Spirited girl |
部活動で汗を流した後の暮れなずむ帰り道、同じ学校の女子生徒が見るからに柄の悪い男たちに絡まれているのを目にして、となると黙っていられる脇山珠美ではなかった。素晴らしい瞬発力で駆け出して、双方の間にその小柄な身体を割って入らせたのである。
「不埒な真似は許しません」
眉尻を怒らせて男たちを毅然と睨みつけ、それから背後にかばった女子生徒へ肩越しに力強く笑いかける。
「ここは私に任せて、行ってください」
「え、でも……」
自分より頭ひとつ分ほども小さな、有り体に言ってしまうと頼りなさげな矮躯の子にそのようなことを告げられて、女子生徒は狼狽を見せた。しかし繰り返し促されると、後ろ髪引かれる様子を見せながらも、身をひるがえして駆け出した。
「あ、おい」
追おうとする男たちに、珠美は両手を広げて立ち塞がる。
「お相手なら不肖、この脇山珠美めがしてさしあげます」
「なんだこのガキ、俺たちゃ健康だから小学生以下には手は出さねえんだよ」
「た、珠美はこれでも高校生です!」
さっきの人と同じ制服だって着てるじゃないですかと頬を膨らませるが、どうにも男たちは納得いかないようであった。珠美は憤然と手に持っていた通学鞄を路面に落とし、同じく持っていた袋包みの竹刀を掲げるようにする。
「お相手というのは、こちらの意味に決まっているでしょう。目がお悪いのですか、悪いから私のことも小さく見えるんです、そうに決まっています」
「おい、やろうってのか」
「あなた方が先の人への失礼を詫びて、二度とこのような不埒をしないと約束して下さるのなら、話は別ですが」
凛々しく尖らせた眉の下、珠美の目はうっすら笑っている。
野良試合などもちろん御法度だけれど、目の前の不正義を見逃すことこそ、珠美にとってはよっぽど御法度だった。珠美の剣は、守るべきを守るためのものなのだ。そうありたいと、彼女は願っているのだ。それにここでちょっとお仕置きしてやったところで、男たちもまさか女の子ひとりに叩きのめされたなんて誰にも明かせないだろう。うん、万事問題なし。
「舐めやがって、頭の跳ねっ毛引っこ抜くぞ」
男たちの中でも特に大柄なひとりが、覆いかぶさるようにしてごつい手を伸ばしてきた。珠美は冷静に竹刀の袋を取り払おうとして、
「あ、あれ」
袋の口を締める紐がほどけずに、慌てた。
「あ、待って、ちょっとたんま……」
もちろん相手は待ってなどくれず、珠美の頭など丸ごと掴めそうな大きな掌が、いよいよ彼女の額に影を落とす。思わず目をつぶりかけた時、横合いからさっと飛び込んできた人影が、暴漢の前に立ちはだかった。
背広の痩せた背中が、その時は不思議ととても大きく思えたことを、珠美はずっと後になっても覚えている。
「なんだよ次から次へと!」
男たちが苛立たしげに吐き捨て、新たに現われた背広の男へと標的を変えた。成人男性相手なら遠慮もいらないとばかり、ぽこぽこと殴りつける。
「あいた、痛い痛い。やめなさい、アホみたいに痛い」
背広の男が悲鳴を上げて、それで呆けていた珠美は我に返った。改めて竹刀袋を、鞘を払って、愛刀を夕陽の下に抜き放つ。
そして裂帛の気合を口から炸裂させた。
「ぃえええええぇぁあ!」
クールタイプの攻守、中アップ。
自分たちが立つ道の遙か果てまで貫いていっただろうと、その場の誰もに信じさせた、そんな大音声だった。男たちの暴力衝動が一瞬、怯みを見せる。珠美はすかさず背広の脇をすり抜けて前へと飛び出し、小さなかまいたちと化して男たちへと切りつけていった。
逃げ去っていく男たちの背中を、訪れた宵闇が慈悲深く隠してあげていた。珠美の足もとでへたり込んでいる背広の男の、痛々しい姿も。
納刀して男たちが去った方向へ一礼を済ませてから、珠美は背広の男へ視線を向けた。そちらへも礼をする。
「助かりました。大丈夫ですか」
「ああ、あんまり。でもまあ女の子が怪我するのよりはよっぽど大丈夫だな、気持ち的に」
背広の男はぎこちない動きで立ち上がった。細く垂れ下がっていた鼻血を手の甲で拭いて、
「なんにせよ助けになれたのならよかった。近くを歩いてたら、血相変えた女学生に、危ない目に遭ってるちっちゃい女の子がいるから助けてくれと頼まれてね……」
ぶつぶつつぶやきながら珠美のことを見下ろしてきて、ふと彼は、右のまぶたが腫れあがりつつある目を、かすかに見開いた。そしてまばたきしつつ、珠美の頭のてっぺんからつま先まで何度も視線を往復させる。珠美が落ち着かない思いとなっていると、
「なるほど、君、ちっさいなあ」
「ほっといてください!」
「そんな小さい身体で、あんな声を出せるんだもんなあ」
さっきの気合の雄たけびのことを言われているのだと、すぐに察した。剣道において打突が有効と認められるための要件のひとつに気合の充実というものがあるが、さっきの珠美のそれは、必要十分をすさまじい勢いで凌駕したものだったのだ。要するに声が馬鹿でかいよと讃えられたのである。
小さいとコンプレックスをつつかれた上に、無我夢中で発した大声のことにまで触れられて、珠美は顔を真っ赤に火照らせて、もうどうしたものやら分からないでいた。そんな彼女のことを見つめる背広の男の眼差しは、気がつけば熱っぽい感歎の色を帯びていた。
「声量や声質もよかったけど、それだけじゃない、聞く人の心を奮わせるものがさっきのシャウトにはあったんだ。君、あれをだね、君を慕う人たちに向けて聞かせてみたまえよ。彼らがどれだけ勇気づけられるか、知れたものじゃないよ」
「は、はあ?」
何を言い出すのだろうこの人はと、珠美は困惑を加速させる。私の声に、勝手に付加価値を見いださないでいただきたい。だいたいなんだ、私を慕う人たちって。そんなのどこにいるんだ。
「それはこれから君が獲得していくんだ。そして君は彼ら、彼女らに、その声で……あとその小さくて愛らしい容姿でもって、勇気とかなんかそういったものを与えていくんだ」
まるでこちらの心を読んだかのように男は言って、背広の懐から名刺を抜き、差し出してきた。そこに記された男の肩書は芸能プロダクションの、
「プロデューサー……?」
「君のことを、スカウトしたい」
それまでとは打って変わってひどく真摯な響きのひと言を、彼は投げかけてきた。
珠美がその誘いを受けたのは、なんだかんだでアイドルとして通用すると褒められたことが嬉しかったというのももちろんあったが、プロデューサーを名乗る男の口にしたアイドル像に、惹かれるものがあったからだ。誰かに、大勢に活力を与えられる、そんな存在になれるとしたら、それはとても素晴らしいことだと思う。剣で誰かを守れる存在になりたいと常々願ってきたけれど、直接守るだけではなくて心の支えともなれる、そのような存在にさえ至れたなら、もっともっと良いに違いない。
果たして自分がそんなアイドルになれるのか、それは分からない。でも、このプロデューサーについていけば、きっと何か教わることがあるだろうと、それだけは確信できた。
あのとき情けない悲鳴を上げながらも、結局最後まで一歩たりと引くことなく珠美のことをかばい続けてくれていた男の背中は、間違いなく珠美が目指す姿の一面と通じるものがあったからだ。
だからまずは、この男へと向けて、彼が褒めてくれた気合の声を張り上げていこうと、そう思う。
「さあ、共に剣とアイドルの道を参りましょう、プロデューサー!」
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行き先を失った小説を半ば供養じみて投稿します。さておき珠ちゃん可愛いよまじクール | ||
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アイドルマスターシンデレラガールズ 脇山珠美 | ||
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