銀と青Episode07【岩戸神楽】その@ |
カタン、コトン、カタン。
硬めの座席シートから伝わる、そんな振動で目が覚めた。
ぼんやりと霞みがかる頭を起こしつつ、霜が伝う窓へと目を向ければ、そこは一面の雪景色――ではなく。
「あ、小夜にゃん起きた?」
耳に届く、金髪娘の声。
そして、視界に広がる駅弁の空箱タワー。微かに隙間から見える友人の髪色が、自分が何処に居るのかを明確に思い出させる。
現在、年明け前日。理不尽にも独り事務所に取り残された私は、一年の締めと称して色々と鬱憤を晴らすべく、アマゾンの秘境へと旅立ったはずの友人、ネオン・夏木・サマーウインドと共に旅行へと出かけていた。
気だるさの残る身体を伸ばして、口に玉露を流し込む。寝起きの乾いた喉に、お茶の旨味が染み渡るようです。
「ふぅ、今何時ですか?」
「まだ、お昼過ぎくらいだよ。目的地までは、まだかかるかなー」
「そうですか。それじゃ、寝起きの腹ごしらえとしましょうか。だから――、貴女の後ろに隠してある残りの駅弁を素直に渡してください」
「さ、小夜にゃん? ちょっと食べ過ぎではナイデショウカ」
「ふふっ、何を言ってるんですかネオン。こんなのまだまだ序の口です。最近、双司さんや香織に蚊帳の外にされていたような、なんとも言えないこの恨み、食べずに飲まずにやってられますか!」
知らない間にストレスでも溜まっていたのか、電車に乗った瞬間、お弁当の空箱生産機となった私です。
「ほ、ほら、暴飲暴食は良くないって言うし……」
「無駄に暴食されそうな胸をしているネオンに言われたくないです。アレですか!? 食べ過ぎでネオンは胸が肥えるけど、私はお腹が肥えるとでも言いたいんですか!?」
「さ、小夜ちゃん!? 暴れないで! 空箱がぁああ! 駅弁タワーが崩れるぅううう!」
持つ者には、持たざる者の気持ちは理解できないのです。いや、ホント。
などと、新たに開封したお弁当を口に運びつつ、手元の本(ベリアルさん)の表紙を軽く撫でる。心なしか、ぷるぷると震えているような振動が伝わるのは気のせいだろう。電車の振動だ。そうに違いない。どことなく、必死に笑いを堪えている感じなんて微塵もしません。
「うぅ、ようやく片付いた……」
と、微妙に哀愁を漂わせながら、ネオンが空箱の山から這い出した。
律儀にも、崩れた空箱は再び綺麗に積み直したらしい。
「小夜にゃんは、一度ネジが外れると手に負えないことを私は知ったのだったー」
「なに意味不明なこと言ってるんですか」
コレ、重ねておいて下さいと、空になったお弁当を渡しつつ、目的地へ思いを馳せる。
私とネオンが向かっているのは、電車に揺られて大体五時間程の場所にある火野神宮という神社だ。
以前、双司さんと香織のいざこざのさいに調べていた神社であり、友人秋山香織の実家でもある。つまり、友だちの実家訪問兼初詣にでも行こうというのが今回の企画だ。
ちなみにこの企画、コンビニでネオンと鉢合わせしてから五分で立てた、何とも行き当たりばったりな内容なのである。
「でも、小夜にゃん凄いね。地方列車とはいえ、一両まるまる貸切に出来るなんて。お陰で快適だにゃー。日本に戻る時に乗った貨物船とは比べ物にならないよ」
「私が凄い訳じゃないですよ。この間、新しく出来た友達に貰ったカードを見せたら、向こうが勝手に手配してくれたんです。いや、クリス君って何者なんでしょう? あと貴女冬休み始まってから何処に行ってたんですか!?」
「クリス君が誰だか知らないけど――、あのカードのマークってどっかで見た気がするんだよねー。どこだっけ? 貨物船のボイラー室?」
知りません。
などと、談笑している間にも列車は、カタン、コトン、と進み続ける。
しかしながら、ゆったりと進む列車と違って、私にとってのこの一年は凄まじい速度で過ぎ去っていったように思える。
そう、全ては春に双司さんと出会ったことが始まりだ。
紅の桜が吹雪く、あの屋上で見た宝石のような蒼い瞳を持つ彼と。
「それにしても、今年も終わりだねー。いやぁ、とっても面白い一年だったなぁー」
「私的には、とっても濃い一年だったって言いたいですけど」
「それはあるかも! 小夜にゃんやカオりんみたいな、とぉぉぉっても濃い友達も出来たわけだし!」
「その言葉、そっくりそのままのし付けて返しますよ! 香織はともかく、なんで私まで濃いメンツに入ってるんですか!?」
「ふぅ、ヤレヤレだじぇい。自覚が無いっていうのが小夜にゃんらしいけど」
「自覚どうこうの前に、貴女が一番濃いってことを自覚してください」
「アタシ? 普通でしょ?」
「普通の女子高生は、長期の休みで秘境を探しに旅立ったりはしません。ましてや、手から炎を出したり、いきなり人のファーストキスを奪ったりするのも論外です。私の知る限り、貴女達以上に濃い人なんて――」
――一人いた。なんだろう、今、すっごい皮肉げな笑みを浮かべた双司さんの顔が脳裏を横切ったんですけど。こう、右から左へフェードアウトしていく感じで。
「途中からアタシのことじゃなくなってる――って、どしたの? 何かすっごく苦味を潰したような顔してるけど?」
「いや……、非常に腹立たしい絵面が頭に浮かんだだけです。気にしないで下さい」
考えるだけ頭が痛くなってくる気分です。双司さんの概念どうとかで、私の常識概念もぶっ壊してくれないですかね……。本人は、そんな下らないことで使わせるなとか言いそうだが。
そういえば、双司さんと最初に出会った時、彼は自分のことを吸血鬼だと言っていたが、どういう意味だったのだろうか? だって、あの人はあまり認めたくないけどこの国の神様なわけですし。
「そういえば、ネオンってオカルト系の無駄知識が豊富ですよね?」
「うんっ? おぉ、ついに小夜にゃんもソッチ系の素晴らしさに目覚めたのかな!?」
「そういう訳じゃないんですけど、ちょっと気になることがあって……」
「よしっ、知ってることなら何でもお答えするよっ!」
キラキラと目を輝かせるネオン。そんなに嬉しいですか。
「それじゃ、お言葉に甘えて。あの、吸血鬼って何だと思います?」
「吸血鬼? 吸血鬼って、あのドラキュラ伯爵の?」
「多分、その吸血鬼です」
有名ドコロだねー、と少し拍子抜けしたような感じでネオンはこほんと咳払い。
「では、小夜にゃんのリクエストにお答えしてお話しちゃうよー。まずは、質問を質問で返すようで悪いけど、小夜にゃんは吸血鬼ってなんだと思う?」
「そりゃ、言葉の通り血を吸う鬼のことなんじゃないですか?」
血を、吸う、鬼、と書いて吸血鬼。
「うん、それで正解。一般的には、ドラキュラ伯爵のイメージが強い人形の怪物でイメージされることが多いねー。人狼だとか、コウモリ人間だとか」
たしかに、映画や小説などでもそういった表現がされることが多いです。
「でも、吸血鬼伝承は西洋のイメージが強いけど、東洋でも似たような伝承は沢山あるんだよ。あんまりイメージ沸かないと思うけど、キョンシーって知ってる?」
「昔のカンフー映画とかに出てくる、顔に御札を貼ってるアレですか?」
「そうそう、実はキョンシーも吸血鬼って呼ばれる伝承の一つなの。あとは、ゾンビなんかもそうかな? 日本だったら、そのまま血を吸う鬼の伝承もあったりするけど。これは、人形の怪物を鬼って呼んでた名残だね。さらに言えば、鬼っていうのは陰(おぬ)って言葉が変化したもので、人に理解できないモノ、影から現実に潜むなんて意味だったりもするの」
「……あれ? つまり、吸血鬼って何ですか?」
「うん、小夜ちゃんが疑問に思った通り、吸血鬼って伝承に決まった形はないんだよ。ただ、ほぼ全ての伝承に共通しているのが、血を吸うってことと、一度、世間から死んでいるってことなの。これは個人的な仮説だけど、黄泉がえりをした自分たちの理解が及ばない怪物こそ、吸血鬼っていう存在であり伝承なんじゃないかなーって思う。限りなく神様に近くて、限りなく人間に近い、そんなあやふやな存在。大雑把に説明すると、こんなものかなー」
ちょっと、ややこしかった? と頬を掻きながら言うネオンを、私は呆然と見つめる。いや、色々と普通じゃないと思ってましたけど……、
「ネオン、貴女本気で考古学者とか目指してみたらどうですか?」
「いやぁ、アタシは冒険家の方が好みかも」
「なら、インディ・ジョーンズですね。絶対ネオンにぴったりです」
「ふっふー、投げ縄持って、遺跡に突っ込むよー。それで、こんな感じの説明でよかった?」
「十分です。なんとなくですけど、私の疑問も解決しそうですし」
つまりは、ネオンが立てた仮設通りなんだと私は思った。
この話は終わりにしよう。ついでに、ご高説頂いたネオンにお弁当を一つ分けてあげましょう。
ひとしきり喋り通りて満足気な彼女に、私はゆっくりと弁当箱を差し出すのであった。
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説明 | ||
季節は年末。色々あった女子高生、秋月小夜はクラスメイトのネオン・夏木・サマーウインドと共にある場所へと旅立っていた。向かう目的は、友人の巫女服姿を拝むため。そして、ちょっとの腹いせだった。 | ||
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