かんきつっ! 第二果
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 前回のあらすじ

 

 とりあえず女物の服を買いに行って、押しかけ系ラブコメのイベントを消化した。

 

 

 人生初のリアルスタイリッシュアクションバトルを終えた守男は昼過ぎまでぐっすりと眠りにつきたかったが、残念ながらそうは問屋が卸さなかった。

「……くさっ!?」

 明け方の午前四時過ぎ。普段ならば絶対に起きないであろう時間に否が応でも目が覚めた。鼻腔を直撃する刺激臭のためである。

 布団から跳ね起き、喘ぐように洗面所へ猛進したかと思えば、冷水をいっぱいに捻り出して顔面にぶち当てた。しかしそれでも激烈な匂いは収まるところを知らず、むしろ顔を洗って完全に冷めた意識で向かい合わねばならなくなってしまった。

「くさっ! 蜜柑くさっ! つーか痛え! 臭くて痛い、臭痛いんですけど!」

「……なんじゃい、こんな朝っぱらから騒がしかごつ。高血圧も大概にせえ。老人じゃあるまいし」

 ベッドで寝ていた橘が気だるそうに身を起こすのを、守男がいらつきながら眇める。

「こんな芳香剤ぶちまけたみたいな匂いの中で、どう寝ろっつーんだよ! 窓開けるぞ窓!」

 窓とドアと換気扇を全開にして、ベランダで深呼吸を繰り返す。もはや質量さえ伴いそうな圧倒的臭気を背に感じながら、せめて新鮮な空気を貪る。

 

 やがて一段落ついた守男は、憔悴しきった様子でよたよたと部屋の中に戻ってきた。

「はっきり言って……、方言とかボケとかバトル展開より、この匂いがキツい」

「ええ匂いじゃろうが。何が不満なんじゃ?」

「鼻にガツーンと来てんの! 目も痛いの! 俺花粉症じゃないのに、鼻も目も痒いの!」

「そろそろブタクサの季節じゃからな」

「蜜柑の季節! ブタクサでもスギでもなく、MI・KA・N!」

「いいじゃん、蜜柑臭。香り付けにも使われんでしょうよ」

「エッシェンシャルオイルは確かに好きだがよう、きついもんはきついぜ。オレンジジュースをぶちまけたような、このわざとらしい蜜柑臭」

「蜜柑の味って男の子だよな」

「何言ってんだお前。一回死ね」

「おっと、マジ顔でそういうこと言われるのが一番きついわ。ぞくぞくしちゃう」

「最後の一言が超余計だな。マゾな蜜柑とかどんだけニッチなんだよ。俺くらいしか需要ないぞ」

「朝っぱらからとんだ俺得アピールをありがとう」

 ドアも開けると窓までひんやりとした外気が吹き抜ける。布団を片づける間も動くごとに匂いが立ちこめ、自他共に変態的なまでに蜜柑を愛している守男でさえ噎せかえるが、徐々に外気と混ざり合って薄まっていった。

「そもそも、この匂いはお前発信だってことでFAだよな?」

「えぇ? ちーがーうーよー。わしじゃねえっちゃー」

 まだベッドの上で微睡んでいる橘は、如何にもやる気のない猫なで声で答える。守男は顔をしかめながら、そんな彼女の顔面にタオルを投げつける。

「ああもう、臭いからとっととシャワーでも浴びてこい」

「女子に向かって臭いとか、フェミニストに喧嘩売ってるとしか思えんのう」

「お前の場合は女子のあとに(笑)をつけろ。ついで言えばに人間(笑)だろ」

「アラサーどころか人間扱いでもない!? まあええわい。ここらでそろそろサービスでもしとくかいな。一緒に浴びるかえ?」

「あざといなさすが人外ババアあざとい。蜜柑姿になってくれるなら考えるわ」

「それはそれで身の危険を感じるからやめとくわい」

 冗談っぽく返しながらも守男の目つきがわりと真剣だったのをきちんと受け取った橘は、若干顔を青くしながらバスルームへ向かった。

 

 新しい住人のいなくなった部屋は、彼女の強烈な残り香を除けば、元の守男の部屋であった。やがて水音が慎ましく聞こえてくる。守男も最初こそ耳を傍立ててみたものの、すぐに興味をなくし、橘の寝汗が染み込んだ布団に息を荒げながら顔を埋めつつベランダに持っていった。臭気が薄まる前に鼻が慣れてきたため、橘の汗の匂いからくる蜜柑臭にさえ興奮を覚えていた。

 やがてバスルームから出てきた橘はわざわざ置いてあった着替えを無視し、あえてバスタオルを胴に巻いて登場した。

「はあ〜いい湯じゃったわい。お主も浴びるかえ?」

「うん。それじゃ残り湯を飲むとしようか」

「ナチュラルに変態がにじみ出とるぞ。それに流しとるから残っとらんわ」

「じゃあ嘗め取るしかないな仕方ない」

「はいアウトー」

「ババアはいちいちうるさいな。タオル貸して」

「くんかくんかするなよ」

「はふっ、はふはふっ! はふっ!」

「食うなし!」

「いやもうお前の布団でもふもふしたから大丈夫」

「大丈夫じゃない、何も大丈夫じゃないよ……。てゆーかこのサービスカットには何の反応もないのね」

「あんまりあざといと胸焼けがするからマジやめろ」

「そんな真顔で怒るとますますやりたくなろうが」

 いい加減朝から疲れた守男は、橘のエッセンシャルオイルを早く舐め取って元気を取り戻したかったので、さっさと無視して浴槽へと急いだ。

 

 

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 烏の行水を地で行く守男がさっさとシャワーから上がると、橘が勝手にパソコンを立ち上げて操作していた。そして図々しくも他人のパソコンの中身を探りながら、

「お前さん、マジで人間に興味ないんじゃのう。エロ本も画像フォルダも無いとか逆に引くわ」

 などという文句を垂れていた。そのうえ服は守男のものを断りもなく拝借している。

「ちょ!? 俺の蜜柑フォルダ覗くなよ。恥ずかしいじゃねえか」

「いやその発想はおかしい」

 急いで橘をパソコンの前から退かし、パソコンの電源を切る。よほど蜜柑フォルダの中身を見られたくなかったのだろう。

 そんな様子を見て、橘は呆れ気味に嘆息した。守男の蜜柑好きが変態的な域にまで達しているのは一日もかからず判明したが、そこに殆ど諧虐を含まないことに呆れるやら感心するやら赤面するやら不安になるやらで、但馬の家に浅からぬ縁を持つ身としてはその行く末を案じずにはいられなかった。

 ただし、彼の蜜柑に性的興奮すら催す性情こそが、先に襲ってきたバレンシアを退ける要因となり得たのも事実だった。ろくにコミュニケーションを取っていない状況だというのに高い次元で橘の蜜柑力が増幅され、守男が戦うのに何の支障ももたらさなかったのは、人間に向けるべき興味と性愛さえ蜜柑に捧げてこその芸当である。

 

 蜜柑を持って戦うという一点に関して、守男は類希ない天才である。今のところ橘は、それを否定する要因を見つけられない。つまり今の彼女、そして彼にとっては、その変態性に全てを賭けるしかないのだった。

「全く、据え膳食わぬは男の恥ぞ」

「いやお前が言うなし。てかちゃんと嘗めたよ、お前の残り湯」

「マジで嘗めたんか。恐ろしい子……」

「薄めだったけどよかったぜ。もうちょい濃くてもいいよ」

「いやお前の好みなんぞ知らんし、リクエストされても困るし」

「今の台詞をツンデレ幼なじみ風に頼む」

「別にあんたの好みなんて知らないんだからね! 勘違いしないでよね! リクエストされたって聞いてやんないんだから!」

「本当にやるとは思わなかったわ……」

「振っといてその仕打ち! 怖いわーゆとり世代怖いわー。てか幼馴染要素入ってなかったわー。ただのツンデレだったわー」

 相変わらずお互い打てば響く間の良さで言い合い、その間に守男は着替えを終えていた。

「あー、なんか匂いがちょうどよくなってきたらムラムラしてきちゃった。蜜柑食べよっと」

「は? え? 今の独り言、何? 繋がってた?」

「当たり前だろ。性的興奮を催したら蜜柑食う。これ兵庫の知恵」

「ミスターポポやめい。つか、わしも蜜柑食べたいから取って。朝飯にするわ」

「蜜柑はおやつだ。朝飯はちゃんとしたの食べろ」

「変なとこでしっかりしとるのう。がんばれ料理男子」

 

「なるほど。手伝う気はゼロリミットか」

「うそぴょーん。手伝うっちゅーの」

「今さらぶりっ子すんなババアきめえ」

「おっほう! きっついわー。むしろわしがムラムラしてきましたよっと」

「いいからとっととテーブル周り片づけろ。四十秒で支度しな! 出来なかったらケツバットな」

「こんな可愛い女子(笑)にケツバットとか需要あるのか? 冷たいときは冗談抜きで冷たいのう。そこがまたええがな」

「口の減らねえババアだ。ほら、朝飯出来ちまうぞ」

「幾らなんでも早くね?」

「レンジとケトルしか使ってねえから」

「ああズボラ飯。ってスープチャーハンかいな。いいのう、凝ってるのう」

「べ、別にお湯で溶いた味覇に卵の白身を混ぜてチャーハンにかけただけなんだからね! 勘違いしないでよね!」

「勘違いする余地もなく見たままじゃが……まあええ、いっただっきまーす!」

 一口目を含んだ瞬間、橘の両目がかっと見開かれた。そして飲み込む間もなくいきなり叫び出す。

「うーまーいーぞー!」

「味王さん帰ってください」

「はああ、うまかごつ。喉から虹が出るところじゃったわい」

「オーマイコンブかよ。あそこまでとんでもないのは作らねーぞ」

「あそこまでおいしいと、逆に体に悪そうに見えるんじゃが」

「あのリアクションを強要する美味しさは、確実に一般人には毒だよな。特別な訓練受けてないと食べれん」

 

「その点、お主のは体に優しいぞえ」

「……何か釈然としないけどまあいいや。食べ終わったら食器洗いジャンケンな」

「何……だと!? 片してくれるんじゃなかか!?」

「そこまで驚くのかよ。てか本当は食器洗いくらいやってほしいんだが」

「わし蜜柑以上に重いものは持ったことない設定なんで」

「どこの21エモンのママだよ。息吐くように嘘をつくな。食器持って食ってた時点でばれてるじゃん」

「そこに気づくとは、やはり天才。believe it!」

「それ英語版のコミックスだってばよ!」

 

「ごちそうさま。また来週ここに来てください。本当のスープチャーハンをご馳走しますよ」

「山岡さん……アンコウの調理ミスっただけでゲームオーバーになるくせにでしゃばるな」

「それファミコンの方な」

 食休みにしばらく漫画を読むなり寝転がるなりしてだらけていると、橘が何か気についたことがあったらしく、すっくと体を起こして窓を指差した。

「ちゅうか、これってもしかして、匂い外に洩れちょるのとちゃうかい?」

「いやまあ、換気したからね。最初は耐えらんなかったし」

「あ〜、そうですか〜。外に出しちゃった〜」

 わざとらしいほど悲しそうに頷き、「まあまあまあ、しゃあないしゃあない」を小声で連呼しまくっている。

「いやこれね、敵は私の匂い追ってくるのよね。すんごいいい匂いだから、寄ってきちゃうのよね」

「それって、昨日の、あれ、来ちゃうわけ?」

「申し訳ない。ホント申し訳ないけど……、来ちゃいます但馬さん! ガッツリ来ちゃいます。満漢全席です!」

「よし、そのケンカ買った。ちょっと表出ろ。もしくは屋上」

「あれれー? 違うよー、わしは敵とちゃうんよ」

「まあ、とりあえずてめえの冗談はさておいて、またDMCするのはなるべく勘弁だよな。休みだし丁度いいや。久しぶりに実家帰るか」

「はあ? また戻らにゃならんのかいな? 東京を見て回りたいんじゃが」

「お前の観光とか正直どうでもいいんだけど」

「オウ、何気に酷い扱い」

「お前が持ち込んだトラブルを棚上げしてよく言うわ!」

「ほら、わしって皮厚いし」

「果皮のことかな? 分かりにくいボケするな」

「渾身の蜜柑ギャグだったのに……」

「それに、あんたの話だけじゃ一方的だからな。じいちゃんたちもあんたのこと知ってるんだろ。他の意見も聞いておかないと頭がおかしくなりそうだぜ」

「既におかしくなっていることは言うまでもないがな」

「あんまり調子乗ってると全身舐めまわしてお前のエッセンシャルオイルを空にしてやんぞ」

「その脅しはあり得ないが、そのぶん恐ろしいわい」

 橘が生ごみか害虫でも見るような目つきをしながら怯えて静かにしている間に、守男は携帯電話を取り出して実家である但馬果樹園に連絡した。

 

 しかし聞こえてくるのは、空しいコール音ばかりであった。

「あれ? 連絡つかない。どしたんだろ?」

「もしかすれば、襲われたかもしれんのう。お前の実家」

 まだ話中なのだろう、と暢気に構えていた守男の顔が窄まっていく。今の自分が置かれているのは、そういう危機的な状況なのだということを思い出したようだ。

 それは思い返すまでもなく、昨日の夜、まさに自分が殺されかけたのだから、むしろ今の今までそのトラブルを持ち込んだ相手と歓談していたことのほうが異常なのだ。

「それは、お前のお仲間ってことか」

「種族は同じじゃが、仲間ではないわい」

「そっか。ごめん」

 ぴしゃりと言い切った橘に、守男も混ぜ返さず謝る。彼女もことの重大さを理解したのだろう。もしくは端から理解していて、ただなあなあに守男とじゃれ合っていただけなのかもしれない。

「とにかく行かなくちゃ分からないな、徒歩で」

「徒歩で!?」

「お前だけ徒歩。俺電車」

「それ連れてく気ないってことじゃないですかヤダー!」

 やいのやいのと言いつつも、二人して守男の実家である果樹園へと向かった。無論、電車で、である。

説明
蜜柑を愛してやまない青年、但馬守男は、大学でぼっち生活を営んでいた。そんな彼の前に非時の香の木の実の精を名乗る少女、橘このみが現れる。
ぼっちの家に転がり込んでアレがナニでコレされちゃうかと思いきや、人間の姿をした橘に守男は反応を示さなかった。彼が反応するのは、ガチ蜜柑だけであった――

今、人と蜜柑との戦いが、幕を開けれぅ。
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バトル 蜜柑 

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