GIOGAME 7
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第七話 その腕に掴むもの

 

「戒十さ〜〜〜〜ん(涙)」

警察署の一角で任意の事情聴取を終えた了子は涙目で佐武に泣き付いていた。

「ええい!? 鬱陶しい!!」

羽田了子的に言うと佐武戒十は厳しい父親や歳の離れた兄のような存在と言えるかえもしれない。

「お前少しは反省しろ!?」

了子の取材手帳を没収した佐武が泣き付いてくる了子を振り払いつつ自分のデスクへと収まった。

寝ていない目元には黒いクマが浮いている。

「これ一つで拘留を免除してやってる俺の身にもなってみろ。本庁の連中が引き下がったのは以外だったが、本当なら取調べでずっとは留置場だぞ」

「だって、テロリストなんてネタが!! ネタが悪いんですよ〜〜〜〜!!」

「ああ、お前のその頭の出来だけは褒めてやりたいよ・・・」

「え、本当ですか!?」

「少しも堪えてねぇ・・・」

げんなりした顔でデスクの上に手帳を広げた佐武がページを捲ろうとした。

「きゃ☆えっち♪ 佐武さんがそんなセクハラする人だとは思いませんでした」

署員達が一斉に佐武のデスクを振り向く。

「お・ま・え・はぁあああああああああああ!!!」

ついにキレた佐武に首根っこを掴まれた良子は署の玄関から摘み出された。

「一週間出入り禁止だ!! コピーを取り終わったら郵送してやる!!」

肩を怒らせて署の中に戻っていく佐武を見送って、了子は懲りる事なく事件に付いての思考を巡らせていた。

「とりあえず駅に行かなきゃ」

車も押収された為、徒歩で駅へと向かう。

道すがら了子は昨日得た情報を脳裏で整理していく。

人身売買が関わったビル火災と現場で確保された青年外字久重。

留守の外字宅で出会った親友と称する青年永橋風御。

海外からのテロリストを緊急に包囲した警察。

封鎖された地域で起こった不可解な異常気象。

地下道の闇から突如として出現した死に掛けの全裸男。

地下道の微かな光に見た外字久重。

親友と言っていた風御の話を総合した場合の外字の性格と何でも屋という職業。

(外字久重はテロリストと何らかの因果関係にあった。それは外字の何でも屋という職業に通じている?)

憶測は了子が最も嫌うものだ。

しかし、事実を元にした推測ならば出来る。

了子の中での外字久重は大学院という博識者達が集まる場所へ所属するインテリであり、同時に親友に言われる程のお人よしで、その性格故に何でも屋等という怪しい職業に就いている変わり者だ。

それが事実かどうかはともかく、情報を総合すると難儀な性格と仕事をしている貧乏インテリという事になる。

「事実は小説より奇なり・・・か」

駅の改札を潜ろうとして了子は電光掲示板に映る電車時刻が遅れている事に気付く。

『え〜〜〜現在、復旧作業により一部区間に五分から十分の遅れが出てい―――』

(昨日の事件のせい?)

駅員に詳しい事情を訊き、了子はホームで電車を待つ。

(テロリストには結局逃げられたって戒十さんは言ってた。設備の不具合が起きたのは昨日の騒ぎの後。なら、テロリストは駅の設備の故障と何らかの関係があってもおかしくない。逃走に地下鉄の線路が使われたなんて漫画か映画の見すぎかもしれないけど・・・・・・)

了子が歯噛みする。

情報が圧倒的に足りなかった。

詳細な情報は手帳に書かれてある。

事実関係を整理するのにはやはり手帳を眺めるのが一番だと思っている了子にとって、手帳の没収は痛いペナルティーだった。

(でも、戒十さんには感謝しなきゃ。テロリストに間違われて射殺されるところだったみたいだしね)

心臓の止まった全裸の男を抱きかかえながら無数の光源に照らされて歩く。

そんな非常識な体験から現実的な感覚が麻痺していた了子だったが、今更に自分が実は死の淵に立っていたのかもしれないと内心で震えた。

(とりあえず調べなきゃならない事は四つ。外字久重の昨日午後十時から事件終結午前二時までのアリバイ。全裸男の身元と現在の安置所。外字久重が行っている何でも屋の実態。それからあの声の主について)

了子が今も耳に残る声を脳裏で反芻する。

綺麗な鈴を鳴らしたような声。

たった一言の声を自分の知識を動因して分析する。

(一瞬だからかもしれないけど訛りは殆ど感じ取れなかった。でも、発音に若干の拙さがあった。女の子としてもまだ中学かそれ以下くらい? だとしても、あの状況で凜とした声が出せるならメンタル面が強いはず)

ようやく来た快速に乗車して満員とは程遠い座席に座り揺られる。

(まずは情報。全部それからね。連絡取ってみよう)

端末は没収されていたが財布とその中のカードは無事だった。

未だに滅んでいない公衆電話のある駅に降り立った了子はさっそくテレホンカード(死語)を差し込む。

馴染みの情報屋が出るまでの数秒。

了子は何か言い知れぬ不安が己の内に蟠っている事を自覚して・・・・・・気合を入れ直した。

警察に渡さなかった頭の中のネタを頼りに良子は行動を開始する。

 

佐武が溜息を吐きながらデスクに戻ってくるとデスク前に数人の男達が待っていた。

「これは宮田さん。こんな所にどうしてまた?」

内心、苦虫を噛み潰しながらも佐武は嫌な顔一つせず男に挨拶する。

「いえ、捜査本部を立ち上げたはいいんですが、あなたがまだ重要参考人から取り上げた証拠をこちらに提出していないというので。こうしてわざわざ出向いてきたわけです。佐武警部補」

嫌味な顔一つせずにこやかに嫌味を言ったのは男達の統率者だった。

『宮田坂敏』(みやた・さかとし)五十二歳。

本庁からテロリスト捜索本部を任された実質的なリーダー。

幹部クラスのエリートだった。

警察官僚の見本のような男でもある。

その情報に脳裏で毒づきながら佐武がデスクをチラリと見た。

「コレ、有効に使わせて頂きます」

宮田がスーツから手帳を取り出す。

(この優眼鏡が・・・・・)

佐武が長身で細い宮田の容姿にそんな綽名を付けて一日。

その鼻に付く態度に佐武は苛立ちながらも顔には出さない。

「どうぞどうぞ。こちらも早く提出しに行こうと思ってたところだったので」

「そうですか? では、遠慮なく」

クソ高いテーラー製のスーツを颯爽と翻し部下を連れて巣へと戻っていく背中に佐武が小さく舌打ちした。

(全部取り上げていきやがる。捜査本部はどうなってんだ)

テロリストを確認したから包囲せよと本庁からやってきた宮田は佐武にとっていきなり家に入ってきた強盗もいいところだった。

混乱する現場を仕切り、訳も解らぬまま働かせられて、その上情報の一つも寄越さない。

何が起きているのか。

何一つとして署の人間は知らされていなかった。

ただ、捜査本部の要請に出来る限り協力するようにとの通達があった以外は他に何も無く。

テロリストの逃走という非常事態にも関わらず、マスコミは協定で黙らせて、捜査は粛々と水面下で進行している。

「こりゃ、そろそろ槍か雹でも降ってくるか」

ボソリと愚痴った佐武がデスクに戻ろうとすると、佐武の背中に声が掛かる。

「佐武さん。ちょっと」

同僚の一人がこっそりと呼ぶ声に佐武は去っていく宮田に気付かれぬよう静かに近寄った。

「何だ?」

「さっき通報があったんだ。何か銃声がしたと」

「何?」

「あの連中、本当は通報の内容を確認しに来たんだよ」

「どういう事だ?」

「テロリスト警戒してる時に銃声がしたなんて通報があったら報告しないわけには行かないだろう? それで上に報告を上げたら、今から本部で人員を派遣して真偽を確かめるから余計な事をしないようになんて釘を刺された」

「ついでに俺のデスクで手帳を見つけたと」

「そういう事。ちなみに通報があったのは東のシャッター街近くにある住宅地だ」

「住宅地っておい!? 連中、真偽の確認なんてしてる場合か!?」

「こっちもそう言ったが聞く耳無しだった。連中の言い分だと真偽が解るまでは関わるなだと」

「殆どが売り物件とはいえ、あそこらにはまだそれなりに人が住んでるはずだぞ!?」」

「テロリストはもうこの都市から逃げ出してるってのが公式見解なんだとよ」

「クソがッ、何が公式見解だ!!」

壁に思い切り拳を打ち付けて、佐武が拳を振るわせた。

「ほら」

「?」

「こんな事もあろうかとコピーしておいた。時間が無かったから重要そうな部分だけだが」

同僚が数枚のコピーを佐武に渡す。

「・・・・・・解ってんじゃねぇか。行ってくる」

佐武が同僚と拳を合わせ、その場を早足で後にする。

その背中を見ていた他の同僚達が同時に顔を見合わせる。

「さてと。全員解ってると思うが準備だけはしておけ。戒十さんが『お前ら早く来い』なんて言ってくるかもしれん」

頷いた誰もが仕事をこなしながら、その同僚の言葉に頷いた。

それから一時間後、準備は無駄にならず、数人の捜査員が事件現場へと応援に向かった。事件現場へ最後に駆けつけたのがテロリスト捜索本部だったという皮肉は署員達の溜飲を大きく下げる事となった。

 

咄嗟に脇を締めた久重は後方に跳んでいた。

叫びが響く。

それも束の間、瞬間的な大量失血が久重の意識を明滅させ奪った。

倒れこむ久重を田木が支える。

追撃を掛けようとした者の前に黒い嵐のような霧が吹きつけ、背後へと後退を余儀なくさせた。

「いきなりイートモードとか酷いなぁ。それが久しぶりにあった友人に対する態度。ソラ」

軽い調子で笑ったのはやや猫背の少年だった。

水色のパーカーに半ズボン。

外見上目立ったものはない。

十二歳かそこらの少年がふわりと着地する。

「メリッサ・・・・・・・」

激情に駆られながらもソラはそのまま久重と田木の前に不動となって己を盾とし、その少年の名前を呼んだ。

睨み付ける視線の苛烈さに少年が肩を竦める。

「そんな怒らなくても。君の未練を断ち切ってあげようって言う友人としての善意なのに」

「どうして此処にいるの?」

ソラが横目で駐車場の横に転がっている人間の一部を確認し、歯を噛み締めた。

「愚問だよ。ターポーリン先輩が上と掛け合ったおかげで君にもまだ生き残る芽があるって事を伝えに来たんだ」

「ターポーリンが!?」

「蘇生が間に合ったよ。新しいNDを運んだの僕だから感謝してくれてたよ?」

まるで天気の話でもするように少年が笑う。

「・・・・・・今すぐ帰って」

「今の君に僕が退けられるとは思えないけど」

「帰らないなら死ぬ事になるわ」

「怖い怖い。でも、死ぬのは僕より彼の方が先じゃないかな?」

「絶対に死なせたりしない」

「咄嗟にNDで血管の縫合と傷口からの出血を抑えたのは凄いけど、僕と戦いながら維持出来る?」

「あなたを倒せばいい」

「言っておくけど連中はもうオリジナルロットの解析を始めてる。オリジナルそのものは使えなくても、その解析情報は十分に活用されてる。言ってる意味解るよね?」

黒い霧に周囲を覆われつつありながらもメリッサと呼ばれた少年は動じない。

「どんなに情報を解析しても【Dシリーズ】以上のものは造れない。である以上、あなたが勝てる要素は無い」

「確かに君の【D1】の能力は最高だ。でも、それはあくまでオリジナルロットの超近似レプリカ増殖能力と博士の制御OSを搭載してるからに過ぎない」

「何が言いたいの?」

「つまり、劣化版だって目的特化で運用すれば」

ソラが硬直する。

『君の戦闘能力は超えられる』

耳元で声が囁き、ソラは脇腹からの衝撃に一階駐車場から矢のように吹き飛んだ。

「ターポーリン先輩みたいに」

周囲のコンクリート壁にぶち当たって土煙が上がる。

「最高の性能じゃなくても一芸特化で君の防御は抜けられる。ちなみに展開速度が遅過ぎるよ。ソラ」

「それが・・・どうかした?」

ガラガラとコンクリ片の中からソラが起き上がる。

「へぇ。でも、その場所から彼を助けられる?」

死に掛けている久重に意識を向けようとして、メリッサの顔が変形し、体が吹き飛んだ。

「大人を舐め過ぎだ。クソガキ!!」

駆け寄ったソラが久重の横に立つ。

「田木さん。あんたはアズと一緒に逃げてくれ」

「何が何やら解らないが大丈夫なのか!?」

「腕は回収しておくよ。後で繋げたかったら早めに切り上げてくるように」

田木とアズが今まで閉じていた口を開く。

通常では考えられない事態にも平静を失わないのは裏を歩いてきた人間故だった。

「とりあえず、あいつが復活する前に此処から退避してくれ」

田木とアズが顔を見合わせ、頷き合った。

「死なせるな。まだ、私はお嬢さんに恩を返していない」

「解ってる」

「いつものとこで待ってる。久重」

アズがブラブラと久重の腕を持って走り出す。

二人の背中がコンクリート製の壁を越えていった。

「ふ・・・ふふ・・・まさか、死に掛けの一般人に殴られるとは思わなかった。これもNDの能力?」

ズルズルと駐車場を滑っていたメリッサがゆっくりと立ち上がる。

その目に久重へ寄り添うソラの姿が映った。

「ソラ。君は間違ってる」

「博士は私に自由をくれた。久重が人の温かさを思い出させてくれた。私はもう戻らない」

「世界の全てを敵に回しても?」

ハッキリと頷くソラに今までの軽かった調子が嘘のようにメリッサが深く溜息を吐く。

ソラはその濁った瞳を真っ直ぐに見返した。

「僕にも勝てない君が?」

「もう解析は終わってる。あなたは【ITEND】で造った糸を周囲に張って、身体の動作を制御してるだけ。出力が小さくてもそれなら超人的な動きができる」

動きの速さを看破されたメリッサが嗤う。

「まぁ、それが連中の限界でもある。でも、それだけじゃ、ない!!!」

横にあった駐車場の柱の一つにメリッサが裏拳を叩き込む。

柱がそのたった一動作で中央から吹き飛んだ。

「!?」

「元々の肉体強度と筋力があってこそ、僕のNDは威力を発揮する」

「まさか、『開発』で体を?!」

ソラが目を見開く。

「君は僕がただの友達に過ぎないとでも思ってたの? あの場所で何かしらの能力を付与されていなかったとでも?」

「それは・・・・・」

「おめでたいなぁ。薬物にDNAドーピング。骨格強化手術にホルモン操作。君の友達は全員が君とは別系統の基礎改造の被検体だった。君も詳しい能力値くらい知ってるかと思ってたんだけど」

ソラの顔が何かに気付いて歪む。

「メリッサ。止めて・・・・」

ソラの言葉にメリッサが愉快げに笑った。

「く、くく、止められないよ」

「博士はこんな事望んでなかった!」

「泣き言なんて聞きたくない。僕が聞きたいのは帰ってくるの一言だけだ」

「昔のあなたはあんな事しなかった! 人殺しなんて絶対したりしなかった!」

ソラは視界の端に転がっている誰とも知れぬ首の残骸に唇を噛む。

「裏の人間が何人死んだところで痛む良心なんて持ち合わせてない。何なら転がってる奴らも同じようにしてみようか?」

「止めて!? 昔のあなたは空が飛びたいって・・・それだけの・・・」

ソラが声にならず拳を握る。

「博士なら本当に翼か羽をくれたのかもしれない。でも、博士がもういない以上これが僕だよ。ソラ」

「メリッサ・・・」

泣きそうなソラに向けてメリッサが嗤い告げる。

「僕は【蜜蜂】(メリッサ)。世界平和を約束する人殺しだ」

「そんなのッッ?!」

「ターポーリン先輩から聞いたよ。君が『開発』されていない事」

「!?」

「あの博士が、あの馬鹿みたいに子供っぽい無慈悲で哀れなマッドサイエンティストが、君に手を出してなかったなんて笑ったよ」

メリッサの瞳に憎悪が宿り、揺らめき始める。

「僕達はいつも博士に構ってもらってる君を羨んでた。でも、そんな君を時には哀れんでもいた。自分の意思や思考をどれだけ弄られているのかと、それに比べれば自分達は何て恵まれている事かと」

「―――――――」

「だが、君は今も綺麗なまま、あの『開発』で頭の中にちょっと機械を据え付けただけで済んだ。偶には死体袋に入れられて、薬品付けにされてみたらどうだい?」

もうやり取りを見ていられなくなった久重が震えるソラの前に出る。

「おい。ガキ」

「僕が話してるのはソラだ。半死人は黙っててくれない? 黙って此処を去るなら追いはしない」

「テメェはクソだ」

「言葉には気を付けた方が―――」

「女の気を引きたいなら、少しはマシな顔で泣かせてみろッッ!!」

「―――――調子に乗らない方がいい。殺すのに一秒」

構える素振りすら見せず、メリッサが消える。

『要らない』

人間の視界では追いきれない速度を持った恐るべきメリッサの打撃が片腕を失った久重の腹へとめり込んでいた。

「死ね」

「お前が、なッッ!!!」

打撃に吹き飛ばされる刹那。

「!?」

メリッサの鉄筋コンクリートの柱すら打ち砕く一撃を受けた久重が残った腕の肘と膝で伸び切ったメリッサの手首を捉えていた。

メキリと何かが割れる音と共にメリッサが久重の前から消える。

『ッ』

再び姿を現したのは久重達から数メートル前方だった。

メリッサが吹き飛んでいく久重に対し追撃を掛けようとした直前。

「NO.00“closed jail”ッッ!!」

駐車場全体の気温が一気に数十度下った。

「く!?」

一早く反応したソラの【ITEND】による周辺熱量吸収に出遅れ、メリッサの動きが鈍る。

(退避!?)

瞬時に判断を下し、駐車場から外へと転がり出たメリッサが今まで自分がいた場所に眩い光が現れるのを見た。

「“Fire Bag”で友達を焼き殺そうとするなんて人の事を言えるの。ソラ」

「私はひさしげを守る。そう決めたの」

メリッサが久重の腹部に黒い液状の何かがベッタリと張り付いているのを見て瞳を細める。

(対衝撃防御? NDを凝集させて、やっぱり基本性能が違い過ぎる)

「最初から知ってたみたいに反撃かぁ。あなたソラが守ってなきゃ上半身と下半身が分かれてましたよ?」

「頭に血の上ったガキがどう攻めてくるかなんてお見通しだ。真正面から来る拳なら見えなくてもインパクトの瞬間にカウンターくらい取れる」

「漫画の読み過ぎって言われません?」

「ソラを信じてる。それだけで十分試すに値するな」

軽口で返されてメリッサが閉口した。

「ひさしげ」

久重に駆け寄ったソラが残った片腕に自分の胸を押し付ける。

「ソラ?! な、何して!?」

「ひさしげが博士から貰った力があればNDは止められる。だから」

「アレか!? だが、出し方とか解らな―――」

ソラの額に微かな光の文字が連なり、久重の手に触れた胸から光が寄り集まっていく。

【ITEND】Annihilation  Mode。

Energy Source 【SE】。

Full Drive。

(これが先輩の言っていた【D1】の裏モード!? でも【SE】の効果範囲圏外なら!!)

急激に周囲の温度が下っていくのを黙ってみているわけもなく。

メリッサが超高速でその場から離脱しようとした。

「―――ッッッ?!」

久重が走り出す。

(体が動かない!? 何をされ!?)

ハッとメリッサが気付く。

駐車場の中、一人でこちらを見つめているソラの額の文字が浮いていた。

Coupler Mord。

結合。

その意味にメリッサが思い当たる。

久重の腹部に集積されたNDへ大量接触していた事に。

「ソ、ソラァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!?」

他のNDを己のNDで抑制し、更には無理やりに結合するというデタラメさ。

NDの能力差が単純なミスを致命傷に変えていた。

もしも、拳ではなく手刀による切断だったならば、接触時間と面積故に起きなかったはずの隙だった。

(NDのパージが間に合わない!?)

駐車場周辺の光が急激に遮られていく。

「歯ぁ食い縛れッッ、ガキ!!!」

ソラの額に紅い文字が浮かぶ。

NO.000“Exhaustion Crest”

接触の瞬間、久重の拳が白い篭手に覆われた。

『エグゾーション・クレスト』

「「!?」」

拳に顔面を打ち抜かれた瞬間、メリッサはその声に驚愕する。

同様にソラも凍り付いた。

駐車場傍の民家の塀を突き破り、窓も樋も扉も何もかもを突き破って、メリッサの意識はそこで途切れた。

 

「博士?」

『二回目の発動おめでとう。これは言わば君達に与えた力の解説となる。遺言とは異なり事実のみを伝える為の音声だ。色々と疑問が尽きないだろうが、最後まで聞いてくれたまえ』

「博士・・・・」

『見知らぬ君よ。君に与えられた力は私が生み出した【ITEND】を完全停止させる信号を直接ND使用者に打ち込む事で無力化するものだ。この能力は基本的にソラから【D1】の貸与という形で使う事ができる』

「ソラ。悪い・・・・後は任せ・・・・」

ドサリとその場で久重が崩れ落ちた。

「ひさしげ!!」

駆け寄ったソラが久重を抱えて歩き出す。

ソラが歯噛みした。

(どうすれば、このままじゃ!?)

『【D1】は正式な【Dシリーズ】の一号機。他のオリジナルロットの目的特化型とは違い汎用型だ。その能力は他ロットに先鋭的な部分でこそ劣るものの、総合的な値では最高の能力を有している』

NDによって現状を維持する事は出来るが、ソラに出来るのはそれだけだった。

基本的な治療がそもそも出来ない。

重大な症状が生じてもソラは根本的な治療など出来ない。

久重が先程まで動けたのは傷口の組織をNDで応急処置をしたからに過ぎないからだ。

それでも意志の力が強くなければ片腕が無い状態で立ち上がる事など不可能に違いなく、危険な状態であるのは今も変わっていなかった。

『今日も一人退けた君に感謝する。では、また次の機会に』

博士の声が途切れる。

久重を抱えたソラがジオネットに接続、周囲の地図を確認し、アズ達が逃げていった方角へと歩みを進める。

しかし、アズ達が見つからない。

人通りの多い方角へと向かっている事に気付いてソラの足が止まった。

出来れば公的な病院は避けたかった。

迷惑どころの話では無くなるかもしれないし、人死が出かねない。

更にソラの内心を曇らせていたのは久重が危ない事に関わっていると誰かに知られる事だった。

久重の人間関係が裏のものばかりではない事は共に数日過ごしただけでソラには十分理解できていた。

ライオンのような大学の上司に健気な大和撫子。

きっと、他にも久重には大勢の友人がいて、そんな友人関係を壊すかもしれない噂や事実は他人の目から遠ざけておくべきものに違いなく。

「ひさしげ。いつもの場所ってどこ?」

「・・・・・・・・・」

そっと聞いて、やはり目覚めない久重を前にソラが涙を堪えた。

(もし、本当に危なくなりそうだったら・・・病院に行こう)

それでまた襲われるような事があれば、その時は自分の命を賭けて全てを守る。

それでいいとソラは己を納得させた。

ルルルルルルル。

「!?」

ソラが久重のズボンの振動に気付き、それが朝朱憐に渡された端末だと気付いた。

「は、はい。こちらソ・・・外字です」

慌てて取り出した端末に出て、ソラが久重の苗字に言い直す。

「朱憐ですわ。あなたはソラ・・・さん?」

「あ、えと、ひ、ひさしげなら今少し出てるから、それで家に置いてあったコレ届けに行く最中なの」

「まぁ、ひさしげ様ったら」

「い、今ちょっと立て込んでるから、ひさしげ見つけたら渡しておくから、その、ごめんなさい!!」

ブツリと通話を切って、ソラが道を急いだ。

再びの着信。

出ずにやり過ごそうとしたソラが先の番号とは違う着信である事に気付いた。

「は、はい。外字」

「ソラ嬢? ひさしげの様態は」

「あ、アズ!!」

「無理してたからそろそろ倒れてる頃じゃない?」

「い、今、ひさしげ倒れちゃって、それで!!」

「状況は解ってる。今、そっちに向かってるから端末の電源はそのまま。すぐ先の左側の路地で」

「は、はい!!」

「それと僕をアズと呼び捨てにする場合はそれなりの覚悟をしておいて欲しい」

「ア、アズさん?」

「ふ、ふふ、別にアズでいいよ。からかっただけさ。敬語も不要だ。君にはそれだけの資格がある。ソラ・スクリプトゥーラ嬢」

こほんとアズの声が仕切り直しを告げる。

「これから医者のところに向かう。腕の保存状態は良好だから繋げるのに問題は無いだろう。君にも協力してもらうよ。君の持ってるNDがあれば神経系の接続や骨の接合も十分に出来るだろうし」

「ッ」

ソラの手がギクリと強張る。

「とりあえず難しい話は全部後だ。今は久重の事を最優先に」

「う、うん」

やがて、ソラの待つ路地にクーペが走り込んできた。

アズと田木、ソラの三人は久重を連れてその場を後にした。

曇天の空に僅かな光の兆しが現れ、少しずつ晴れ上がっていった。

 

「・・・・・・・・・」

意識を取り戻したメリッサが動こうと手を持ち上げようとして、その手が内側から弾け飛んだ。

「――――――僕もこれで終わりかぁ」

穏やかに己の死期を受け入れ、メリッサは先に行ってしまった友人の姿を思い浮かべる。

(呆気ないなぁ。でも、これで・・・・・・)

メリッサの肉体のあちこちで内側からの圧力に耐え切れず破裂が起き、血飛沫が上がる。

膨大な量の筋肉がメリッサの肉体を内側から圧壊させつつあった。

無数の改造を受けた筋肉は骨格や内臓を己の圧力だけで壊す程に肥大化している。

メリッサのNDは基本的にそれを押さえ込み、精密制御する為のものだった。

ガシャンと音がして、瓦礫に埋もれていたメリッサの前に手が差し出される。

その手の上には黒い玉のようなNDの塊があった。

『随分と手加減したようで』

玉から発せられる声にメリッサが笑う。

「あぁ、ターポーリン先輩」

『そのまま死ぬつもりですか?』

「それもいいかなぁって思いますけど」

『任務の完了は報告を持って行われるものだと教えたはずですが?』

「【D1】は能力の封印を解かれている。これは間違いないかと。でも、リミッターが掛かっているって先輩の推測は当たりです」

『根拠は?』

「ソラは未だにあのND無効化以外に二種類しかプログラムを使用していない。たぶん、使わないのではなく使えないからと考えるのが妥当でしょう」

『では、あなたには引き続き、情報収集の任を受け持って貰います』

「殺さなくてもいいんですか?」

『上には博士が独自にリミッターを設けている為、過去の力は余程の事が無い限り復活しないと言い添えておきました』

「瀕死の重傷でも負わせなければ?」

『ええ、しばらくは様子見をしながら、時折人員を当てて力を見る。それでも安定していれば安全に【D1】を回収する方法を探るという事で落ち着きました』

「・・・・・・この善人」

ボソッとメリッサが呟く。

『善人は人殺しをしたりしないでしょう。ましてや過去の仲間を本気で殺そうとも』

「【D1】が起こした悲劇だけは避けなければならないと上を煽っていたのは先輩ですよ?」

『だからこそ、殺す以外の方法を模索するのも手の一つとしては切り捨てられない』

「了解しました。先輩」

メリッサが残った腕で黒い玉を掴み取り、

「――――」

口に運んだ。

 

警察が駆けつけた時に見つけたのは凍りついた駐車場と瓦礫と化した売り家。

それから駐車場の地下に続く崩落した通路だけだった。

 

説明
現れたのは少年。少女の過去を知る者・・・。
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