【夢小説】きっと優しい世界3【忍たま】
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2日目の始まりは食堂から

 

 翌朝、ユイは軽い痛みを持つ頭を何とか覚醒させながら体を起こした。

 

 (やっぱりそう図太く眠れないわな・・・。)

 

 体は疲れているのですぐ眠りに落ちたと思った昨晩、見知らぬ土地に来たという無意識の緊張からか眠りが浅く、見る夢はあの時の、自分が穴に落とされる夢。

 何度うなされて飛び起きたかわからない。

 嫌な汗を全身にかき、目から頬へと残る感覚は涙の筋。

 誰かと相部屋じゃなくて本当に良かったと思う。

 こんなみっともないところを見られたら、恥ずかしくて顔を上げられない。

 

 だるい体を動かしながら、寝巻きから黒い装束へと着替えを済まし、昨日3人に教えてもらったくのたま長屋にある井戸で顔を洗い、意識を本格的に覚醒させた。

 

 (今日からここでちゃんと働いて、疑いを晴らして、印を消してもらえるまで頑張るって決めたんだから。頑張らないとな。)

 

 そんな決意を胸に、ユイはのろのろと食堂への道を歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 やはり朝食時間なのだろう、食堂はものすごくにぎわっていた。

 昨日見た顔もちらほら見かけるが、ほとんどが出会った事の無い生徒ばかりだった。

 正直これ以上誰かと関わりを持つのは面倒だという気持ちが優先する。

 

 (やっぱりもう少し後にしよう。)

 

 食堂に入る前にそう決めてきびすを返そうとすると、どんっと何かにぶつかった。

 多分人だ。

 

 「いたっ。あ・・・。」

 「おい、気をつけろよ。」

 「すいません。」

 「留三郎、どうしたの?」

 

 私がぶつかったのはやっぱり人で、見るとすごい三白眼のつり目だ。何かしら因縁がある色なのだろうか、その男は緑の装束を着ていた。

 そしてその男の後ろからひょいと顔をのぞかせたのは、同じく緑の装束を纏った善法寺伊作だった。

 

 「あ、綾科さんじゃない。おはよう。」

 「・・・おはようございます。」

 「なんだ伊作、知り合いか?」

 「知り合いかって、昨日話しただろう?綾科ユイさんだよ。」

 「ああ、そういえば顔は見た事あるような。確か校庭で挨拶してたな。」

 「綾科ユイと言います。よろしくお願いします。」

 「俺は6年は組、食満留三郎だ。よろしくな。」

 「それでは私はこれで・・・。」

 「あれ、綾科さん朝ご飯食べに行かないの?」

 「あー、今混んでいるので、出直します。」

 「んー?でも僕らが座れる席くらいはありそうだよ。綾科さんちょうどいいから一緒に食べよう。」

 

 食堂を覗き込みながら空いてる席を確認し、こちらを向いて「ね?」とにっこり微笑んで言われると断るに断れない。この男には大きな恩があるし。隣のつり目がものすごく気になるが、ここはもう頷くしかなかった。

 そう決まるやいなや2人は颯爽と食堂へ入っていき、カウンターから食事を受け取っている。早いよ。

 ・・・・仕方ない。

 のろのろと気が乗らないながらも食堂へと入っていく。

 カウンターへと向かい、おばちゃんに朝の挨拶をして食事を受け取る。

 先に席を確保していた伊作が「こっちこっち」と手を振っているが、やめていただきたい。目立つだろ!

 その証拠に遭遇した事のない忍たま・くのたま達がちらちらと私に視線をよこしている。

 私はその視線から逃げるようにして伊作と食満の待つテーブルへと向かった。

 2人の向かいに「失礼します」と声をかけて座る。 

 

 「昨日あれから話せなくて心配だったんだ。でも良かったよ、ちゃんとここで寝泊りさせてもらえてるんだね。」

 「あ、はい。おかげさまで。ありがとうございました。」

 「お礼なんていいよ。そうそう、どこか怪我をしたり体調が悪かったら遠慮なく医務室に来てね。僕は一応保健委員長だから。」

 「不運委員長とも言われてるけどな。」

 「不運・・・?」

 「ちょっと留三郎、変なこと吹き込まないでよ。」

 「変なことっていうか事実だろ。」

 

 こいつよく落とし穴に落ちるわ怪我するわで本当に不運なんだと、隣のつり目が笑いながら話しているが、それって笑い事なんだろうか?まぁそれでもピンピンしてるんだから、逆にすごい悪運が強いんじゃないだろうかとも思ってしまうが。

 しかし、最初会った時は気づかなかったが今よくよく観察してみると、うん、確かにこの男は運が無いかもしれない。何か憑いてるもんな。多分そいつのせいで不運なんじゃないだろうか。

 

 「善法寺さんが不運なのは、善法寺さん自身のせいじゃないですから、まぁ気にする事ないんじゃないですか?」

 「え?」

 

 私の言葉にきょとんとする2人。

 しまった。また余計な事を言ってしまったのか私は。

 「いえ何でもないです」と慌てて首を振り、ご飯を急いで食べる。

 また居づらい雰囲気を自分から作ってしまうとか、私ってやっぱり鳥頭なんだろうか。

 ここにあの隈男やら残念顔やらがいなくて良かった。

 さっさと食べ終わって食堂から出て行こう、そうしよう。

 

 (あ、でも今日からの仕事、一体何をするのか聞いてないや。食堂で待つべきなのか?)

 

 「そういえば、あーえっと、綾科?」

 

 これからの事を考えているとつり目が突然話しかけてきた。

 

 「あ、はい。何でしょう?」

 「綾科はここで何の仕事をする予定なんだ?昨日の紹介ではお手伝いとしか言ってなかったが。」

 「昨日の時点ではまだ仕事の振り分けが出来ていないから、今日伝えるとの話でした。主に力仕事を手伝う事になると思います。」

 「そういえば料理とか全然した事無いって言ってたもんね。」

 「料理した事無いって、嫁の貰い手ないんじゃないか?」

 「土井先生と同じような発想ですね・・・・。」

 

 しかもこのつり目、土井先生とは違い最後までよどみなくはっきり言いやがった!

 「はは、悪い悪い」とか全然悪いと思っていなさそうな口調で謝られても嬉しくない。

 

 「いいんです。した事無い事実は変えられませんし、これから出来るようになる予定です。」

 「そうか、頑張れよ。」

 「僕も応援してるよ。」

 「じゃあもし料理失敗したら毒見してくださいね。」

 「ええ!?失敗した時だけ!?」

 「成功したら自分で食べます。」

 「どっちにしても先に味見しろよ・・・・。」

 

 つり目のごもっともな突っ込みはスルーして、とりあえず食事を終えた。

 2人も食事が終わったらしく、「さて、それじゃそろそろ教室に行かないと」と言って立ち上がる。

 

 「綾科さんは?これからどうする予定なの?」

 「とりあえず食堂で食事しとけって言われてたので、しばらくここで待ってみる事にします。」

 「そっか、じゃあ僕達は授業に行って来るね。」

 「はい、いってらっしゃい。」

 「またな。」

 「はい。」

 

 軽く手を振って2人を見送る。

 ・・・2人と居た時からちくちくと刺さっていた視線は2人がいなくなってから更に強くなった気がする。

 ここで待つのは物凄く辛いので、とりあえず食堂裏にでも行ってよう。

 カウンター越しにおばちゃんに「ごちそうさまでした」と言ってお盆を置くと、おばちゃんが手招きをしていた。

 

 「?どうしました?」

 「ちょっとこっちに回ってくれない?手伝ってほしいことがあって。」

 「・・・?はい。」

 

 言われるがままにカウンター側へと回りこむ。

 

 「実はじゃがいもの皮むきを手伝ってほしいのよ。夕食に使うんだけどね。裏に用意してあるから、お願いできるかしら?」

 「え、いや、でもあの、私料理はからっきしで。」

 「だから、練習だと思って、ね?」

 「え、え。」

 「先生方からもユイちゃんに手伝ってもらえばいいって言われてるし、基本は教えるから、いい機会じゃない。」

 「はぁ・・・・。」

 

 先生方がOKを出したという事は、今日の仕事はおばちゃんの手伝いメインでいいのだろうか?

 まぁ食堂裏にいれば最悪土井先生が見つけて仕事を言いつけてくれるだろう。

 そんなこんなで正式なお手伝い初日は、じゃがいもの皮むきから始まったのだった。

 

 

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じゃがいもの皮むきレベルが上がった

 

 

 多分今は朝の9時くらいだと踏んでいる。

 夕食が早くても夕方の5、6時だとして、仕込みの時間を考えると5,6時間は猶予がある。

 それでも終わる気がしなかった。

 

 

 おばちゃん、私やっぱり料理の才能は無いようです。

 

 

 

 

 じゃがいもの皮むきを頼まれ、包丁の持ち方から皮のむき方まで丁寧におばちゃんに指導され、「じゃあよろしくね」と1人にされて見たのは、山盛りのじゃがいも。何十人分あるんだろうか。これ全部剥けってか。

 学園の生徒と教師全員分だと思われるこの量を、おばちゃんは毎日どうやって捌いているのだろうか。ただただ尊敬してやまない。

 とりあえず始めない事には終わらないのだからとじゃがいもの山から1つ手に取り、渡された包丁を使って皮むきを始めてみるも、じゃがいもはぼこぼこしておりなかなか上手く剥けない。見本に1つおばちゃんが剥いてくれたじゃがいもが綺麗に水の張った桶の中でお友達を今か今かと待ち続けているようだが、すまない、君のお友達は例えお目にかかれたとしてもずたぼろに拉致されたようになって君の目の前に現れるに違いない。

 

 こうなれば自分ルールでも決めてこの状況を楽しむしかない。

 今自分は冒険を始めたばかりだ。レベルはもちろん1。じゃがいもは敵だ。倒せば経験値をもらえる。とりあえず10経験値を積めばレベルが1上がる。

 よし、何だかやる気になってきた。

 もたもたと時間はかかるが何とか1つ目のじゃがいもの皮を剥き終わる。

 

 「よし・・・ユイは1の経験値を得た。また敵が現れた・・・。ユイの攻撃・・・。」

 

 そんな事をぶつぶつとつぶやきながらしていると、何だか楽しくなってきた。

 気分が乗ってきたところで皮むきの速さは特に変わらないのだが。

 そんな亀のような速度でも、こつこつとやっていると確実に進むのである。舐めきったウサギ野郎とは違い、私は努力の亀だ、うん。

 

 「よし・・!ユイは1の経験値を得た。ユイはレベルが2になった。」

 「何のレベルだ?」

 「うひゃおうっ!?」

 

 突然声をかけられて思わず手がすべり、危うく包丁が指にざっくりな大惨事になるところだった。まったく、誰だ突然声なんてかけてくる奴は!

 ばっと顔を上げるとそこには「う、うひゃおう?」などと目を点にしてちょっと汗水たらしてる鉢屋の友達と思われる兵助なる男がいた。

 意外な人物が登場して私は内心焦った。

 今の状況だと良くて土井先生、悪くて鉢屋三郎、もっと悪くて潮江文次郎かなと一瞬よぎったのに予想の斜め上をいかれたではないか。

 そもそもこの男との接点は昨日食堂からUターンした時にちらっと遭遇しただけなのに、一体何の用だろう?

 

 「あ、えっと、確か鉢屋さんのお友達、何か御用でしょうか?」

 「俺は5年い組の久々知兵助。土井先生からの伝言を伝えにきた。今日の仕事は食堂のおばちゃんの手伝いと、それが終わったら薪割りをして欲しいそうだ。」

 「わかりました。・・・・って、え?終わったら薪割り?終わったら?」

 「そうおっしゃってたが・・・何か不都合でも?」

 「不都合といいますか・・・・・。」

 

 終わるわけがねええええええええええええ!!!

 土井先生あんた実は鬼だったんだな!そうだったんだな!

 私が料理した事ないから食堂のおばちゃんの手伝いは無理ってあれだけアピールしてたにも関わらずこの仕打ちはもう鬼の所業ですよね!?終わったら薪割り!?確かに私のお手伝い人生は今まさに終わりを告げようとしているがしかし!それなら薪割りひたすらさせてくれた方が何倍も何倍もお役に立てるんですけど!!皮むきより薪割り!皮むきより薪割り!

 

 「いや、あの・・・・俺も手伝うから。皮むき。」

 「なん・・・・ですと?」

 「だから、皮むきを手伝うって言ってるんだけど・・・。」

 「か、神様が降臨なさった!」

 「いや神様って・・・・大げさな。」

 

 崇め奉らねば!っていうかさっきの絶叫とか心の中だけで叫んでたつもりが全部声に出ちゃってたんですね。私ったらお茶目さん。

 「これ全部剥けばいいんだな」と言いながら食堂裏の倉庫から適当な高さの台を腰掛用に持ってきて、おばちゃんから予備の包丁を借りて皮を剥き始めた。

 なんかすごいそつが無いというか、無駄な動きが少ないなこの人。

 

 「あの、手伝っていただき、ありがとうございます。」

 「今日は俺の組は自習だったし、土井先生に頼まれたから気にしなくていい。」

 

 お礼を言ってから私も皮むきを再開したわけだが、私がもたもたと1個むき終わった時点で久々知はもう3つ目が終わっていた。・・・・あ、何か目から汗が出てきそうだ。

 このままではお手伝い人生もそうだが女としても終わりそうな気がして、私は皮むきに必死になった。1つ目をむく時よりは少しは速くなったかもしれないが、これは相当数こなさないと上達しないな。

 元からあまり手先は器用な方じゃなかったしな。

 やっぱり苦手は克服した方が生きていくのには都合がいい。おばちゃんの手伝いはなるべく頑張ってする事にしよう・・・。

 そんな事を考えながら皮むきをしていると、久々知がこちらをちらちらと見ているのに気がついた。

 ・・・・そのちら見、何か嫌だな。

 

 「・・・あの、何か?」

 「いや・・・本当に料理した事が無いんだなと思って。」

 

 どうやらあまりにも私に皮むきの才能が無いのを見抜かれたようだ。

 だから最初から言ってるじゃないか。した事無いって!嘘だと思うならこの包丁さばきを見るといい!

 

 「どこか身分の高い家柄の娘とか、よっぽどの事情がないと普通は料理くらいした事あるもんだと思ってた。」

 「そうですか。まぁそうかもしれませんね。」

 「そういえば武家の家柄と土井先生がおっしゃってたが。」

 「武家・・・。」

 

 武家じゃありません。そもそも私のいた時代に武家とかもうありません。残念。

 これはどう答えるべきか。

 暗に『料理すらした事無いなんて一般人じゃないんだろ?』と言いたいのは丸わかりなのだが、まぁ確かに料理は専属の料理人がいたし、どこをどう取っても一般の家とは言い難い。かと言ってここで武家を肯定すると嘘になる上、もしどこの武家だとか突っ込んで聞かれたら答えようがない。寺社関係だと料理少しもした事ないというのは不自然だろうし。

 もうここは正直に言うべきかもしれない。占い出来る事はバレてるわけだし、深い話にならなければ大丈夫だろう。

 

 「武家ではなく、えーっと、霊媒師的な?そんな感じでしたが。」

 「霊媒師?」

 

 あ、やばい、すっごい怪しんでる。眉間にしわ寄りすぎです久々知さん。美形が台無し。

 そうか、生徒には占い出来る事なんて伝わってないんだっけな。

 

 「お祓いとかそういうのを生業にしていた家でしたけど。」

 「ふぅん・・・・。じゃあ綾科さんも、そういう力があるわけだ?」

 「あー・・、私にはお祓いとかできる力はありません。出来るのは占いくらいで。」

 「占い?」

 

 今は、という言葉はあえて言わなかった。

 しかし『占い』という言葉が久々知の好奇心を刺激したのか、家柄云々の事よりもそっちに食いついてきた。これはありがたい。

 

 「占いか・・・。そういえば昨日勘右衛門が何かアドバイスされたとか言ってたな。」

 「勘・・?あー、尾浜さんですね。まぁ成り行きで。」

 「じゃあ俺にもアドバイスできるのか?」

 

 アドバイスねぇ・・・。尾浜勘右衛門の場合はあんなものアドバイスでも何でも無いのだが。

 私の眼は姿を映した者が強く思っている心の欠片を映し出す。その思いが強ければ強いほど鮮明に映るが、視ようと思って視ないと映し出すことは出来ないし、小さな思いは全くもって映し出せない。何でもかんでも勝手に映し出されてはその膨大な量によって私の自我が崩壊してしまうだろうから助かるが。なので普段は決して人の心を覗き見することはない。

 しかしごくたまにだが、私のこの眼と相性がいい人間の心は勝手に見えたりする。潮江文次郎の場合がいい例だ。奴と相性がいいというのは極めて不愉快だが、断じて私が勝手に彼の心を覗き見したわけではない。・・・『その先』が見えたということは相当私の眼と相性がいいんだろう。普段はその悩みを占いという手段で解決に導く方が多いのに。

 さて、アドバイスできるかと言われたんだから遠慮なく久々知の心の中を視てみるとしよう。

 私は久々知の顔を心を見透かすように見つめた。

 彼の心が視える。

 

 

 

 

 ――――ずきん。

 

 

 

 

 

 彼の心を占めているもの。

 それは、私への明らかな猜疑心。

 『デタラメに決まっている』『刃物を持っているから要警戒』・・・・。

 正直ここまであからさまに思われているのがわかると、ものすごくショックだ。

 

 (アドバイスも何もないだろ・・・・。)

 

 私はデタラメ言ってないし、刃物持ってるからって何もする気が無いとでも言えばいいのだろうか。

 とてもじゃないが言う気にもなれず視線を久々知から逸らしてしまった。

 気を紛らわすために手に持っているじゃがいもに意識を持っていってみるが、彼の心を視た時のあの痛みが消えない。

 自分に向けられる悪意は痛くて、悲しくて、辛い。

 

 「どうしたんだ?」

 「えっと・・・・、すいません、ちょっと寝不足なので、また今度。」

 「そうか、残念だな。」

 

 あんまり残念そうに聞こえないが、とりあえずは回避できたようだ。

 しかし今後この男と和やかに会話を交わす自信はかき消えた。それでもじゃがいもは無情にもこんもりと小山を作っている。・・・・もはやため息しか出ない。

 仕方がないので皮むき作業は続けるが、どんな拷問だろうこれは。

 私のこの無いに等しい皮むき技術が憎い。もっと技術があればこの痛い沈黙から早く脱出できるのに。

 もっとレベルがあれば・・・!!

 

 

 その日、私は見事じゃがいもの皮を剥ききったのであった。(もちろん久々知の手伝いはあったが)

 そう、私のじゃがいもの皮むきレベルは、格段にアップしたのだった。

 これもひとえに、久々知兵助という男のおかげかもしれない。

 彼と2人で過ごしたくない一心で、ひたすら皮を剥き続けたおかげだ。その点だけは感謝しなければ。

 

 「それじゃあ、俺はこれで。薪割りの場所わかるよな?」

 「あ、はい、わかります、わかりますとも。手伝っていただきありがとうございました。それでは。」

 

 久々知がくるりと背を向けたのを確認して、はぁーーーっと深いため息をつく。

 やっと地獄の状況から抜け出せた。

 と思ったら、

 

 「あ、そうだ。」

 「うわはい!?」

 「うわはい?」

 「いえびっくりしただけです!な、何でしょうか?」

 「豆腐、好きか?」

 「え、豆腐?」

 「そう、豆腐。」

 「は、はい、好きですが。」

 「そうか。」

 

 振り返りながらそう言った久々知はまた背を向けて今度こそ振り返らずに姿を消したのだが、何だったんだろう今の質問は。しかも最後は心なしかあの無表情が和らいで少し笑っていたような気さえする。

 謎の男久々知兵助。要警戒。そう心のメモ用紙に書き込んだ昼下がり、食堂裏での出来事だった。

 

 

 さぁ、薪割りに行かなければ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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閑話―久々知兵助

 

 

 ※初日の話

 

 

 

 学園にお手伝いさんなる人間がやってきた。

 1年は組がでかい声で噂をしてたが、なんでも裏山で倒れているところをいつもの3人組が見つけたらしい。

 校庭で皆の前で挨拶していた時のちょっとおどおどした態度が印象に残っている程度で、別になんら気にも留めていなかった。とりあえず話す機会があったら豆腐が好きかどうかだけ聞いとくか、くらいのものだ。

 学園長先生から解散の号令が出て皆がぱらぱらと教室や長屋へ戻っていく中、三郎が「怪しい。私が正体を確かめてやろう」なんて言って後をつけて行ったが、いつもの好奇心の方が勝ってるんだろうなと思った。お前授業はいいのかと問うと、5年ろ組は今日自習らしい。そういえば明日は俺達5年い組が自習と学級委員長の勘右衛門が皆に連絡していたのを思い出す。2,3日前から授業も早めに切り上げたりと、先生方は何かと忙しそうだ。

 

 委員会活動を終えると、ちょうど八左ヱ門と一緒になり食堂へと向かうことにした。

 

 「八左ヱ門、今日はもう終わりなのか?いつもなら逃げた毒虫を探してる最中なのに。」

 「今日は俺が自習で早めに飼育小屋を見に行ったから、被害が最小限だったんだ。」

 「なるほど、いつもそうなら苦労しないのにな。」

 「まったくだ。」

 

 そんな他愛のない話をしながら廊下の角を曲がると、廊下の先からぎゃあぎゃあと言い争う声が聞こえてきた。

 視線をやるとそこには三郎と、今日紹介された綾科ユイなる人物が言い争っていた。

 内容はよく覚えていないが、実にくだらないことだったのは確かだ。

 八左ヱ門が三郎に声をかけるが、三郎の両手は綾科さんのこめかみを拳骨でぐりぐりし続けていた。不憫に思って三郎に声をかけると、三郎の手から逃れた途端に名前だけ言って颯爽と廊下を走って行った。なかなか速い。

 その後3人で食堂に行き、俺と八左ヱ門は三郎に彼女の事を聞いてみることにした。

 

 「さっきのは完全にじゃれあってたよなぁ、兵助。」

 「しつこいぞハチ、私は生意気な人間にお灸をすえてやっただけだ。」

 「それで、彼女の正体はわかったのか?」

 

 三郎は八左ヱ門にぶつぶつと文句を言っていた時とは顔つきを変えて俺の方へと向き直ると、実に神妙な声で語り始めた。

 

 「私の見立てでは、少なくともくのいちではない。くのいちにしては己のことを暴露しすぎだからな。だがだからと言って白かと言われれば、まだ何ともいえないところだ。」

 「ふーん、でもくのいちじゃないなら忍術学園に敵対する勢力じゃないんじゃないか?」

 「わからないぞ。雇われている可能性もあるしな。」

 「ちなみに何を暴露されたんだ?」

 

 三郎の最初の言葉が気になって突っ込んでみると、三郎は眉をしかめて口ごもった。何だ?言いにくいことでも暴露されたのか?

 

 「特技とやらを暴露されたんだが・・・・イマイチわからん。」

 「なんだそりゃ。」

 「私は自分の目で見た事しか信じないタチだからな・・・・・目に見えないものを見せられてもおいそれと信じる事が出来ない。」

 「目に見えないもの?」

 「強いて言うなら占いだそうだ。」

 

 その言葉を聞いて俺はあからさまに顔をしかめた。

 三郎と同じで俺も目に見えないものは信じない事にしている。幽霊なんかがまさにそれで、そんなもの存在しないと思っている。ついでに言うと非理論的な事にも拒絶反応を示してしまう。占いなんてそもそも何のために存在するのか疑問だ。根拠も何もない上に当たったり当たらなかったり、本当に意味がわからない。

 

 「占いねぇ。俺にはよくわかんねぇけど、三郎はそれを見せられたんだろ?」

 「ああ・・・・。」

 「当たってたのか?」

 

 八左ヱ門の質問に三郎は十二分に間を置いてこくりと頷いた。

 

 「へぇーすげぇな。俺も今度虫達が逃げたら占ってもらうか。」

 

 素直に感心出来るのは八左ヱ門のいいところだと思うが、俺はそうはいかなかった。

 まず疑ってしまう。これは5年間忍たまをやっている賜物なのだろうか。

 

 「何かタネとかがあるんじゃないか?」

 「私もな、それは考えたんだ。しかしタネを仕込むには学園内に協力者が必要な状況だったし、誰かと接触などはしていないし・・・・特技が占いという点は納得せざるを得ないかもしれない。」

 

 あの疑い深い三郎が『信じたくはないが信じるしかない』というほどのものを見せつけられたとあっては、俺も頭から疑うよりもまずその力を見てみたいと純粋に思った。

 

 

 

 

 

 

 

 夜、風呂から上がり長屋の自室へと戻ると同室の勘右衛門が文机に向かっている光景が目に入ってきた。俺が帰ってきた事に気づきながらも、視線は文机の上へと向けられたまま「おかえり兵助」といわれたので「ただいま」と返した。

 

 「何してるんだ?」

 「木下先生に頼まれてちょっと調べ物。もうすぐ終わるし、兵助は先に寝てていいよ。」

 「じゃあ勘右衛門の布団もついでに敷いとくよ。」

 「ありがとう。」

 

 短い会話を終えて勘右衛門は再び先生に頼まれたという調べ物をするために、恐らく図書室で借りてきた本とにらみ合いを再開した。俺はその間に2人分の布団を敷く。俺の分を敷き終わり、次は勘右衛門の布団を敷くために押入れへと足を進めた時、「そうそう」と勘右衛門が話しかけてきた。

 

 「今日紹介されたお手伝いの綾科さんにばったり遭遇したよ。」

 「そうなのか。何か話したのか?」

 「それがさ、俺が木下先生のところに行く途中で会ったんだけど、鉢屋と一緒にいてさ、何かケンカしてるんだけど、もう漫才みたいなの!」

 

 その時の事を思い出したのかけらけらと笑いながら勘右衛門は話してくれたが、あいつら常にケンカしてるのか。

 

 「俺も言い争ってるところは見たな。」

 「綾科さんすごいよね、鉢屋に口で負けてないんだもん。」

 「力で負けてたけどな。」

 

 あの痛そうなこめかみの拳骨を思い出す。三郎もなかなか大人気ないというか何というか・・・一応素性もわからないとは言え女相手に結構本気だったぞあれは。

 

 「それにさ、綾科さんすごいんだよ。」

 「?何が?」

 「何かアドバイスしてよって言ったらさ、俺が木下先生に呼ばれてることを言い当てちゃったんだ。」

 

 それを聞いた瞬間、俺の中で警戒心がどっと湧き出した。

 三郎は何を言っていたっけ?

 『学園内に協力者が必要な状況』、『誰かと接触はしていない』・・・・。

 本当にそうなのだろうか。

 今日初めてこの学園に来たかのような紹介だったが、木下先生の名前を知っている事、勘右衛門との関係、それに木下先生から呼ばれているという情報・・・。あらかじめ誰かから情報を得て、誰かが勘右衛門を意図的に木下先生に呼び出されるような状況を作るのは不可能じゃないかもしれない。学園内に協力者は必要だが、その協力者と彼女自身が接触する必要は無いのではないか。

 もしそうだとしたら、『特技が占い』というのも『言い当てた』というのもそう思わせたいだけの真っ赤な嘘になる。

 これは確かめる必要がある。同級生が騙されたとあっちゃ後味も悪い。

 嘘だと証明しなければ。

 そんな事を思いながら、俺は勘右衛門の分の布団を敷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

説明
特殊主人公トリップ連載。5年生寄りの上級生中心・シリアス時々ほのぼのギャグ。
能力を封じられ本家から捨てられた主人公が目覚めると、そこは忍術学園だった。生きるため、そして力を取り戻すために奮闘するお話。
2日目開始。
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