恋姫夢想 真・劉封伝 5話
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波才を部下にして二日後、私達は烏丸の集落を発った。

 

公孫賛のいる北平までは馬で行くならば三日程かかるという話だった。

烏丸族から貰った武具や食料を皆に分配し、家畜や持ち運べなかった物資は楼班殿が戦士達に頼み移動先の集落へと持っていってもらったらしい。

彼女にはお世話になってばかりだ。いつか恩を返したいものだと思う。

 

集落からの出立にあたり、烏丸族からは波才の部下32人と私、波才、楼斑に董頓の計36人分と荷物を載せる為の4頭、計40もの馬を渡された。

それだけでなく食料までも融通してもらった。

私が貰った物資だけでは心許ないので非常に助かったのだが、これは一つの集落が気軽に出せる物資ではない。

集落の者達はこれから別の集落に移動するのだから尚更だ。

集団での移動は年寄りや子供等移動に慣れぬ者を苦しめる。そこに馬車を引く馬を減らせば移動に更に時間がかかり、負担が増える。

賊が増えてきているという今なら、時間がかかればかかるほど襲撃の危険も増える。

それでもこれだけの物資を渡したということは、それだけ何かを期待されているのかもしれない。

 

烏丸族の者達に見送られて集落を出た初日、日が暮れ始めた頃に董頓と波才は手合わせを行った。

 

最初こそ波才ばかりが剣を振るい、それを見ていた楼班殿は心配していたようだがその剣は最後まで董頓には届かなかった。

董頓の動きは速い。しかし、その動きは直線的に過ぎた為に波才に動きを読まれ、誘導され、幾度と無く危機に陥っていた。しかし、どれだけ波才が彼女に罠を仕掛け己の戦いやすい状態に誘い込もうとも、波才の剣は当たらない。

驚く事に、董頓の動きは波才の剣速よりも速いのだ。

例えば、董頓の姿勢を崩し、右手に持った剣に意識を向けさせてその隙に左手で掴もうとした波才。

董頓は姿勢を慌てて戻し、波才の剣を屈んでかわす。そこでようやく自身へ迫る波才の左手に気づいたのだが、その距離はもう握れば掴めそうな程に近い。

しかし、それを回避できる。どれだけ不意をつこうと気づいてからの回避でかわせてしまう。

恐るべき才だ。

それでも波才は粘っていたのだが、次第に手が尽き最終的には董頓が勝利を収めた。

 

その勝利に本当に嬉しそうに笑う董頓は、波才に頭を下げるとそのまま私の方に向かってきた。

 

「勝った!俺も勝てたぜ!次は劉封だな!さあ、手合わせしようぜ!」

 

速度と手数重視の董頓に、部下の指揮と一撃の攻撃力重視の波才との直接戦闘では分が悪い。

兵を多数伴う模擬戦ならばきっと波才の方が優勢になるはずだが、手合わせでは今回のように苦戦する事は減り、次第に圧倒していくはずだ。

 

見ていてわかったのだが、董頓は戦いに対する技術が乏しい。

 

二人の手合わせ中に楼班殿にその事を聞いてみたのだが、烏丸族は騎馬民族。その戦闘の殆どが騎乗して行われるため、彼等は殆ど地上戦の鍛錬を行わないという。

勿論最低限度は鍛えるのだが、それよりも馬上の技術を高める事を優先するらしい。

 

戦闘中に馬から降りるのは死ぬときだけだと考えている者も多いらしく、そのような彼らは董頓の双剣との手合わせに殆ど付き合ってくれなかった。

槍と弓よりも剣を好んだ董頓は、剣では攻撃範囲が狭すぎる為に馬上ではあまり役にたてない。

その武は目を見張るものがあったが、殆ど誰も手合わせには付き合ってくれず、偶に相手してくれる者がいても結局は地上戦の苦手な者ばかり。

だから董頓は集落では誰にも負けたことは無かったらしい。

 

 

その話を聞いて、納得してしまった。

彼女は今までその才能に任せた力押しで勝てていた。

勝ててしまった。

故に、格上との戦闘を知らない董頓は不利な状況からの逆転や戦法の組み立て等が決定的に欠けているのではないだろうか。

 

その結果が、あれだけの才を持ちながら波才達に囲まれて手も足も出なかった事にも繋がっているのかもしれない。

 

「わかった。しかし、波才との手合わせで疲れているだろうし今日はもうよそう。明日の朝、出立の前に手合わせをしようか」

 

「おう!わかったぜ!」

 

元気良く返事する彼女に微笑を返し、彼女を鍛えようと心に決めた。

それが烏丸族に受けた恩を返すことにもなるし、彼女の速度に対応する事は私自身の鍛錬にも繋がる筈だ。

 

周囲の警戒を行う部下達に礼をいい、翌日の手合わせの為に槍を持ち出して素振りを始めた。

 

 

 

 

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「さあ!劉封起きろ!やるぞ!」

 

遠くに見える山の合間から僅かに日が見え始めた頃、見張り以外の皆が未だに眠っている中で董頓の声が響いた。

迷惑そうに皆が起きだし、私もこちらを見下ろす董頓へと目を向ける。いつから起きているのかわからないが、やる気に満ち溢れた視線を向けてくる彼女は周囲の恨みがましい視線には一切気づいていない。

その中でも一際厳しい視線を向けてくる楼班殿は、ゆっくり立ち上がるとこちらにむけて歩みを進めてくる。

さすがに朝から怒られるのは可哀想だ。なんとかしてやろう。

 

「董頓、まずは皆の食事の準備をしようか。波才、彼女を頼む。食事が済み次第部下達の鍛錬も行おう」

「えぇー折角早起きしたのに…」

「了解だ大将。さあ、お前らもさっさと飯の支度だ!嬢ちゃんもきな、悪いが手伝ってもらうぜ?」

「えぇー………」

 

私の思惑を察したのか、すぐさま動き出した波才は部下達と共に董頓に声をかける。

渋々だが連れられていく二人を見送って視線を戻すと、僅かに頬を膨らませた楼班殿がこちらを見ていた。

 

「劉封様、董頓を甘やかしてはいけません。あのような事を怒らずに許しては明日以降もきっと同じ事をします。あの子はそういう子です」

 

「む…すまない。しかし、董頓も悪気があった訳ではないようだからな」

 

「悪気が無くとも人様に迷惑をかけたのですから怒らなくては!それが董頓の為です!」

 

「そうか、すまない。楼班殿の意見が正論であろう。戻ってきたら私から董頓に言っておこう」

 

「優しく言ってもいけませんよ?あの子はあまり考えずに動くのですから、印象に残らないような怒り方ではすぐに忘れてしまいます。まったく、昔から皆董頓には甘いのです。あの子の為を思うならしっかりと怒ってあげなくてはいけないのに…聞いていますか?劉封様」

 

厄介な事になった。朝から何故か怒られている。

いや、実際私が怒られている訳ではないのだが、気分的には同じようなものだ。

 

「あぁ、聞いているよ。楼班殿が董頓を大事に思っているのは私にもわかるしな」

 

そう言った私の言葉に、何故か楼班殿は首を傾げてこちらを見ている。

何か失言しただろうか。

 

「楼班殿?」

 

「…劉封様、なぜ私を呼ぶ時だけ殿などと余所余所しい呼び方をされるのですか?」

 

何故といわれても、命の恩人である彼女に失礼な物言いなどしたくはない。

それに烏丸族の大人の娘という立場もある。自然にそう呼んでいたのだが何かお気に召さなかったのだろうか。

 

 

「いえ、楼班殿は命の恩人ですから。呼び方が何か…」

「劉封ー!波才に準備の邪魔だっていわれて追い払われたー!全く、それなら最初から手伝わせるなって話だよな!」

 

そこに董頓が声をかけながら戻って来て、またややこしい事になった。折角避難させたというのにすぐに戻ってきては怒られてしまうではないか。そもそも彼女はあちらで何をやらかしたのか。

話の途中ではあるが董頓を避難させなくては…

 

「董頓、今は楼班殿と話しているからまた後に…」

「劉封様、何故董頓は呼び捨てなのに私はそのような呼び方なのですか?」

「なあ、飯が出来るまででいいから少しでも手合わせしようぜ?」

 

駄目だ。しかし、避難させるのには失敗したが、何故か楼班殿は董頓を怒る事よりも私に問い詰める事を優先したらしい。

現に、割り込んだ董頓は無視して私の返事を待っている。

 

「あの、楼班殿には命を救われた恩がありますので。董頓は私を呼び捨てで呼ぶのでいつの間にか私も自然に…」

 

「…私も楼班と呼んでくださいませんか?一人だけ仲間外れは嫌です」

 

「なあ、聞いてるか?まだ時間あるみたいだしさー」

 

「しかし…」

 

「えっと、命の恩人のお願いですよ?」

 

「あの…いえ、わかりました。これからは楼班と呼ばせていただきます」

 

目配せを送り、悪戯っぽく微笑む彼女に反対の意見は出せなかった。

彼女がその呼び方を望むのならばそう呼ぶ方がいいに決まっている。現に、私がそう呼べば彼女は嬉しそうに笑ってくれた。

ならば私の事も様をつけずに呼んでもらいたいものだ。

 

「楼班、ならば私のこともこれからは…」

「すみません劉封様、しばしお待ちを。董頓!貴方はまた人の会話に割り込んで!私がいつも言っていた言葉を忘れたのですか!それに貴方は今日も朝から…」

「げっ…」

「なんですかその反応は!もっと女の子らしい反応は出来ないのですか!それに自分の事を俺というのも今まで何度も何度も…」

 

しかし、私の言葉は意図的にかわからないが董頓を怒る彼女の言葉にかき消され届くことはなかった。

言うべき時期を逃してしまったようで、今後この話題は出しにくい。これからはしばらく今までどおりに呼ばれることになりそうだと思いながら、波才が支度が出来たと伝えに来るまで怒られて小さくなっていく董頓を見守るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「よっしゃ!始めようか!」

 

部下達の鍛錬も終わり、出立の準備も終えてから董頓と向き合っていた。

彼女の腰に付けられていた双剣は既に抜いてあり、その刃の部分には馬の皮で作られた布を巻いてある。

私も烏丸族から貰った槍の槍先に同様の物を巻いている。

このような場に刃引きされた武具がある筈も無く、だからといって真剣で手合わせするのは危険。昨日の波才達との手合わせにも使われたが、烏丸はこのようにして手合わせをするらしい。

 

「わかった。いつでも来い」

 

私が返事を言い切る前に董頓はこちらに向かって走り出していた。

その動きは正面から相対しているせいか、横から見ていた昨日よりも格段に速く見える。最初から全力で来るらしい。

その進み来る先に槍先を置いて牽制して迎え撃った。

 

自身へと向けられた槍先に邪魔そうに顔をしかめた彼女は、私の攻撃範囲に入る直前で止まり、向けられた槍先から逃れようと左右に動き始めた。しかしそのような事で振り払われる程未熟ではない。相手の動きに合わせて常に相手の胸元へと槍先を向け続ける。

非常に素早くはあるが、今の私の眼ならば見失う事などない。

しばしそのまま彼女の動きに合わせて動かしていたのだが、そのままではきりがないと判断したのか、そのまままっすぐにこちらに向かってきた。

 

私の槍先へと到達する直前、彼女が右手の剣を振りかぶっているのが見えた。

その剣で槍を弾き進路を確保するつもりなのが丸わかりだ。

 

彼女の剣が槍へと届く直前、私は僅かに槍を引く。目標を失ったその右の剣は槍を弾く力が込められていた為に、空振ってしまった後その持ち主の身体を左に僅かに流した。

そこに、戻した槍を突き出した。

その槍は、予想外の事態に目を見開く彼女の胴体へとまっすぐに進んだ。

 

「勝負あり、だな」

 

身体へと届く直前に槍は止めた。だが、私の懐に飛び込むために加速していた董頓は止まりきれず、槍先は腹へと当たり彼女は蹲っている。

手合わせを見ていた楼班はまさか一撃で勝負がつくとは思っておらず、とても驚いているように見える。

 

「くっそ…まだまだぁ」

 

痛む腹を押さえながらも立ち上がる董頓に感心するが、この状態ではまともに動けないのは目に見えている。

しかし、彼女が望むならこの状態でも鍛錬を行うべきだ。

 

「高岱、侯羅、二人で董頓と手合わせを。負傷しているとはいえ、油断はするな」

 

「はっ」

「はっ」

 

周囲で観戦していた部下二人を呼び、負傷した董頓と戦うように命じた。

既に剣を抜いていた二人は董頓に回復する暇を与えないよう、すぐさま斬りかかる。

その剣速は波才よりも僅かに遅い。いつもの董頓ならば問題なくかわせる筈。しかし、痛みで動けないのだからかわす事はできない。

慌てて双剣で二人の剣を防ぎ始めた。

 

「わっ…わわっ…」

 

しかし、その防御は拙い。慌てて防いでいるために相手の剣をまっすぐに受け止めている。片手でそのような防ぎ方をしていたら次第に腕に疲労がたまり防げなくなる。

 

彼女は速い。

故に相手の攻撃を回避はしても防御は殆どしないのだろう。

 

それでは、もし彼女より速い敵が出たらどうなるか。

戦場で負傷して満足に動けない時、彼女はどうなるか。

彼女が生き残れるかどうかに関わってくる。だから鍛えなくてはいけない。見知った人間を見殺しになど出来ない。

 

既に限界は見えていて、剣を握る手にも力は残っていない。直に勝負は決まる。

私との戦いでは、彼女の力を満足に振るえないようにすぐに勝負を済ませた。そして今、弱っているとはいえ実力では勝っている相手に負ける事できっと彼女自身が自分の欠点に気づいてくれる。そうなればこちらも教えやすくなる。

 

お互いに剣を振るいあうまともな手合わせを望んでいるであろう董頓には悪いが、それはまだ彼女には早い。まずは下地を少しでも作り上げなくてはいけない。

 

剣戟の音が鳴り止み、董頓の降参の声が聞こえるのはそれから間も無くであった。

 

 

 

 

 

 

 

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あとがき

 

鍛錬回はつまらないので、翌日にでも次の話を投稿しますねー。

ちなみに、今更ですが大人は部族長のようなものです。丘力居は西遼にある5000の烏丸の集落を率いていたと言われています。

ではまた明日。

説明
志半ばで果てた男がいた。その最後の時まで主と国の未来に幸あらんことを願った男。しかし、不可思議な現象で彼は思いもよらぬ第二の人生を得る事に。彼はその人生で何を得るのか…
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