やるっきゃないない!
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 ある日の昼下がり。

 その日までずっと曇天続きだったのが、雲ひとつ無い青空と遮るものがなくなった太陽の光が大地を照らしていた。

 ツンドラ地帯にとって太陽の光ほど貴重なものはない。殆どの作物が育ちにくい寒い環境のスカイリムでも僅かな野菜と穀物を生産し続けられるののはひとえに太陽の光が届くからこそだ。大地は耕せばどうにかなるとしても、作物の豊穣を促すべき日の光がなければどうにもならない。

 日の光が確実に当たる保障などないのだ。寒い地方故に殆ど厚い雲に覆われる日のほうが多いし、雨や雪が続けば作物は枯れてしまう。そんな事が幾度もあり、飢饉が広がった時期もあった。

 それでもどうにかスカイリムのノルドはその危機を脱してきた。作物の品種改良を行ったり備蓄をしたりと長い年月をかけ続け、いつしか飢饉で困る事はなくなり、出来具合にばらつきはあっても食料に困る事は無くなった。

 そんな貴重な日差しがスカイリムを照らす昼日中、中心部に位置するホワイトラン地方、首都ホワイトランに向かって歩く三つの人影があった。

 人影は日差しを嫌うかのように分厚いローブを頭からすっぽり被り、人目を避けるかのように街道をわざと外れて歩いているようだった。岩や草むらが生い茂るむき出しの大地をホワイトランに向かってまっすぐ歩いている。

 ホワイトランはやや高台にあるため、正門以外から入ろうとする──そんな事をする輩は確実に侵入者扱いだが──のならば岩肌が覗く急勾配の丘を登り、更に城下町を覆う高い城壁をよじ登らなくてはならない。戦になった時、敵陣が簡単に突破されないよう十分考えて作られているのだ。

 勿論それは戦以外にも、泥棒や山賊が簡単に侵入しないようにという役割も兼ね備えてあるため、ホワイトランに山賊が襲ってくるとしたら正門を突破しない限り無理だ──と市民達は思っていた。だからこそ彼が初めに襲ってきた時、市民達は何の疑問も持たず彼を招き入れてしまったのだ。顔は彼、ジュリアンそのものだったから。

 しかし数日前にあった騒ぎのせいもあり、市民も周辺に住む者も、そして衛兵も神経を尖らせていたのは言うまでもない。おめおめと取り逃がしてしまったのだから──しかし再び彼は戻ってきた。

 ジュリアンではなくジュリアンの“顔”を被った彼が。

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 三人の人影は、ホワイトランの正門には向かわず馬屋の建物の裏手を進み、城壁にそってそろそろと歩いている。

やがてチルファロウ農場の裏手辺りまで来たところで彼らの足が止まった。

 三人のうち一人がおもむろに懐からロープを取り出す。先端には熊手のような金具が取り付けられてあった。それが何を示すのかは自明の理だった。

 あとの二人は身をかがめた状態で塀の反対側、すなわち街道側を見張っていた。見回りの衛兵が視界に入ってきたらすぐさま身を隠せるようにするためだ。

「……大丈夫です兄貴。やってくだせぇ」

 小声で言い、片手を上げる。それが合図のようだった。ロープを手にした男は熊手が付いた先端をぐるん、と振り回し始め、何度か振り回し勢いが付いたところで手を離すと、ひゅんと音を鳴らしながらロープの先端は壁を越えていった。

 地面に叩きつけられる音が耳に入ったところで、男はロープを握り締めそろそろと引っ張る。すると熊手部分が何かにひっかかったのか、手応えがなかったロープがぴんと引っ張られるようになった。これで侵入できる。

 ロープを持った男が「行くぞ」と低い声を出すと、街道側を見張ってた男二人は目線を外さず黙って頷く。見張りなど衛兵の姿はなさそうだ。

 男はさっとロープを掴み、城壁に足をかけてよじ登る。ロープが切れたり金具が引っかかっている物から外れたらおしまいだが、幸いそんな事はならずすんなりと城壁を越える事が出来た。

 降り立った場所ホワイトランの市民の多くが家を構える平野地区だ。建物が多いため人も多く居るだろうと思われがちだが、昼間は皆仕事に出かけているため歩く者の姿はちらほらある程度だ。さらに城壁側は地区の端部分もあって人気は殆ど無く、閑散としている。

 男は辺りを警戒しながらもひらりと城壁から飛び降り、建物の壁に身を潜めた。残った男二人も次々と壁を越えてきたところで、彼らは纏っていたローブを脱ぎ、腰に差した剣を抜く。

「準備はいいな? 今回は“ジュリアン”の姿を見つけたところで衛兵も襲い掛かってくるだろう。人質を取りながら俺は行動する。お前たちは金品などをその間に奪え。いいな?」

 男二人──ゴブとオド──は、へいと短い返事をする。そこで兄貴と呼ばれた男は懐から金色に輝く仮面を取り出し、躊躇せず顔につける。

 顔に付けた直後、一瞬ぱっと仮面が輝くと同時に顔から白い煙を吐き出した。やがてその煙が収まると、彼の顔つきは兄貴と呼ばれたそれではなく、ジュリアンそのものへと変わっていた。

 “ジュリアン”は仲間の方を見やる。彼らは黙ってこくりと頷いて見せた。無事に顔をすり替わる事に成功したようだ。勿論本人と比べると若干鼻や口の形が違うし、瞳の色は彼本来のものと変わらず茶色だったが、そんな細かい事を民衆が覚えているはずも無い。髪形と顔つきが“ジュリアン”に似ていればいいのだ。それだけで彼を貶める事が出来るのだから……

 彼らは再びそろそろと歩き始め、平野地区の中心部──露天等の店やバナード・メアがある場所──まで来たところで行動を開始した。

 身を屈めて歩いていた“ジュリアン”が突然すくっと立ち上がり、広場に立ち並ぶ露天の一つ、貴金属を売っているフラリア・グレイ・メーンに向かって素早く走り出す。辺りを歩く市民や衛兵が気づいたのは、彼女──フラリアだ──がひぃっ! と甲高い悲鳴を上げた時だった。

「何事だ?」という辺りを確認する声、何人かの女性の悲鳴。彼らの視線の先には──短剣をフラリアの喉に突きつけている“ジュリアン”が居た。

「近づいてくるんじゃねぇぞ! 市民とてそれ以上近づいてきてみろ、彼女の首と胴が鳴き別れる事になるぜ!」

 “ジュリアン”がどすの効いた声で叫ぶ。その声を合図とし、後方に隠れていたオドとゴブが動き出し、辺りにある露天の金目のものを漁り始めた。

「た、助けて……」

 フラリアが喉元に突きつけられている短剣に恐れおののきながら目前に向かって手を突き出すものの、その手を握る者は誰もいない。

 その騒ぎを聞きつけたのか、

「どけ! どきなさい!」

 衛兵数人が市民を掻き分けて押し入ってくる。がその窮状を見て彼らの動きも止まってしまう。

 市民は“ジュリアン”を遠巻きで眺めているだけだった。その距離、3メートル程度。彼はフラリアの露天を背中側にして背後からやられないようにしており、片手で彼女を抱え込み、もう片方で剣の切っ先を喉元に向けていた。

 これらは金品を巻き上げる目的よりも、より鮮烈に“ジュリアン”に対する市民への憎悪を増幅させるためだけにしているパフォーマンスに過ぎない。ホワイトランに二度と出入りできない位に貶めたら、次はウインドヘルムでもいいし、ソリチュードでもいい。

 英雄ドラゴンボーンたる“ジュリアン”を、山賊を潰しまわっている彼を憎悪の対象に仕立て上げる為。また別の地方で同じように行動し、同じように金品を巻き上げ、同じように憎悪の対象を彼に向けさせる。

「馬鹿な真似はやめるんだ! 武器を捨てておとなしく投降しろ!」

 衛兵が無駄な説得を試みるものの、勿論“ジュリアン”には届かない。やがて後方からオドが近づき、“ジュリアン”に何かを耳打ちした。

「兄貴、金目のものは殆ど奪いやした。ここはもう引き上げて次の場所に向かいましょうや」

 “ジュリアン”は黙って頷くと、じりじりと後ずさりをし始めた。衛兵も手は出せないが後ずさる彼を逃さまいとゆっくり近づいてくる。

 緊張状態が続くと思われたが──“ジュリアン”は突如抱えていたフラリアを腕から離し、

「ほらよっ!」

 衛兵に向かって彼女の背中を思い切り押す。

 殆ど気を失っていたフラリアは抵抗なく押し飛ばされ、その様子を見た衛兵が慌てて彼女を抱き上げた時──、“ジュリアン”と仲間二人は逃げるように雑貨店と薬剤店の間をすり抜けて逃げていく所だった。

「お、追え! 追えーーーっ!」

 フラリアを抱えた衛兵の一人が叫ぶ。ばらばらと他の衛兵が彼の逃げた方向に向かって走り出す。

 三人は同じように城壁を越えて逃げるのかと思ったが──そうではなかった。

 盛大なパフォーマンスを演じたのにはもう一つ理由があるのだ。それがホワイトランの広場に人を集め、警備状態を手薄にさせ正門から突破するという方法だった。

 ホワイトランの警備状態が酷すぎるというのは市民や旅人でも知っている事実だ。警備といってもただ見張りを置き、門の前に数人配置し、街中はこれまた数人の衛兵がうろつくだけで、特に何をするというものでもない。

 うろつくといっても隅々まで見張る訳でもないし、それだったら三人は城壁を越えてまで平野地区に入れる筈もない。

 彼らはその警備を逆手に取ったのだ。まずは人気の無い方に衛兵をおびき寄せ、辺りを捜索している間に正門から逃亡する。城下町を出ればあとは身を隠す方法なぞ幾らでもある。

「まんまと騙されましたね、あいつら」

 含み笑いをこらえながらゴブが言った。

 彼らは建物の陰に身を潜めていた。正門まであと数メートル。

 兄貴からの返事がないので彼のほうを見ると、おや、とゴブは首をかしげた。

 走った距離なぞ僅かなものなのに、彼は肩を上下させ、呼吸を荒げていたのだ。

「兄貴、大丈夫ですか?」

 心配そうに声をかけるオド。しかし返事をする代わりに彼は頷いて見せ、

「大丈夫だ……正門はすぐそこだ。一気に突破するぞ」

 二人はへいと返事を返し、立ち上がって一気に走りだす。両脇にいつもは立っている衛兵の姿は無い。

 このまま突破できる、逃げられる、この時点で計画は成功するかに思えた──

 しかし。

「待て!」

 上から突如響いてきた声。思わず三人は足をすくめ、顔を上げた。

 視界に入ってきた日光の眩しさに一瞬目がくらむ。しかしよく目をこらすと──門の上、衛兵が見回りするために作られてある木製の通路に突っ立っている人影。逆光で顔は見えない。

「くそっ……誰だ!」

 眩しさに目をこらしながら“ジュリアン”が叫ぶと、その声に応えるように人影がひらりと飛び降り、門を通さまいとするかのように剣を抜き、立ちはだかった。

 その者の顔は“ジュリアン”と瓜二つ。すなわちそれは──

「ようやく見つけたぜ、俺の偽者!」

 ジュリアンが“ジュリアン”に対し、挑発するかのようにびっ、と剣を突きつけた。

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 間一髪だったぜ……俺は心の中で一人ごちた。

 リフテンからマルカルスまで移動し、そこで用事を済ませさっさとホワイトランにとんぼ返りするのは骨が折れる旅だった。いつ再び俺の偽者がホワイトランを襲撃するか分からない。そう思うとゆっくりしてはおられず、相当早く馬を走らせ、いざ着いてみると門の前に人はおらず、警備状態はいつもより更に手薄になっている。

 妙だな……心の中で首を傾げる俺と同じように、傍らに立っているリズが顔を曇らせ、

「おかしいわね。やけに静かだし……誰もいない。もしかしたら中で騒ぎを起こしてるのかもしれないわ……」

 彼女の嫌な予感は俺の予感と合致していた。

「なら、急がなきゃならねぇな。──丁度いい、市民や衛兵に本当の俺がどっちかを思い知らせてやろうじゃねぇか」

 とは言うものの、いつもと同じように門を開けたその先で衛兵とこんにちはするのは困る。俺は衛兵が普段見回りをする見張り台から城壁へ飛び移り、そのまま正門の上へ上がった。リズも同じようについてくる。見た目以上に彼女はタフだというのを俺はこの旅で何度か思い知らされていた。

 門を超えてすぐ、町の様子がおかしい事に気が付いた。辺りにいるであろう人の姿がさっぱりないのだ。

 しかしやや遠くから喧騒が聞こえる。大勢の人が集まってなにか叫んだり甲高い悲鳴が風に乗って耳に届く。目では見えないが何かが起きている。恐らく広場の辺りだろう。

「リーダー……近くにいるのかしら」

 リズがつらそうな表情で彼方を見やる。彼女もカルセルモから事情を聞いた故、あの仮面を使い続ければどのような事がおきるか知っているのだ。急がなければならないな。

 俺は心の中で“力ある言葉”を唱え、すぐさまその力を解放した。辺りの視界がふわっと半透明になり、遠巻きに青く光る大勢の人の姿、そしてこちらに向かってくる赤い光。……何かが門に近づいてくる。そしてそれは俺にとって友好的ではない何か。数は三。

 変性魔法「生命探知」だ。マジカが元々少ない俺にはそれを消費し続ける魔法は禁じ手なのだが、多少なら扱う事ができる。使い続けてマジカが切れると精神的に参ってしまうため気をつけなければならないのがネックだ。

「リズ、何かこっちに向かってくるぜ。三人の人影、今はあの建物のの裏に潜んでやがる。……お前のオトモダチだろうな」

 のんびりした口調で言うと、リズははっとした様子でこちらを見据えた。俺は黙って剣を抜き、屈んでいた身を起こす。

 彼らはこそこそと素早く音を立てないように、人目を避けて正門を突破しようとしていた。先程生命探知をした時、青い光は広場の方を中心的に動いていたため、こちらに目を向ける輩は居ない。何をしたのかしらないが相当の策士のようだ。これは俺も覚悟しなけりゃならないな。

 三人の姿が現れ、門を開けようとこちらに近づいてきた時、

「待て!」

 響き渡るように俺は大声で叫んだ。彼らは顔を上げたが、日を背にしている俺の姿を見ようとするのは至難の業だったようだ。俺はひらりと飛び、彼らの目前に降り立った。

 三人のうち、最も背が高く、そして俺の顔そっくり──そりゃ当たり前だが──の男、リズの言ってたリーダーが、本物の俺を見て豆鉄砲を食らったような顔をしていた。彼らに剣を突きつけ、

「ようやく見つけたぜ、俺の偽者!」

 さすがに本物がやってくるとは思ってなかったのだろう、俺の偽者は目をしばたたかせながら、ちっ、と舌打ちを打ち、

「なんでお前がここに居るんだ? とっくに尻尾巻いて逃げたんだと思ったが?」

 憎しみを込めて言い捨てた。しかし俺にはそんなもの通用しない。人のツラの皮かぶっておいて憎まれる筋合いはない。こっちが憎む側だ。

「お生憎様、といったほうがいいのか? あんた達の正体は知ってるし、あんたが何を使って俺の顔を被ってるのかも知ってるんだ」

 何だと? と彼らはにわかに動揺し始めた。しかしその動揺をさらに混乱させるかのように──

「それを教えたのは私です。リーダー」

 言って、俺と同じように飛び降りてきたのはリズだった。まったく予想外だったらしく、彼女が現れると三人とも驚きを隠せない様子だった。

「リズ……お前、寝返ったのか?」

 リーダーと呼ばれた俺の偽者が言うと、彼女は首を横に振った。

「違う。それは違うの。私は貴方を止めて欲しくて彼に依頼したの。私たちのこと洗いざらい話すと同時に、その仮面について──」

 と、正門で俺達の騒ぎに気づいたのか、衛兵や市民がこちらに近づいてきた。「見つけたぞ!」と息を巻いていた彼らだったが、

「え? ジュリアンが……二人?!」

 俺が──正確には俺と瓜二つの顔が──二人居る事に気が付き、市民や衛兵はどうなってるんだ、とざわつき始めた。

 罪無き一般人を巻き込むわけにはいかない。

「少しばかり時間をくれ。すぐに疑問は解決する。それからとっ捕まえればいい。逃げはしない」

 俺が叫ぶと、市民や衛兵はざわついたままだったが、納得したのか衛兵がこちらに向かってくる様子はなかった。門がまん前にある以上逃げられる筈ないだろうと踏んだのかもしれない。

「リズ……お前が寝返るとは思ってもみなかった。数日姿が見えないからどうしたのかと思っていたが、まさか彼の方につくなんて」

 先程まで驚いた表情を浮かべていたが、やや平静を取り戻した様子で淡々と口にした。しかしリズは首をぶんぶんと振る。

「違うんです。その仮面を外してくださいリーダー! でないと貴方の命に関わる事に……」

「彼女が言ってる事は当たってるよ。不本意だが彼女に懇願されたんだ、洗いざらい話すからあんたを助けてくれとな。

 あんたがつけてるその仮面、使い続ければあんたの命に関わるシロモノだってのは本当だぜ。おとなしく外せるうちに外した方がいい。でないと手遅れになる」

 リズの言葉を聴く耳持たない様子なため、助け舟を出してやったつもりだが、どうやらそれは火に油を注ぐ結果となってしまったようで、リーダーはこちらを見据えて剣を抜き、俺に向かってそれを突きつけた。

「……あんたが本物の英雄、ドラゴンボーンのジュリアンか。あんたの噂は聞いてるよ。山賊をツブして回ってるようじゃないか? だから俺は考えたのさ、あんたになり切って悪さをすれば、あんたに罪がカブり、してもない罪を背負う事になる。自分と同じ顔があるなんて夢にも思わないだろうからな? 

 でも本物が来るとは思ってもみなかったよ。しかもリズまで手篭めにするなんて大したもんだ。相当の色情狂だな!」

「違う! 私はそんなんじゃない! 私はリーダーを助けたいの!」

 泣き叫ぶリズだが、やはり声は届いてない。しかし彼の様子がにわかにおかしくなってきているのは気のせいだろうか……

 剣をこちらに向けているのだが、その持つ手が上下に揺れてるのだ。走ってもいないのに肩が上下に動いている。息も荒いようでただ突っ立っているだけなのに苦しそうにはぁはぁと喘いでいた。

 時間がないな……強硬手段といくしかない。俺は向けた剣を構え、

「リズ、他の二人を逃がさないようにしてくれ。後は俺がやる」

 後手にいるリズに小声で言うと、彼女は涙を流しながらこくりと頷いて見せた。──それが合図だった。

 剣を構え、走り出す。俺の偽者に向かって。相手もさすがに何もしない訳にはいかず、向けていた剣を構えた直後俺の剣とぶつかった。がきんっ、と火花を散らして剣が交差する。

「彼女を悲しませるんじゃねぇ! あんたの事を一番に心配して言ってるんだぞ!」

 ぎりぎり、と嫌な金属音を軋ませながら互いの剣が互いの剣を弾こうとするが、能力はほぼ互角。仮面を自らの意思で外してくれなければ意味はないのだ──俺の挑発に乗るかと思われたが、偽者はにやりと不気味な笑みを浮かべた。自分の顔がこんな顔浮かべられるのかと少しぞっとする。

「随分とリズに入れ込んでるじゃないか? 何をされたかは知らないが、こっちはこの場から逃げたいんでな。何が何でも突破させてもらうぞ。……なぁに、あんたはこれからも俺の影に怯えて生きればいいだけだ。あんたの顔は俺が貰った。何なら今ここで殺したっていいんだぜ?」

 何だと……とこちらがにわかに動揺した隙を奴は逃さなかった。しまった、と思った直後勢いよく剣を弾かれ、俺はバランスを崩して地面に倒れこんでしまう。

「はっ! どっちが偽者だって? お前が偽者だよ。俺が本物……だ……」

 言葉を続けようとしたリーダーだったが、その時彼の顔──つまり写し取った俺の顔だ──がにわかに光り始めた。金色の光が。

 顔が不気味に光りだした事で、こちらを見ていた市民や衛兵達がにわかにざわつき始めた。リズの仲間、ゴブとオドも何が起きたのか分からない様子。

 リーダーである偽者は何かを喋ろうと口をぱくぱくさせるが、声が出てこない。ただ自分に何かよくない事がおきているのは分かるようで、表情が怯えている。

「ジュリアン! 急がないと……彼が、彼が……!」

 リズが叫ぶ。

 勿論分かっている。急いで外さなければ彼の命は仮面に“吸い尽くされてしまう”──そう、俺がカルセルモに聞いた話は驚くべき事実だった。カルセルモは仮面の事実を知っていた。そしてそれが本来何に使われるべき物だったかも──

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『ドワーフ・センチュリオンがコアがなくても動く事は可能か。とな? 突然訪れてきて藪から棒に何を言い出すのかと思ったら何なんだね?』

 数日前、リフテンから馬を飛ばしてマルカルスにやってきた俺とリズは、休む間もなくカルセルモが居るマルカルスの王城、アンダーストーン砦に向かった。

 久しぶりに会ったカルセルモは相変わらず痩せこけており、無精髭が伸び放題だったがそんな事はお構い無しにドゥーマーの研究に没頭していた。しかし俺の事は覚えていたらしく、内心ほっとする。

『あんたに聞きたいことがあるんだ。ドゥーマーの遺跡で奇妙なものを見つけたんだが……ドワーフ・センチュリオンにダイナモ・コアを埋め込む部分が無くて、その代わり顔の部分に何かが埋め込まれていた形跡があったんだが、

 センチュリオンはダイナモ・コアと魂石がなければ動かないんだよな? それ以外で動く方法は無いよな?』

 わざと挑発するかのように言ったら、返事は先程の通りだった。しかしそれは気分を害したような言い方ではなく、どちらかというと話したくてうずうずしているような含みを持たせて。

『ああ、そのセンチュリオンはコアも魂石もついてなくて、代わりに奇妙な事に、顔の部分がごっそり抜け落ちていたんだよ。そういうの見たことあるかい?』

 ふむ、とカルセルモは考え込む姿勢を見せたが、やおら書き物机から書類の束をいくつか引っ張り出し、ぶつぶつ何かを呟きながら書類を漁り始めた。

 その様子を黙って見ていたリズだったが、

『ねぇ、この人本当に信用できるの?』

 不安そうに俺に耳打ちしてくる。

 大丈夫だ。彼はスカイリム唯一のドゥーマー研究者。かつて俺は彼に盗賊ギルドの一件で世話になったことがある。飄々として気難しい事もあるが、一度信用たる人間だと分かればこっちのもんだ。

『おお、あったあった。これだ』

 嬉しそうに何かを見つけた様子でこちらに戻ってくる。彼が手にした羊皮紙のロールには文字がぎっしり書き込まれてあった。

『私はジュリアン、お前さんが言ったセンチュリオンの実物を見たことはないんだがね。そういう文献を見つけたことはあったよ。コアが無いセンチュリオンを操れる方法が書かれた古い文献をね』

 言いながらカルセルモは羊皮紙のロールをめくり、ある一文を探し当て指でそれを指し示した。

『古いドゥーマー文字で書かれてあった物を解読したものがこれだ。これを書いた物はドゥーマー機械の設計技師のようでね。新たな機械戦士を生み出そうとしていたようだ。それで──』

『すまないカルセルモ。要点だけ述べてくれ。俺達は時間が無いんだ』

 話の腰を折るのは気が引けたが事実時間が無いのだ。彼はやや顔をしかめ、明らかに気分を害した様子だった……これは理由を説明せねば話の続きをしてはくれなさそうだ。

 やむなく俺は事件のあらましを説明すると、彼の表情がにわかに輝きだした。こっちはたまったもんじゃねぇってのによ。内心そう毒づく。

『実に興味深い。その仮面を調べてみたいものだ。持ってきてくれると約束したら、私が知りうる全ての知識を教えてやろうじゃないか』

 取引か。……横に立っているリズの顔を一瞥したが、特に何の変化も無いため、俺は分かったというように頷いてみせる。カルセルモは納得したのか、楽しそうな口調で語り始めた。

『ムジンチャレフトだったか、イルクンサンドだったか……いずれにしてもドゥーマーの遺跡で古い文献が見つかった。その文献にはセンチュリオンの設計図と、コアがなくても動く起動装置の設計図が書かれてあったが、成功はしなかったようだね。結局のところお蔵入りになったそうだ。

 そこには……ええと』羊皮紙をめくって別の文献を見つけ、『センチュリオンもクモ型機械も、魂石を動力伝達部に差し込まなければ動く事は出来ない。センチュリオンは巨大なためそれに付け加えコアが必要とされていたがね。身軽にするために作られたのが、お前さんがいうドゥーマーの金属で作られた仮面だったそうだ。

 センチュリオンは巨大なため、魂石とコアだけの動力では心許なく、石の力をすぐに使い果たして動きを停止してしまいかねない。頑丈に出来てる機械戦士も動力がなければただのがらくただ。それを何とか出来ないかと考えたのが仮面を作るきっかけだったらしい。

 仮面にはいくつか種類があったようだ。そのどれもが不思議な力があり、付けた者が何かに変身したり幻覚を見せたりとする効果があったらしい。そしてその力と引き換えに、相手の魂をじかに吸い取る。すなわち黒魂石の役割のようなもんだ。最も黒魂石よりも数倍効果は高いようだったがね。

 しかし仮面には副作用が多すぎた。魂を吸い取られる者は勿論最後には死んでしまう。しかしその死に方がまずかった。魂は愚か肉体のエネルギーまで悉く吸い尽くし、腐敗したり金属に変えたり、はたまたオブリビオン・ゲートの向こう側に行ってしまった者も多かったようだ。それ故に仮面を着ける者は奴隷か極悪人のみに限られた。

 使い続ければ体にも精神にも負担を与え、やがて仮面は取り外せなくなり体を蝕み始め、肉体が無くなるまでエネルギーを吸い続け、やがて仮面のみが残される──そして仮面には膨大なエネルギーが蓄積され、その力を動力としてセンチュリオンを動かす事にも成功したようだ』

 にわかに信じられない話だった。俺もリズも愕然とした表情を浮かべていたらしい。カルセルモはそんな俺達を他所にぺらぺらと楽しそうに喋り続ける。

『ジュリアンが言った他の者に顔をすり替える──そういう事も可能だったかもしれないな。仮面をつける事を拒まれないようにあれこれ手を加えたようだと書かれてあったからな。付け始めは訝しむ者もいたようだが、つけると快感になるらしい。そして自らの体が蝕まれる事に気づかず自滅する……そういうケースが多かったようだな』

『そ、そのっ……その仮面を外す事は可能なんですか?』

 リズが震えながらカルセルモに質問を投げかけた。彼は何故か俺の方をちらりと見るが、こちらからは何も言わず話を促す。

『……外す事か。確かここら辺に……あった。一度つけた者は何度か外す事は出来るが、体を蝕み始める時点になると外す事が出来なくなる。その時点に達すると仮面は自ら輝きだすという。いわゆる信号だな。もうすぐこいつは死にますよ、みたいな。

 ちなみに本人の意思以外で仮面を外そうものならすさまじい衝撃波が、外そうとした相手に対し起きるそうだ。身に着けていた相手も意思以外で外された事に体の負荷が耐えられず、自滅してしまう』

 リズは目をかっと見開き、何かを思い出しているようだった。恐らく先日俺に話した仲間の一人の顛末──

 やがてその目から涙が溢れ始めた。助ける事が出来ないと絶望した涙だった。……さすがに横で泣かれては敵わない。俺は動揺しながら質問を投げかける。

『カルセルモ、外す方法はないのか? その、身につけた相手が自滅しない方法は?』

 そんな事言われても、とカルセルモは不服そうだった。文献を探したが、そのような記述は無さそうだ。

 打つ手無しか──最悪、衝撃を受けても仮面は外せば俺の偽者は消えてなくなる。しかしそれではリズと約束した彼を助ける方法がなくなってしまう。

『そうだな……方法、というより賭けに近いものだが……』

 と、考え込んでいたカルセルモがぽつりと言葉を漏らした。今は藁をもすがりたい気分だ、俺はカルセルモの言葉に思わず身を乗り出す。

『仮面には身に付けた相手に対し楽しい幻覚や変身を与える事が出来るよう設計されている。それは即ち、相手の脳波を操り操作する伝達部と、それと同時にエネルギーや魂を吸い取る機関がついているはずだ。それを壊せばあるいは……』

『壊す?』どうやって? 

『強力な力を相手にぶつけるんだ。仮面に向かってだぞ。剣や魔法では弾き返されてしまうだろうな。仮面が壊れるには外部から強力な力をぶつけなければ壊れないだろうからな』

 その強力な力ってどうすればいいんだ、と思った時、はたと俺は気づいた。カルセルモも俺が気づいた事が分かったのか、にやりと笑みを浮かべる。

『そうだ。それしかない。お前さんならできる。英雄ドラゴンボーン。お前さんの力──シャウトの力を見せてやれ』

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「兄貴! 兄貴ぃ!」

 顔が変わらず輝き続けるリーダーに向かって、リズの仲間──ゴブとオドという名前らしい──が悲鳴のような声を投げかけるが、兄貴と呼ばれた男は何を言っても言葉が口から出てこず、顔は輝き続けるばかり。

 今やらなければ彼は死んでしまう。助けるなんて本来ならば不本意なお願いだが、リズに約束した。彼女は俺の約束を果たしてくれた。ならば俺も果たさなければならない──

 剣を鞘に収め、代わりに短剣を抜いた。仮面を顔から剥がすために使うものだ。

「ジュリアン、お願い! リーダーを助けて!!」

 分かってるさ。必ず助け出してやるよ──俺は心でそう答え、大地を蹴った。

 彼は既に剣を地面に落とし、応戦体勢ではなかった──驚愕の表情を浮かべ、顔を両手で押さえて必死に何かから抗おうとしている。そんな状態だったため、こちらが一気に間合いをつめてきた事に気づいたのは、俺が“叫んだ”直後だった──Fus Ro Dah.

 仮面に向かって間近で直接叫んだ事もあり、次の瞬間リーダーは顔から後ろのめりに吹っ飛んでいた。辺りで見守っている市民や衛兵から悲鳴や驚く声があがる。

 すさまじい空気の圧力に吹っ飛ばされ、輝いていた顔に縦筋の亀裂がびしっ、と入った。数メートル吹っ飛ばされた彼に走って近づき、亀裂が入りながらも未だに輝き続ける顔の顎に、俺は躊躇いもせず短剣を突き刺した。手応えが感じられる。しかしそれは肉を切り裂いたそれではなく、ドゥーマーの機械に剣を当てた時の金属と金属が触れ合う感触そのもの──

「外……れ……ろぉぉぉっ!」

 梃子の原理で、突き刺した部分を引っぺがそうと俺は柄を握り締めて押し込むと、刺さった抜き身部分が仮面を持ち上げ、ばきっ、と筋を入れて割れ始めた。更に押し込むと輝き続ける仮面が彼本来の顔と分離し始める。俺は剣を押し込むのをやめ、手で輝くそれを掴み、一気に引っぺがした。

 顔から離れた途端、仮面の輝きは瞬時に収まり──出てきたのはリーダー本来の顔。あちこちが血まみれで息をぜいぜい喘がせてはいるが、命に別状はなさそうだ。相当疲労しているのは魂が失われる痛みに耐えられなかった為だろう。

「はぁ、はぁ……」

 こちらも息を喘がせて呼吸を整えた。リズや仲間が倒れた彼に駆け寄ってくる。そして三人ともわんわん泣き始めた。まぁ男二人はリズに貰い泣きしているのかもしれないが。

「やれやれ……終わったか」

 俺は事が済んだと衛兵に伝えると、周りで見ていた市民や衛兵から拍手が起こった。偽者がホワイトランを荒らし回り、その偽者こそが俺の目前で倒れているリーダーだという事が理解してもらえたようで、俺をとっ捕まえようとはしなかった。まぁ事の顛末を見ていたから当たり前か。

 リーダーは意識を失ったままだったが、他の三人がしっかり供述をしてくれたおかげで──リズが後押ししたのだろう──俺の冤罪は完全に無くなった。仮面というアーティファクトについてはどう説明したらいいものか悩んだが、カルセルモに手紙を送れば喜んで供述するだろうと伝えておいた。

 リズやゴブとオドは手錠をかけられ、リーダーは意識が無いため担架で運ばれながら衛兵にドラゴンズリーチのダンジョンへと連れて行かれた。そこで裁かれ、罪を償うのだ。相当暴れまわったから出られるまで何年かかるか分からないが。

 別れ際、

「約束は果たしたぜ。罪をしっかり償ってこいよ」

 言葉を掛けてやると、彼女は泣きながら笑顔を浮かべ、こくりと頷いてみせた。

 そして、

「ありがとう、ジュリアン。いえ、英雄ドラゴンボーン」

 彼らは去っていった。その後市民からは謝られたりお詫びの品を渡されたりしたが、俺は全て断った。結局のところ俺が従士としての役割をほったらかしてウインターホールドに行ってたせいもあるからだ。

 それから数日後、俺は再びホワイトランの従士として再び任命されたのはいうまでもない。

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「カルセルモ、待たせたな。約束の品持って来たぜ」

 事件から一週間後、マルカルス。

 アンダーストーン砦に再び出向いた俺は、あちこちひびが入り、最早使い物にならない金色の仮面を彼に手渡した。

「いやいや、ありがたい。これでまた研究が捗る。彼らがどのようにしてこんな精密機械を作ったのか知りたくてうずうずしていたよ。ありがとう」

 こんな壊れた物で研究はどう捗るというのだろうか? 聞きたい気持ちを俺はぐっとこらえた。聞けば半日はここから出られそうもない。

 ああ、と軽く返事をし俺は踵を返す。もう戻るのか? と聞いてくるカルセルモに黙って頷き、その場を去った。

 メインゲートをくぐり、繋いでいた馬に飛び乗る。行く先は勿論ホワイトラン。

 暫くは従士としての役割を果たさなければならない。しかし俺は根っからの風来坊、それもいつまで続くものか。

 空を見上げる。──旅はいつでも出来る。やらなければならない事もいくつかあるだろう。しかし今しばらくは、ホワイトランの従士としてありたい。人々を守り、導く立場でありたい。

 胸に輝くホワイトランの国旗、白馬を模した従士の証である徽章を指でいじりながら、俺は馬の腹を蹴り、東へと走らせた。

 自分を待つ者たちの元へと。

説明
TESV;Skyrimの二次創作小説チャプター7です。やっと完結します。今回も相当長いですのでまた区切っておきます。長い間お付き合いいただきありがとうございましたm(__)m
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