恋姫同人祭りにあやかって没案ちらみせ
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 酷い硝煙の臭いが漂っていた。

 耳に響いているのは怒声、悲鳴――そして銃声、砲撃音。戦場の協奏曲などと云う洒落たフレーズは、幸せな妄想狂の口から紡がれるものである。地獄の窯底を舐めた経験のある焼けた舌は、何も語れはしないだろう。少なくとも、絶望に疲れた唇から、気の利いたメタファーが飛び出すことはない。

「さて、首都東京もここまでかね」

 肩を竦めて立ち上がると、傍らに控えていた部下が土に汚れた頬を歪めるようにして笑う。

「止して下さいよ。やっと少佐がおいでになったってんで、俺たちゃ萎えたもん立て直して集まったんです。いきなり冷や水ぶっかけられたんじゃ、立たせた甲斐がないってもんだ」

「馬鹿、俺が出てきたくらいでさかるんじゃない。大体な、俺はデスクワーク派だ。副官に嫌味云われながら書類にハンコついてるのがお似合いなインテリなんだよ。おまえらヤンチャ坊主どもと一緒にしてくれるな」

 苦笑気味に云ってやると、こちらを取り囲む七人の隊員たちが皆声を上げて笑う。

 随分と今の台詞が気に入ったらしい。

「盛岡で大暴れかました極東の狂犬さまが何云っても、説得力なんざ微塵もありやせんぜ」

「その前は、札幌、函館、仙台でしたっけ? 他の連中が云ってましたよ。少佐といると狂犬病がうつるって。俺たちもうつしてもらおうと思ったんですがねえ」

 くっくと喉を鳴らして笑う無精ひげの男は、肩に担いだ小銃を揺らしてみせた。

「大阪は落ちたらしい」

 そう云うと、隊員たちは満面の笑みを浮かべる。

「なるほど、じゃあ、首都(ここ)の次は大阪ってことですね」

「ったく。どうしておまえたちはそうなんだ。この戦闘狂どもめ」

「愛国主義者と云って欲しいですな」

 どっと笑いが起きる。

「――仕方がない。おまえらにもしっかりうつしてやるから覚悟しろよ」  

「そうこなくっちゃ。ゴムは持ってきてませんからね。ばっちりうつしてくださいよ」

 下品な洒落を飛ばし、隊員たちは思い思いの武器を手に取る。

 もうすでに碌な装備もない。

 積み重なった雑多な小火器から彼らが選んだのは、きっと各々思い入れのあるものに違いない。

「北郷少佐」

 云われ、片眉を上げてそれに応える。

 見れば、七人の隊員たちはその顔から先ほどまでの笑みを消すと、鋭く敬礼し、真剣な澄んだ眼差しをこちらに向けてくる。

「最後に少佐のもとで戦えることを、我ら七人、誇りに思います」

 北郷一刀の装備はM4カービンにUSP――他の面々も大して変わらぬ頼りない装備で、もう補給の目途も立っていない。

 否、これから突撃を掛けるのだ。

 補給も何もあったものではない。

 北郷は指示を下さねばならない。

 自分のもとならばと集った隊員たちに死んで来いと云わねばならない。

 ただ、それももう慣れた作業に成り果ててしまっていた。

 たとえこれがその最後の一度になろうとも、別段大した感慨が湧くわけでもなかった。

「突撃を開始する。おまえたちが握ったその小銃(おもちゃ)は片道切符だ。悪いが帰りの分は用意してない」

 北郷は鋭い敬礼を返す。

「せめて、クソッタレの馬鹿どもを、片道ツアーにご招待と行こうじゃないか。勿論、ケツにたっぷりと礼をくれてやってからな」

 

『――応ッ!!』

 

 戦人たちは疾走する。

 硝煙を潜り。

 血霞をかき分け。

 剣林弾雨を飛び越え、尚走り続ける。

 しかし、北郷は見てしまった。

 戦場のそれにしてはあまりにも青い空にせまる一機の爆撃機。

 その腹から産み落とされた、黒く歪な卵。

「クソッタレめ――」

 北郷は歯噛みする。

 あれは悪夢の卵。

 老いも若きも。

 男も女も。

 一木一草尽く、焼き尽くす魔の一撃。

 敵も狂気も、味方の決意も、微塵の区別なく呑み込む死の業火。

 

「今時核とは――センスを疑う」

 

 そんなつぶやきも、中空で爆ぜた卵に届くはずもなく。

 首都東京は眩い光に押しつぶされ。

 同時に、北郷一刀の視界は白滅した。

 

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「母様! 姉様!」

 声を張り上げる。 

 しかし、返ってくるのは虫のように湧いてくる敵兵の怒声ばかり。

「――なりません!」

 叫ぶ少女を抱え上げた忠臣は脇目も振らず走り出す。この忠臣は分かっている。少女の役目を分かっている。

 だからこそ選んだのは、逃げの一手。

 この忠臣が好き好んで選ぶことのない一手。

 しかし、絶対の命令を遂行するためには避けられぬ一手。

 少女には分かっていたのだ。

 この忠臣が悔しさに唇を噛み切りながら、それでも必死に走っていることを。

 けれども、叫ぶことを止められぬ。

 愛する母が。

 愛する姉が。

 戦場に残っていると云うのに――自分はしっぽを巻いて逃げ出すのか。

「思春、お願い!」

 未だ幼い少女は――けれども分かっているのだ。

 この忠臣が、この願いを聞き入れぬことを。

「なりません! 孫家の血をここで絶やしてはなりませんッ!」

 忠臣の美しい横顔が、強く歪んでいる。

 少女は知っている。

 この忠臣が、少女の心中を見抜いていると云うことを。

 少女が聞き入れられぬと分かって尚、叫ばずにはいられないと云うことを。

 だからこそ、この忠臣はその美麗な顔立ちを苦悶に歪めているのだ。

 云えぬ。

 まだ妹がいるではないか、などとは云えぬ。

 少女には云えぬ。

 あの幼い妹をひとり残し、全て背負わせろなどと。

 口が裂け、喉が裂けても云えはしないのだ。

 だから忠臣はまだ幼い少女を抱えて走る。

 得意の曲刀を振るい、ただ只管に走る。

 数多の剣を払い、無数の矢を潜り、林のような槍を飛び越え――ただ少女を生かすためだけに命を燃やしている。

 少女は、泣くことしか出来ぬ。

 もう叫ぶことも出来ぬ。

 あまりに無力。

 あまりに脆弱。

 しかし、それを咎める者すら、この戦場にはいない。

「――ッ!」

 刹那――。

 少女は宙に舞った。

 それを忠臣が慌てて捕まえる。

 そしてそのまま、ふたりは血を転がった。

 数瞬の後、少女は何が起こったのかを悟る。

「思春ッ!!」

 忠臣の腿に、鋭い一矢が突き立っている。

「お、お逃げください! 蓮華様!!」

 疲労に擦り切れた忠臣は必死に叫ぶ。

 敵が迫る。

 忠臣は無事な足を立て、曲刀を握り、最期の戦いに備えた。

「駄目よ! 思春も一緒にッ!!」

「何を仰せか!!」

 忠臣は少女の手を握る。

「孫家の血、断絶せしめること罷りなりませぬ!! 小蓮様を、おひとりにされるおつもりかッ!!」

 分かっている。

 そのようなことは、少女とて分かっている。

 そして、忠臣とて少女の想いを分かっているはずなのだ。

 けれども、この忠臣は叫ばずにはおられぬのだろう。

 彼女が、中心であるがゆえに。

「行くの……」

 促そうとする言葉を、忠臣が切る。

 瞬間、少女は忠臣に抱きすくめられ、そして中心の呻き声を聞いた。

「思春、思春ッ!」

 周囲には降り注いだ無数の矢。

 曲刀の一閃で致命傷を避けたものの、忠臣は更に肩に矢を受けた。

 見れば、敵はすでに周囲を囲んでいる。

 得物を追い詰めた彼らの顔には嗜虐的な笑みすら浮かんでいる。

 忠臣は少女を胸に抱き、曲刀を構える。

 少女は忠臣の胸の中でなすすべもない。

 眼前の敵が突出する。

 功を焦ったひとり。

 仲間を出し抜こうとしたひとりが槍を手に駆けだす。

 少女の視界が緩慢になる。

 忠臣は曲刀を構えたまま動けない。

 腿を射ぬかれ、肩を射ぬかれ、最早防御に備えるのみ。

 敵が迫る。

 死が迫る。 

 終わりの足音が耳を侵し、絶望の気配が網膜を揺らす。

 少女はただ呆然と、迫りくる槍兵を見つめていた。

 少女はただ、忠臣の胸の音を聞いていた。

 それが少女の終わり、その全て。

 短い生涯を彩ったのは、名もなき敵兵の醜い形相と、忠義を貫いた愛すべき忠臣の温かい脈動。

 そして少女の人生は停止――。

 

 乾いた破裂音。

 

 舞い散る鮮血。

 

 走馬灯の淵に手を掛けていた少女の命が戦場へ舞い戻る。

 崩れ落ちる敵兵。

 そして。

 降り立った影。

 夕暮れに焼ける戦場に跳び云ってきた闖入者。

 見たこともない濃紺の装束。

 棺桶のような黒い箱を担ぎ。

 両の手には黒い歪な大小の金属塊。

 伸びた髪を振り乱す、男の背中が少女の眼前に現れた。

 少女は呆けている。

 忠臣も呆けている。

 闖入者の姿に唖然としている。

 男は右の腕を前に突き出す。

 その手には大きい金属塊。

 そして、響き渡る暴力的な連続音。

 吹き飛び、ばたばたと倒れ行く敵兵。

 暴虐の光景。

 殺戮の刹那。

 瞬く間に、男の猛威は敵兵を鏖殺した。

 男がこちらを振り返る。

 少女の身がすくむ。

 それは、人の目ではない。

 そう、それはさながら――野の獣のよう。 

「す、助太刀……感謝する」

 忠臣が辛うじて言葉を紡ぐ。 

 男は無言。

 ただ、獣のような目でこちらを見下している。

 少女は目が離せない。

 人型の野獣――その双眸に魅入られている。

「――行け」

 短い声が届く。

 男が視線を上げる。

 忠臣と共に少女はその先を見る。

 まさに、血路。

 ふたりの道を、赤い体液が指示している。

 敵の骸が縁取っている。

 男は服の胸から白い筒を取り出しこちらに放った。それは空中で解け、純白の包帯となる。

 瞬間、背を向ける男。

 咄嗟に、忠臣が声を掛ける。

「駄目だ――ッ」

 男の視線の先には敵が群れている。

 仇敵が蠢いている。

 しかし、男は何も反応しない。

 ただ両手の歪な金属塊を握り直し。

 そして、疾走を開始する。

 俊足。

 神速。

 風になった男は、迷うことなく、敵兵の海へと飛び込んで行った。

 

 

 

 

「もう十分よ」

 そんなことを云う母に、娘は懐疑の目を向けた。

「母様?」

 左右は切り立った崖――眼前には敵の山。

「蓮華はもう逃げ切ったでしょう。雪蓮、あなたも退きなさい」

「ちょっと待って、私はってどう云うこと?」

「黄祖の狙いは私。百も残してくれれば、あなたと祭には逃げてもらえそう」

 その言葉に宿将は苦い顔をする。

「供も連れずに黄泉路を行かば、闇に迷うぞ堅殿」

「あら、だから百を置いて行ってと云ってるじゃない」 

「若造どもに道連れが務まるものか」

「――祭」

 母は宿将に諭す。

「雪蓮をお願い。この子は孫家の大望を率いる娘。それに蓮華にはまだ姉が必要だわ」

「しかし――」

「……お願い」

 額から血を流す母親は敵から視線を切らずに懇願する。

 こんな母の姿を、娘は初めて見た。

 だからこそ悟った。 

 ここで、今生の別れとなるのだと。

「――母様」

「行けッ、孫伯符ッ!! ここまでの働き見事であった。これよりは貴様が孫家の旗を率いよッ!!」

 鋭い怒号。

 王の怒声。

 母の遺言。

 凛として美しい声が、娘のその使命を刻み込む。

「王の最後の命――確かに賜った」

 娘の声に、母の横顔が苦笑する。

「祭、行くわよ」

 その言葉に、宿将の顔はまだ苦い。

 しかし、ここで二の足を踏む宿将ではなかった。

 その、敵が現れるまでは。

「別れの挨拶は済んだかね、孫文台」

「――黄祖ッ」

 いやらしい笑みを張りつかせたやせぎすの怨敵がひとり、敵兵の間から姿を現した。

 瞬間――。

「堅殿ッ!!」

 宿将叫びもむなしく、母の両足を矢が射抜く。

「――ッ!!」

「なあに、黄泉路も照らさば迷うまい」

 怨敵が天を指差す。

 刹那、退路で響く固い音。そして――巻き起こる炎。

「油を用意しておったか」

 宿将が歯噛みする。

 背後の熱が、焦りを更に掻き立てる。

 怨敵はにやついている。

 勝利を確信して笑っている。

 なんと、嫌な笑みだろうか。

 なんと、腹立たしい笑みだろうか。

 娘は奥歯を噛み締める。

 ――殺してやる。

「さて、もう終わりにしよう」

 怨敵の表情が変わる。

 嗜虐的な笑みから。

 下らない塵を見下す貌へ。

「死ね、そ――」

 孫文台、とそう続くのだろうと娘は思った。

 

「応ォォォォォォォォォォォォォッッ!!」

 

 この咆哮が遮らねば。

 その場にいた者は目を奪われる。

 崖の上に佇むは、ひとりの男。

 夕闇に浮かぶその立ち姿に、視線をからめ捕られる。

 棺桶を思わせる黒い箱を背に負い。

 右の手には歪な金属塊。

 左手には、果実を思わせるふたつの丸い塊。

 

「亜ァァァァァァァァァァァァァッッ!!」

 

 再び男は獣のように咆哮する。

 敵も味方も身がすくみ、誰も動くことが出来ない。

 男は疾走を開始する。

 崖の急斜面を、微塵の躊躇いも一片の恐れもなく駆け降りる。

 狂気の沙汰。

 狂騒の選択。

 男は左手の黒塊を放る。

 それは敵陣の中に呑み込まれ、そして――巨大な爆音と炎を巻き上げる。

 敵が動揺する。

 しかし男は止まらない。

 跳躍。

 飛躍。

 男は斜面を蹴りつけ、宙を舞い。

 そして――。

 そのまま。

 

 憎き怨敵を軽々と踏み潰した。

 

 怨敵は男の足の下で痙攣し、やがて動かなくなった。

 訪れるのは狂演。

 絶望の喧騒。

 敵兵は逃げ惑う。

 たったひとりの男に。

 たった一匹の野獣に怯え、逃走を開始する。

 男は右手を掲げる。

 握った歪な金属塊を、走り去る敵兵に向け。

 そして響くは残酷な破裂音。

 暴力の連続音。

 舞飛ぶ敵兵の頭部。

 腹部。

 腕部。 

 それでも男はやめない。

 幾度も金属塊の一部を取り換えながら、殺戮を続ける。

 虐殺を演出する。

 やがて訪れる静寂。

 鼻をくすぐるのは、焦げたような、おかしな煙の臭い。

 そして、血の臭い。

 孫家の兵は停止している。

 窮地を一瞬にして食い破った魔性に見とれている。

 圧倒者に。

 絶対者に。

 見惚れている。

 悠然とたたずむその男に。

 男は振り返る。

 その双眸にたたえるは、野獣の狂気。

 悠然とした足取りは、無敵の勇士を思わせ。

 けれどもその立ち姿は、腸を食い破る人外そのもの。

 男は母の傍らを通り抜け。

 宿将の傍らを通り抜け。

 娘の傍らを通り抜け。

 まるでその三者に全く興味がないと云わんばかりにその場を去ろうとする。

「待たれよ!」

 宿将が声を掛ける。

 男は止まらない。

「我が名は黄公覆! 名は!」

「……」

 男は何かを口にしたようだが、その声は戦場の風に紛れて消えた。

 誰も、男を追うことが出来なかった。

 暴風のように敵を蹂躙した男は、静かに凪ぐようにして、その場から去っていった。

 

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《あとがき》

 

 ありむらです。

 

 恋姫同人祭りなるものが行われているらしいので、それにあやかってもし、ありむらが孫呉を舞台に書いていたらどうなっていたかをここに残しておこうと思いました。

 ただそれだけです。

 落日の続編は少々お待ちください。

 すみません。

 随分前に書いたものですが、こんな案もあったのか―くらいの軽い感じで見てもらえればと。

 

 ではでは。

 

 ありむらでした。

説明
恋姫同人祭りなるものが開催されているようですので、それにあやかりまして、ありむらが曹魏ルートでなく孫呉ルートで書いていたらどうなっていたかと云うのをお見せしようかと。
随分と前にかいた没案が残っていたのであげておこうかと思います。
迷ったんですよね、孫呉にするか曹魏にするか。
まあ、その迷いの残滓を吐き出しておく意味で上げてみます。
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コメント
大阪だの札幌だの言ってるけど、どこと戦争中?????(心は永遠の中学二年生)
これはこれで全然ありですね。冒頭の日本と一刀の状況も気になるところです。落日はご自分のペースでこれからも頑張って下さい。(shukan)
落日も面白いが此方も面白そうだな〜。出来れば続きが読みたい!!!(⌒0⌒)/~~これからも無理せず頑張ってください(ねこはち)
ハードボイルド…とも違う、異色な一刀だ。軍人一刀はたまに見るが、これは…? これも読みたくなったじゃないか。(孔明)
うわぁ、これはターミネーターと化した一刀ですね・・・たまげたなぁ・・・・(グリセルブランド)
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  思春 雪蓮 蓮華 第四回恋姫同人祭り 真・恋姫†無双 孫呉 

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