振りする事になって嬉しいやら悲しいやら。

 

「それじゃ、ちーちゃんとくーちゃんにも説明はしておくから、続きをごゆっくり〜。―――――あ、そうそう。」

 

そのまま部屋の窓に向かってゆく束はサッシの直前で一度立ち止まり振り返る。

 

「もし((妊娠し|デキ))ちゃったりしてるとナノマシンは((安全機構|リミッター))が働いて動かないから、そこの所だけは気をつけてね。ばいびー!」

 

最後の最後で特大の爆弾を落して行った束は窓から身を投げ出して、姿を消した。

 

普通なら投身自殺だなんだと騒ぎになるのだが、相手は『あの』篠ノ之束。

地上十階からの飛び降りなど朝飯前だろう。

 

まるで嵐が駆け抜けた後のような静けさに包まれる二人。

 

「………続き、する?」

一応、という感じに一夏が言うが、

「………無理言うな。」

顔を真っ赤にした箒は呟くように答える。

 

「だよね。」

箒の応えに一夏は苦笑いする。

 

さっきまでのあのピンク色な雰囲気に酔っていたから出来た事であり、素面では到底できそうにない。

 

今や箒は一夏を直視する事すら困難な状態である。

 

 

 

「ん?」

 

ふと、箒は窓のサッシの側に二つの段ボール箱があることに気がついた。

 

「なんだろ、これ。」

 

それぞれ何故か宅急便用の宛名ラベルが貼られておりそれぞれ一夏と箒に宛てられていた。

業者名が『篠ノ之運送』になっていてデフォルメされたウサギが荷物を背負った絵が入れられていたりと芸が細かい。

 

「とりあえず、開けてみようか。」

 

「そうだな。」

 

机の所にあるカッターを持ってきて梱包を解き、封を開けると―――

 

「あ。」

「むっ、」

 

そこには箒には男物の、一夏には女物の服やら下着やらがきっちりと詰められていた。

ついでに、IS学園の制服も。

 

一番上にあるメモ書きには『技研の不手際だからこれぐらいはさせてくれ』という副所長の実奈からのメッセージ付きだ。

 

「とりあえず一週間は困らなさそうだ。」

 

「…だな。」

 

 

 

余談だが―――

 

底の方に埋まっていた束の『私服』に酷似したモノトーンのエプロンドレスを見つけて、悪戯心を働かせた一夏が『見たい?』なんて訊き、箒が『見たい』なんて答えた為に自然発生したプチファッションショーのせいで二人して夕飯を食べそこない空の所に駆け込む事になったり、翌日、真耶により『一週間ほどで元に戻る』という話しが告げられた時に一年一組は半分歓声半分ブーイングを上げ、ほぼ全員が千冬と空のコンビによって黙らされるという事件があったのだが、その程度いつものことである。

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#75:彼と彼女の本音語り
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