インフィニット・ストラトス―絶望の海より生まれしモノ―#76 |
[side:簪]
「どうせ戻って要らなくなるんだから、ちょっとぐらい寄越しなさいよっ!」
「ちょ、あンっ、鈴!やめ―――にゃぁぅっ!」
午前中の授業を終えて、昼を食べるために食堂に行ったらそんな聞き覚えのある叫びが聞こえてきた。
ちょうどそのすぐ後に注文していたかき揚げうどんが出てきたから受け取って、声のした方に行ってみる。
そこには一年の女子五人と男子一人が同じ卓を囲んでいて、その周りで興味津々な集団がいるという、五ヶ月くらい前にも見たことのある光景が広がっていた。
唯一違うのは、藍色がかった黒髪ショート娘の胸を焦げ茶髪ツインテ娘が揉みしだいている点。
「ちょっと鈴さん!公共の場でなんて破廉恥な!おやめなさいっ!」
「ラウラ、それおいしい?」
「うむ、本国以外でこんなに美味い((仔牛のカツレツ|シュニッツェル))が食べられるとは思わなかった。―――食べてみるか?」
「え、いいの?」「うむ。」
「じゃあ、頂きまーす。…あむ。―――ん〜、おいしいね、これ。」
「そうだろう。」
「ドイツって美味しいお肉料理が多くていいよね。」
「ジャガイモ料理もお勧めだぞ。」
「………………」
なんだかよく分からないから自分の中で状況を整理してみた。
公衆の面前で淫行に走る鈴と矛先を向けられて悶える女体化織斑くん。
それを制止しようとするセシリア。
我関せずで百合ってるシャルロットとラウラ。
あと、居心地悪そうに黙々と食べてる男体化箒。
私は、呟かずには居られなかった。
「なにこのカオス。」
少なくとも、真昼間の学校の食堂で見られていい光景じゃない事は確かだった。
とりあえずテーブルの空いてるスペースにかき揚げうどんを置いて座る。
でもって、かき揚げをじゅわーっと、
「む。」
「ん?」
なんか物凄く渋い顔でラウラがこっちを睨んできた。
「簪、貴様―――それは私がサクサク派と知っての狼藉か?」
ラウラが睨んでいたのはうどんのつゆに沈められてじゅわーっと音を立てるかき揚げだった。
「あなたが何派であろうと、私には関係ない。好みは人それぞれだし。」
「むっ……」
ちょっと詰まるラウラ。
よし、理屈で押しても問題なさそうだ。
「それに、サクサクは否定しないけど、このしっとり全身浴の方が私は好きだし、」
これ、多分止めになると思うけど、敢えて言う。
「空くんは半分サクサク、半分しっとりの半身浴派だよ。」
「な、なんだと!?」
そう、私の全身浴派を否定する事は空くんを半分否定する事になる。
それでも、空くんを『母様』と慕うラウラは否定の声を上げられるかな?
「むむむ………そうか、判った。だが、たまにはサクサクで行くのもいいと思うぞ?」
結果、ラウラは折れた。
少なくとも布教活動程度に抑える事にしたらしい。
「考えとく。」
しっかりとつゆを吸わせたかき揚げをかじる。
「うん、美味しい。」
それから、七味に手を伸ばした。
「り、鈴!んあぁッ、もう、止めて……」
「鈴さん!ここは食堂ですわよ!いい加減に―――」
「世界中の『持たざる者』の恨み、受け取れぇ!!」
………うん、今日も平和だご飯がおいしい。
* * *
「ご馳走様。」
「はぁ、酷い目に遭った………」
ちょうど、私が食べ終わった頃にようやく解放された織斑くんは鈴とは机を挟んで反対側に逃げて来ていた。
意気消沈しているらしく、箒が無言のまま慰めている。
ちなみに現在の席順はセシリアの右隣に鈴、そのさらに右隣にラウラが居てその正面にシャルロット。
そこから左に箒と織斑くんが居てちょうどセシリアと織斑くんの間、机の横部分に私が座ってる。
「で、どうしてこうなったの?」
「簡単に言えば模擬戦で二敗、((胸囲|バスト))も負けてて鈴さん激怒、といったところでしょうか。」
理由を聞いてみたらセシリアがそう答えてくれた。
そういえば、今日は二学期始まって初の実機訓練授業があったんだっけ。
で、クラス代表同士でやりあったら織斑くんが二勝した、と。
でも、ぱっと見た感じでは織斑くん(女体化ver)の胸囲はそんなにあるように見えないけど……。
良くて私と同じ位かな?
まあ、鈴よりは大きいって事になるのかな?
「簪さんも、ISスーツ姿を見れば判りますわ、きっと。」
私が不思議そうにしていたらセシリアが補足してきた。
確かに、ISスーツならボディラインがモロに出るから良く分かるだろうけど……
着痩せしてるってことなのかな?
「それじゃ、ちょっと失礼。」
疑問を解決すべく、とりあえず揉んでみた。
こう、背後に回り込んでむんず、と。
「ふみゃぁッ!!」
嬌声に近い悲鳴を上げる織斑くんはとりあえず眼中から退かしておいて手の方に意識を集中させる。
これは、本音や箒くらいはあるんじゃないだろうか。
………うん、殺意湧いた。
なんか、喘ぐような声も聞こえるけどガン無視して掌の内にあるソレを確認する。
制服の下にあるそれは間違いなく、私や鈴のような『持たざる者』からすれば殺意が湧くくらいのサイズがあった。
―――くっ、一週間限定の臨時女子のくせに生意気な……
と、思いっきり握りしめてやろうかと思った矢先に、
びしっ。
「あ痛。」
「簪。それくらいにしておけ。」
箒にでこぴんされた。
その視線が『厄介事はもう勘弁だ』と訴えかけて来ていたので大人しくやめて席に着く。
別にでこぴんした手が手刀にシフトしてちょっとずつ上がってるのが怖いからとか痛そうだなとか思った訳では断じてない。
………って、あれ?
「箒、その手の器は何?」
「餡蜜だ。」
いつの間に?
「ほら、機嫌直せ。」
はぁ、はぁ、と呼吸を荒くして机の上に溶けていた織斑くんだったけど餡蜜が目の前に置かれると、むくりと起き上った。
目を輝かせながら箒の方に視線を向ける。
『食べていいの?』とでも言いたそうな視線を。
それに対して箒は((肯首|うなづく))。
それから残っていた鯖の味噌煮定食を平らげると餡蜜に手を伸ばし、なんとも嬉しそうな顔で食べ始める。
なんだか某幼馴染を彷彿とさせる、『うまうま』とか聞こえてきそうなくらいに幸せそうな笑顔で。
そして、それまで真顔というか憮然としていた箒もなんだか穏やかな笑みを浮かべているし。
………渋茶でも貰ってこよう。
私が席を立とうとすると、セシリアも似たような事を思ったのか立ち上がるところだった。
視線が合い、苦笑。
「美味いか?」
「うん。」
ああ、口の中が甘い………
うん、渋茶じゃなくてコーヒーにしよう。
物凄く胃に悪そうな、とびっきり濃いやつをブラックで。
お菓子ネタで盛り上がっている鈴、ラウラ、シャルロット、あと二人だけの桃色空間を生み出しそうになってる織斑くんと箒。
それらを全部どっかに置いておいて、私とセシリアは甘ったるい空気に耐えるための飲み物を取りに席を離れる。
それにしても―――
「織斑くん、しっかり乙女しちゃってるし。」
下手すると、私よりも。
教師と生徒だと、色々とやり辛いんだよね。同い年でも。
その前に同性だし………
「はぁ、」
壁は大きいなぁ。
そう、溜め息をついたと同時にセシリアもなにやら思う処があるらしく重く湿気た溜め息をついていた。
顔を見合わせて、互いに苦笑い。
『やれやれ、仕方がない。』
そう、言わんばかりに。
「放課後、一緒に愚痴りにでも行く?」
「…それも、いいかもしれませんわね。」
『たまにはお守から解放されたい。』
そんなセシリアが(ちょっと失礼な気もするけれど)まるで育児疲れした母親みたいに見えて仕方がなかった。
大丈夫だよ、セシリア。
あと一週間もすれば『育児疲れに悩まされる母親』から『恋する乙女』にジョブチェンジできるから。
そう、肩をぽんぽん、と叩いたらセシリアは少しだけ表情が柔らかくなった。
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#76:コイスルオトメ? | ||
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