「ゼノギアス」紫檀を結ぶ剣の花 |
数多の銃声剣戟の響きがこだまする。ここは戦場、天高く地を統べた者達の舞台であった。
両軍互いに消耗を極め、ついにはギアすらまともな稼働は望めない。
そして、復活する古めかしく忘れ去られた戦の作法。雌雄の決着は、多くの思惑を取り込んで大将同士の一騎打ちにて執り行われることになった。
「……よもや貴様のような若造がソラリスの将とはな」
そう言って拳を固めるのは、老いた修羅。生きた伝説すら形容として生ぬるい。だからこそ、人々は彼を単に三賢者ガスパールと呼んだ。
「……」
対して、無言にて白刃を構える青年が一人。その衣装は、この星を統べると言って過言ではない神聖ソラリス帝国の上級士官物、そして肩口にはその中でも更に精鋭たる証、エレメンツのメンバーであることを示していた。
黙りか? 礼儀を知らん奴。ガスパールが呟いた瞬間の事だった。彼は突然上半身を大きく反らしたかと思うと、そのまま大地、そして空気をも蹴り上げバク転の動作で飛び退く。見れば胸元は大きく切り裂かれ、赤い筋と共に雫が吹き上がっている。
不意を突く形とは言え、一瞬で剣士は拳聖の死角を取った。その結果は拳聖よりも速いことを示している。
こと、拳が長物に勝るに速さは多くのアドバンテージを占める。威力は当たってこそ発起されるからだ。
沈黙の中、胸元を撫でるとガスパールは笑う。その表情は数十年ぶりの好敵手を喜んでいるようだった。
ガスパールは目を閉じる。そうして一呼吸をすると、同じように一呼吸吐き出す。そうして今度は二呼吸をし、息を止め、そして眼をゆっくりと開いた。その動作で傷口が締まり傷口が閉じた。そして、周囲を陽炎のように闘気が霞め、エーテルさえ視認できるほどの密度を纏っているように見える。
「……」
剣士はたたずむ。一切の闘気を沈め、手にした刀を隙無く青眼に構え、沿え手は刀身に触れず峰より数センチ離し虚空。家に古くから伝わる攻防一体の構え、それが今では心許ない。一度刃を手にすれば軍部において並ぶ者無しと言われたヒュウガ・リクドウは、この時初めて心を揺らしていた。
拳聖とはここまでに苛烈な存在なのだろうか。達人と呼ばれる位階を才気で通り過ぎ、他者は剣聖と讃えたヒュウガであったが、体を伝う汗はすでに冷えきり、伝う不快感は気力を削ぐほどに、だからこそ冷静に闘気を沈め己を律する。
そうしなければ、眼前捉えた偉人はその存在感だけで意志を砕く。ならば、彼も偉大なのだろう、凡人はそもそも透明な殺意を自覚できず、殺気を放つ剣聖の前に立つことも動くことも出来ずに死に絶えるのだから。
「うむ?」
全方位に攻防一体の闘気をめぐらし死角など存在しない。そんな拳聖を出しぬいたのは、またもヒュウガだった。エーテルを乗せた刃を雫を弾き飛ばすように横に振りぬきつつ、目眩ましと同時に散弾として使い、自身は周囲のエーテルと同化して死角を作り出す。初見ではまず破られぬ必殺の形。
そして、コンマ数秒の時間差で青眼の刃を横に寝かせ踏足を大地に叩き付ける。地が裂けるほどの震脚を乗せた刺突は例え巨重ギアの複合装甲板すらも貫いたであろう。その恐るべき切っ先が周囲の大気を切り裂きながらガスパールを捉える。
「馬鹿な!」
死合の最中である。しかし、ヒュウガの口は思わず悪態が溢れ出た。
それ程に、今の一撃は必殺に恥じぬ物だった。無敵と呼べる一撃はずだった。だが届かない。ガスパールはその切っ先を素手でつかみ取っていた。
そして、その反動は直接仕手へと跳ね返る。行き場を失った反動はとっさの受け身で大半は地に流すも、絶大な威力故に人体を壊すには多すぎる衝撃が、ヒュウガの右手首から軸足の左足裏まで貫いた。
惜しかったな小僧。そのつぶやきを理解できたのは少し後、殺意の刀ではなく拳を重ねた時だったと言う。
そして拳聖は苛烈だった。相手を壊すチャンスを逃すはずもない。
反動で硬直していたヒュウガの刀を手前に引き、とっさに手を離しさらに最速で後方へ飛び退る彼にガスパールの空いた左腕が唸る。その拳は空間を砕きながら迫る。拳聖は無形すら破壊する。
そんな人外の技が中に舞った刀身の鎬の中程を殴打した。
刀は吹き飛ぶこともなく、ただ威力のみを伝え、別物へ変換する媒介へ。そしてその威力は打撃ではなく、放射状に展開する数億の光槍となってヒュウガを刺し貫いていく。それはまるで朝日に飲まれるかのようだった。
筋から内蔵までダメージを負ったヒュウガにこれを避けるすべはなかった。人は自然には抗えない。拳聖の技はヒュウガにして、人知を逸脱したものだった。
勝敗は決定された。
その一撃はヒュウガを砕き、そして殺しもしない。圧倒的な力量差故の当たり前の結果だった。
――こうして、ソラリス側の圧倒的有利で始まった第三次シェバト侵攻作戦はヒュウガの敗退後、拳聖一門による指揮官への各個集中撃破により、体制を立て直したシェバトからの提案で引き分けとなる。
「……お加減はいかがですか?」
額の冷たさにヒュウガが意識を取り戻したとき、そこは見慣れたソラリスの宿舎ではなかった。自然物を用いた家屋作りが特徴の、ヒュウガの記憶にはない場所だった。
「……ここは?」
ヒュウガは声のした方向に問いかける。そして目だけを動かしそこに女性の姿を確認した。
「ようこそシェバトへ。歓迎致しますヒュウガ・リクドウ様」
どうして、とはヒュウガは言葉を発しない。軍属の自分が置かれている今の状況を分析するに、あまり良い結果が出せなかったからだ。
自分の処刑日はいつですか? そう言葉を発しようと目を向けた瞬間、彼女は言葉を発していた。
「処遇はまだわかりません。ですが、こんな戦でソラリスは貴方を失いたくはないでしょう」
捕虜交換――その可能性を信じ、短気は起こすな。そこまで自分が死に急いでいるように見えたのだろう。なら、先ほどの思考の先読みも納得がいく。そんな思考を巡らせながら、ヒュウガは相槌を打つと一言断りを入れて目を閉じる。
そして一時間後、人気のない部屋の中、目を閉じたまま虚空に向かって静かに言った。
「……抵抗はしませんよ」
その瞬間、首筋に当てられた刃の冷気に怯まず目を開く。
「なら、喋らないでください」
そう言って彼女は短刀に力を込めた。首の薄皮を裂き流れ出た少量の血が刃を薄く染める。
武人としてこのような場合、理由をヒュウガは訪ねない。自分には心当たりが多すぎた。だが――。
「じゃあ、抵抗する意味で一つ聞かせてもらって良いですか?」
その言葉に頷く女性。その顔は儚く、とても人を殺せるような剛毅さは見て取れない。そんな彼女を見つめていると、ヒュウガは理由など、ましてや自分のことなどどうでも良くなっていた。
「あなたの名は?」
「聞いて……どうするのですか?」
「いけませんか?」
驚く彼女の表情を見て取り、ヒュウガは目的を達したとばかりにほくそ笑む、その姿を見て彼女は思わず笑みをこぼしていた。
「ユイと言います。ユイ・ウヅキ」
そう言って、彼女は首から刃を引くと鞘に収めた。そして鈍い音が後に続く。
「かはっっ!?……」
観れば、ヒュウガのみぞおちに拳がめり込んでいる。巻かれた包帯から再び血がにじむそれは、傍目からみても痛みを想像できる具合だ。
息もできぬほど悶絶するヒュウガに笑顔のままユイは満足したのか拳を納めると立ち上がった。
「三賢者ガスパールの身内の一人でもあります。リクドウ様、私も偉大なる武人として貴方を歓迎いたしますわ」
それではリクドウ様、また後ほど……。その言葉を聞き終える前にヒュウガの意識は途絶えたのだった。
ヒュウガが目覚める度に彼女はそこにいた。
「おはようございます。お加減はどうですか?」
「最悪ではありませんが、最良でもないですね」
ヒュウガはそう言って、未だ違和感の消えない負傷箇所に手を置く。その多くがユイをからかってできたものばかりだが、その表情は真面目だ。
「変な人」
「同僚にもよく言われます」
そう言ってヒュウガは外に目を向ける。目に見える星の位置と部屋の状況、そして傷の治り具合を確認して口を開いた。
「一ヶ月も眠っていたのですか」
その言葉にユイは驚きとともに肯定し、薬物の使用を侘びながらまた、その間にヒュウガの処遇が決定されたことを伝えた。
ソラリスのエレメンツと言えば、言ってみれば人間兵器である。処置自体になんら疑問も不満も沸かない。むしろ目覚めた先が断頭台でも理解の範疇だったと言えなくもない。
その様子が顔に現れていたのだろう。ユイは親しみを顔に表しながら、ヒュウガの髪をそっと撫でる。
「――やっぱり変な人」
シェバトがヒュウガに要求したのは、再び戦場へ立つことの禁止だった。
普通であれば捕虜であるのだが、ソラリスは表向き彼を見捨てたと言う。若きエリートはその責任を一身に背負い、母国でのスケープゴートとして籍を抹消されたらしい。それを聞いて複数の顔を思い浮かべながら納得するヒュウガ。シェバトは逆にヒュウガを保護してくれるのだと言う。
「刀と名を捨て別人になれ。それが大祖父の言付けです」
えらく気に入られたものだ、そんな表情をしてたのだろう。ユイは不満気に口を開く。
「私は納得していません。巨大な武も知も忠誠無きは毒薬と変わりません。今の貴方なら、私の足元すら届きはしない。いっそのこと処刑命令を出してしまえば私が……」
そう言って、ユイは虚空と殴りつける。本来抵抗のない空気はエーテルと共に押され形を崩す。それだけで、高い技量が伺えた。だが、それでも剣聖ヒュウガの足元にも及ばないだろう。
浅慮の行動。一見すればただの自己顕示だが、乾いた破裂音は彼女なりのエールなのだろう。挑発を受け彼女を倒して逃げ去る。そんな選択肢を提示され、ヒュウガは彼女らしくない行動に流すことなく頭を下げ感謝を示した。
「お願いがあります」
不意の謝罪と懇願。真意を見透かされ頬を染めたユイは、さらに驚いた。
「もし、私が貴方を拳で超えることができたなら。貴方が私の名付け親になって頂けませんか?」
そう言ってヒュウガは笑みを浮かべた。わだかまりは捨てよう。それは、心の機微を察しすぎるヒュウガなりの捨て身の本音だった。
そうして、名無しの戦士は拳を磨く。それは、いつしか剣士時代の力量を超え、更に再び刀を手にした時、無双を体現するに至る布石だった。
決意を語るその顔は重厚な樹木。力強さの中に優しを垣間見せる。後に彼女は言う、まるで紫檀のような人。その名はヒュウガの新しい道を示してた。
だが、まだ遠い先の話である。
しかし、ヒュウガの時代もシタンとなったその先も、彼は守るものを手放さなくなった。人としてのあり方を結び付けられた。そう言って彼は振り返るのだと言う。
――シタン・ウヅキの物語はこうして始まった。
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ゼノギアスのSSです。第三次シェバト侵攻時代を舞台にシタン先生で書いてみたものです。 | ||
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