ソードアート・オンライン―大太刀の十字騎士― |
《風見鶏亭》の一階は広いレストランになっていた。
その奥まった席にシリカを座らせて、私はNPCの立つフロントに歩いていき、チェックインを済ませる。
ついでにカウンター上のメニューで持ち込んだボトルを出してもらうようにして戻る。
私が戻るとシリカが口を開こうとしたが、手を上げそれを制して、軽く笑う。
「まずは食事にしようか」
ちょうどその時、私が頼んだものをウェイターが持ってきた。
パーティー結成を祝して、と言ってこちんとカップを合わせる。
「……おいしい……」
喜んでくれてよかった。
しかし、シリカは記憶にない味のせいか疑問に思っているようだ。
まあ、この店のじゃないし、この辺じゃ取れるものじゃないからね。
「あの、これは……?」
私はにやりと笑い、言った。
「NPCレストランにはね、ボトルの持ち込みができるんだ。それはね、私が持っていた《ルビー・イコール》っていうアイテムだよ。カップ一杯で敏捷力の最大値が一上がるんだよぉ」
「そ、そんな貴重なもの……」
「いっぱいもってるし、開ける機会もなかったから、別にいいよ」
私が笑いながら言うと、シリカも笑いながら、もう一口飲んだ。
やがてカップが空になると、視線をテーブルの上に落として、ぽつりと呟く。
「……なんで…あんな意地悪言うのかな……」
シリカの言葉に、私は真顔になり、カップを置いて、話はじめた。
「シリカちゃんは…大規模ネットゲーム、MMOは、SAOが……?」
「初めてです」
「そうなんだ。私も初めてだから解んないんだけど、友達がね、「どんなオンラインゲームでも、キャラクターに身をやつすと人格が変わるプレイヤーが多い。善人になる奴、悪人になる奴。それをロールプレイって、従来は言ってたんだろうけど」、て言ってたんだ。でも、その人はSAOは違うと思うって」
私は眠気と闘いながら続ける。
「今はこんな、異常な状況なのに、他人の不幸を喜ぶ奴、アイテムを奪う奴、――殺しまでする奴が多すぎるって」
私はこれをキリト君に言われて、確かにそうだと思った。
SAOには犯罪ギルドが多すぎる。
私は、シリカの目をまっすぐ見て続けた。
「彼は、ここで悪事を働くプレイヤーは、現実世界でも腹の底から腐った奴なんだって、私もそう思う」
私はゆっくりとした口調で言う。
なんだか説得力ないな、私が言うと。
「まあ、鮮血なんて呼ばれてる私が、言えた義理じゃないけどね」
「鮮血?」
「私はよくPKK、プレイヤーキラー狩りをよくしてるから、そうやって呼ばれてる。その中で人を、殺したことも……」
私は、テーブルの上で両手を強く握り締める。
そのうちの右手が、シリカの両手で包み込まれる。
「ヒナさんは、いい人です。あたしを、助けてくれたもん。そうしたのも、何か理由があったからだと思うんです」
それだけだったが、私はすごく嬉しかった。
悪魔とか言われたことはあったけど、いい人だなんて、言われたことがなかった。
私の口元に、僅かな笑みが滲む。
「……私が慰められちゃったね。ありがと、シリカちゃん」
私が最後に笑顔でそう言うと、シリカの顔が赤くなり、慌てて私の手を放し、両手で胸をぎゅっと押さえる。
「ど、どうかしたの……?」
私はテーブルに身を乗り出して聞く。
シリカはぶんぶんと首を振り、笑顔を見せる。
「な、なんでもないです!あたし、おなか空いちゃった」
食事を終えた時には、時刻はすでに夜八時を回っていた。
そのせいか、すごく眠い。
明日の四十七層攻略に備えて早目に休むことにして、私とシリカは風見鶏亭の二階に上がった。
広い廊下の両脇には、ずらりと客室のドアが並んでいる。
そして、私が取った部屋は、偶然にもシリカの部屋の隣だった。
私たちは顔を見合わせて、笑いながらおやすみを言う。
部屋に入った私は、寝間着に着替え、明日の攻略のための、装備や道具を揃える。
それが終わると、日本刀を装備して、いつもやっている鍛練を始める。
鍛練と言っても、素振りや型の確認だけだが。
それを続けていると、ドアがノックされたので、ルーフェルに誰かを特定してもらって、シリカだとわかってからドアを開く。
「どうかしたの?」
「あの――」
シリカは慌てる。
なんでだろう?
「ええと、その、あの――よ、四十七層のこと、聞いておきたいと思って!」
それくらいなら、困らないので頷く。
「うん、いいよ。下に行く?」
「いえ、あの――よかったら、お部屋で……」
シリカはそう答えてから、なぜか慌てて付け加える。
「あっ、あの、貴重な情報を、誰かに聞かれたら大変ですし!」
「え……まあ……それは、そうなんだけど……まあ、いいよ」
そう言って、ドアを大きく開けて一歩引く。
シリカが入ってから、ドアを閉める。
そして、シリカを椅子に座らせて、私はベットに腰掛ける。
それから、私はウィンドウを開き、手早く操作して、小さな箱を実体化させる。
それをテーブルの上に置き、開く。
その中には小さな水晶球が収めてあり、光を受けて輝いている。
「きれい……。それは何ですか?」
「これはね、《ミラージュ・スフィア》っていうアイテムなんだよ」
私が水晶を指先でクリックすると、メニューウィンドウが出てくる。
それを手早く操作して、OKボタンに触れる。
すると、球体が青く発行し、その上に大きな円形のホログラフィックが出現する。
それには、アインクラッドの四十七層を丸ごと表示してあり、街や森が繊細に、立体画像で描写されている。
「うわあ……!」
シリカは夢中で青い半透明の地図を除き込んでいる。
ここまで喜んでもらえるとは、わざわざ使ってよかった。
「ここがね、主街区だよ。で、こっちが思い出の丘ね。この道を通るんだけど……この辺にはちょっと厄介なモンスターが……」
私は指先を使い、眠気で間延びした口調で四十七層の地理を説明していく。
「この橋を渡るとね、もう丘が見え……!?」
不意に索敵スキルに、私たち以外の反応が、しかも、ドアの前で立ち止まっているのに気づき、声を止める。
「…………?」
「しっ……」
何も解らないシリカが顔を上げるので、私は唇に指を当てて制す。
私は素早くベッドから飛び出してドアを開ける。
「誰だっ……!」
私がドアを開けると、ちょうど犯人が逃げるところだった。
それを見ていると、シリカが走り寄り、私の横から首を出して覗く。
「な、何……!?」
「……話を聞かれていた……」
「え……で、でも、ドア越しじゃあ声は聞こえないんじゃ……」
「聞き耳スキルが高いとドア越しでも聞こえるんだよ。まあ、そんなの上げてる人は……なかなかいなんだけど……」
私はドアを閉め、部屋に戻る。
ベッドに腰を下ろして、少し考え込む。
何であいつは私たちの話を聞いていたんだ?
まさか、シリカを狙っている?
「でも、なんで立ち聞きなんか……」
「――多分、すぐに解るよ。ちょっとメッセージ打つから、待っててね」
私は笑顔を見せて、ミラージュ・スフィアを片付けてウィンドウを開く。
そして、ホロキーボードを表示させて、キリト君にメッセージを送る。
短く『目標を見つけた、私が捕まえる』と。
それが終わると、後ろからぱたっと、何かが倒れる音がする。
振り向くと、シリカが眠ってしまっていた。
私はキーボードを消して、シリカをベッドに寝かし、私も一緒にベッドに入り眠りについた。
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