IS〈インフィニット・ストラトス〉 〜G-soul〜 |
二月二十日。
今日は『卒業マッチ』当日だ。
第一アリーナのピットに立っている俺にも、外の大歓声が聞こえてくる。
「すごい観客ね」
隣で楯無さんがつぶやく。
「ええ。そうです・・・・・え?」
楯無さん!? なんで!?
「楯無さん!? なんで!?」
「地の文で言ったことは言わないの」
そう言って楯無さんは俺の頬を押した。
「・・・・・簪ちゃんたちは来てないのね。ざーんねん」
「どういう意味ですか・・・・・。簪たちは観客席にいますよ。会いたいんならそっちに行ってください」
ちなみに箒たちは一夏の応援で第二アリーナに行っている。俺がダリル先輩に勝負を挑まれた翌日、一夏にクレア先
輩から申し込みが来たのだ。
「そうね。でも、私以外にもう一人きたみたい」
楯無さんが振り向くと、ピットの入り口からフォルテ先輩が出てきた。
「フォルテ先輩。来たんですか」
「よ・・・ようっす」
フォルテ先輩はやや気まずそうに近づいてきた。
「いいんですか? ダリル先輩のところに行かなくて」
「い、いやぁ、行こうと思ったんすけど、気迫が凄くて近づけないっす・・・・・」
「瑛斗くん、ダリル先輩は相当気合入ってるわよ?」
「みたいですね・・・・・」
あの挑発をした日以来会ってはいないが、楯無さんの話ではめっさ気が立っているらしい。
「まあ、やれるところまでやるだけですよ」
『まもなく試合を始めます。選手は所定の位置へ』
「っと、出番みたいだ。それじゃ行ってきます」
「行ってらっしゃい。骨は拾ってあげるわ」
「縁起でもないこと言わんでください」
俺はG−soulを展開。そのままアリーナへ歩み始める。
「桐野!」
「はい?」
フォルテ先輩に呼び止められた。
「その・・・、ダリル先輩に『応援してる』って伝えてほしいっす・・・・・」
「・・・・・戦う相手に言わせます? それ」
俺は苦笑しながらツッコミを入れてアリーナへ出た。
歓声が一層大きくなる。
さっそくプライベート・チャンネルが繋がれた。相手は言うまでもなく目の前で専用機《ヘル・ハウンドver2.
5》を展開しているダリル先輩だ。
『よう。待ってたぜ』
「俺も待ってましたよ。あなたと戦えるこの日を」
不敵な笑みを浮かべる先輩に俺も負けじと言葉を紡ぐ。この人の前では俺はまだ悪者なのだ。
「フォルテ先輩以上の力を、見せてもらいたいもんですね」
『言ってろ。私はお前を叩きのめすだけだ。フォルテの為にもな』
「そうですか」
試合開始のカウントダウンが始まった。
お互いにブースターを起動する。
「始まる前に一つだけ、いいですか?」
『なんだよ』
「フォルテ先輩からの伝言です。『ダリル先輩、頑張って』だそうです」
『ああ・・・・・。そうかよ!』
試合開始のブザーと同時に、俺とダリル先輩は地面を蹴った。
「・・・・・始まったな」
瑛斗とダリルが戦闘の戦闘が始まり、観客席のラウラがつぶやいた。
「瑛斗、勝てるかな」
その隣で瑛斗の姿を見ながらシャルロットが問う。
「難しいだろうな。相手は三年生の専用機持ち。一筋縄ではいかないだろう」
「瑛斗・・・頑張って・・・・・」
簪が祈るように手を組む。
「あ、いたいた」
すると後ろから楯無がフォルテを連れてやって来た。
「お姉ちゃん・・・・・」
「隣、失礼するわね?」
そう言って楯無は空いている簪の隣の座席に座る。
「ほら、フォルテちゃんも座って」
「え、う、うんっす」
楯無に促されてフォルテも楯無の隣に座った。
「お姉ちゃんは・・・申し込まれなかったの?」
「んー、来ると思ってたんだけど男の子たちに持ってかれちゃったわ。二人とも人気者ね」
楯無はアリーナで激しい戦闘をする瑛斗とダリルを見ながら言った。
「そう言えば、一夏も第二アリーナで試合してるんだよね」
シャルロットが思い出したように言った。
「箒と鈴とセシリアとマドカはそっちの応援に言ってるようだな」
「相手は・・・クレア先輩・・・・・」
「そう言えばタッグマッチの時にペアを組むはずだったのよね。その二人」
「結局、襲撃でタッグマッチ自体は無くなったっすけどね」
「フォルテ先輩は確か・・・ダリル先輩とペアを組んだんですよね?」
シャルロットがフォルテに顔を向ける。
「そうっすよ」
「フォルテちゃんはね、一年生のころからダリル先輩と付き合いがあるのよ」
「そ、そんな大したもんじゃないっすよ・・・・・」
フォルテは顔を赤くして俯く。
「へぇ〜。じゃあダリル先輩のことをよく知ってるんですね?」
「―――――っ」
シャルロットの言葉にフォルテは言葉を詰まらせる。
「?」
「あ、ま、まあなっす。あはは・・・」
フォルテは笑って誤魔化し試合に目を向けた。
「・・・・・・・」
楯無はそんなフォルテの様子を見て、扇子で隠している口に小さな笑みを浮かべた。
(さて・・・どっちが勝つのがいい結果なのかしらね・・・・・)
「うおおおっ!!」
「はああっ!」
アリーナの中央付近では瑛斗とダリルの激しい戦闘が繰り広げられている。
G−soulのビームソードとヘル・ハウンドの二本のブレードがぶつかり合い火花を散らす。
「もらった!」
瑛斗がヘッドギアのバルカンをダリルに撃った。
「くっ!」
ダリルは被弾寸前で躱して空中に飛んだ。
「凄い反射神経だ。さすがボクシング部」
「・・・お前に褒められても嬉しくないね」
瑛斗の言葉を一蹴するようにダリルは言った。
「出し惜しみすんな。見せてみろよ。Gメモリーってのをよ」
「じゃあそうしますかねっ! Gメモリー! セレクトモードッ!」
瑛斗はGメモリーを起動して空に飛んだ。ウインドウに選択画面が出る。
「セレクト! アトラス!」
Gメモリー『アトラス』を発動すると同時に右腕と一体となった大型実体剣《アトラス》でダリルに切りかかる。
「甘いんだよ!」
ダリルはその斬撃を身を逸らして躱し、コールした二丁のアサルトライフルの銃口を瑛斗に向けた。
「しまっ――――――」
「いただきっ!」
瑛斗が防御に入るより早く引き金を引く。
ダダダダッ!
「ぐあっ!」
衝撃で瑛斗の動きが一瞬止まる。
「もう一発!」
ダリルはその一瞬で身体を回転させ、瑛斗に蹴りを浴びせた。
ドオォン!
大きな音と土煙が瑛斗の落下地点から上がった。
それを見ながらダリルは土煙の中にいるであろう瑛斗を笑った。
「どうした? そんなもん――――――」
ギュオンッ!
「!」
ダリルの肩の装甲に高出力のビームが直撃した。
それによって大きく姿勢を崩すダリル。その視線の先にはアトラスを解除しノーマルモードでビームガンを構え、不
敵な笑みを浮かべた瑛斗の姿があった。
「野郎・・・・・」
ダリルはそれを一瞥しガトリングガンを構えた。
トリガーを引き絞られ、弾丸が瑛斗に向けて飛んでいく。
「当たるかっ! Gメモリー!」
超高速の弾丸を躱し、再びGメモリーを起動。
「セレクト! ハルトゥス!」
ハルトゥスの全身を覆うフルシールドで弾丸を防ぎながらダリルに向けて腰の装甲から小型のホーミングミサイルを
十数発発射する。
「ぐっ!」
ガトリングガンの銃口を迫りくるミサイルに向け、飛び出した弾丸はミサイルとぶつかって爆ぜる。
爆発による煙が二人の隔てるように立ち込める。
「おおおおっ!」
その煙幕を突き破り、G−spiritを発動した瑛斗がビームウイングの加速を受けた状態でダリルに肉薄した。
「チッ!」
瑛斗のビームブレードの横一線の攻撃がハウンドの装甲を捉え、シールドエネルギーが大幅に減少。姿勢を崩したダ
リルは地面に降り立つ。
そのダリルの近くに瑛斗もビームウイングを閉じて地上に降りた。
「やっぱり、本気を出さないといけませんよね」
「ああ。私もそっちの方が倒し甲斐があるからなっ!」
言うと、ダリルが身に纏っていたハウンドの装甲のがパージされ、手にはナックルガードのような装甲が露わになっ
た。
「?」
「私の本気を見せてやる!」
ゴウッ!
「!?」
そこから先ほどとは比べ物にならないスピードでダリルは瑛斗に接近し、拳を叩きこんだ。
「ぐぅ・・・!?」
予想外の攻撃に瑛斗も顔をゆがめる。
ダリルの最も得意とする戦闘法、それは自分の拳による超接近攻撃。
ダリル自身のポテンシャルをフルに活かした攻撃が瑛斗のシールドエネルギーを少しずつ、だが確実に削っていく。
「ぐっ! ぐあっ! このっ・・・・・!」
瑛斗はビームブレードをダリルに振り下ろす。
「遅いんだよ!」
ダリルはその斬撃を最低限の動きで躱し、瑛斗のボディブローを叩きこんだ。
「があっ!」
衝撃に地面を転がる瑛斗。
「・・・・・・・・」
だが、ダリルは怪訝な表情を浮かべた。
(今の一発・・・入らなかった・・・・・?)
ダリルとしては確実に入ったと思った一撃だった。
しかし、それは目の前で立ち上がった瑛斗によって否定された。
(追いついたのか・・・。いままでの攻撃の中で・・・・・!)
驚きを隠すことに努めながらダリルは瑛斗を見た。
「・・・面白い攻撃ですね」
「!」
沈黙していた瑛斗が口を開いた。
「そんな攻撃方法、ハウンドシリーズのデータには無かったですよ。焦りました」
「そうか。そりゃ良かった。私の秘密兵器ってところだからな」
ダリルはさながらボクシングのようにファイティングポーズを取って返事をする。
「これを使うからにはっ!」
再び瑛斗に高速で接近し、右の拳が瑛斗の顔面に迫る。
「絶対にお前を倒す!!」
瑛斗はパンチが当たる寸前で左腕のシールドアーマーを前に出して受け止めた。
「そうでないと困る・・・・・・」
「?」
瑛斗が何か小声で言ったのが聞こえ、ダリルは眉をひそめる。
「らあっ!」
「うあっ!」
その隙を見逃さず瑛斗はビームブレードの斬撃をダリルに浴びせる。
「そらよっ!」
さらに続けざまに回し蹴りを放つ。
「そのくらいっ!」
ダリルはその蹴りに反応して素早く躱して距離を取る。
(やっぱり接近しないと攻撃できないか・・・・・)
「Gメモリーセカンド! セレクトモード!」
瑛斗はGメモリーの発展型のGメモリーセカンドを起動した。
「セレクト! エルドラス!」
射撃特化のエルドラスを発動し装甲内の小型ビーム砲門を露出させフル・バーストモードになる。
「・・・・・・・・・・」
ダリルはその場を動こうとしない。
「避けきれますか?」
ズドドドドドドドドッ!!
発射された大量のビームがダリルに襲い掛かる。
「うおおおおおおっ!!」
しかしダリルは避けなかった。
あろうことか前進を始めたのだ。
「嘘だろっ!?」
瑛斗は驚愕した。自分に向けて突進してくるダリルにはビームが確実に当たっている。シールドエネルギーが減るこ
となど気にしない捨て身の攻撃。はっきり言って無茶である。
G−spiritのウインドウに表示されるハウンドの残存シールドエネルギーも急速に減っていく。
ダンッ!
瑛斗が自分の拳の射程に入ったと同時にダリルは地面を強く踏み込む。
「だあああっ!」
「がっ・・・!」
ダリルの拳が瑛斗の腹部を捉えた。
吹き飛びざま、渾身の一撃によってG−spiritも解除され、G−soulに戻る。
(ここまできたら・・・・・とことんやってやる!)
瑛斗は意識が飛びそうになるのを奥歯をかみしめぐっと堪えて、地面に着地した。
「あのパンチを受けて倒れないなんて、いい根性してるな」
肩で息をするダリルが笑みを浮かべながら瑛斗に回線越しに声をかける。
「・・・先輩こそ、ビーム避けずに突進してくるなんて、なんですか? 肝据わりすぎですよ」
そうだな、ダリルはそう言って笑った。瑛斗もそれに釣られて笑う。
しかしその笑みもすぐ消えた。
「お前、エネルギーは?」
「ざっと20ってところですね。先輩は?」
「私もそれくらいだよ」
「それじゃあ―――――」
ダリルは拳を構える。
「これで―――――」
瑛斗もBRFシールドを捨て、ビームソードを構えた。
「「終わりだ!」」
お互いが相手に向けて突進し、雄叫びをあげながら自分の得物を振りかざした。
ドガッ!
何かがぶつかる鈍い音。
「・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・」
大きな歓声を上げていた観客たちも、二人の勝敗を見極めるため声を出さない。
「・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・へへっ」
瑛斗が小さく笑う。
その右頬には、ダリルの拳がめり込んでいる。
「・・・流石・・・・・です・・・・・」
シュウ・・・・・ン
その切っ先をダリルの顔面に向けたビームソードの刃が消える。連鎖するようにG−soulの装甲も消えていく。
そしてG−soulが待機状態に戻った時、瑛斗は地面に倒れ伏した。
直後、試合終了のブザーが鳴り響き、それに続くような大歓声がアリーナを包み込んだ。
「言っただろ・・・絶対勝つって・・・・・」
ダリルの声が、喧騒にかすれて聞こえなる程に。
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