夕方、日の暮れかかったころ、廊下を走る者がいた。

ダリル・ケイシーである。

「はぁっ・・・・・はぁっ・・・・・・！」

すれ違うほかの生徒と肩が当たっても、気にも留めずに走り続ける。

そして目的の場所に着き、乱暴にドアを開ける。

「フォルテッ！」

場所は第二保健室。そこに置かれた一つのベッドの上には・・・・・・

「ああ・・・先輩・・・・・っすか」

身体に包帯を巻き、頬に絆創膏を貼ったボロボロのフォルテだった。

「大丈夫か！？　怪我は！？」

「はは・・・平気っす・・・・・このくら―――――――うっ！」

「無理するなって！」

苦しそうに呻くフォルテの肩を支える。

「そうそう。無理しない方がいいですよ？」

「！」

後ろから声をかけられ振り返ると、開けっ放しのドアの向こうの廊下の壁にもたれ掛った瑛斗だった。

「我ながら、結構こてんぱんにしましたから」

瑛斗の表情は薄く笑っている。

「お前が・・・やったのか・・・・・・！」

ダリルの問いかけに瑛斗の笑みが大きいものになった。

「そうです、と言ったら？」

「―――――――っ！」

ダリルは瑛斗の襟を掴んだ。

「なんであんなことを・・・・・！」

「『なんで』？　そうですね・・・まあ、興味本位、としか言えませんね」

「なんだと・・・・！？」

「いやぁ、フォルテ先輩ってどれくらいの実力を持っているのか、ふと気になりまして。それで模擬戦闘をしたんで

すよ」

瑛斗は淡々と話す。悪びれもせず、淡々と。

「案外拍子抜けでしたね。もう少し骨があると思ったんですけど」

「この―――――――！」

ダリルの拳が瑛斗の顔面に迫った。

「やめてっす！」

「！」

フォルテの声でダリルの拳が止まった。

「フォルテ・・・・・」

「良いんすよ・・・。勝てなかった私が・・・・・悪かったんすから・・・・・」

「でも！」

「そうですよ。俺に勝てなかったフォルテ先輩が悪いんです」

「お前は黙ってろ！」

ダリルは瑛斗に吠える。しかし瑛斗は口を止めない。

「そんな弱いフォルテ先輩とペアを組み続けてる、あなたも弱いんじゃないですか？」

「なに・・・・・？」

「二年のフォルテ先輩が一年生の俺相手にあのザマだ。こうなるとあなたの実力もたかが知れ――――――」

ゴンッ！

「・・・・・・・・」

ダリルの拳が壁を殴りつけて瑛斗を黙らせた。

「黙れってんだよ・・・・・！」

ダリルの拳は怒りで震えている。

「お前のこと、もう少しマシな野郎だと思ってたけど・・・見当違いだったみたいだな」

「と、言うと？」

「お前が舐めきってる私の実力を見せてやるよ。丁度、もうすぐこういう後輩に持って来いなイベントもあることだ

しな・・・・・」

そう言うと、ダリルは掴んでいた瑛斗を突き飛ばすように離れ、早足でこの場から去って行った。

「・・・・・・・・」

瑛斗はそれを見送ると、ふぅと息を吐き出して保健室に入り、ドアを閉めてフォルテのベッドの前に立った。

「・・・・・・・・」

「・・・・・・・・」

フォルテと瑛斗の間に沈黙が流れる。

「ふっ」

「ははっ」

そしてお互いに笑みを浮かべた。

「「ぃやったああああああっ！！　大！　成！　功！　だあああああっ！」」

そのまま二人はハイタッチして喜んだ。

「桐野お前凄いっす！　迫真の演技だったっす！」

「いやあそれほどでも！　フォルテ先輩も、ナイス演技でした！」

お互いの演技を褒めあう。

「こんなに上手く行くとは思わなかったす！」

フォルテはベッドから飛び起きて包帯を解き、顔の絆創膏を剥した。

「二人とも凄かったわね」

カーテンで仕切られた隣のベッドから楯無が顔を出す。

「あ、更識さん」

「楯無さんも見てました？　俺たちの演技！」

「見てた見てた。瑛斗くん凄いわね。あんな悪役もできちゃうんだ」

「簪から借りたＤＶＤのキャラを真似たんですよ」

「ふふっ。そう」

楯無は笑ってフォルテの使っていたベッドに腰を下ろした。

「私も頑張った甲斐があったわ。ダリル先輩を呼びに行ったのだって私だしね」

「ありがとうございました。本当に」

今回の作戦はこうだ。

まず、楯無がダリルに『フォルテが第二保健室に担ぎ込まれた』と報せに行く。

次に、瑛斗がダリルを上手いこと挑発して卒業マッチで戦うことを決めさせる。

名付けて『ダリル先輩を挑発して闘争心に火を点けちゃおう大作戦！』

ちなみに、作戦名は瑛斗のネーミングである。

「さて、これで明日にも俺に挑戦状が届くだろうな」

「そうね・・・それにしても」

「どうしたっすか？」

「ダリル先輩って、本当にフォルテちゃんのことを想ってくれてるのね。あんなに怒るなんて」

「ですね。俺も表情崩さないようにするのが大変でした」

「そ、それは・・・・・」

フォルテは顔を赤くして俯いた。

「先輩は・・・優しい人・・・・・っすから」

「その優しい人を、俺は見事ブチ切れさせましたけどね」

瑛斗は苦笑し、窓の外を見る。

「お膳立ては十分・・・。あとはやるだけだ」

瑛斗の口元に、わずかな笑みが浮かんだ。