ハーフソウル 第八話・過去
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一 ・ 細工師の街

 

 許さぬ。

 

 地の底から響く亡者の声に、夜の森はざわめきをひそめ、鳥や獣もその気配を殺した。

 

 許さぬ。

 

 憤怒にかられた骸骨は、幾度となく呻き声を上げる。その眼窩には怨嗟の炎が宿り、周囲の下草を焼き尽くす。

 

 この世の全ての苦しみを味わわせてから、殺してやる。

 

 血の涙を流し、骸骨は月に吼えた。

 

 

 

 

 レニレウスとダルダンの領境にある森を出て以降、身を隠せそうな場所もなく、セアルたちは道程に悩んでいた。

 

 千年前に主戦場となった北部ダルダン。復興の甲斐あって産業も充実していたが、緑は焼き尽くされ、乾いた山と岩に囲まれた痩せた領地だった。

 

「ここは相変わらずだな。埃っぽくてキツイぜ」

 

 風よけの外套を羽織り、マフラーで鼻と口を覆っていても、乾いた風の運んでくる土埃が、容赦なく叩き付ける。目覚めたばかりのレンは体力も落ち、外に長居は出来ない状態だった。

 

「これじゃ、天幕でも張らない限り野宿は無理だな。むしろ土埃がひどくて湯を使いたいくらいだ」

 

「この近くに街はあるのか?」

 

「ここからなら、公路沿いの街がひとつあるぜ。行ったことがあるから、案内ならできる」

 

 ラストの言葉に、次の行き先は決定した。石壁に隠れるようにひっそりと佇むその街は、内部に入れば風など一切無かった。

 水が貴重な以外は、何不自由なく過ごせそうな活気ある街だ。

 

「結構いい所だろ? 森と鉱山が近いから、細工師も多いんだぜ」

 

「細工師?」

 

「工芸品を作る連中さ。指輪や首飾り、髪飾りとかそういったものだ。昔、姉上への贈り物に、髪飾りをここで買ったんだ」

 

 街の中を歩いてみると、露店の多くは装飾品で埋められていた。素朴な木彫りの髪飾りや、鋳造された指輪などが見える。

 

「とりあえず今日はこの街で宿を取ろうぜ。次の道行きは明日にでも……」

 

 そう言いかけて、ラストは急に言葉を切った。何があったのか、目線の先を見ると、兵士らしきものが見える。

 

「隠れろ!」

 

 横の路地に押し込まれ、セアルとレンは訝しがった。ラストもすぐに路地へ隠れ、フードで顔を覆ってやり過ごす。彼らのすぐ脇を、紋章をつけた一個小隊が抜けて行った。

 

「どうしたんだ? レニレウス公爵の兵か?」

 

「違う……。もっとヤバイ奴だ」

 

 いつもとは違うラストの様子に、セアルは肌寒い危険を感じ取った。

 

「帝国五将軍の一人だ。向こうもとうとう本気で来たようだな」

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二 ・ 過去

 

 夕方になっても帝都の軍が引くことは無く、三人は路地裏で、ひたすら息をひそめた。

 

 宿を取ろうにも、検分があれば一目で見破られるだろう。そして包囲が解けなければ、この街から脱出する事も叶わない。

 最悪の状況を考慮せずに立ち寄った事を、ラストは激しく後悔した。だが今は、この状態から抜け出さなくてはならないのだ。

 

「……帝国五将軍って、どんな奴らなんだ?」

 

 敵の気配が無いのを確認して、セアルが口を開いた。

 

「武官では最高指揮権がある連中だ。師団単位、おおよそ二万くらいの兵を動かせる。将軍個々でも、戦闘能力がかなり高いから厄介なのさ。しかも今いる隊の指揮官は、一番面倒な野郎だ。オレを目の仇にしてやがる」

 

「何か恨まれるような事でもしたのか? そいつに」

 

「さあな……。人間てヤツは、相手が気に食わないだけで憎悪する輩もいるからさ。オレが将軍を拝命したのが十八の時で、そいつは民間からの叩き上げだったし。苦労してのし上がって来たのに、生意気なガキと肩を並べるのが嫌だったんだろ」

 

「お前そんなすごい奴だったのか……。意外だ」

 

「意外って何だよ!」

 

 思わず大声を出しそうになって、ラストは慌てて自分の口を塞ぐ。

 

「そういえばラストの姉さんって、どんな感じなんだ? やっぱりお前に似てるのかな」

 

「……似てるわけないだろ。オレは養子なんだから」

 

 事も無げに言うラストに、セアルはそうか、とだけ言った。

 

「気にするほどの事じゃないぜ。十二の時に、叔父に引き取られただけだ。正しくは、叔父の従兄の家になる」

 

「苦労したんだな」

 

「どうかな。引き取られた環境な特殊だったから、同い年の友人はまるでいなかったけど。姉上はオレの二つ上で、女ッ気なんかまるで無い人だった。兄貴がいたら、こんな感じだったのかもな」

 

 昔を懐かしんで、ラストは微笑む。

 

「お前には……。話しておいた方がいいのかもな。十年前の事を」

 

 

 

 

 ラストは弱冠十八歳で、帝国武官最高位である、将軍職を拝命した。統一帝国千年に及ぶ歴史の中でも、十八歳での拝命は異例であり、多くの羨望と嫉妬のまなざしが彼に向けられた。

 

 ある者は侯爵家の養子だからだと、またある者は皇帝に取り入ったのだろうと、口さがなく噂した。

 

 だが個人技でも用兵術でも、ラストに勝てる者は誰もおらず、彼らは沈黙せざるを得なかった。沈黙する代わりに、彼らはラストを『天才』という枠で囲い込み、それきり近付く者は無かった。

 

「ラストール。もっと上手くやりなさい。お前はいずれ、叔父上の跡を継いで立太子する身なのだよ。文官どころか、武官とも折り合いが悪いのは致命的だ」

 

「お言葉ですが父上。オレはそんなつもりは無いし、叔父上には世継ぎの皇子がおられる。面倒は御免です」

 

 頑なな息子に、養父は嘆息する。

 

「お前もいい年齢だ。そろそろ三公爵あたりから、妻を迎えた方がいいだろう。レニレウス公爵の姫などどうだ? まだ十三歳だが、聡明で愛らしい娘だぞ」

 

「自分の妻くらい、自分で探します」

 

 打っても響かず、まるでなびかないラストに、侯爵は半ば諦めるしかなかった。

 

 そんな折、皇帝からの召し出しがあった。夕刻を過ぎての火急の呼び出しに、ラストは戸惑う。養父と姉の機嫌がいいのが気になったが、直々の招呼では参上しないわけにはいかない。

 

 皇宮内の皇帝の間へ急ぐ途中、大広間のステンドグラスが砕け散るのを彼は見た。夜空には巨大な鳥と人影とが躍り出る。

 

 この夜、ラストは人生最大の屈辱を受ける事となった。

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三 ・ 十年前の真実

 

「オレが皇帝の間に着いた時にはもう……。叔父上は、陛下は亡くなっていたんだ」

 

 遠い目をして、ラストはぽつりと呟く。

 

「今思えば、あれは宰相の罠だった。陛下が招呼したのを利用して、そのままオレを逆賊に仕立て上げた。傀儡の皇帝さえいれば、全て宰相の思いのままなんだから、邪魔者は消したくて仕方なかったんだろう」

 

 ラストの告白を、セアルはただじっと聞いていた。レンは眠気に耐えられなかったのか、セアルの肩に頭をもたせかけて、すやすやと眠り込んでいる。

 

「地下牢に叩き込まれた後、自力で脱出した。叔父上に生前、地下廟へ行くように言われていたから。そこで、出会ったんだ。精霊人と」

 

 思わぬ言葉にセアルは、はっとしてラストを見る。

 

「一族の聖地に人が、それも精霊人がいるなんて思いも寄らなかった。しかもその精霊人は、自分が陛下を看取ったと言って、一対の指輪を差し出した」

 

「指輪……」

 

「帝位継承に必要な皇帝の指輪だ。そんな物を持ってる事に一瞬そいつを疑ったけど、そんな事をしたって何の得も無いしな。だからその精霊人に、片方の指輪を預けたんだ。宰相の追撃を逃れるために」

 

「まさか」

 

 頭の中で点と点とが繋がり、セアルはラストを見た。

 

「サレオス・アルバ・カイエと名乗っていた。……お前の兄貴だろ」

 

 兄が語ろうとしなかった十年前の真実に、セアルは言葉を失った。その身を衆目に晒すだけではなく、城内へと侵入する危険を冒していたとは、知らなかったのだ。

 

「兄さんは、何も言ってくれなかった。まさかこんな……。俺の自由のために、お前を巻き込んでいるとは、思ってなかった」

 

「お前が巻き込んだわけじゃない。むしろオレが巻き込んだんだ。それにくだらねえ伝統やら慣習なんぞを、後生大事に続けている帝国にも問題があるのさ。時代によって少しずつ変化しなくてはならないものを、何も考えずに、ただ受け取るだけなんだ」

 

 ラストの言葉に、セアルは応える事が出来なかった。

 

「返す! とか言うなよ。むしろ返されても困るしな。それに宰相を倒せばきっと、そんな指輪なんか必要無い国になるさ」

 

 何かが吹っ切れたように、ラストは笑った。

 

「後はお前自身に、指輪が必要無くなる日が来れば……。万々歳だな」

 

 

 

 

 ラストはその後、サレオスと共に帝都から脱出した事、そこでマルファスと初めて会った事、姉と生き別れた事などを話した。

 ひとつひとつの話に、セアルはじっと耳を傾ける。

 

「お前も帝都で、姉さんに会えるといいな」

 

 ふと故郷の兄を思い出し、セアルはそう呟いた。

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四 ・ 合理主義者

 

 その時、二人の視界を何かが横切った。音も無く忍び寄る人影に、彼らは立ち上がり身構える。

 

 狭い路地裏で包囲されては逃げようが無い。それにセアルとラストのどちらも、未だ怪我が治りきっていないのだ。

 

 一言も発せず、二人は固唾を呑んだ。彼らの前に現れたのは、黒い外套を纏った痩身の男だった。たった一人で路地裏へ来るには、それなりの理由があるはずだった。

 

「おや……。我が諜報網も、捨てたものではありませんね。怒鳴るしか能の無いガイザックとは、一線を画せるというもの」

 

 暗がりで顔はよく見えないが、声や仕草から四十代半ばと見て取れた。セアルが横目でラストを見ると、彼は歯噛みしながら男を睨み付けている。

 

「十年ぶりでしょうかね。ラストール君。シオンを旅立ったかと思えば、我が領内で揉め事を起こし、挙句吊り橋を落とすとは、随分勝手をしてくれましたね」

 

「レニレウス……。本当に会いたく無かったぜ」

 

 ラストに脂汗が滲んでいるところを見ると、この男がかなり苦手なんだと、セアルは感じた。

 

「何でアンタがダルダン領内にいるんだ。ダルダンのジジイはどうした」

 

「ダルダン将軍なら、帝都で足止めされていますよ。現在五将軍は、宰相派と反宰相派で真っ二つ。大変面倒な状態です。反宰相派の将軍を動かす時には、必ず宰相派の将軍が同行する程です」

 

「クソ宰相が……」

 

 傍目にも、ラストがいらついているのがよく分かる。

 

「まあ、私も暇ではありませんので。本題に入りましょう。この街は現在、ガイザック将軍の率いる一個大隊に包囲されていますが、ここから脱出したいですか?」

 

「……条件は何だ」

 

「今回は条件はありません。貴方に恩を売りたいだけなので」

 

 ラストとレニレウス将軍のやり取りに、セアルは目を丸くした。

 

「恩を売りたいって、一番面倒な話じゃねえか……。後々オレにネチネチ言うんだろ? あの時助けてあげましたよねえって」

 

 意味ありげに微笑むレニレウス将軍に、ラストはため息をつく。

 

「騙したりしないだろうな?」

 

「合理主義の第一歩は、他人を利用するところから始まるのです。他人を利用するためには、その相手に対し、誠実さを見せなくてはなりません。偽りはいずれ見破られ、その時の損失は計り知れませんので」

 

 そう言うと将軍はラストに、小さく折りたたんだ紙片を投げて寄越した。それに記載されている文字を読んで、彼は驚く。

 

「レニレウス公爵家の証明書……」

 

「娘婿になったかも知れない貴方には、ちょうどいい小道具でしょう。それがあれば、大抵の施設は無条件で出入り出来るはずです」

 

「……アンタこんなマネをして、宰相が怖くないのか? どこで見ているかわからないんだぜ」

 

 その言葉に将軍は、からからと笑い声を上げる。

 

「宰相殿は今『休暇中』でしょう? ここ最近は参内されませんしね。それにあの遠見の銀盤は、元はと言えば、我がレニレウスの王器。あれの事は、我々の方が詳しいのですよ」

 

 レニレウス将軍の冷たい眼光に、ラストはぞっとする。

 

「やっぱアンタは敵に回したくないな」

 

「恐れ入ります」

 

 二人のやり取りに、セアルはただ気後れするばかりだった。

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五 ・ 密談

 

「そうそう。最後にひとつだけ」

 

 街を出る準備を始めたセアルたちに、レニレウス将軍が声をかける。

 

「貴方の後継として、将軍になった男がいるのですが、これがまた面倒な奴でね。まあ会えば分かるでしょうから、それまで楽しみにしていて下さい」

 

 それだけ言うと、将軍は踵を返して、宵闇へと消えて行った。

 

「何だかすごい人だな、あの将軍……」

 

 二人のやり取りに、終始圧倒されていたセアルがぽつりと呟く。

 

「まあ何だ……。宮殿ってのは、ああいったのがゴロゴロいるんだよ。それでもレニレウスは分かりやすいから、信用は出来る方だ。アイツの場合、流れを掴むまでは中立だけどな」

 

「お前を助けるって事は、有利だと判断したのか?」

 

「そういう事になるなあ……。まあ銀盤の王器の事もあるし、取り返したいと思っているのかもな」

 

「恩を売っておいて、後で吊り橋の代金を請求されるとか」

 

「やめてくれ……。本当にありそうだ、それは」

 

 想像して頭を抱えるラストを尻目に、眠っているレンを起こし、三人は街の石門へと向かった。

 

 

 

 

 レニレウス公爵家の証明書は効果絶大で、三人は遠縁と偽って街を脱出した。街から離れ、丘の上から眺めると、ざっと千人程度の騎馬と歩兵で包囲されているのが分かる。

 

 埃にまみれた風はやんでいたが、次の道行きを考えると多難ではあった。

 

「どうしたもんかなあ。このままダルダン領を突っ切って帝都へ行くか、レニレウス領へ戻って帝都へ行くか……」

 

「どちらからでも行けるのか?」

 

「帝都は三公爵それぞれの領地から、ちょうど中心辺りにあるんで、どちらからでも行く事は可能だぜ」

 

 セアルは少し考えたが、身を隠せないダルダン領よりは、森の多いレニレウス領の方を提案した。

 

「そうだな。ダルダンのジジイを頼りたかったが、帝都で足止めされてるんじゃ、会う事もできねえし」

 

「ダルダン公爵か」

 

「ああ。オレの養父ボリスとダルダン公爵は昔からの親友でさ。結構気にかけてくれた人なんだ」

 

 懐かしそうにラストは言った。

 

「みんなのためにも、早くケリをつけないとな」

 

 

 

 

 再度レニレウス領に戻るため、セアルたちが別の道を探し始めた頃。帝国五将軍のひとり、ガイザック将軍は帝都からの早馬を受けていた。

 

「帝都より伝令です。宰相殿がお戻りになられました」

 

 ランプに照らされる天幕の中、齢六十に近い大柄の将軍は、顔色ひとつ変えず命令を下す。

 

「明朝、本隊は帝都に戻る。公路は全て封鎖しろ。この近くに潜んでいるはずだ。ダルダン領とレニレウス領を片っ端から探すのだ。発見次第、連れともども殺せ」

 

 伝令と部下を下がらせた後、ガイザックは天幕で一人、佇んでいた。何もない空間を睨みつける。

 

「……わしの不在の間、よくやってくれたガイザック」

 

 どこからともなく、くぐもった声が響く。将軍は一礼した。

 

「おかえりなさいませ、クルゴス様。どうやら奴らは、本気で帝都を目指しておるようです。領内を移動した者を、虱潰しに確認しましたところ、レニレウス公爵家の証明書を使用した者が、三名ほどおりました」

 

「そうか、来るのか」

 

 姿の見えない声は、楽しそうに嗤う。

 

「ちょうどチェスのための駒を用意したところよ。面白い余興になろう」

 

「レニレウスの処遇はいかが致しますか。放っておけば、また何やら、しでかすやも知れません」

 

「捨て置け。あれは頭の切れる男だ。問い詰めたところで、のらりくらりと躱して来るだろう。だがこちらも後手に回らぬよう、間者たちを万全に配備し、泳がせておくのだ。有事の判断はお前に任せる」

 

「お任せ下さい」

 

 すでに何も聞こえなくなった空間に向かい、ガイザックはにやりと笑った。

説明
創作歴史と創作神話を元にした、ダークファンタジー小説です。武器戦闘をメインにしてあり、魔術はあまり描いていません。男主人公。獣耳少女と男二人で旅をします。6650字。

あらすじ・神の箱庭・西アドナ大陸。古の神をその身に内包した少年セアルは、自らが箱庭を破壊するために作られた存在と知り、神の代行者と対立する道を選ぶ。
代行者・ソウの追撃を受けながらも、犠牲を払い、北部ダルダン領へと逃れた三人。だが……。
 今回も幼女は出番なしです。
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