IS -インフィニット・ストラトス- 〜恋夢交響曲〜 第十六話 |
「ちょっと早く来すぎたかな・・・」
日曜日、俺は駅前の噴水前で人を待っていた。その待ち人は、正直厄介な人物。はぁっ、とため息をついて周りを見渡すが、それっぽい人物はやってきていない。
「もうそろそろなんだけどな・・・」
俺は時計を確認する、確か昼前の11時に噴水前だったはずなんだが・・・。そんなことを考えていると、急に視界が真っ暗になった。
「だーれだ」
聞きなれた声。後ろから目を手で塞いでだーれだとか、こんな古典的なことを平気でやる奴は俺の知り合いで一人しかいない。
「このっ、あさ――」
「わわっ、大声あげちゃだめだってば!」
俺の口をふさいでくるこいつは、俺の幼なじみで、今大絶賛話題沸騰中のアイドル、塚野旭。
「す、すまん!」
あわてて周りを見渡すが、どうやら誰も気づいていないらしい。ホッと胸をなでおろすと、改めて旭の姿を見る。
「仕方ないんだろうけど・・・。なんて格好だよおい」
旭の恰好は、上は最近の子が来ているようなブラウスに、下はホットパンツとニーソックスというまともな格好なのだが、顔には一昔前の刑事ドラマで使われそうなサングラスに、大きな麦わら帽子と逆に人の目を引きそうな格好だった。
「しょうがないよ、囲まれて歩けなくなることもあるんだし」
こんな話を聞くと改めてこいつは俺とは違う世界の住人なんじゃないかと思ってしまう。
「で、どこいくんだ、あさ・・・えーっと」
「あーちゃんってよんで」
「な、なんでそう呼ばなきゃいけないんだよ! お前の名前大声で叫ぶぞ!」
今回はこいつが有名人ということで俺が有利だ。ここで押せば俺の意見は通るはず・・・。
「いいけど、週刊誌沙汰になって、私の熱狂的ファンから自宅にカミソリ届いても知らないよ〜」
「・・・勘弁してください」
女尊男卑はこんなところまではびこっているらしい。くそう、厄介な奴になったもんだ。
「じゃあ、名前の端っこのほうをとって『つかさ』でいいか?」
「うーん・・・。ま、それで勘弁してあげるよ」
まるで小悪魔のように微笑む旭。その姿は、俺の昔から知っている旭の顔。
「・・・変わらないな、お前」
「何か言った?」
「いや、なんでもない。で、どこいくんだ、つかさ?」
「じゃあちょっとこの辺を散歩がてらウロウロしてみようっか」
「わかったよ」
旭と出かけると大体ぶらついて終わる。でも俺は、その変わり映えのない、いつも通りの行動になんだか少し安心した。
◇
「ほんっとに何も買わないよなぁ」
「こういうのは買わないからいいんだよ、奏君」
歩き始めて大体一時間。旭は店に興味を持って入ったりするのだが、まったく何も買わない。俺は冷やかしているようで申しわけなく思うのだが、旭は昔と変わらず、そんなことを気にもせずに店をでる。
「しかし、さすがにいい時間だし、どこかで何か食べないか?」
時計は12時をさして大体10分くらいたっている。おなかもすいてくる時間帯だ。
「いいよ、奏君のおごりね」
「お前のほうがお金持ってるんじゃないのか?」
「こういうときは女の子におごるのが男の子ってもんだよ」
それを言われるとそんな気もする。しかし、この辺よく知らないんだよなぁ・・・。
「おっ、奏羅じゃないか!」
そんなとき、聞いたことある男の声。
「げっ、一夏・・・」
あろうことか旭と一緒にいるときに一夏に遭遇するとは・・・。一夏は前に一回旭を見ているので、変装しているが声とかでばれてしまうんじゃないだろうか。しかし、当の本人は俺の隣にいる旭を全く気にしていない様子で、
「奇遇だな。友達と遊んでんのか?」
と話しかけてきた。
「これほどお前の鈍さに感謝したことはなかった」
「なんのことだ?」
「いやなんでもない」
たぶんこの調子だと、俺の横にいるのが天下のアイドル様だとまったくもって気づかないだろう。ていうか、塚乃旭ってアイドルの存在自体知らないんじゃないだろうか。
「ねぇねぇ、このあたりで飲食店知らない?」
「えっと、君は?」
「前に合ったじゃない、つか――」
「こいつの名前は、つかさっていうんだ」
本名を名乗ろうとした旭の言葉をあわててさえぎる。ふと見ると旭はこの状況を楽しんでいるようで、俺のほうを見てにやにやしていた。確信犯かよ、こいつ。
「つかさって呼び捨てでいいよー」
「わかった。よろしくな、つかさ」
ありがとう、神様。こいつを鈍感に作ってくれて。
「えっと、飲食店だっけ? ちょうど俺も知り合いの店に行こうとしてたんだよ」
「そこ美味しい?」
「おう、なかなかうまいと思うぞ」
「じゃあ、奏君。そこにしよう!」
「はぁ・・・。わかったよ、もう・・・」
俺は意気揚々と歩を進める旭を見て、いつものことだがやっぱり旭のペースに巻き込まれてるなと思いながら二人の後をついて行くのだった。
◇
「ついたぞ」
一夏の指差す先には、いかにもな個人経営の飲食店。
「ご・・・はん・・・だ食堂?」
「違う違う。五反田(ごたんだ)食堂っていうんだ」
珍しい名前なので読み方がわからなかった旭に一夏が説明を入れる。俺は『ごはんだ食堂』って読んでも、味があっていい気がする。いかにもご飯だって感じで。
「じゃあ、中に入ろうぜ」
一夏が扉をあけると、いらっしゃいませと、俺たちと年齢が同じくらいの赤い髪の男子が奥からやって来た。
「お、弾だ」
「あれ!? 一夏じゃん!」
なるほど、この男子が一夏の知り合いなのか。
「今日は友達連れなのか?」
「ああ、こっちは前に言ったIS学園で一緒の男子。こっちはこいつの友達だ」
「へぇ・・・。俺は五反田弾(ごたんだだん)。一夏とは中学からの付き合いだ。弾でいいぜ」
「俺は天加瀬奏羅。こっちは、俺の幼なじみのつかさっていうんだ」
「よろしくね」
旭を見てなんとも微妙な顔をする弾。それもそのはず、こいつの顔ははでかいサングラスにおおわれ、頭には季節外れの麦わら帽子。この姿を動じないやつなんていないだろう。一夏は動じてなかったけど。
「じゃあ、注文が決まったら呼んでくれ」
弾に案内され、店の真ん中のほうのテーブルへと座る。テーブルに合ったメニューを開くと、食堂という言うにはふさわしくさまざまな料理が並んでいた。
「一夏君、お勧めは?」
「魚系かなぁ・・・。カレイの煮付けとか美味しいぞ」
「じゃあ、業火野菜炒め定食にしようかな」
「お前聞いといてそれはないんじゃないか・・・?」
そんな漫才を繰り広げながら、注文を決める。一夏は魚のフライ定食、旭は業火野菜炒め定食、俺は一夏のお勧めの煮付け定食を頼んだ。
「おう、一夏じゃねぇか」
ぬっとでてきた男の人に少しびっくりする。料理服を着ているが、腕まくりをしており、その腕は筋肉隆々。まるで漫画の中に出てきそうな料理人がたっている。
「厳さん、お久しぶりです」
「今日は友達も一緒か。おい弾、ちょうどいい。せっかく友達が来てんだからお前もついでに昼を食っとけ」
大声で奥のほうに叫ぶと、「へいへい」と声がし、弾が出てくる。どうやら弾の親族の方なのだろう。一夏に聞くと、どうやら祖父で、あれでも70歳らしい。
「蘭、飯だぞ! 降りてこい!」
厳さんはさらに奥のほうに向かって叫ぶと、「わかったー」と声がし、階段を下りてくる音が聞こえた。
「あ、久しぶり。邪魔してる」
「いっ、一夏・・・さん!?」
降りてきたのは弾によく似た髪の色をした女の子。今まで家でくつろいでいましたとわかるような、ラフな格好だった。
「い、いやっ、あのっ、来てたんですか・・・? 全寮制の学園に通ってるって聞きいてましたけど・・・」
「ああ、うん。今日はちょっと外出。家の様子を見に来たついでに寄ってみた」
「そ、そうですか・・・」
そういった後、その少女は後ずさりをしながら店の奥へと消えていった。
「しかし、あれだな。蘭とは三年間の付き合いになるけど、まだ俺に心を開いてくれないのかねぇ」
「は?」
信じられないという声を上げる弾。一夏のことなのでなんとなく予想がついてしまう。
「いや、ほら、だってよそよそしいだろ。今もさっさと部屋から出て行ったし」
「一夏君ってさ」
「おう、なんだつかさ」
「わざとやってるの?」
「なにをだ?」
だめだ、やっぱりまるでわかってない。旭もサングラス越しだが信じられないという顔をしているのがわかる。
「お待たせしました」
先ほどの女の子の声がし、声のほうを向く。そこには、先ほどとはうってかわってどこかに出かけるようなおしゃれをした女の子が立っていた。
◇
全員の料理がでそろうと、旭が元気よく手を合わせた。
「じゃあ、いただきまーす」
「ちょっと待ちな」
料理に手を付けようとした旭は、厳さんに呼び止められた。
「お嬢ちゃん、帽子とサングラスをしたままご飯を食べるってのはいただけねぇな」
ゴゴゴという効果音がしそうなほどの威圧感を放っている。あー、やばいなこの状況。
「つかさ、悪いけど厳さんってマナーに厳しいんだ。とったほうがいいぞ」
「そうなんだ・・・」
一夏に言われ、周りを見渡す旭。確かに今は時間帯も外れ、食堂には俺達以外誰もいないから問題はない・・・はず・・・多分。いやいやいや、問題多有りでしょうが。
「じゃあ、外しますね」
「あっ!? ば、馬鹿!」
しかし、俺の制止も聞かずに旭は帽子をはずし、サングラスをとった。
「じゃあ、食べようか」
特に気にしていないような様子のニコニコ顔の旭に、頭を抱える俺。何もわかってないような一夏と厳さんに、声が出てこない様子の五反田兄妹。
「つ、つ、つつつ、つ」
「つ?」
「「塚乃旭ぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!?」」
「な、なにおどろいてるんだ、二人とも?」
「い、一夏さん知らないんですか!?」
「なにを?」
やっぱり知らなかったんだな、こいつ。
「一夏。お前、まじかよ・・・」
「こ、この人は、今日本で一番有名なアイドルなんですよ!?」
「・・・まじで?」
ビッ!っとテレビを指差す弾。それにつられてテレビを見ると、『徹!この部屋!』が流れており、そこには俺の幼なじみが写っていた。
「あー、あれ先週の火曜日に収録した奴だ」
のんきな旭の言葉に、もうどうにでもなれと匙を投げてしまった俺。この後、ひと騒動があったのは言うまでもなかった。
◇
「あー、楽しかった」
五反田食堂を後にし、一夏と別れ、俺たちは帰路へとついた。あのあと五反田一家と旭が仲良く写真を撮っており、旭はニコニコしながらそのデータを眺めていた。
「いやー、ファンとの交流も大事だよね」
「俺は心配で胃が死にそうになったよ」
旭はごめんごめんと謝るが、その顔はやっぱり笑っており、それを見て俺は盛大にため息をはいた。
「ああ、そうそう。奏君にお願いがあるんだった」
そう言ってごそごそと自分のカバンをあさる旭。はいとおれに渡してきたのは、数枚にわたる計画書だった。
「お前・・・これ!?」
「これ、奏君に設計してもらおうかなーって」
「いや、設計できないこともないけど・・・って、これお前が考えたのか!?」
「そうだよ、今度から私が使う、私だけのライブステージ」
いつもと違う声色の旭。その顔はいつものにやけた顔ではなく、真剣な顔。
「これなら持ち運びもできるし、いつでも、どこでも歌える」
「確かにそうだけど・・・。俺が考えていいのか?」
「うん、こういうのも設計したほうが奏君の将来のためになるって。それに――」
一呼吸置くと、あらためて旭は口を開いた。
「みんなに歌を届けるのが、私の夢だから」
真っ直ぐな旭の瞳。自分の夢を追いかける決意が伝わる。そこまでの覚悟がわかってしまった以上、俺の思いは一つだ。
「わかった、なんとかするよ」
「ありがとう、奏君」
俺の答えに旭はいつものにやけた顔じゃない、本当にうれしそうに笑った。
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恋夢交響曲・第16話 | ||
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