リトルバスターズ〜秘密を持った少年〜第2話 |
チッ チッ チッ チッ チッ
時計の針が鳴っている。カチッという音と共に、時刻は6時30分になった。
ジリリ シュパン!
目覚まし時計が鳴った瞬間、スイッチが高速で押され静かになった。
「ん〜、くっ、ふぁぁぁ〜」
俺はベッドで上体を起こして伸びをしながら目覚めた。
「くっそ。やっぱまだ寝みぃ」
昨日の真人への攻撃のせいで、寝る時間が予定より遅くなってしまった。
(まぁ、早く寝ても眠気は取れないだろうがな)
俺はベッドから出て制服に着替え、机の上に放置していた鏡で髪が跳ねてないか見てみる。前 髪はいつも通り目と少し重なっていて、後ろが少し跳ねていた。後ろを手櫛で直しながら、昨 日の惨状をもう一度思い出す。
(たぶん、机をふたつぐらいヒビ入れたな。壁も少し壊しちゃったか。また二木さんに怒られ る・・・)
風紀委員長である二木さんの怒った顔が頭に浮かび、溜め息が出て来た。
(取り敢えず、飯食いに行こっと)
俺は部屋を出て、食堂に向かうことにした。俺の部屋は男子寮の最上階で、一番右であるため 、人気がまったくない。下から詰めていくいくので一番上は穴が多いのだ。左側はそうないの だが、右側は俺ぐらいしかいない。つまりうるさい事なんてないのでゆっくり眠れるのだ。
「あちゃー。こりゃ中々・・・・」
食堂の入り口付近に着いて目に入ったのは、ゴミのように置かれている大破した椅子と机。昨 日の俺がやった物であるのは明確である。しかも、
(朝から待ちかまえているとはな・・・)
食堂の入り口に入っていく生徒達の中、1人の女子生徒が、仁王立ちしているのが見えた。
「行って説教受けて飯食えるか可能性は少ない・・・。よし、裏から行くか」
俺は女子生徒の目をかい潜って、裏手にある食堂のおばちゃんが出入りする扉から入ろうと試 みた。扉のドアノブに手を掛け、入ろうとした時、
「はるちん登場!」
「うおっ!?」
そんな声が聞こえたと同時に俺の背中に何かがへばりついてきた。突然の衝撃になんとか踏み とどまる。
「ふっふっふ。このはるちんから逃げられないよ、蓮君」
声の主は俺の首に両腕を絡ませてきた。絡んできた腕で分かったが、この学校の生徒だ。あと 背中に柔らかい物が当たる事から女子だと分かった。
「こ、この声、三枝さんか!」
「せぇーかぁーい!この扉って結構穴場だから私も使ったことあるんだよっ。ちなみに、お姉 ちゃんには連絡済みだから」
「マジっすか・・・」
その言葉を裏付けるかのように、俺の耳に1人の足音が聞こえている。
「葉留佳、良くやったわ!」
現れた足跡の主は、食堂前に立っていた女子生徒、二木佳奈多さんだ。二の腕の所に風紀委員 の腕章をしていて、その顔は今朝思い浮かべた通り、怒りマークが浮かんでいる。
「やっほ、お姉ちゃん」
俺の背中にへばりついている女子生徒は、今の言葉から分かるとおり、二木さんの妹、三枝葉 留佳である。ちなみに名字が違うの込み入った話があるのだが、双子の姉妹であることは間違 いない。
「さて、灰闇蓮。何故こうなっているのか、分かっているわよね」
「いえ、これほど貴女達が仲良くなっているとは知りませんでした。流石双子。良いチームワ ークですね」
俺は降参を表すために両手を上げながら言った。
「その事じゃなくて、何故食堂前で待ち伏せられているかって事!あと葉留佳、いい加減離れ なさい!」
最後の方は少し赤くなりながら言った二木さんは、手を組んでいる。そして注意された三枝さ んと言うと、
「ええ?良いじゃ、別に」
「良いから離れなさい!」
「蓮君も嬉しいよねぇ?ねぇねぇ、何か感想は?」
二木さんの言うこと聞かず、三枝さんは聞いてきた。俺は正直に答える。
「去年より胸が成長してますね」
去年も同じような状況があったから比較出来た。
「えへへ、お姉ちゃんより大きいんだよ」
恥ずかしげもなく自慢気に言う三枝さん
「葉留佳っ!」
「おっとっと。じゃ、私ご飯食べに行ってくるねー!」
怒りが爆発した二木さんは三枝さんを捕まえようとしたが、三枝さんは素早く俺から離れ、俺 が入ろうとしていたドアから食堂へと入った
「まったく、あの子は」
「二木さん、不機嫌そうにしてますが微かに微笑みが感じられますよ」
腕を組んでドアを見る二木さんにそう指摘すると、二木さんは慌てた感じで不機嫌顔を作って 俺を睨んだ。
「学食の件について尋問を行うわ!風紀委員室に行くわよ!」
「了解です。・・・・・・素直になれば良いのに」
「・・・何か言ったかしら、灰闇蓮」
先を歩いていた二木さんが振り返って冷めた目で俺に聞いてきた。たぶん聞こえたな。
「いえ、なにも」
こうして、俺の一週間ぶりの学校生活が始まった。初っぱなから風紀委員長に説教を食らうと いう、最悪な始まりかたで。
『では、今日はここまで』
『きりーつ』
目が覚めた。目を擦りながら見てみると、どうやら授業が終わったらしい。
(んー、まだ眠い。やっぱやりすぎたかな)
伸びをしながら、自分の状態を確認する。ふと、前を見てみると、理樹がグラウンドのサッカ ーを眺めていた。
「また、眠っていたのか?」
俺は静かに言った。理樹は驚いたような顔で俺の方を向いた。
「起きたんだ、おはよう、蓮」
「おはよう、理樹。それで?」
「うん、また来たんだ」
理樹は苦笑いを浮かべながら答えた。
「あまり背負い込み過ぎんなよ。お前はナノコレプシーのせいで脆いんだから」
ナノコレプシー・・・眠り病と言われている病気。突破的に起こる病気で、まるで意識を失う ように寝入ってしまうという症状を起こす。楽観的に見れば大した病気には見えなくもないが 、それは突然起こるが為に人を恐怖に堕とす。もし道ばたで倒れて轢かれたら・・・・・。そ ういう不安が常にまとわりつく。
「大丈夫だよ、蓮。それに、眠ると言っても蓮ほどじゃないよ」
理樹は安心させるためか、笑顔を浮かべる。
「俺は自分の状態を出来る限り良くさせる為に寝てんだよ」
「それでも今日は寝すぎだよ。朝から寝て、もうお昼過ぎて6時間目だし」
「・・・・それマジか?」
俺が恐る恐る尋ねると、理樹は笑顔で頷いた。
「昼飯も食い損ねるとは・・・」
俺は机に突っ伏した。
「起こそうと思ったんだけど、クラスの皆に止められちゃって」
「今までの自分の行動を考えるとそれが正しいとしか思えねぇ」
「まぁ、仕方ないよ。あれ? 昼もって、朝は?」
「・・・風紀委員長に待ち伏せされてそんまま委員室に直行して説教食らって飯食う暇がなか ったんだよ」
俺は突っ伏したまま理樹の疑問に答えた。
「それは災難だったね。じゃあ、また?」
「ああ、また放課後に寮長の手伝いしねえといけなくなった。・・・今日からな」
一週間の間に前回の期限が切れていたから歓喜してたのに・・・
「あ、でも。恭介が野球やるって今朝言ってたよ」
「恭介が?」
俺は顔を上げて理樹を見ると、理樹は頷いた。どうやらマジらしい。
「野球って・・・・何で?」
「え、えっと、僕が昔みたいに何かしないって言ったら、野球しようって・・・」
昔というのは、理樹が恭介達と出会った時の頃か。
「何故に野球・・・? まぁ、それが恭介だし良いか・・・。でも放課後やるんだったら俺は 遅れるぞ」
「うーん、そこらへんは夕食の時に恭介と話せば良いんじゃない?」
「ま、そだな。そういや、次って何?」
「え? えっと、英語だね」
理樹は思い出すように仰ぎ見たあと、答えた。
「よし、サボる。そして学食に行っておばちゃんにお握りでも作って貰う」
「いや、サボっちゃ駄目でしょ」
立ち上がった俺の袖を掴む理樹の言い分は正しい。だが、
「腹減った」
「いや、自業自得でしょ」
「気にすんな。英語の先生、俺がいない方がやりやすいだろ」
「それはまぁ、そうだけど・・・」
俺の言葉に返そうにも返せない理樹。二年になったばっかの時、授業中に寝ていた俺を起こし て問題を解かせた馬鹿な英語の先生がいたのだが。俺はそいつを、
「スペルが間違ってます。そこも間違ってます。そんな物も間違えるんですか?」
や、
「文法が間違ってます。それで良く教員免許取れましたね」
だったり、
「発音悪すぎです。ECCジュニアにでも行ってやり直してどうですか?」
等で、俺の睡眠を邪魔した報いを受けて貰った。その後職員室に呼ばれたが、英語で反論言っ たらポカンと呆けてしまったので放置した。それ以来その教師は俺を当てなくなった。
「んじゃ、学食行ってくる」
「うん。僕にはもう止められないよ」
理樹は諦めたかのように俺の袖を握っていた手を離した。俺は席をあとにして、教室を出た。
『おう、おはよう灰闇。昨日も相変わらず凄かったな』
「おはよう。その凄いので風紀委員長に怒られたがな」
廊下を歩くと友人が挨拶してきたので返す。何故かは知らないが、俺は結構人望があるらしい 。まぁ、教師を返り討ちにしたりしてたらこうなったんだが、悪い気はしないな。
『こらっ!』
「ん?」
学食と校舎を繋げている廊下を歩いていると、隣の芝生から声が聞こえてきたので横を向く。 すると、
「うおっ!」
茶色の猫が飛んできた。慌てて首を掴む、所謂猫掴みでキャッチする。
「誰・・・・は、愚問か」
掴んだ猫を肩に乗っけながら、猫が飛んできた方向を見る。そこには身体に引っ付いている猫 を剥がしては投げ、剥がしては投げを繰り返している鈴の姿があった。
「やっぱり鈴か。何やってんだ、お前は。今日の日直、お前のはずだろ?」
「そんなことより剥がすの手伝え、蓮!」
「そんなことって言うがな、お前はただでさえ女子から人望が少ねぇんだから」
俺はため息を吐きながら言うと、鈴は猫を引っ付けた状態でむっ、とした表情をした。
「そんなことは・・・・・・ふかーーーーっ! そんなことはない」
否定しようとしたが猫が顔に被ったため振り払ってから言い直した。
「じゃあ、仲の良い女子がいるんだな?」
「後ろの席の子」
「名前は?」
「・・・・・北条さん」
「はい、違う。日直の仕事行ってこい。とゆうか北条なんて名前、俺らのクラスにいねえよ」
「うっ・・・」
鈴は、嫌そうな顔をする。
「理樹もお前のこと心配してるんだ。幼なじみのことも考えてやれよ」
俺は鈴の頭を撫でながら言う。鈴は少し考えるような顔をした。
「あの馬鹿のことを考えるのはイヤだ」
あの馬鹿というのは、昨日俺に潰された無駄な筋肉野郎のことか。
「それはそうだが、考えないとお前、あの馬鹿と同類になるぞ?」
「・・・!? そっちの方がイヤだ」
目を険しくしながら答えた鈴に、俺は頷いた。
「だろ? だったら自分がやるべきことをやってこい」
鈴はコクッと頷くと教室に走って戻っていった。
「やれやれ、世話の焼ける奴だ」
俺は笑いながらその後ろ姿を見送る。俺の足下には大量の猫が群がっていて、猫達も鈴の方を 見ていた。
「お前等の主人は、難儀な奴だな」
猫達は俺を見上げながら、にゃーっとその通りだと言いたげに鳴いた。その鳴き声に俺は、苦 笑しながらしゃがみ込んだ。
「お前等も行きな。俺は構っていられないから」
猫達はもう一度にゃーっと鳴いて、散り散りに走っていった。
「ホント、難儀な者だよ」
俺はもう一度呟くと、学食へと歩を進めて、入った。
「おばあちゃん、お握り20個頼んます!」
厨房にそう言って、適当なところに座った。当然のことだが、生徒1人いない。ある意味レア な状態だ。
「あれ? そういや野球って鈴もやんのか?」
「はい、まちど」
「来たぁ!」
ふと思ったことが口に出て来たが、それ以上に出て来たお握りの方が大事なため気にしないこ とにした。
(お握りとかお袋の味って言うが、お袋を覚えてない俺にとっちゃ何なんだろう?・・・・・ ・・・・ま、いっか。美味ければそれで良し、だ)
お握りをどんどん食いながら、そう結論づけた。
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