奇談 |
「恋愛なんて熱病みたいな物だからね」
……そんな言葉を思い出す。 俺は今、霊安室でハルヒの亡骸を見下ろしている。 少し痩せこけているが、
生きている時よりも美しく思えた。
夏の終わりが近づいていたある日に、ハルヒは原因不明の高熱を発して、そのまま苦しみ抜いて死んでしまった。
まさかとは思うが、誰かに恋をしたためにハルヒは死んでしまったのだろうか?
「……まさかな。 本当だったら笑いどころだよな、ハルヒ?」
シン、とした霊安室の中に俺の声が響く。 ……返事は無い。 霊安室の中は、線香の香りで満たされていた。
翌日、朝比奈さんから謎の熱病について聞いた。 原因は恐らくハルヒで、その日偶然にも原因不明の熱病で
二千人程の人間が亡くなったそうである。 ……ハルヒが亡くなった日から、その熱病は消え去ってしまったらしい。
俺は自分の家に戻り、ベランダでぼうっとしていると、ハルヒが目の前に現れた。
「キョン、どうしたのよ? しけた顔しちゃってさ。 あんたらしくないわよ」
「……いや、俺さ、厭な夢を見たんだ。 ……お前がさ、いや、なんでもない」
「元気出しなさいよ」
ハルヒは俺に口付けをし、そのまま二人抱き合い、体を重ねた。 ……そうだ、俺はハルヒが好きだったんだな。
・・・・・・
翌日、俺はベランダで日の光に照らされて目を覚ました。 ……幻にしては幸せだったな。
俺の願いは空しく、ハルヒはどこにも居なかった。
俺はハルヒと不幸なタイミングで恋をしてしまった人々を弔うため出家し、ハルヒの墓のある寺へ勤める事になった。
季節は過ぎ、再び夏になった。
蒸し暑い日、俺は眠れ無かったので境内を見回っていた。 ……どこかで声がする。声を探って行くと、
ハルヒの墓の前に赤子が泣いていた。 俺が抱き上げると、その子の右手には黄色いリボンが結んであった。
……結局、親は見つからなかった。 俺は、その赤子を引き取り、育てることにした。
春菜と名づけたその子は、すくすくと育っていった。
・・・・・・
7月7日。 娘の春菜を見つけた日……そして、ハルヒと出会った日。 俺と春菜は縁側に座り、月を眺めていた。
幸いにして快晴、天の川が良く見える日だった。
すっかり寝てしまった春菜を抱いてぼんやりと空を眺めていると、涼しい風が俺の傍を通り抜けていった。
「何よ、すっかりお父さんみたいじゃない?」
「遅かったな。 ずっと……待ってたぞ」
「あら、驚かないのね」
「まあな。 三年も待ったからな」
ハルヒはニコリと微笑み、俺と娘を交互に見る。
「ところで、何で春菜って名前にしたの? もうちょっと洒落た名前にすればいいのに」
「春の日に照らされて育つ、菜の花だからさ。 誰かさんは向日葵みたいで元気過ぎるからな」
「あんたにしては上出来じゃない」
「そりゃ余計だ」
俺たちは顔を見合わせて笑った。
「なあ、この子に触れてやってくれないか?」
「いいの?」
「拒否する理由が無いさ」
ハルヒは、菩薩の様な笑みを浮かべ、春菜の髪を梳る。 ……不意に、その手を春菜が握った。
「あら、わかってるのかしらね。 でも、そろそろ時間だから。 お盆じゃないと滞在期間が短いのよ」
「ああ、また逢おう。 ってそりゃ笑い事だな」
「……そうね」
そう言うと、ハルヒは静かに消えていった。
・・・・・・
翌日、何時もよりも娘……春菜は元気だった。
「今日は元気一杯だな。 どうしたんだ?」
「あたりまえじゃない。おかあさんにあったから」
「そうか」
俺は顔一杯に笑顔を浮かべ、雲一つ無い空を見上げた。
おわり
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