使い魔のつぶやき 【2】 |
「セイル様! 見つけましたぞ!」
白髪交じりの執事風なおっさん数人が主を押しのけ、セイルの元へと早足でよって来た。セイルの前に跪いて、おっさんたちはおいおいと泣き出した。
「勝手に屋敷を抜け出して、心配しましたぞ!」
「坊ちゃまに何かありましたら、先だって亡くなられた旦那様に申し訳が立たない」
「薬師殿が配達屋の荷馬車の辺りで坊ちゃまを見かけたと思い出さなかったら……嗚呼! 何と恐ろしい!」
「何か我々に不満がお有りなら仰ってくだされば改めますぞ」
おっさんたちの訴えにセイルは口の端を引きつらせながら、彼らをなだめようとしている。
「皆さん落ち着いてください」
「これが落ち着いていられますか!」
「どこぞへお出かけの際は屋敷の人間に一言告げるよう、あれほどお願いしたではありませんか!」
「そうですぞ! さすれば誰かを護衛に付けましたのに。坊ちゃまお一人でお出かけなんてとんでもない」
「しかもこのような森の奥地。荷馬車の御者が坊ちゃまの進んだ方向を覚えてなかったのなら、今頃坊ちゃまは行き倒れていられましたんですぞ!」
「そうなってしまったら我々は、我々は……嗚呼お許しを旦那様!」
そして涙涙の大合唱。主が泣き止んだと思えば、今度はおっさん複数か。セイルを囲んでのおっさん達の咽びあい。なんだこの光景。
主も僕も呆然と事の成り行きを見守るほかしか出来ない。同時に僕はセイルが「呪いをかけてほしい」と依頼した気持ちがなんとなく分かった気がした。
それにしても主がお人好しで本当に良かった。あっさりとセイルの申し出に了承していたら、今頃僕らはこのおっさんたちにとんでもない目に合わされていたかも知れない。
魔女としての主の知名度の低さも功を奏したようだった。おっさんたちは勝手に主が道に迷ったセイルを森の中で見つけて介抱したと解釈したようだ。玄関付近で佇む主に頭が沈み込むほど深くお礼を言っている。
「そんなんじゃないんですって。頭を上げてくださいよ」
「いえいえ、貴女は坊ちゃまの命の恩人」
「感謝をしてもしきれませんぞ!」
主も困惑気味といった様子だ。僕、猫で良かった。本当に良かった。
「私じゃなくて、ラースが」
おい主。何こっちに振ってんだ。
「ラース殿? はて」
「わ、私の使い……」
こら主! それ以上言うな。このおっさんらに僕達の正体を知られたらもっと面倒なことになりそうだ!
僕は鳴き声を上げて主の言葉をさえぎろうと口を開いた。その時だった。朗々とした声が外から響いた。
「久しぶりだな! 愛しの我が妹よ」
開けっ放しだった扉から、ど派手な装束の男が両手を広げて堂々と侵入して来た。途端に僕の全身の毛という毛が逆立った。最悪だ。何でアイツがここに来てるんだ。
一度見たら忘れもしない長い金髪を輝かせ、男は主を抱きしめた。主は男のなすがままだ。彼の腕の中で目を見開いている。
「ジ、ジンガ兄さん」
「元気だったか? あっはは、ますます可愛くなったな。うんうんさすがこの俺の妹」
いつから主はお前の妹になったんだ。確かに妹は妹だが、そういう意味の妹ではないだろうが。同じお師匠についたという、ただの兄妹弟子という関係だろうが。
主にお礼を言っていたおっさんは、今度はコイツに頭を下げだした。
「薬師殿、貴方にも何とお礼を言ったら良いのか」
「はっはっは。お気になさらずに。元々俺がセイル様に妹の話をしたのが発端のようですし」
お前が元凶か。そりゃそうだよな。無名の主を名指しで指名なんざ、どんだけ蜘蛛の糸を辿ったんだという話だし。
「いえいえ、薬師殿がおられなんだら我々だけでは坊ちゃまの行方は掴めなかったですぞ」
いやどう考えてもソイツのせいだろう。セイルを唆した悪魔のような男だぞ。
「しかし、皆々様。どうやらセイル様は話し相手がお望みのようですね」
いきなり何を言い出すかお前は。
「話し相手、と申されますと?」
「えぇ。屋敷内にはセイル殿と気軽に話せる相手がいないご様子。同じくらいの年頃の子らはあまり屋敷にはおりませんし。それに彼らもセイル様を前にすると、どうも萎縮してしまっているみたいで。だからこそ、俺が妹の話をしてすぐに俺の妹を訪ねたのではないのでしょうか」
「な、なるほど……」
何故納得する。この人ら、セイルの話聞かずにどんどん会話を進めて言ってるぞ。ああ、よく分かった。こりゃセイルが「時期領主を辞退する」と言っても、おっさんたちは聞きゃしないんだな。
僕はセイルに同情の視線を送った。セイルはセイルで口を挟めずに困っている様相だ。
「それでいかがでしょう! 我が妹をしばらく屋敷に滞在させてセイル様の話し相手にしていただくのは」
「え、ええええ? ジンガ兄さん何を言って──」
「おお! それは素晴らしい提案だ」
「恩人殿に改めてお礼をしていただくためにも、屋敷に招待させてただくのがよろしいですしな」
「うむ! 名案ですぞ」
「ちょ、ちょっと私まだ了解してないってば」
主、もう諦めろ。コイツら僕達の意見なんか聞かないだろう。絶対。
「さすれば、妹にもいろいろと準備があるでしょうし、皆様は外に止めてある馬車でお待ちいただけないでしょうか?」
「そうですな、妹様も年頃の娘さんですからのう」
「荷物の量は心配なさらなくても大丈夫ですぞ。馬車は広めの物を持ってまいりましたからな」
「力仕事が必要でしたら、どうぞ我々をお呼びくださいまし」
言葉巧みに誘導されたおっさんたちは退場していった。セイルも連れて行かれてしまった。「まだ話したいことがある」と抵抗していたのだが、おっさん集団に「屋敷でゆっくりとお話されれば良い」とやらで封じられてしまった。
にぎやかなおっさんたちがいなくなった部屋は、嵐が過ぎ去った後のように静かなものとなった。扉を閉めた主は真っ先に男に詰め寄った。
「どういうつもりなの、ジンガ兄さん!」
「こらこら。そんな顔をしたら可愛い顔が台無しだぞ」
怒りを露にする主を、笑顔でかわす男。相変わらずのふてぶてしい態度だ。もちろん主の憤りは収まることはない。次々に攻め立てる言葉を吐いているが、やっぱり彼はのらりくらりとするだけだ。
「大体ジンガ兄さん! 薬師ってなんなの薬師って」
「おや? 薬師を知らないのかいリュノ。いいか、薬師っていうのはだな」
「そんなことは聞いてない! 魔女は辞めちゃったの?」
相変わらず男相手にその名称はどうも違和感が拭えないな。魔女という言葉は、魔術や薬学を扱う職業とする人物を総称して呼ばれる。基本的に女性が多いからが、その言葉の由来だそうが時々変わり者の男も魔女を志していたりする。男の場合の名称も別に作ればいいのに、今のところ存在しないそうだ。
変わり者の男代表のジンガは胸をそらして偉そうに言う。
「知らないのかい、リュノ。最近は兼業魔女が流行っているのさ」
「でも、兄さんは魔術一本で生きるって」
「人の心は日々移ろい、変化するものさ」
本当によく回る舌だ。主はすっかり言い負かされている。ぐうの音も出せなくなった主に、ジンガは右手の人差し指を口に当てて片目を閉じて見せる。その仕草はなんとも気色悪くて仕方が無かった。
「だから、今の俺はローレシーク家の薬師として雇われたんだ」
まぁ、ジンガは魔術の才能はからっきしであったから、薬師で食べていくほうが向いているかも知れない。そんなことを考えながら、僕は遠い修行の日々を思い出す。コイツの失敗魔術のせいで何度酷い目に合わされたことやら。
「おや、ラース! そこにいたのか」
うわぁ、今度はこっちに来た。
僕はその場から後退するが、ジンガはますます僕に近寄ってくる。ジンガは怪しく両手の指をわきわきさせて僕を捕らえようとしていた。戸棚へと飛び移ろうとしたが、ダメだ。主の身長に合わせて低めに作られているから、長身のジンガ相手には届かれてしまう。
とりあえず僕はテーブルを中心としてぐるぐると逃げ回ることとした。思ったとおりジンガは僕の後ろを追いかけてくる。ふふふ、とりあえずアイツの体力が無くなれば、僕の勝ちだ。
僕が余裕を振りまいていたら、突然ジンガは足を止めた。僕はとっさに急停止が利かず、忌々しいことに自らジンガの足元へと駆けていってしまったのだ。しまったと僕が気付いた時にはもう遅かった。僕はジンガの腕の中へと捕らわれてしまった。
放せと怒鳴るが、僕の言葉はジンガには届かない。使い魔の言葉は己の主人にしか伝わらないのだ。それをいいことにジンガのヤツ、僕に頬ずりまでしだした。止めろ本気で止めろ、この野郎!
「ジンガ兄さん、ラースが嫌がってるから止めて上げてよ」
「おぉ、嫌がっていたのか。いやはやそれは知らなかった」
わざとらしい口調でジンガは僕を解放した。すぐさま僕は毛づくろいを行う。アイツのせいで毛が乱れてしまった。まったく本当に腹立たしい。
「ジンガ兄さんも使い魔を飼えばいいじゃない」
呆れ交じりの主の言葉に、ジンガは前髪をかき上げながら答える。
「俺は孤高の男だからな。必要ない」
嘘付け。もって三日しか使い魔が居つかないくせに。僕が知っている限りで最後にジンガに使えたカラスは「もう勘弁してください」と言い残して逃げてったぞ。
ジンガが僕の言葉を理解出来ないように、主もジンガの元使い魔の言葉が理解出来ない。だからあっさりと彼の言い分を信じてしまったようだ。
「しょうがないなぁ、ジンガ兄さんは。でもあまりラースの嫌がることしないでね?」
「可愛いリュノの頼みだ。分かった、努力するよ」
「ありがとう、ジンガ兄さん」
主、主。騙されてる。ソイツ「了解」とは言ってないから。「努力する」としか言ってないから。絶対また僕をいじめてくるよ。
「もうラースってば。大丈夫だよ、ジンガ兄さんなんだから」
ジンガだから信用出来ないんだってば!
「まぁ雑談はさておきだがな、改めてお前に頼みがあるんだリュノ」
急にジンガは真面目な表情を見せた。
「さっき俺が宣言した通り、お前もローレシークの屋敷に来い。お前の力を借りたいんだ」
どういうことだ? 僕がいぶかしんでいると、ジンガが言葉を続けた。
「とりあえず荷造りだ。俺も手伝う。長期の滞在にはならないと思うから、安心してくれ」
「え、でも……」
主は戸惑いを見せる。そりゃそうだ。理由もなくついて来いじゃ、納得出来るはずがない。さすがの主もためらうってものだ。
「安心しろ。セイル様の件に関してのことだ。俺がサポートしてやるから」
お前のサポートなんか安心出来るか!
「本当ですか、ジンガ兄さん!」
安心しちゃうのかい、主よ。
主の反応を了承を取ったのか、ジンガが満足げに頷いた。
「うむ、大船に乗った気でいろ。さ、とりあえずお前は着替えを用意してくるんだ。魔術に必要な道具は俺が揃えておいてやるから。だいぶ外を待たせてしまっているから、手分けしたほうが早いだろう」
「はい、ジンガ兄さん」
そうして主は自室へと向かって行ってしまった。あぁ、もう。ジンガのヤツのいいようになっているじゃないか。人間が頭を抱えたくなるのはこんな時なんだろうな。
「おや、ラースは僕の手伝いをしてくれるのかい?」
なんか妙に弾んだ声音でジンガが僕に話しかけてきた。
お前と二人きりだなんて冗談じゃない。すぐさま僕は主の下へと駆け出した。
【続】
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第1章はこれでおしまい。 | ||
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