インフィニット・ストラトス―絶望の海より生まれしモノ―#81
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文化祭の((学園内限定開放日|リハーサル))を翌日に控えた金曜の夜、千冬は学園を離れていた。

 

((人工島|メガフロート))である学園からモノレールで出て、更に数路線を乗り継ぐ事半時間。

目的地は学園にもっとも近いオフィス街の一角にある高級ビジネスホテル………

 

 

 

 

 

 

 

………ではなく、その高級ビジネスホテルの比較的近場にある居酒屋が一室。

 

 

そこで千冬はある『二人組』と酒を酌み交わしていた。

 

 

 

「コレが明後日の入場券だ。」

 

IS学園の正式書類を取り扱う際に用いる封筒をテーブルの上に投げる。

その中には『学園が招待する来賓用の入場券』が二枚入っている。

 

「はい、確かに。………それにしても、文化祭直前だってのに良く来れたね。」

「お忙しいのでは?」

まあ、『ある二人組』と言ってもそんな大層な物では無い。

 

 

束とナターシャの二人だ。

…表向きは『槇篠技研からの来賓』と言う事になっているし、身分も実際そうなのだが。

 

何故その二人が学園に比較的近いこんな場所に居るかと言うと、八月末に槇篠技研で約束した『入場券』の受け渡しと『飲み』の約束を果たす為である。

 

「何、頼りになる後輩が頑張ってくれているのでな。」

事実、千冬が居なくとも真耶と千凪の二人が居れば大体何とかなる。

もっとも、仕事的な意味で何とかなるのであって、悲鳴を上げる事になる数人については完全に度外視されているが。

 

「うわぁ…くーちゃん可哀想……」

「こういう上司が居るから、八月末みたいに憔悴しきって、世を儚む定年間際な会社員みたいな目を……」

 

「そこ、うるさいぞ。」

 

少しばかり語調を強めて二人が話題に挙げて勝手に盛り上がり始めた『有る事無い事』を遮る。

 

(そもそも夏休み中のアレは私が正当な休暇を取ったら真耶まで休暇になり、更に学園に残っていた生徒連中が羽目を外しただけであって、私に非はない……筈だ。)

 

そう、思いたい千冬だがイマイチ自信が持ち切れない。

『学園に残っていた連中』を千冬の威光が抑え込んでいたが故に抑圧されていた面々が千冬の不在を知って動き出し―――同等に近い制圧力を持つ空に潰されたという事情を知っているが故に。

 

「今回も、ちゃんと就業時間が終わってから出てきている。」

 

それだけ言って千冬はグラスになみなみとあるビールに口をつけて誤魔化す。

 

拗ねたようにも見える千冬に束は微笑みを、ナターシャは多少の驚きを含んだ表情を浮かべながらそれぞれの手元にあるグラスを傾けた。

 

 * * *

[side:千冬]

 

「そういえばさ、」

 

「ん?」

 

三人で取り留めもない話をしながら飲む事数刻余。

 

「こないだの一件、ほら。ウチの馬鹿がやらかしたアレ。」

 

束が唐突にそう切り出してきた。

 

話題に上がっているのは新学期が始まったとほぼ同時期に起きた『一夏が女に箒が男になった』あの一件。

 

「ああ、それが如何した?」

 

「うん。アレの元凶はきっちりとっちめたし、サポートは出来る限りさせてもらったけどさ。……どうだった?」

 

丁度空いた私のグラスに日本酒を注ぎながら訊ねてくる。

 

「ふむ、そうだな………」

 

二学期が始まって一週間の様子と千凪の仕事量を思い返してみる。

と言っても、あの頃は私自身が仕事の山積みに四苦八苦していた時期だったから余り正確ではないだろうが………

 

「確かに少々騒ぎになったりはしたが、あの程度学園なら日常茶飯事だぞ。」

 

少しばかり『お茶目』が過ぎた時と大差無い。

なんせ、騒ぎが起こると一番仕事量が増える千凪が私の世話を焼く位には余裕があったのだから。

 

「千凪が目を光らせていたから生徒会も一般的な常識の範囲内での行動しか起こさなかったし、他の連中も似たようなモノだったぞ。千凪の仕事量も然して増えた様子は無かったしな。」

 

私としては至極まっとうに応えたつもりだったが束が求める答えとは違っていたらしい。

 

「そうじゃなくって、ちーちゃん的にはどうだったかって事。」

 

肴のたこわさを摘まみながら束が訊ね直してくる。

 

「どう、と言われてもな………」

 

 

『どう答えればいいのか判らない』というのが本音だ。

 

当然ながら、色々と複雑な想いも抱いた。

 

 

少なからず驚いたし、『弟が妹になる』という状況にそんな素振りこそ見せなかったが相当に慌てもした。

 

二人の『これから』を考えて苦悩もしたし、その反面『一夏が世界で唯一の男性IS操縦者』では無くなった事に少しばかりだが安堵を感じても居た。

 

…箒が『((IS開発の表看板|しのののたばね))の肉親にして今現在、世界で二機しか存在しない第四世代型ISを保有する男性IS操縦者』という複雑かつ嫌になるほど注目されるネームバリューを得てしまう事に対する同情と憐憫も無かったわけではない。

 

 

 

 

だが、不思議と違和感のようなモノは感じなかった。

 

むしろ異常であるハズの状況が余りに自然過ぎて『それが当然』だと思える場面もあったくらいだ。

 

そう、なんとなくだがどこかで見覚えのあるような、そんな((既視感|《デジャヴ》))のような………。

 

確かに、前に一夏が私の姉で箒が束の兄という夢を見たことはあったが、あの夢の中の一夏とは印象が完全に違う。

圧倒的に落ち着きとか老成した感とか母性が足りない。

………あの一夏もあと数年すれば『あの夢のよう』になるのだろうが。

 

 

「ちーちゃん、おーい。」

 

思考の海に潜りつつあったところを束に呼ばれてハッと我に返る。

 

そして、その既視感の原因に行きついた。

 

「そうか………そういうことか。」

 

「どしたの、ちーちゃん。」

 

「いや、なに。一夏と箒は間違いなく私たちの弟妹だとしみじみ思っただけだ。」

 

「?」

 

何を当然なことを言うのだろうか、と言いたげな束の表情に私は微笑みを浮かべる。

 

これに気づけるのは、私と束と、あとはアキト兄さん位だろう。

 

「なあ、束。私たちが高校の一年生だったころを覚えているか?」

 

「とーぜん。」

 

「なら、その記憶の中のお前を一夏、私を箒に置き換えてみろ。ああ、あの事件中の姿でな。」

 

「?」

 

わけが解らない、という様子だが一応想像しているらしい。

視線が上に向いて思い出そうとしているようだ。

 

「それがどうしたの?」

 

「不思議と、違和感が湧かないだろう。」

 

「確かにそうだけど………」

 

「あの一件で私がどう思ったか、だったな。」

 

私がそういうと束は困惑でいっぱいだった表情を少しばかり引き締めた。

 

「あの一件が起こって慌てもしたし驚きもしたが、不思議と懐かしさを感じたよ。」

 

「懐かしさ?」

 

「まるで、九年前の自分たちを見ているようでな。」

 

九年前………丁度私たちが高校一年生だった頃。

あの頃、私と束はいつもセットだった。――今の、一夏と箒の様に。

私は、『束が何かをやらかさないよう』に目を光らせ、束もまた『私が何かをしでかさないよう』に気を張っていた。

 

 

私も束も一夏や箒ほどの社交性は持ち合わせていなかった。

しかし、それでもそれなりの数の友人やクラスメイトに囲まれて楽しくやれていたと、私は思う。

 

まあ、高校の卒業と同時に切れてしまった縁ばかりではあるが。

 

「………そっか。」

 

束が優しい微笑みを浮かべる。

 

つられて私も束が注いでくれた酒を傾けつつ微笑む。

 

「じゃあさ、弟が妹になっちゃった感想は?」

 

「一夏は一夏だ。性別がどうであれ大差はない。」

 

「へー。」

 

束の目が変わった。

 

なんともいい予感がかけらもしない目だ。

 

そう、あれは悪戯をして相手が引っ掛かる直前になった時に浮かべるような…

 

「じゃあ、ちーちゃんはいっくんをお風呂に誘うのはなんの抵抗も無い、と。」

 

「っ!?」

思わず、吹きそうになった。

 

それを無理に防いだせいでむせる羽目になる。

 

「ごほっ、ごほっ、束、いきなり何を言い出す!」

 

「私は何でも知っている〜♪」

 

調子はずれだが歌うように言ってくる束。

 

「いっくんが女の子になっちゃったその晩。やけに熱心に誘ってたよねぇ。お・風・呂。」

 

「ッぐ、」

 

何故、それを知っている!?

 

「あれって、ちーちゃん的には当たり前ってことでいいのかな?戻ったいっくん相手でも出来るのかなぁ?」

 

今の一夏に?

無理に決まっている。

 

大体、

 

「あ、あれはだな、必要な事を教えてやろうという姉心の発露でだな、」

 

何も疚しい事はない。

ただ、姉妹なら久々の裸の付き合いが出来そうだと思っただけで、

別に束が度々してくる妹自慢が羨ましかったとかそう言う訳では無くて―――

 

「はいはい、どんどん飲んでどんどん((白状|ゲロ))っちゃおうか。」

 

トクトクトクトク、とグラスに注がれる酒。

 

言い淀んだりいい訳を考えたりする間を作る為にもそれを飲まない訳には行かず、空になるとすぐに束が次を注いでくる。

 

そのうちにだんだんと頭が回らなくなってきて、自分でも何を言ってるのかが判らなくなってくる。

 

慣れない酒を、飲むもんじゃないな。

 

………あと、束のペースで飲むのも、無謀すぎる。

 

それが私の記憶に残る、最後の思考だった。

 

 

 * * *

[side:   ]

 

「で、ちーちゃん。結論は?」

 

完全に酔いが回って酔い潰れる直前の千冬に束は無情にも問いかけた。

この状態ならまず『思ったそのまま』を喋ってくれるだろうと思って。

 

「おとうともいいが、いもうともいいものだよな?まあ、どっちにしてもいちかだからさいこうにはかわりないが。」

それだけ口走って、千冬は机に突っ伏して寝息を立て始めた。

どうやら限界を越えたらしい。

 

「このいっコンめ。可愛いぞ。」

 

束はグラスに残っていた日本酒をちびり、と傾ける。

 

顔色はやや赤みを帯びている程度で酒を飲んだ事は見れば判る程度にはなっている。

 

……だが、その顔色では二升近くを飲んでいるなんて誰も思わないだろうが。

 

「……ふう。」

 

千冬は束自身が今さっき酔い潰し、ナターシャは気がついたら潰れていた。

 

唯一人、意識を保っている束は残っている肴を摘まんで片付け、残りの酒を呷る。

 

「さて、アシの手配と帰り支度しないとなぁ、っと。………あ、店員さんお勘定よろしく。あと、タクシー呼んでもらえる?見ての通り、二人とも潰れちゃったから。―――お願いね〜。」

 

 

 

 

 * * *

翌日、千冬とナターシャは二日酔いの頭痛に悩まされる事になるのだが、それは完全に余談である。

 

なお、束たちの逗留場所であるホテルの一室での朝の第一声は『頭が痛い』であった。

 

どちらの言葉かは想像にお任せする事にする。

 

 

 

 

 

 

(凸)(凸)(凸)(凸)(凸)(凸)(凸)(凸)(凸)(凸)(凸)(凸)

(久々の)用語説明

 

【いっコン】

 『いっくんコンプレックス』の略。

要はブラコンとかシスコンの一夏版の事。

束が勝手に作った造語である事は言うまでも無い。

説明
#81:文化祭前日の醜態
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