IS/3th Kind Of Cybertronian 第九話「Real Steel4」 |
………そして。
サンダーソードは、自分がまだ死んでいないことに気付いた。
暗黒の空の下、毒々しいほどに真っ赤な炎に焼かれている建物群は地獄絵図と言えたが、紛れもなく現世の光景だ。
薄汚れ、ところどころ融解し、傷に塗れた体がずきずきと痛む。
痛みは、生きているということの何よりの証拠である。
それが喜ばしいものであるかどうかは別として。
サンダーソードの見解としては、もう少し手加減してくれてもバチは当たらない。
サンダーソードは、やや混乱した思考を纏めようとした。
まだ、スパークとその入れ物が原型を留めているというのなら、自分はどうやってスイングとカットオフの攻撃から逃れたのか?
その疑問は、視線を下に向けたことで解消された。
遥か下に、カットオフとスイングが窮屈そうに両足を乗せている、戦闘によってずたずたにされた道路が見えた。
つまり、サンダーソードは今、空を飛んでいた。おそらく、ビームとレールガンの弾が当たる寸前に、空へと逃れたのだろう。
しかし、彼の脚部に備わったブースターは起動していない。反重力飛行装置なども積んではいない。
「手酷くやられたな、サンダーソード」
上からの声に、サンダーソードは視線を向けた。有翼の黒騎士が、兜から伸びた角を掴みながら飛行していた。
現行最強のIS、『八咫烏』を身に纏った織斑千冬だ。
「助けてくれたんですね、織斑さん。ありがとう」
サンダーソードは喜びを滲ませた声を上げた。
自分の命が助かったことに対する喜びだけではない。
それに応じて、千冬が首を下に傾ける。
「これで、前に助けられた借りは返したな。……お前には、もっとたくさんの借りがあるが」
フルフェイスの兜に阻まれて表情は分らなかったが、サンダーソードの目には、苦笑を浮かべる千冬の顔が浮かんでいた。
サンダーソードは両足のブースターを起動させ、千冬の隣に並んだ。いつまでも角を掴まれたままではみっともない。
カットオフとスイングは頭を回して、いなくなったマクシマルを探していた。仲間と少し、言葉を交わすくらいの時間はあるようだ。
サンダーソードは千冬と向き合った。
「勇ましいこと言った割りには、この通りで。情けないところを見せちゃいましたね」
「それは……お互い様だ。いや、歯が立たなかった分、私の方がよっぽど、だな」
そして、沈黙。命あるロボットと、パワードスーツを纏った人間の視線が交差する。
こうしている間にも、地上では二体の凶暴なディセプティコンが、ビームで焼くなり、拳で叩き潰すなりをする相手を捜している。
だが、サンダーソードには、この時間は必要不可欠なものであるように思えた。彼は機械だが、効率だけを重要視したりはしない。
「ファンダメンツからこの地球を守るには、お前の力が必要だ。改めて、頼む。力を貸してくれ」
そう言って、千冬が右手を差し出してきた。
その手に武器は握られていないし、拳の形に丸められてもいなかった。
サンダーソードは少しの躊躇もなく、その手を取った。この瞬間を、彼はずっと待ち望んでいたのだ。
「頼みたいのは僕の方です。一緒に、戦ってください」
装甲で覆われた手を、互いに握り合う。
生まれた場所も種族もまったく違うが、同じ信念の下に戦う二人の、友情のかけ橋だ。
サンダーソードと千冬は、地上に視線を向けた。
既に握手は解かれ、それぞれの手には武器が握られている。せっかく生まれた友情も、この場を切り抜けなければ意味がない。
さあ、戦いだ。
「私はあのカットオフと戦う。例え手負いでも、私では倒すことは難しいだろうが、お前の戦いの邪魔をさせないように努めよう」
『草薙』を肩に担ぎ、千冬が言う。声は頼もしいながらも、以前の険しさがすっかり抜けている。
一度、痛い目を見せられた相手と戦うというのに、緊張どころかリラックスしているようだ。
サンダーソードは頷いた。今の彼女になら、安心して背中を任せることができる。
「じゃあ、僕はスイングを。あなたの期待に応えます」
サンダーソードはエネルゴンセイバーを軽く振った。
あのショベルカーにもずいぶん叩きのめされたが、恐怖は微塵も感じない。
ファンダメンツの存在を知り、たった一人での戦いを覚悟したあの時の心細さに比べれば、恐怖など糸屑のようなものだ。
体の痛みも、綿埃が如くどこかへ吹き飛んでしまう。
サンダーソードは頭を下にして下降しながら、両肩の装甲板から四枚の手裏剣を放った。
狙いは当然、スイングとカットオフだ。二体はすぐにサンダーソードの接近と攻撃を察知し、右に左にと跳び別れた。
手裏剣がそのまま地面に突き刺さり、爆発。スイングとカットオフの間に爆炎の壁を作った。
各個撃破のためには、まず敵を分断しなければならない。今回の場合は、スイングをカットオフから遠ざける必要があった。
サンダーソードはエネルゴンセイバーの刀身を顔の前に立て、刃をスイングの方に向けた。
地球の引力と両足のブースター、二つの力を利用した斬撃の用意。
その姿を認めたスイングは、右腕を掲げて盾とした。刃を受けた瞬間、左腕で逆襲するつもりなのだろう。
だが、その判断は誤りだ。
サンダーソードはエネルゴンセイバーがスイングの右腕を切り裂こうとしたその時、切っ先を上げ、衝突を避けた。
下降の速度は保ったまま、スイングが反射的に振り下ろした左腕をかわし、小柄なサンダーソードにとっては城の門のように広い股下を潜り、背後を取る。
スイングが首を後ろに捻じ曲げた時には、サンダーソードはディセプティコンの頭上を飛び越え、正面に回っていた。
すかさず、超音速のキックをスイングの胸板に叩き込む。
がぎん、と金属音が鳴り響く。
後ろによろけたスイングは、さらにサンダーソードの全火力を受けて、百メートルほど遠くに吹っ飛んだ。
建物の残骸をさらに破壊しつつ、黄色いカラーリングの巨体が転がってゆく。
体内の補助コンピューターが、エネルギー補給を切実に訴えている。
火器を使える時間も、そう長くはないだろう。
だが、心細くはない。後方で、千冬がカットオフに挑むのを感知した。
彼女は、もっと不利な状況で戦おうとしている。少しでも時間を稼いで、サンダーソードがスイングを倒す邪魔をさせないために。
たかが、エネルギー切れ寸前で、全身がばらばらになりそうな状態というだけで、弱音を吐くわけにはいかない。
エネルゴンセイバーの柄を強く握りしめ、サンダーソードはスイングを追いかけた。
一瞬で遠くに追いやられた盟友を追おうとしたカットオフの後頭部に、三発のミサイルが撃ち込まれた。
サンダーソードと共に地上に舞い降りた千冬が放ったものだ。
ダメージは期待していない。カットオフの注意をこちらに引き付けられれば、それでいい。
千冬の思惑通り、カットオフは黒煙を振り払いながら、体ごと千冬の方を向いた。
片方だけの、赤い眼光が千冬を射抜く。それは明らかに、邪魔者に対する憤怒を含有していた。
千冬は身震いした。殺されかけた記憶は、まだ生々しい。
自らの心に住み着いた恐怖を、否定することはできない。
だが、それでも千冬はカットオフから目を逸らすことはなく、『草薙』を正眼に構えていた。
サンダーソードは、いくら傷ついても理不尽と戦う意思を捨てなかった。たった一人でも、彼は強大な敵と戦った。
ただの墜落地点である筈の地球と、そこに住む人々を守るために。
彼ほどの戦士を、千冬は他に知らない。
そんなサンダーソードが、一度は負けた自分を信じて、カットオフの相手を任せてくれた。
彼の期待に、なんとしても応えたい。そうでなければ、今度こそ本当に、自分自身を信じられなくなる。
怒りの咆哮とともに、カットオフの鉤爪が閃いた。
だが、先ほど戦った時よりもその動きは鈍く、正確さも欠いていたので、千冬は避けることができた。
サンダーソードから受けたダメージは、決して浅くはないようだ。
(だが……油断はできない)
千冬は翼型装甲をレールガンに変形させ、銃口をディセプティコンに向けた。
如何に傷つこうとも、ライオンはライオンなのだ。シマウマが不用意に近寄れば、一瞬にして餌食だ。
音速の砲弾が、カットオフの装甲にぶち当たる。
ガトリング砲が火を吹き、二条のレーザーが大気を焼く。
千冬は、『八咫烏』に搭載されたありとあらゆる火力を、カットオフにぶつけた。
流れ弾や、硬い装甲に弾かれた砲弾があちこちに飛び、既に廃墟と化している一帯を、さらに破壊してゆく。
カットオフは、もはや防御も回避もしなかった。獣のように咆えながら、千冬に向かって一直線に走ってくる。
瞬く間に間合いを詰められ、繰り出される鉤爪。今度は薙ぎ払うのではなく、突く動き。
千冬は出来得る限りの速度で後ろに下がった。同時に、スカート状装甲が自動的に盾に変形し、彼女の前方に浮かぶ。
盾はあっさりと喰い破られ、特殊鋼の破片がそこらに飛び散った。シールドで受け止めた千冬も、衝撃で体をくの字に曲げて吹っ飛んだ。
息ができない。胃がひっくり返りそうだ。
けれど、心は折れない。
千冬は吹っ飛ばされながらも武装を変え、筒状の大きなミサイルを発射した。
カットオフはそれにまったく注意を向けず、千冬を追いかけようとした。人間の武器など恐れるに足りないとばかりに。
だが、そのミサイルは、今まで千冬が放った物とは違い、対象を爆破するためのものではなかった。
ミサイルがカットオフの目の前で真っ二つに割れる。中から飛び出したのは、金属繊維で編まれた、蜘蛛の巣状の網だ。
さすがのカットオフも、これは予想外だったらしく、回避は間に合わなかった。
網は大型ディセプティコンの全身を包み込むと、中心部にあるバッテリーから高圧電流を発した。
「ぐ、あ、あ!」
カットオフが悲鳴を上げる。
人間ならとっくに炭化している電流を、網を通じて全身にくまなく浴びせられているのだから当然だ。
電磁ネット砲。これもまた、サンダーソードの提案により作られた武装だった。
いくら生物とは言っても、機械である以上、大量過ぎる電気は回路をショートさせる。サンダーソードの電撃で、キラーウィンドが退散したのが良い例だ。
そして今、実際に通用することが証明された。人類は、ディセプティコンと戦えるのだ。
だが、千冬にはカットオフが苦しんでいる姿を見物している暇はなかった。
電磁ネットが持続するのは、たったの五秒。それ以上は、網そのものが電流に耐えられない。
『八咫烏』を高速飛翔態に変形させ、カットオフの背後に回る。手にした『草薙』の刀身は、既に白く輝いていた。
いくら『草薙』がカットオフの装甲に傷をつけられるといっても、闇雲にでは意味がない。攻撃するなら、比較的防御力が低く、効果的な箇所を狙う必要がある。
千冬は、加速に必要な距離を取ると………カットオフの左足の膝関節に向かって突撃した。
可動する分、装甲ほど硬くはないはず。そして、空を飛べるとはいえ、足が片方なければ不便だろう。
カットオフは千冬の接近に気付いていたが、電磁ネットはまだ持続している。自由には動けない。
「うおおおおおお!!」
網が焼き切れるのとほぼ同時に、『草薙』の切っ先が、カットオフの膝裏に喰い込んだ。金属が融解し、灼熱の滴がアスファルトに垂れた。
『八咫烏』の推力と強化された腕力で、千冬は刀身をさらに奥へと埋めようとする。
しかし。
「離れろ、下等生物め!」
横合いからカットオフの左手に殴りつけられ、千冬は『八咫烏』の上から叩き落とされた。高速飛翔態が解除され、装甲群が千冬の体に再装着される。
千冬は四つん這いになった状態から立ち上がろうとしたが、全身に走る痛みがそれを邪魔
していた。
『草薙』を杖にして、ようやく二本の足が真っすぐに伸びる。それでも、先ほどのように、不様に倒れたままではない。
体の中で、痛くない部位などない。相変わらず、攻撃はまともに通じない。
それなのに、千冬は兜の中で笑っていた。
(……足止め。ちゃんとできてるじゃないか)
纏わりつく千冬に気を取られて、カットオフは相方のことをすっかり忘れている。
どれだけ傷つき、泥に塗れようとも、その間にサンダーソードが少しでも有利に戦えるなら、それが千冬の勝利だ。
華々しさなどまるでないが、モンド・グロッソで優勝した時より、ずっといい気分だった。
千冬は再び空に舞い上がり、カットオフにミサイルや銃弾を撃ち込み始めた。
「さあ来い、でくの坊。最後まで付き合ってもらうぞ」
サンダーソードとスイングが広げる破壊の輪は、千冬とカットオフの比ではなかった。
互いに、自身に搭載された火器を全力で操っている。
サンダーソードのプラズマ弾をかわしながら、スイングがレールガンを撃つ。
迫る砲弾をエネルゴンセイバーで叩き落としつつ、サンダーソードが両肩の装甲板から手裏剣を発射する。
どちらも相手の隙を狙い、激しく角度を変え、位置を変えているために、流れ弾はあちこちに飛んだ。
大きな瓦礫がプラズマ弾や砲弾に砕かれ、細かい小石となる。
石油コンビナートの一部分に留まっているものの、辺り一帯は既に空き地となっていた。
サンダーソードとしては、このような破壊活動は好みではない。
その上、敵に有効打を与えられないことが、彼を苛立たせていた。
この不毛な撃ち合いを続けても、先に限界が来るのはこちらの方だ。
エネルゴンセイバーによる斬撃や、スパーク・エネルギーボルトを警戒してか、スイングは接近戦を仕掛けてこない。
せいぜい、こちらが近付いた瞬間、ショベルの腕を振り回して距離を取ろうとするくらいか。
ならばその腕を先に黙らせようかと斬り込めば、それも思うようにはいかなかった。
他の装甲より硬い上に、構造的弱点を突こうとしても、相手もこちらの意図を理解して狙わせてくれない。
いい加減に大人しくさせて、千冬が足止めをしてくれているカットオフを黙らせなければならないのだが………
サンダーソードは一計を案じた。
スイングとカットオフを一度に倒すことができる作戦だ。
だが、それはサンダーソードの力だけでは成し得ない。味方の千冬の協力はもちろんのこと、敵である二体にも力を貸してもらう必要があった。
後者に関しては、もちろん頭を下げて頼み込んで、動いてもらうわけではない。それと同じ結果になるように、こちらで上手く誘導してやるのだ。
作戦を成功させるには、まず……スイングに磁力を使わせなければならない。
そこで、サンダーソードは、ふと思った。先程から、スイングはまったく磁力を使わないのだ。
あの強烈な磁力でショベルにくっつけられれば、小柄なサンダーソードには成す術もない。
無闇に寄せて、エネルゴンセイバーで斬りかかられるのが怖いのか。
それとも、またショベルに手裏剣を貼り付けられて、爆破されるのが嫌なのか。
いずれにせよ、作戦を始めるには、このままではいけない。
サンダーソードは思い切って、スイングに向かって突撃した。ブースターで加速し、エネルゴンセイバーを振り上げ、分厚い胸の装甲に飛びかかる。
当然、蠅のように左腕に迎撃され、地面を転がった。
その際、エネルゴンセイバーと両肩の装甲板が、サンダーソードの体から離れる。
それを見て、スイングはすかさず左腕を天に掲げた。そして、ショベルに強力な磁力を発生させ、丸腰も同然のサンダーソードを引き寄せようとした。
サンダーソードは両腕を地面に突き立てて体を固定し、それに耐えていた。
スイングは、自分の攻撃によって、敵の武装が剥がれたと思っているだろう。
だが、それは大きな間違いだ。
サンダーソードは密かに、ここから数十メートル先で戦っている千冬と通信していた。
作戦開始だ。
サンダーソードの連絡を受けた千冬は、改めてカットオフを睨みつけた。
それから、吐き捨てるかのように言う。
「ふん。トランスフォーマーだのディセプティコンだのと偉そうな割りには、蠅を潰すこともできないのか」
「なんだと?」
カットオフが唸り声を上げる。
安い挑発だが、下等生物に馬鹿にされたことが怒りを倍増させているようだ。
千冬は物怖じせずに続けた。
相手を罵倒するのは慣れている。いつもは生徒が相手だが、巨大ロボットにするのは初めてのことだ。
「私がタンパク質の塊だって? だったらお前は、無駄に図体のでかい、クズ鉄でできた、スクラップ置き場の粗大ゴミだ。さっさと解体してもらって、掃除機にでも生まれ変われば少しはマシになる」
よくもまあ、ここまで悪口が思いつくなと、千冬自身が驚いていた。さんざん叩きのめされた腹いせもあるかもしれない。
たっぷりと言葉の棘を敵にぶつけ、口を休ませていた千冬は、カットオフが発したけたたましい電子音に耳をふさいだ。
どうやらセイバートロン語らしい。解読はできなかったが、内容は想像がつく。
もうひと押しだ。千冬はカットオフの周囲を旋回しながら、さらに罵倒を続けた。
「どうした? 頭に来たのか、ガラクタのくせに? 悔しいんなら、私に自慢の鉤爪でも放ってみればいい。もし当てられたなら、粗大ゴミから中古品に格上げしてやってもいいぞ」
カットオフが、大地を揺るがして咆えた。
頭に水を注いだ薬缶を乗せたら、数秒経たずにお湯が沸くに違いない。
千冬はすぐにカットオフから離れた。
逃げるつもりはないが………角度を調節する必要がある。
カットオフは左腕を大きく後ろに引くと、鉤爪を最大の威力で射出した。直撃すれば、シールドも装甲も関係なしに貫かれるだろう。
しかし、片目が潰れていたことと、『草薙』によって多少なりとも足に傷を負っていたことによって、狙いはわずかに外れていた。
千冬が寸前で体を捻ると、鉤爪は左肩のアンロック・ユニットを破壊しただけで、彼女の横を行き過ぎていった。
音速を越えた鉤爪は、途中でさらに速度を上げた。正面に発生している、強力な磁力に引き寄せられて。
がぁんっ、という派手な音が、石油コンビナート内に響き渡る。
スイングのショベルを、カットオフの鉤爪が貫いた音だ。
「なっ、なんのつもりだ、カットオフ!?」
スイングが苦悶の声を上げる。
今から敵にとどめを刺そうとしたところで、突然味方に邪魔をされたのだから、混乱も大きい。
サンダーソードはマスクの下で笑みを浮かべた。
カットオフの鉤爪にスイングのショベルを貫かせ、二体を繋げる。
これがサンダーソードの作戦だった。磁力は、より正確に鉤爪を当てるために必要だったのだ。
「す、すまねえ、スイング!」
カットオフは慌ててワイヤーを巻き取った。だが、鉤爪はショベルをぶち抜いたままの状態で、磁力はまだ発生している。
スイングは激しく地面を削りながら、カットオフの方に引き寄せられていった。
これは予想外だったが、悪くは働かない。
サンダーソードは地面から両腕を抜くと、十本の指を真っすぐに揃えて手刀の形にし、前方に突き出した。
磁力に耐えていた時から既に、スパークからエネルギーを引き出し、両腕に充填していた。後は、解き放つだけだ。
「はあっ!」
気合いの一声。それが引き金となった。
サンダーソードの指先から、青白い稲妻が発射された。一瞬、辺りが閃光に包まれる。
稲妻は、まるで龍のようにうねりながら直進すると、スイングの胸部装甲に喰らい付いた。
先程、カットオフを痺れさせたものとは比べ物にならない電撃を受け、スイングは激しく痙攣した。
声にならない悲鳴が上がり、視覚センサーを覆っていた硬質ガラスが砕け、全身の回路がショートし、黒煙を噴き上げた。
さらに、鉤爪とワイヤーとでスイングと繋がっていたカットオフも同じ目にあった。彼にとっては、本日三度目になる電撃だ。
二体のディセプティコンの目から光が消え、巨体から力が失われた。倒れ伏し、動かなくなる。
千冬がサンダーソードの隣に降り立った。
「死んだ、のか?」
彼女の問いに、サンダーソードは首を横に振った。
「いえ、オフライン……気絶した状態です。贅沢を言えば、ステイシス・ロックになってくれればよかったんですが」
サンダーソードは疲れ切っていたが、まだやることが残っている。
彼は落ちていたエネルゴンセイバーを拾い上げると、少し離れたところで倒れているスイングとカットオフに歩み寄った。
彼らの体から、パーソナル・コンポーネントを取り出すのだ。そうすれば、命を奪うことなく無力化することができる。
彼らがしたことは到底許されはしないが、ここで容赦なく命を奪うのはマクシマルのやり方ではない。
それに、何かこちらに有利になるような情報を持っているかもしれない………
サンダーソードは足を止めた。異変を感じ取った千冬が彼の隣に並ぶ。
「どうした?」
「すごいエネルギー反応が……これは、空間移動ポート!?」
カットオフのスイングの向こう、何もない筈の空間に、突如として稲妻が走る。
瞬く間に大きな穴が開き、その中から鋼鉄の巨人が姿を現した。
四角い頭部。長く太い腕。
視覚センサーを覆う、赤いバイザー。平坦なマスク状の口元。
全身は黄色いカラーリングで、ところどころに黒いラインが入っている。突き出した胸の両側面と両足に、合計四つの車輪。
どう見ても、カットオフやスイングと同じ、重機型のディセプティコンだ。
サンダーソードは戦慄した。
体力を消耗しきった今の状態で新手と戦うのは、あまりにも危険だ。隣の千冬も同意見らしく、顔に怯えはないものの青ざめてしまっている。
サンダーソードは一歩前に出ると、エネルゴンセイバーを正眼に構え、新たなディセプティコンと対峙した。
だが。
「今、お前たちと戦うつもりはない。弟達を拾いに来ただけでな」
ディセプティコンは、スイングとカットオフの腕を掴むと、くるりと背を向けた。
サンダーソードが攻撃してこないと分かっているのだ。
無傷の一体と手負いの二人では、どちらに勝機があるかは火を見るより明らか。それでもオフライン状態のスイングとカットオフの万が一を危惧し、大事を取ってこの場での戦闘は避けようとしている。
ファンダメンツに精神的優位を許していることが、サンダーソードには悔しくてたまらなかった。
ディセプティコンは一度だけ振り返ると、
「次に会う時は、ここまで優しくはないぞ。せいぜい、備えておけ」
そう言い残し、空間移動ポートの向こうに消えていった。
穴が消滅すると、その場にいるのはサンダーソードと千冬の二人だけになった。
それから、しばらく沈黙を何層にも重ね、もう誰も現れないことを確信すると、サンダーソードは初めて体から力を抜いた。
もう、全身ボロボロだ。オイル風呂に入って、エネルギーを補給し、ゆっくり休みたい。
「みすみす見逃してしまったのは癪だが……とにかく、戦いには勝ったな」
そう言って、千冬が肩に手を乗せてくる。
このようなスキンシップは、今日という日が来るまではなかったものだ。戦争は阻止するべきだが、戦いが育む何かもある。
それで、直前までの悔しさは、ひとまず心の奥に引っ込んだ。悪いことばかりに目を向けていてもしかたがない。
サンダーソードはバトルマスクを解除すると、千冬に笑いかけた。
「そうですね。カットオフとスイングがまた動けるようになるのは時間がかかるでしょうし」
石油コンビナートは壊滅的な打撃を受けてしまったが、戦闘に参加する前に、サンダーソードは業務員の救助を行っていた。
怪我人は多いものの、死者は出ていない筈だ。
それを含めて、今回の戦闘は間違いなく人類の勝利である。
サンダーソードと千冬は研究所に帰還するため、それぞれの飛行ユニットを起動させ、急上昇した。
天空は黒煙に覆われ、炎は腕を組み合って大地を焼く。
これを、未来の光景にする訳にはいかない。
二人の間に言葉はなかったが、どちらも改めて、ファンダメンツとの戦いに勝利し続けることを決意していた。
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にじファンから移転。本作品は、ISとトランスフォーマーシリーズのクロスオーバーSSです。オリジナル主人公および独自設定を含みますのでご注意ください。 |
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