インフィニット・ストラトス―絶望の海より生まれしモノ―#79 |
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「お帰りなさいませ、お嬢様。」
部屋に入ったセシリアを藍色がかった黒髪のメイドが出迎えた。
その、紺を基調に白いフリルが各所にあしらわれたエプロンドレス姿に目を惹かれながら、セシリアはそれとなく手に持っていた荷物を差し出す。
それを『お預かりします』の言葉と共に受け取ったメイド少女に誘導されて、セシリアは用意されていたテーブルに着く。
「本日は何に致しましょうか。」
「そうですわね………では、いつも通りに。」
「はい、アッサム茶葉のミルクティーをノンシュガーで、ですね?ただいまお持ちいたします。」
荷物を席の傍らに置き、例のメイド少女が離れてゆく。
戻ってくるまでの時間は三分ほど。
紅茶用のテーポットとミルクポットが乗ったトレイを長身な黒髪の執事に持ってもらい自分はティーセットを用意するメイド少女。
ソーサーの上に載せられたティーカップに、ポットから琥珀色の紅茶が注ぐ。
そして次にミルクがそこに加えられて琥珀色が柔らかい乳白色に変わってゆく。
それを銀色のティースプーンで軽く、それでもってしっかりと混ぜてから出来上がったノンシュガーのミルクティーをセシリアの前にそっと、置く。
「お待たせいたしました。」
「ありがとう。」
ソーサーごと手にとり、カップをそっと上げる。
先ず、香りを楽しんでから、一口。
そして、セシリアの顔が満足げに緩むのをメイド少女と執事少年は見逃さなかった。
内心でガッツポーズをした処で、何処からともなく拍手が上がった。
その拍手にメイド少女と執事少年は視線を交差させ、にこり。
拍手の音が徐々に大きくなっていった。
「よくできました。」
* * *
「本職からすれば粗がまだまだありますが『見習い』としては上出来でしょう。」
最初の拍手の発生源であった本職のメイド少女が先ほどまで実演をしていた((メイド少女|いちか))と((執事少年|ほうき))にそう言った。
場所はIS学園一年一組の教室。
日時としては文化祭直前、最後の週末である日曜日。
そこではセシリアの幼馴染であり、姉分である専属メイドのチェルシー・ブランケットを講師に迎えた即席メイド養成講座が開催されていた。
初日であった土曜日に一通りの知識や心構えといったモノを座学として叩きこみ、あとはひたすら声出しと自己暗示作業を実施。
二日目にして最終日である今日は復習も兼ねた実演と言う事でチェルシーが指名したのが一夏と箒。
セシリアの私物である紅茶の葉やティーカップ、ソーサー、空に貸してもらった湯沸かし器等を使って『メイド少女:一夏』と『執事少年:箒』による『主人:セシリア』の応対演習が本人たちに有無の『う』すら言わせずに実施された。
まあ、元がそれなりに礼儀に厳しいとこの出だった二人からすれば『慣れない事』ではあるが『出来ない事』では無かったようで難なくこなして見せたが。
カップとソーサーを出した時にそれとなく反対の手が袂を押さえるような動作をとっていたのはご愛敬だ。
「では、みなさん。今のお手本に倣ってエスコートをやってみてください。」
チェルシーがそう指示を出すと適当にパートナーを見繕ってエスコートの練習を始める一組の面々。
お手本担当になり時間的猶予が出来てしまった一夏と箒は端に移動し、その様子を眺める。
「ん、やっぱりセシリアとシャルは楽々こなすか。」
「まあ、二人とも令嬢ではあるからな。」
「のほほんさんも、やるときゃやるみたいだし。」
「まあ、アレはアレで簪の従卒だからな。」
「でも、ラウラがあそこまでやれるとは…」
「笑顔は硬いがな。」
「箒も、執事役上手だったじゃん。」
「そういうお前も、堂に入ったメイドぶりだったぞ。」
「まあ、あれだけみっちりメイド修行すればね。ただ……」
「ただ?」
物言いが気になって視線を一夏に向ける箒。
「オレ、明日くらいに男に戻る予定になってるけど、メイドの練習しかしてないぞ?」
「それを言ったら私だって似たようなモノだ。……まあ、執事もメイドも細かい動作が変わるだけで大筋は変わらんさ。」
一夏の物憂げな横顔をちらりと眺めながら箒は続ける。
「それに、いざとなったら女装でもすればいいんじゃないか?」
箒の脳裏にはメイド服姿の一夏(男)の姿が浮かんできているが、女体化後イメージ補正が若干掛っているのかまったく違和感が無かった。
「…冗談でも勘弁してくれ。」
そんな箒から何か感じ取った一夏はげんなりとした表情な上やや俯き加減で呟くように言う。
「無論、冗談だ。――――私はな。」
「へっ?」
箒の言葉に疑問を感じて顔を上げたら、『その手があったか』と言わんばかりに目を輝かせてこちらを見つめるクラスメイト達と目があった。
「冗談、だよな?」
一夏の力ない願う声。
その次の瞬間、動作を止めていたクラスメイト達は一斉に動きだした。
「服飾班!身長一八〇センチの男子が着れるメイド服二着、ついでに一六〇センチの女子用執事服も二着追加!寸法は保健室の健康診断データをくーちゃんせんせに頼んで貰ってって!」
「あいまむ!」
「ラジャー!」
「偽乳を作る用意、忘れないで!」
「判ってるって!」
「任せといて!((AAA未満|まないた))も((D以上|ばいんばいん))に成れる位用意しとくから!」
「あと、化粧品とかサラシとかいろいろ必要そうなモノをリストアップするから購入申請出して!」
「了解だ!」
最早収拾がつかない状況になっている教室で一夏は額に手を当てて溜め息と共に呟く。
「………どうして、こうなった………」
もう一週間、このままで居た方が心の傷は少なそうだ。
なんて、思い始めた一夏が居た。
がっくりと肩を落とす一夏の肩にぽん、と箒は手を載せる。
「箒………」
慰めてくれるのだろうか、そう期待して箒を見つめるが、
「これも((運命|さだめ))だ。諦めろ。」
柔らかい笑みを浮かべながら、突き落とされて余計にがっくりと肩を落とす事になった。
この後、拗ねてしまった一夏の機嫌を直す為に箒は野口さんを二人ほど費やし甘味を貢ぐ事になるのだが全くの余談である。
* * *
その日の晩、空に呼ばれた一夏と箒は副寮監室に居た。
「ああ、来たね?」
有無を言わさずに冷蔵庫から何やら瓶を取り出す空に二人は首を傾げる。
「篠ノ之博士から、間違いなく今夜戻す為の栄養剤が届いたんだよ。」
はい、と渡してくる薬瓶を受け取り、何の気なしにラベルを眺める。
眺めて、顔が引きつった。
『タバネンEx えねるげいん』
それが、そのドリンク剤の名前だった。
「これ、飲まなきゃダメなのか?」
「んー、多分。」
「えぇー。」
口を尖らせて嫌がる一夏だったが、
「不完全な戻り方して、一部だけ女のままとか、嫌でしょ?」
そんな空の言葉に黙るしか無かった。
それでも躊躇う二人に空は微笑みながら言う。
「大丈夫だよ。書類仕事に忙殺されてた織斑先生もこれを飲んで二徹を乗り切ったから。」
タバネンシリーズ最大の被害者が飲んだと聞いて、二人も踏ん切りがついたらしく瓶を開封し、味も判らないように一気に飲み干してゆく。
「ああ、あと今夜は二人ともここで泊って貰うからね。」
「んッ!」
「ンぐッ!?」
思わず吹きそうになるがなんとか留める。
「な、な何故!?」
なんとか飲みきった箒が咽った一夏を介抱しながら問う。
「いや、だって。こんな異常事態は衆目に晒せないでしょ。」
男が女になって、女が男になる。
確かにこれはかなりの怪奇現象だ。
それに、その変化の間は『何が起こっているのか』も定かではない。
余計な干渉が発生しない副寮監室を使うという空の考えは説明されると二人とも納得するしかないものであった。
「その為に簪さんには部屋に戻ってもらった訳だし。」
箒も言われて思いだしたが、一週間前から箒が一人部屋として使って居た部屋は本来ならば簪との二人部屋である。
それを、男になってしまった箒の為に部屋を空け、空の所に居候していたのだ。
そんな簪が副寮監室に居た痕跡が残って居ない処をみると荷物を纏めて部屋に戻って居るのだろう。
そう、納得すると拒否できる要因が殆ど残って居なかった。
少なくとも、箒と一夏には存在していなかった。
「納得してくれたみたいだね。それじゃあ、さっさとお風呂に入って寝ちゃってくれる?修復時間を確保したいから、遅くとも十時までには。」
あれよあれよといううちに教員用の部屋にはあるユニットバスで順番に入浴し、用意されていたフリーサイズの浴衣を寝間着として指定されて、気がつけば真っ暗な畳部屋に敷かれた布団の中だった。
当然ながら一人に一枚ちゃんとあるし布団と布団の間も十五センチほど空いている。
そんな部屋で一夏と箒は互いに背中を向けあっていた。
「………一夏、もう寝たか?」
「………まだ。どうしたの、箒。」
隣の部屋からカチャカチャとキーを叩く音が時折聞こえてくる他は静寂に満ちた部屋で先に声をかけたのは箒の方だった。
「この一週間、女になって………どうだった?」
「………そうだねぇ、」
そう問われ、一夏は少し考えているのかうんうん言いながら何かを呟く。
「………うん、かなりイラっ、ときたかな。」
「何にだ?」
「箒と、自分自身に。」
そう言われて、箒は『自分は何か悪いことをしたのだろうか』とか『アレでは甘味が足りなかったか?』等々色々と考えだす。
「ああ、大丈夫だよ。箒は悪くないから。」
そう苦笑交じりの声で言われて箒は少しばかりホッとする。
「なら、何故なんだ?」
「今の箒の立場ってさ、普段のオレと一緒だろ?」
「…まあ、そうだな。」
「それでもって、箒がとってる態度は普段のオレとほぼ同じ。―――なら、オレに責める権利は無いよ。」
「………そうか。」
そう言われて、箒はなんとなくだが納得がいった。
「箒は、どうだった?学園唯一の男子になったのは。」
「もう、二度とやりたくないな。精神疲労がキツ過ぎる。不機嫌になると後が怖いしな。」
「……それ、どういうこと?」
「何、普段のお前の苦労が少しだが判ったと言いたいだけだよ。」
「………そっか。」
その一夏の消え入るような小さな返事を最後に、箒は言う事が無くなって部屋が再び静寂に包まれる。
「あの、さ。」
「………ん?」
箒の瞼が重くなってきた頃、唐突に一夏が声をあげた。
「どうした?」
「………ええと、あの、その………」
寝付くのを少し先送りにして返事をするが、声をかけた一夏はなにやら言い淀んでいた。
「………どうかしたのか?」
その様子を不審に思った箒だったが、
「箒………………((私|・))の事、抱きたい?」
「ッ!?」
箒はそれまで襲ってきていた眠気が一気に吹っ飛んでしまったような気がした。
「………それを、何故?」
こんな、戻る直前に未練みたいな言い方を?
「………心に居るんだ。『このまま、女として』って言う自分が。」
小さくか弱い声。
だが、箒の耳には不思議とはっきり聞こえた。
「でも、同じくらいに元に戻りたいって思っても居る。もう一度、『いつも通りの箒と』っていう、自分も。………だから………」
「…そうか。」
箒の声も、一夏の声もタイピングの音もせず、時計の秒針が時を刻む音だけが進んでゆく。
「………明日には、きっと戻っている筈だろう。それで駄目なら………お前を守れるくらいに強くなってから迎えに行ってやるとしよう。」
「箒………」
「まあ、片方しか戻れなくて両方男とか、両方女なんてなったら目も当てられないがな。」
「ははは、そうだね。」
ころころと笑う一夏の声も長くは続かず、また沈黙と静寂が部屋に満ちてゆく。
「………………おやすみ、箒。」
「………………おやすみ、一夏。」
[余談]
翌朝、早く寝た影響か早く目が覚めた箒は起き上った時の肩への加重で元に戻った事を悟った。
そして一夏の方はよく分からなかったので布団を剥いでみたら『男子特有の朝の整理現象』に遭遇。
思わず叫びそうになったりもしたがその後、ホームルームの時の騒ぎに比べれば些末な事である。
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