棄てられた子供のその後の話。 |
その年は大変な飢饉でした。
国中の三分の一くらいの人たちが餓えで死んでしまいました。
そんな折に、ある百姓のうちでは赤ちゃんが生まれ、
なんとかして育てようとはしたものの、
自分たちの食べるものさえ儘ならない中、泣く泣く赤ちゃんを森に棄ててしまいました。
森には仙女が住んでいると昔から伝わっていましたので、
どうにかよしなにしてもらえないかと願いました。
夜になって赤ちゃんが泣きもせずに眠っていると、ずいぶん年老いた女が現れました。
女はこのかわいそうな赤ちゃんを抱き上げると連れて帰りました。
「うんと可愛く育ちなさい
うんと丈夫に育ちなさい
誰より賢く立派に育ちなさい
もしそうなったらお前には全てを託そうね」
女は毎日そう言いながら、赤ちゃんを目に入れても痛くないほど大切にして育てました。
やがて月日が流れ、かわいそうな赤ちゃんだった子は
輝くばかりに美しい娘に成りました。
娘はそのうえとても利口だったため、女はたいへん喜びました。
女は、思ったとおりに素晴らしく成長した娘をある日呼び出して言いました。
「お前は私の腹から生まれた子ではないけれど
私の元で育った子なのだから、きっと私のようになれるさ」
娘の方はというと、女の告白に眉ひとつ動かすことなく
そう仰る日を待っておりましたと前置きすると大人びた発音で言いました。
「大好きなお母様、あなたが魔女であることはもう随分前から存じてます
私はこれから世界中を見る旅に出ますわ」
女は娘に紫色の外套と帽子に銀製のブローチ、鳥の骨で作った靴を着せ
見送りました。
娘はまず生みの親の住む家へと向かいました。
しかしそこには苔のむした空家が虚しく建っているだけだったので、
残念に思いましたが気を取り直して次の場所へ歩きました。
山を七つ越えると、ずっと行きたいと思っていた虹の橋の根っこに着きました。
虹の根っこでは空飛ぶ猫が積み上げた虹の橋を
せっせと崩しておりました。
「小さな可愛い娘さん、こんなところにまで来て何がほしいのかしら」
「いいえ、私は世界中を見て回る旅をしているだけなのよ
私はお母様のようにならなくちゃいけないの
あなたがたは何をしてらっしゃるの?」
猫はここで虹の橋を積み上げたり崩したりしている事を話しました。
「虹の橋は空気の精を天の国へ運ぶしるしだから、
用の無いときはこうしてすぐに崩さなくちゃならないのさ」
娘は猫にお礼を言うと、今度は岩に住む妖精の元へ行きました。
妖精は岩の間に隠れて出てこようとしませんでしたが、
かわりに小川のせせらぎの様な声で語りかけてきました。
「小さな可愛い娘さん、こんなところにまで来て何がほしいのかしら」
「いいえ、私は世界中を見て回る旅をしているだけなのよ
私はお母様のようにならなくちゃいけないの
あなたがたは何をしてらっしゃるの?」
妖精は岩の間に神様への祈りと、これまで受けた恵みの全てを
岩に書き込んでいることを話しました。
「天がどれほど地上のものを大切になさっているか、
毛ほどの違いもなく覚えているように、遥か昔からこうして岩に遺しているのさ」
娘は妖精にお礼を言うと、今度は星座を目指しました。
途中色々な国々に立ち寄りましたが、娘にはわずかな金銭も無かったので
殆ど長く居ることなく通り過ぎました。
ずんずんと昼も夜も歩き続け、娘はとうとう星座の住む空へたどり着きました。
星座はどれも、山七つ分よりも大きくまたとても高いところにいたのですが、
娘をすぐに見つけ喜んで迎えました。
「なんて小さくて可愛らしい娘さんかしら
あなたが真っ先に太陽や月の元へ行かなかったのは正しい選択でした
太陽や月は年々具合が悪くなっているせいで
今は怒りっぽくてとても危ないのよ
ところで、こんな世界の果てまでやってきて何がほしいのかしら」
娘がやっぱり同じように答えますと、星座たちは言いました。
「いいこと、小さくて可愛い娘さん
誰かから得るものは何も物だけとは限らなくってよ」
娘はなるほどそれならばと尋ねました。
「わたしは、今まで会ってきた猫さんや妖精さんに何かお礼を贈らなくてはならないかしら」
娘の問いに星座たちは優しく答えました。
「それも違うわ
誰かへのお礼だって必ずしも物が大切なわけではなくってよ
あなたがきちんと感謝を述べてきたのなら、それだけで十分でしょう」
「小さくて可愛い、魔女に育てられた娘さん
次はどこを目指して旅するのかしら」
娘は答えました。
「わたしはもう世界をだいぶ見て参りました
だからそろそろ一度、どこかで腰を落ち着けようかと考えております」
星座たちは、それならばここから一番遠い所にあるガラスの山に住むのが良いと娘に教えました。
「有難うございます、親切な星座さんたち
ご恩はきっと忘れません」
娘は星座たちに感謝を述べますと、遥か遠いガラスの山へ歩き出しました。
途中また、巨人の国や小人の国、人間の国など様々を見て回りました。
ある時、ひとやすみしていた娘にひばりが語り掛けました。
「可愛らしい魔女の娘さん、小さな魔女の娘さん
あなたの履いているその靴は私の兄さんの骨でできているの
どうか返してちょうだいな」
娘は申し訳なさそうにひばりに靴を返しました。
「そうとは露知らずにごめんなさいね、ひばりさん
この靴はわたしの旅をだいぶ助けてくれました」
ひばりは今度は嬉しそうに語りました。
「ありがとう、小さな可愛らしい娘さん
あなたのお陰でわたしの旅はやっと終わりました
兄の亡骸を大切にしてくれたあなたには代わりに兄の爪の骨を差し上げましょう
ひばりの爪の骨は、たとえどんな鍵だって開けられますよ」
そういうとひばりは、靴をくわえて西の空へ遠く飛び立っていきました。
娘は外套の裾を切ると、それで足をくるんで靴の代わりにしました。
それからまたようやくして、足をくるんだ外套の端切れも擦り切れた頃、
娘はガラスの山に着きました。
ガラスの山の裾には、大きな門に錠がかかっておりましたが、
娘はひばりに貰った爪の鍵でいとも簡単に門を開けました。
ガラスの山は太陽の光をめいっぱい浴びて輝いていましたが、
どういう訳だか雑草のひとつも生えておりませんでした。
山の頂には今にも崩れそうな東屋と、枯れた噴水がありました。
娘は東屋に入り、今まで旅して見て回ったことを思い出しました。
そうしていると、今度は東屋と噴水が語りかけてきました。
「小さな可愛い娘さん、こんなところにまで来て何がほしいのかしら」
「いいえ、いいえ、私の遍歴の旅は終わりました
私はこれから、ここでしばらく腰を落ち着けようと思っております
どうかおいて下さりませんか」
東屋と噴水は優しく諭しました。
「小さな可愛い娘さん、このガラスの山は100年も昔に腐り始めて
もうじき崩れて無くなってしまいますの
前途ある魔女の娘さん、早晩にも山をおりなさいな」
それを聞くと娘は思いつき、東屋と噴水に言いました。
「ならば私が山を蘇らせましょう
それが叶わぬならばせめて、崩れるまでの間夢を見させましょう」
東屋と噴水は困ったように語りました。
「私たちにとっては願っても無いことです
でもね娘さん、山はもう何も望んじゃいないのよ
それでもどうしてもと言うのなら、崩れた山のガラスをひとかけらずつ、
あなたの目に埋める事を山と約束なさい
山はここから全てを見ていたけれど、特に星座と仲が良かったの
あなたの目ととければ、あなたが生きている間、また良き友の姿を見ていられるでしょう
出来るかしら」
娘はよどみなく答えました。
「きっとお約束致します」
こうしてガラスの山の頂で、娘は腰を落ち着ける代わりに東屋と噴水と山に、
しばらくの間夢を見させることにしました。
娘はそれから永い間そこで暮らしましたが、
山が砂煙を巻き上げて崩れ去ったころにはもう姿は何処にも無かったそうです。
説明 | ||
前作・山ノ頂〜より以前、魔女の娘さんの出生に纏わるお話です。 | ||
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