混血
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「混血」

 

 生きる意味とはなんですか。

 

  ◆    ◆

 

 月が出ていた。

 満月ではないが……疼く。

 血が。

 体が。

「今日は……危ない……」

 そう判断した私は地下室へ降りて、鍵をかける。

 そして、壁に空いた窪みの様な小さな穴へ鍵を入れる。

 念のために。

 ここに来るのも今月に入って何度目だろうか?

 もう慣れた……と言うには三年という年月はあまりにも短すぎる……。

「月は嫌いじゃなかったのにな……」

 

 今から六年前。

 私は、友達と一緒に森へ遊びに行った。

 両親には入ってはいけないと言われている森へ……。それまではその約束を守っていた。でもそのときは、ちょっとなら大丈夫……とでも思っていたんだろう。子供心、冒険心の様な、禁忌に触れたがる、ある種の精神異常。

 森は深かった。

 そして暗かった。

 お化けでも出てきそうな雰囲気を愉しみながら、私達は歩いた。悪いと思いつつ、内心では愉しみ、危ないと知りながら、その実はたいしたこと無いと思っていた。

 そして――私達は狼に襲われた。

 悲鳴を聞き、駆け付けた猟師によって狼は射殺された。

 射殺されたが……私はひどい怪我を負い、私の友達はまもなく息絶えた。

 

 それがまず最初の悲劇……。

 そして、今へ至る引き金。

 トリガー。

 友人を亡くした私は悲しみにくれた。

 私は……背中に大きな傷は残るが……こうして生きている。

 あの時、私が止めていたら……。

 両親との約束を思い出して、森へ行くのをやめていたら……。

 

 そしてそれから三年後……。

 つまり今から三年前……。

 背中の傷は癒え、心の方も普通の生活を送れるほどには回復していた。

 時間とはあらゆる傷の特効薬だ。

 どんな喜びも、どんな悲しみも、人の想いは時間とともに風化し、そして慣れる。

 しかし、ふとしたときにあの時の事を思い出し、溢れ出してしまうこともあった。

 背中の痛みさえも戻ってくる、鮮明な記憶。

 そんなある日の晩だった。

 その日は満月。雲もなく、綺麗な月夜。

 久しぶりにあの日の事を思い出していた。

 友達のことを……。

 この傷のことを……。

 

 と、不意に背中の傷痕が痛みだした。

 刺すような痛み。

 すると同時に体中が熱くなる。

 熱い。

 頭が痛い。

 背中が痛い。

 傷が熱を持っているよう。

 熱い。

 熱い。

 熱い。

 尋常でない声を発しながら階下へ急ぐ。

 両親の元へ。

 悲鳴。

 悲鳴。

 悲鳴。

 自分で発しているのかどうかもわからない。

 悲鳴。

 悲鳴。

 また悲鳴。

 うるさいな。

 静かにしてよ。

 こっちは大変なんだから。

 悲鳴。

 悲鳴。

 腕を振る。

 腕を振る。

 悲鳴が一つ消える。

 悲鳴。

 銃声。

 銃声。

 銃声。

 めちゃくちゃに体を動かす。

 何も見えていない。

 ただ刺すような痛みと狂ったような音の中で動く。

 動く。

 動く。

 音。

 音。

 音。

 そして赤。

 赤。

 赤。

 音が止み……

 視界が、世界が、反転する。

 フェードアウト。

 

  ◆    ◆

 

 こうして私は人狼になっていた。

 三年前のあの日、気がつくと私は血の海に一人佇んでいた。

 両親は二人とも死んでいた。

 父の手元には猟銃があった。

 六年前、私を助けてくれた猟銃で撃たれるなんて……まるで傑作だ。

 家の中はめちゃくちゃ。

 家具も何も原型を残しているものは少ない。

 これら全てが自分の所為だと気付くのには時間がかかった。

 とはいえ、血の海の中に私一人血まみれ。

 自分は傷はほとんどない。(どうやら父は、自分を襲っている化け物が自分の子だと気づいたらしく寸前で狙いを外したようだ)

 そんな状況で自分以外の誰がこんな事をするもんかということはわかっていた。

 が考えたくもなかった。

 だがしかし現実とは残酷なもので、混乱し、あやふやだった記憶も徐々に戻り、

 ついには事実を知る。

 私は、そして家を焼き、遠く離れた山へと消える。

 

  ◆    ◆

 

 そして今。

 今まで実際いろいろな事を調べてきた。

 人狼のこと、家族のこと、狼のこと……

 そしてわかったことは、私の体には元々人狼の血が流れていたということ。

 そして6年前の出来事がその血を呼び覚ましてしまったということだった。

 私の先祖には……何代前かは知らないが、人狼がいたらしい。

 だがしかし子へ、孫へ、といくにつれて徐々にその血も薄まる。

 だから両親は普通の人間、普通の人だった。

 私は、偶然人狼の血を色濃くついでいたらしく(後で知ったことだが隔世遺伝というらしい)そして六年前狼に襲われた事がきっかけでその血が目覚めだして、とうとう三年前、満月のあの晩に覚醒したということだ。

 この山小屋へきて以来、二度とあのような惨事を招かぬよう、月の明るい夜には、血が疼き出す日には、こうして地下の石室にこもり、鍵をかけ、人狼に変わったとき手が届かぬように小さな穴へ鍵をしまう。

 

 

 何故だろう。

 何故私はこうなのだろう。

 私の体には狼の血が流れている。

 人の血と狼の血が濃く混ざり合う存在。

 私は今日もまた、地下で孤独をすごす。 

 

『願わくば次こそは両親と、友達と、普通に暮らせる人生を』

 

 忌々しい月へ願いを込めて。

説明
創作始めた頃の作品、を軽く修正したもの。
人狼の話。流血表現アリ。
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コメント
[夢双] さん>この先いくつか続きがあるので、お楽しみにという感じです。 コメントありがとうございました。(零)
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