銀と青Episode07【岩戸神楽】そのA
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 きっと、私は世界から愛されていないのだと思った。

 暗がりの中、僅かな蝋燭の炎が本殿の板間に人形の陽炎を映し出す。ゆらゆらと、複数漂う影の中で、自分の影の小ささがより無駄な思考を加速させた。

 矮小、価値なき忌み子の蛭児。

 あぁ、私を認めない大人達なんて、あの篝火で焼きつくされてしまえばいいのに。

 

「では、明日の神楽舞は火野煉華(ヒノレンゲ)が舞うということで異論はないか?」

「異議なし」

「妥当でしょう」

「煉華嬢ならば、さぞかし素晴らしい舞いを披露して頂けるに違いない」

「迦具槌ノ神に捧げる神楽の舞手としては、他になき人選でしょう」

 

 周囲を囲む着物姿の大人達は、思い思いに言葉を紡ぐ。

 舞を捧げるなどと言っているが、あの狼は骨っ子をあげたほうが喜びそうだと私は思った。多分、今頃本体から抜けだして境内を走り回ってるはずだし。実際、昨日骨っ子あげてみたら喜んでたし。

 

「では、この議題はこれにて終了とする。次に、火野火織よ、前へ」

 

 名を呼ばれ、私、秋山香織――いや此処では火野火織か――は顔を伏せたまま大人達の前へと歩み寄った。

 

「件のスサノオの件についての報告を述べよ」

「……畏まりました。浅見屋双司――スサノオノミコトは大主様方々が主張する櫛名田姫についての記述を全面的に拒否、及び以前申し上げました彼の者の言い分の通りだとのこと。また、その後の素行におきましても、西洋より持ち込まれたロンギヌスの欠片の対処を行うなど、我々が危惧するような行動は見られず――」

「何を言っておるか! 彼の者は荒ぶる神と恐れられた暴君ぞ! 何を悠長なことを言っている!」

「その通り、事が起こってからでは遅いのだ! 今は地に伏しているだろうが、危険な存在には変わりない。早急に、冥土へ帰還させるなり魂魄を祓うなり手を打たねば!」

「さよう。八百万の神々より出雲の地を預からる者として、放置はしておけぬ!」

 

 ある者はまくし立てるように、ある者は己の意見を誇示するように、ある者は私を糾弾するかのように喧騒を起こす。

 偉そうなことを言ってはいるが、きっと彼らは自身の社の力を誇示したいだけなのだろう。でなければ、過去の記述などの理由があれど三貴子の一柱に喧嘩を売るような真似はしない。

 まぁ、彼らには知らないことなのだが、アイツは概念を司る『青』でもあるのだ。はっきり言って、世界に喧嘩を売るようなものである。

 

「ところで火織よ。おぬし、神神楽(カミカグラ)を行ったそうだな?」

「――っ!? なんの……ことでしょうか?」

「隠さずともよい。彼の者の居場所を伝えた情報提供者が、先日そのようなことを言っておっての。あの者、見てくれは胡散臭いが、その情報は信用できる。事実なのだろう?」

「ほう! 神神楽を!?」

「それは本当ですかな?」

「至る道標さえあるのならば、我々の社が覇権をとることも――」

 

 あぁ、こんな身勝手な発言を始めるから言いたくなかったのだ。それに、

 

「……お言葉ですが、あの神神楽は浅見屋双司と神刀の助力を借りて至ったものです。私自身が至ったものではありません。あれがどのようなものかも理解しておりませんし、どのように至るかも存じあげません。なので、あまり過度な考えは控えたほうが宜しいかと」

「お主の意見は聞いてはおらぬよ。事実、どのような方法であれ至る道が存在したということが重要なのだ」

「忌み子もたまには役に立つではないか。つまりは、一度そなたの身体は神楽を抜けているということになる」

「貴様は事実を報告し、我らの命に黙って従っていればよいのだ。そのために、母体を焼いた罪人である貴様を生かしているのだからな」

 

 手の平に、血が滲む。奥歯が、ギシリと嫌な音を発する。

 

「では、火野火織、報告は以上か? なれば、去れい。この本殿、いつまでも罪人が居て良い場所ではないことぐらい理解出来るな?」

「……畏まりました。では、失礼致します」

 

 その言葉を最後に、私は音を立てずに退室する。背後には、夢物語をいつまでも主張し続ける大人達の影。あぁ、こんな場所からさっさとあの事務所へと戻りたい。小夜ちゃんの淹れてくれたお茶を飲みつつ、無駄に柔らかいソファーに寝っ転がりたい。一人余計なモノも付いてくるけど、場所を提供してくれると考えれば我慢できる。ご飯美味しいし。

 

「――私、いつの間にかあそこに馴染んじゃってるわね」

 

 それが良いことなのか、悪いことなのか。

 多分、秋山香織としては良いことなのだろう。

 多分、火野火織としては悪いことなのだろう。

 どちらが善で、どちらが悪なのか。

 あの大人達に言わせれば、自分たちが正義だとか言い始めるだろうが。

 と、隙間風の冷たい廊下の角から、ひょっこりとこちらを覗く人影を見つけた。

 

「……煉華?」

 

 うん、あの柱に隠れきれていない、頭部から一房、ぴょこんと飛び出ている桜色の髪は彼女のものだ。

 というか、この神社で私と同じ髪色をしているのは煉華しかいない。

 

「……煉華、そんなところに居ないで、用があるならこっちに来なさい」

 

 そう言うと、柱の影からトテトテと小学生くらいの少女が邪気のない笑顔で走り寄る。

――火野煉華。私の腹違いの妹であり、先ほど新年を祝う神楽舞を踊ることに決まった少女だ。私と違い、クリクリとした目と可愛らしい動作の一つ一つが、どこか愛玩用の小動物を連想させる。小夜ちゃんがハムスターなら、彼女は子犬だろう。無理だとは思うけど、一度でいいから二人を一緒に並べて置いてみたい。きっと、心の底から癒される。

 

「ねーさま!」

「そういえば、こっちに戻ってきてから話ししていなかったわね。煉華、元気だった?」

「れんげは、いつでも元気です! ねーさまこそ、お元気でしたか? 病気などしていませんか? げんだいしゃかいはストレスがたくさんだとききます。ねーさまは何事もありませんでしたか?」

 

 もう、なんだろうこの可愛い生物。私の着物の裾を背伸びしながら精一杯掴んで、上目使いで飛びよる姿なんてまさに柴犬。この子に尻尾が生えてれば、絶対残像残しながら振ってると思う。むしろ私の視界にはそう映ってる。幻覚でもなんでもない自分のジャスティス。

 

「大丈夫だから、心配しないで。それより煉華、神楽舞の稽古はいいの? 本番は明日でしょう?」

 

  私が舞う選択肢がない時点で、神楽舞は元々彼女が舞うことと決まっていたようなものだ。現に、私が神社に戻った時も稽古の最中だったわけだし。本来なら、明日へ向けて最終稽古をやっている筈なのだが。

 

「だいじょうぶです! しきがみさんを代わりにおいて抜けだしてきましたので!」

「――いや、それダメじゃん!?」

「ねーさまもむかし言ってました。なにものにおいても優先すべきことがあるのなら、しきがみでも神様でもつかってのりこえろと」

 

 あー、たしかに昔そんなことを言ったような気がする。あのころは修行ばかりで中々買い物にもいけない状態だったから、式神使って買いに行かせたんだっけ。でも、私本体は真面目に修行してたわよ。

 

「まぁ、バレた時はなんとかするか……。それじゃ、廊下は寒いから少し部屋でお話でもする? あんまり長居は出来ないと思うけど」

「ほんとうですか!?」

 

 家人達は、基本的に私が煉華と一緒にいるのを快く思っていない。

 だが、無駄に引き離して、煉華の機嫌を悪くするよりはと多少の会話程度なら黙認しているのが現状だ。

 

「ほんっと、私ってこの家で居場所ないわね」

「ねーさまの居場所はれんげがつくってみせます! おとーさまもおじさまたちも、ねーさまのことをいじめすぎなのです。だって、ねーさまはなにも――」

「煉華、そこから先の言葉はこの家では言っちゃダメ。次期当主の煉華の立場まで危うくなっちゃうから。ほら、いつまでもこんな所に居たら風邪引いちゃうわよ。明日の主役が風で欠席なんて、参拝に来るお客さんも残念がるでしょ?」

 

 不満気な煉華を抱き上げて、そそくさと自室へ向かう。

 これでいい。今更、自分の立場がどうなっても構わない。だけど、私のせいで煉華に余計な気を使わせることだけはダメだ。はやくこの話を忘れてくれるように、部屋に戻ったら面白い話を沢山してあげよう。手始めに、小夜ちゃんやネオンの話なんていいかもしれない。と、彼女の小さな頭を撫でながら、あの友人たちをどう面白おかしく語ってやるかと、内心想像を膨らませるのだった。

 

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