優しき魔王の異世界異聞録・陸 〜真愛 本当に大切な想い〜
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アークとギーシュの決闘から日は暮れて。

空に二つの月が顔を出し、星が輝く夜中―――トリステイン魔法学院の近くの深き森で剣戟の音が鳴り響いていた。

 

「はあっ・・・はあっ・・・はあっ・・・」

「・・・・・・・」

 

三名確認出来る内、二人は肩で息をしている。

一人はアークと決闘し、その強さに惚れ込み剣術の教授を願った少年ギーシュ。

だが元々魔法でのみ戦ってきていた彼に剣術の修行はきついらしく、よろよろしながら弱々しく剣を振り下ろしている。

元々基礎的な体力が明らかに少ないギーシュの為にアークが科した修行は毎日一万回の素振りだ―――そもそもアークのする剣の修行など、これをこなしてまだまだ余力が残っている位でなければ付いて来れる訳が無い。

 

もう一人はタバサだ。

アークから復讐の意味やすべき事の意味を考るように諭された彼女だが、流石に高々30分〜1時間程度で答えが決まる訳でもない。

だが兎に角『どのような道を選ぶにせよ技術は有るに越した事は無い』という考えからアークに剣術を教授してくれるよう頼んだのだ。

その頼みにアークは快諾、そもそも言っていた通り剣術を教えるという事に対しては何ら問題はなかったのでギーシュと同じく毎日素振り一万を科した。

しかし、元々剣術にそれなりに覚えのあったタバサはギーシュとは違い簡単に素振り一万回を終わらせてしまったのだ。

故にタバサは現在、アークと実戦形式で剣術の稽古を受けていた。

 

尚、二人に剣の稽古を付けているアークは先に大量の素振りやら何やらをしてからタバサの相手をしていると言うのに息一つ乱れていない。

これだけでもアークがかなりの実力者であり、言っている事は伊達や酔狂ではない事が改めて理解出来るだろう。

(ちなみにタバサからも『殿は必要ない』と言われた為、アークは呼び捨てで呼んでいる)

 

「ほら、これでまた一本。

う〜ん、タバサの剣術は速度が速くて短期決戦に向いてるけど長期戦には向いていないかもね。

僕の剣は基本的に“受け流し”を基礎にしてるから長期戦向きだし・・・」

 

「・・・・・・強い・・・」

 

ギーシュとの決闘の際にアークの強さは認識したが、まさかこれ程とは思わなかった。

先程から何度も何度も相手の隙を突いて攻撃を叩き込もうとしたり、態と自分が隙を見せて相手の隙を作ろうとしているが悉く通用しない。

こう見えてもタバサは前回説明した通り叔父である国王ジョゼフとその娘イザベラから任務中の死を目的とした無茶な任務に従事させられ、その度に生き残ってきた。

故に剣の腕にはそん所そこらの貴族など足元にも及ばない程の技術は有ると多少は自負していたのだが、そんなちっぽけな自負など恥ずかしくなる程である。

 

まず第一にアークには隙が一切見えない。

第二に幾ら手数多く攻撃をしてもその攻撃全てを受け流されてしまう。

手数とスピードだけには絶対の自信が有ったが、そんな自信を簡単に打ち砕いてしまう程に壁は厚く高かった。

 

「うん、今日はこの位にしておこうか?

もう夜も更けてきたみたいだし、何でもかんでも段飛ばしに強くなれる訳じゃないしね。

取り敢えず今日から夕方の時間、僕は自分の稽古と合わせて君達の剣の修行の相手はするからさ。

あっ、それと激しい稽古をした後だから出来るだけ早く休んで疲れは確りと取って置いた方が良いよ・・・明日からもっと厳しくなるから」

 

そこで言葉を言い終わらせると同じ位にギーシュがふらふらと倒れ込む。

律儀に素振り一万回を終わらせたようだが余りにもきつ過ぎた為か体力がその後まで持たなかったようだ。

そんな彼をひょいと肩にアークは持ち上げるとまだ多少は体力の残っているタバサに向かって言った。

 

「ギーシュは僕が責任を持って部屋に運んでおくから安心してゆっくり休みなよ。

それじゃあねタバサ、また明日」

 

タバサも頷く。

唯の一回目、最初の稽古の時間ではあったが短い時間の間でタバサにとっては実入りの多い充実した時間である。

明日からは再び同じ時間で実戦的な稽古を続けてくれる―――その稽古の中でアークから一本取る事を己の目標と定めた後、タバサはアーク達と別れて自室へと戻るのだった。

 

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ギーシュを部屋に送り届けた後、アークはルイズの部屋へと向かう。

本来なら水場にでも行って顔でも洗いたい所ではあったのだが、別に汗を掻いている訳でもないしそのまま休む事にしたのだろう。

・・・と、暫く長い廊下を歩いて行くとその先に何かが動いているのがアークの眼に映った。

 

「ん? 何だ・・・って、フレイムじゃないか、こんな所でどうしたんだい?」

『きゅ〜、きゅきゅきゅきゅきゅ〜♪』

 

目の前で動いていた小さな影の正体はキュルケの使い魔であるフレイムだった。

アークの姿を見つけると一目散に走って近付いてきて顔を摺り寄せる、本当に子犬のような態度である。

それに対してアークは顎を撫でたり背を撫でたりと本当に小動物をあやすような事を続けていた・・・実はアーク、小動物は結構好きなのだ。

暫くの間じゃれ付いて来るフレイムをあやした後、アークはフレイムに語りかけた。

 

「ところでフレイム、こんな所で待ってたって事は僕に何か用でもあるのかい?」

『きゅ? ・・・・・・きゅ、きゅきゅきゅきゅきゅ〜!!』

 

何故か慌てたような態度になるフレイム。

どうやらアークにじゃれ付く事に必死になってた為か肝心な用件を忘れていたらしい。

名残惜しそうではあったがゆっくりとアークから離れると、少し先まで歩いた後に立ち止まって尻尾を振る。

その様子から垣間見るに『着いて来て』とでも言っているのだろうか?

 

「・・・? まあ良く判らないけど、着いて行けば良いんだね?」

『きゅきゅきゅ』

 

言葉を肯定するように鳴くフレイム。

アークはそんなフレイムが先導するままに後ろを着いて行く。

先程慌てていた態度からフレイムの主であるキュルケが己に対して何か用事でも有るのだろうと思いながら―――

 

 

小さい隙間の開いた部屋に入っていくフレイム、どうやら此処がキュルケの部屋らしい。

用事が何なのかは知らないがこんな遅い時間に呼び出されるのだから重大な事なのだろう、もしや体調を崩したか何かだろうか?

まあしかし体調を崩したのであれば一々自分を呼ぶよりも医者でも呼んだ方が早いと思われるが。

 

ちなみに一応アークは魔族でありながら癒しの術も覚えてはいる、しかもかなり強力な術をだ。

その気になれば瀕死の重体の人物を癒す事も出来るし・・・正直な話、状態を見なければ解らないが多分タバサの母親の蝕まれてしまった心すら癒せるだろう。

 

ならば何故タバサから母親の事を聞いたあの時にそれを説明しなかったのか?

その理由は力を八つに分けられ封印されてしまった現状では癒しの魔法を使う事が出来ないからである。

確かにあそこで『自分が助けられるかもしれない』と言っても問題なかったかもしれないが、いつ魔力が戻るかも解らない状況で不確かな事を言う事は出来なかった。

・・・せめてベルフェリアでも居てくれたら少しは変わったかも知れないのだが。

 

『きゅ〜!! きゅきゅきゅ〜!!』

 

部屋に入ったフレイムから入ってくるようにと言うような意図を含んだ鳴き声が聞こえてくる。

その声に考え込んでいたアークは顔を上げるとキュルケの待つ(であろう思われる)部屋の中へと静かに入って行くのだった。

 

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扉を開けて入った部屋の中は真っ暗になっており何も見えない。

かろうじて目の前でゆらゆらと動いているのがフレイムの尻尾に灯っている火だろう。

別に目が慣れてくれば梟並みの夜目が利くのが魔族なのだが・・・生憎アークはほぼ人間と同じような状態の為か良く見えないようだ。

 

「えっとキュルケ、何か用かな?」

 

暗闇の先に言葉を飛ばすアーク。

正直な話だが実は彼、魔族の為あえて寝る必要も無いのだが規則的な生活をしている内に夜は早く寝るようになっていた為、さっさと用件を終わらせて寝たかった。

そもそも此処に来た理由だってフレイムが緊急事態の如く自分を呼ぶ為、何があったのか気になって来ただけの事である。

 

「その前に扉を閉めて下さるかしら?」

 

暗闇の奥からキュルケの声が聞こえる・・・どうやら声を聞いた感じではどこかに不調が有るようには思えないが。

言われた通りアークは律儀にドアを閉める、すると“パチン!!”と言う指を鳴らすような音と共に部屋に立てられた蝋燭に次々と火が点いていく。

蝋燭の列は奥に向かって伸びており、その終着点にはベッドが存在し、その上には男ならば目のやり場に困ってしまうような下着しか身に着けていないキュルケが腰掛けていたのだ。

 

「そんな所に居ないで此方に来て下さるかしら、アーク?」

「いや、別に良いけど・・・(人間が)そんな格好してると風邪引くよ、キュルケ」

 

恐らく彼女はアークを誘惑しようとしているのだろう。

だがアークは全く動じる事もなくそう一言呟く―――完全に空気の読めない一言を言う人物である。

 

ちなみにキュルケの思惑は別としてアークにはこの程度の誘惑は一切通用しない。

そりゃ当然であろう、元々彼の周りに居る女子達は人類は別としても少なくとも今のキュルケ以上に露出度の高い奴ばかりだ。

(ベルフェリア&アルカナ=水着風のヘソ出しルック、アスモ・デウス=モロに下着風の衣装、レヴィアタン=完全にどう見ても真っ裸)

更に魔族の王達を率いる王であり、圧倒的な魔力の持ち主である彼に対しては例え“呪いクラス”の魅了の術やら誘惑の術を使っても強過ぎる魔力が無効化してしまう。

前にもサラッと書いたと思うが以上の理由が原因でアークには誘惑・魅了などと言った色仕掛けは一切合切通用しないのである。

・・・まっ、本人が天然ボケ風だという部分も有るのだが。

 

アークの一言にキュルケは顔をひくつかせながらだが言葉を続ける。

 

「え、えっと・・・す、座って?」

「ああ、他人の寝所に腰掛けるなんて無礼だからこのままで良いよ、それで僕に何か用?」

 

例え進められたとはいえ女性のベッドに腰掛けるのは失礼であると考える古風なアーク。

取り付くしまもなく横に座るのを軽く拒否され、更に自分が自信を持っているプロポーション&あられのない姿を見せてると言うのに全く動揺する事のないアークに女としてのプライドを傷付けられるキュルケ。

当人同士の価値観の違いがこの状況下で全くの進展を見せない原因となっている事にキュルケは気付いては居ない。

 

しかしキュルケは諦めない。

アークが自分の姿に全く動揺していないと知ってもめげずにあれやこれやと言った手を使う。

燃えるような紅い髪を優雅にかき上げ、アークを艶めかしい表情で見つめ、大きく溜息を吐き悩ましげに首や強調した胸などを振る。

 

「貴方は・・・私をはしたない女だと思うでしょうね・・・」

「へっ? 何が? 何で?」

 

声色を変えながらアークに擦り寄り、目を閉じながら続けるキュルケ。

今までずっとそうだった、例え女嫌いっぽく見せている人物も恰好付ける人物も自らの魅力に最後には負け、虜となった。

全力でアークを誘惑する為に手を尽くした・・・これで落ちない訳は有るまいと彼女は思っていた。

 

「でも、思われても仕方がないの・・・前に名乗ったでしょ? 私の二つ名は『微熱』・・・」

 

だが、其処までキュルケが言った時―――

不意に火照って熱くなっている額に何かが触れ、心地良い冷たさを感じたのだ。

 

「・・・えっ?」

 

何をしているのか理解出来なかったキュルケは目を開く。

すると其処には自らの額に手を当てているアークの姿が映って見えたのだ。

アークは考え込むような仕草をしてから呟いた。

 

「ああ成る程、フレイムが僕を呼んだ理由がやっと判ったよ。

道理でさっきから小刻みに震えてるからおかしいと思ったんだ、まあそんな格好してればそりゃ風邪も引くよね。

駄目だよキュルケ、風邪は万病の元って言うからね・・・馬鹿にしてたら取り返しの付かない事になる」

 

何を勘違いしたのかアークはキュルケが風邪を引いていると思ったようだ。

まあ全身中を火照らせ(=発熱)、艶めかしい表情となり(=発熱による顔色の変化)、悩ましげに首や胸を振る(=発熱による震え)なんて事してれば天然気味のアークなら勘違いするのは当然といえば当然の事であると言える。

それらの事を換算し、フレイムが自分を呼びに来たのは主が風邪を引いて大変だからと勘違いしたのであった。

 

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アークを落とそうと努力したキュルケにとっては信じられない“現実”である。

今まで自らが落とせなかった男は居ないし、自分の思い通りにならない男など居ないと彼女は自任していた。

そもそも男なんてのはそう言う生き物だと彼女は高を括っていたのだ。

 

だがそれら全てを使って誘惑してもアークには通用しない。

幾ら自分の武器とも言える美貌やプロポーションを駆使しても、彼にはちっとも届かないのだ。

その事実は、キュルケのプライドをズタズタにするには充分過ぎる理由だった。

 

「ま、この程度なら今から安静にしてれば直ぐ治るよ。

取り敢えず今からゆっくり休んだ方が無難だと思うね・・・えっと、そう言えば掛ける物(布団)は何処に有るんだい?」

 

アークは完全にキュルケに対して空気の読めない一言を呟く。

それに対してキュルケはボーっとしたまま部屋の隅を指差す、良く見てみれば其処には高そうな厚手の布が畳んで置いて有るようだ。

隅に置いてある布を取りに向かい、呆然としたまま動かないキュルケをベッドに寝かすと上に優しく布を掛ける。

 

「さて後は栄養の付くものか・・・今の時間じゃ流石に厨房には誰も居ないだろうし、シエスタも寝ちゃってるだろうから起こすのも悪いし。

ああ、そう言えばシエスタから『良ければ後で食べてください』って言われてミカン貰ったっけ―――じゃあこれで良いや、取り敢えずは初期症状なんだし」

 

そこで先程のキュルケのように指を鳴らすアーク。

すると空間が歪み、小さな孔のようなものが現れたかと思うとその中に躊躇せずに手を突っ込んだ。

これは所謂魔族ならば誰でも出来る、空間を歪めて自らの所有物を取り出すと言う技術である。

基本的に武器やら魔法道具を運用する際に使う者が多いが、今のアークは魔力の低下から大きな空間を生み出す事が出来ない為か小物などを入れるのに使っている。

取り出したミカンを丁寧に皮を剥き、更に渋皮等までこまめに取った後、キュルケに向かって言う。

 

「はい、出来上がりっと。

じゃあキュルケ、面倒だと思うけど大きく口を開いてね〜」

 

その言葉に黙って口を開くキュルケ。

目の前に居る鈍すぎる人物に対して何か思う事があるのか、少々不機嫌そうに睨んでいる。

口の中に放り込まれたミカンを噛みながら彼女はアークの顔を見つめていた。

 

「はい、良く出来ましたっと。

じゃあ後はゆっくり休んでさっさと風邪なんぞ治しちゃって下さい♪ 僕はそろそろ帰るからさ、じゃあねフレイム」

 

そう言うと蝋燭の炎を一つずつ吹き消すと入り口に向かうアーク。

彼は元々アルカナやレヴィアタンなどと言った自分よりも年下の者達が病に臥せった時に看病などをする面倒見の良い性格をしていた。

だからこれも当然の事―――そもそも初期症状だとしても病に臥せる者を放って置く程アークは薄情ではない。

・・・だからこそこれもアークにとっては“当然の事”に過ぎない。

 

「じゃあまた明日、ゆっくり休んで元気になってねキュルケ♪」

 

本当に安堵したような、相手を安心させるような笑顔を見せてアークは部屋を出て行く。

だがその瞬間・・・室内に居てアークを見つめていたキュルケの心中は、彼女が今まで感じた事のないような感情に支配されていた。

静かに閉められる部屋の入り口を見ていたキュルケの心には今まで感じた事のない“寂しさ”と言う感情が生まれていたのだ。

 

「えっ・・・ええっ!? な、何よ・・・何よこれ・・・!?」

 

胸が苦しい、寂しい・・・。

去り際に見せたアークの笑顔を思い出すと今まで一度も感じた事のない感覚を身体全てで感じる。

別に彼女は大人の恋愛と言うものを知らない子供ではない、今までに昔の事ではあるがかつて何人もの男と交わった事があった。

 

誰もが自分を求め、誰もが自分に満足してくれた―――

だがその中に今日のアークのように本気で心配してくれたり、あんなにも優しい笑顔を見せてくれた者など一人も居なかったのだ。

その事が、その己に対して向けてくれた優しさが・・・今までアークを虜にしようと躍起になり、思い通りにいかずに不機嫌になっていたキュルケを変えた。

本当の恋を、本当の愛を知らなかった彼女の考え方を変えさせる結果となったのである。

 

 

・・・ちなみに此処で一つ補足しておこう。

本来ならばこの日、この時間はキュルケと逢瀬を重ねようとした男共が彼女の部屋に押し寄せる筈であった。

しかし彼女は次の日の朝まで誰にも邪魔される事なく己の心に芽生えた本物の感情と向き合う時間が与えられた・・・それは一体何故だったのか?

 

その理由は―――

 

「な、何だ君は!? おい、何でキュルケの・・・」

『・・・失せろ』

 

「な!? ちょっ、ちょっと待って、今日はキュルケに・・・」

『聞こえないのか・・・“失・せ・ろ”と言った筈だ』

 

「キュルケ〜!!? 僕だよ!? 今日会う事になっていたじゃな・・・」

『その面が二目と見れねぇ面にされたくなけりゃ消え失せろ』

 

そう、その理由はアークがキュルケが風邪だと勘違いした後に静かに眠れるように入り口の目立ち難い場所に“誠実の柱駒”を置いておいたからである。

お陰で本来ならばキュルケと会う筈であった男共は悉く柄の悪い半裸の蛮人のような大男に脅かされてすごすごと何もないまま引き下がっていったのであった。

 

『はあ・・・アークの野郎、俺は犬じゃねぇんだぞ全くよぉ・・・』

 

誰も居なくなった真夜中、誠実の柱駒の中に封印されているマーモンがしみじみ呟いた。

まあそれでも断らないのだからこの男も面倒見が良いのだろう。

 

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其処から数日間は何もなく平穏な日々が続く。

と言ってもトリステイン魔法学院の中では中々強いメイジであるギーシュを倒したと言う噂は瞬く間に広がり、ルイズとアークは他人からの見られ方も変わっていた。

 

男子生徒は大体二つの考えで分かれている。

一つの方はギーシュのようにアークのガーゴイルすら歯牙にもかけない剣術に見惚れ、尊敬の眼差しを送る様になった所謂、比較的に話の解る者達。

もう一つの方はメイジがたかが剣に負けた事を疎ましく思っている貴族至上主義者達だ―――どちらにもどちらの考え方があるのだからこれは仕方ない事だが。

 

女生徒の場合は大体が満場一致の考え方だ。

その大半がアークの事を憧れの目で見るようになり、その主であるルイズの事を羨む者が多くなる。

更にキュルケはある日を境(アークを部屋に呼んだ日)にどう見ても『恋に恋するお年頃』のような様相を見せ、誰に対しても壁を作ってキュルケ以外に関わりを持とうとしなかったタバサが二言三言話しかけている姿には多くの者が驚いていた。

 

そして、アークがハルケギニアに来て初めてトリステイン魔法学院で講義のなかった日。

虚無の曜日(現代で言う日曜日)と呼ばれるこの日、アークはある意味ではまた新たな“仲間”とも呼べる存在と出会う事となるのであった。

 

 

「アーク、買い物に行くわよ」

「買い物? 何か必要なものでも出たのルイズ殿?」

「ええ、日用品とアンタの買い物よ・・・アンタも色々と揃える必要があるでしょう?」

 

その日、ルイズの誘いでトリステインの街に買い物に行く事となったアーク。

彼女は元々、この買い物で買える範囲のものをアークに買ってやり、希薄になりかけている主導権と言うものを少しでも取り戻そうとしていた。

アーク自身とすれば別に日用品など必要ないし付き合う義理は無いのだが、それでもルイズが気を回してくれていると思ったのか共に付いていく事にしたらしい。

(ちなみに日用品はキュルケの時にミカンを取り出したように空間の歪みの中に常時ストックしてある)

 

馬に乗って暫くの時が経過した後―――

トリステインの街に到着してから生活の為の日用品の買出しを終わらせ、いざ帰る時間になった頃。

不意に街を見回していたアークがルイズに尋ねる。

 

「一つ聞きたいんだけどルイズ殿、この辺に武器屋は無いかな?」

「へっ? アンタ武器なんか欲しいの? そんな立派な剣が二本もあるなら必要ないんじゃない?」

 

確かにルイズの言う通り、アークはギーシュとの決闘の際に使ったティルフィングと背に背負った剣・グラムがある。

この二本はソロモン大陸でも指折りの名剣であり、その圧倒的なまでの力を引き出せる者は殆ど居ないとまでされる代物だ。

ただしどちらもその力の大きさに比例した“代償”が必要だと言う欠点もあるのだが。

(実際の所グラムは使用者の膨大な魔力を、ティルフィングは使用者の命を代償に本来の力を発揮出来る)

 

現在の状態では魔力が足りない為にグラムを抜く事は出来ない。

更に命を代償に使うティルフィングを使い続けるのも得策ではないだろう、ならば出来るだけ力を使わずに戦える護身用の剣を一本でも手に入れておくのが上策だ。

それに元々アークの剣術の真価は“二刀流”であるという部分もあった。

 

「まあ何事も“保険”ってものが必要だからさ。

例えばだけど君達だって杖が壊れてしまったら魔法を使えないだろう? 戦いの最中にそんな事になればそれこそ致命的だからね。

僕は臆病だからさ、どんな時でも後の事を考えるようにしてるんだよ」

 

ルイズはアークの言葉に『ふ〜ん』とだけ相槌を吐くと剣を買う事を了承する。

まあ別に剣などと言うのはそんなに高いものではないし、これで少しはご主人様としての株も上がるだろう。

了承の態度にアークは素直に礼を述べると近くに居た人に武器屋の場所を聞き、トリステインの路地裏の方へと向かっていくのであった。

 

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時は少し遡る―――

アークとルイズがトリステインの街へとくり出したと丁度同じ頃にルイズの部屋の前に立っている人物が一人。

それは何を隠そう、今までのような男性を虜にするような雰囲気を一切無くし、恋に恋する少女のような面持ちになったキュルケであった。

いや、どちらかと言うと前の男を虜にするような態度よりも此方の方が更に男共に人気が出ているのだから人生とは解らないものだが。

 

「ど、どうしたのかしら・・・私・・・」

 

自分の変わりように自分自身で驚き、迷うキュルケ。

先にも記した通り、彼女はある意味“本当の恋愛”というものをして来ていない。

刹那的な他者からの愛情に満足し、自らも享楽的に他者を愛する―――それが彼女の恋愛感であった。

故に彼女は本気で誰かに恋したり、愛したいと思った事など無かったのだ。

 

だが、アークを自らの部屋に呼んだあの日から彼女は変わる。

表裏無く、思惑の無い本当の優しさと本当の笑顔・・・それを初めて自分に対して向けられたと言うのが彼女が変わった理由だろう。

そして“本当の恋”と言うものに少なからずとも気付いたキュルケにとって、今までの刹那的な恋愛はちっぽけなものにしか感じなくなっていた。

 

「此処にアークが・・・や、やだ、何で私ったらこんなに胸がドキドキするの・・・?」

 

扉にノックをしようとしては手が引っ込められる。

ほんの数日前の彼女ならばアークが出てきた瞬間に抱き付いてキスをせがむ位の事は平気でしていた。

しかしそんな事が出来る訳が無い―――寧ろ何故今まではそんな事が平気で出来ていたのか疑問に思う程だ。

唯今一つだけ思う事、それは『アークに会いたい』と言う想いのみ。

 

意を決して彼女は扉をノックする。

しかし中からは声は聞こえてこない・・・それどころか独特の人の気配と言うものさえ感じられないのだ。

するとキュルケは戸惑う事も無く『アンロック』の魔法を錠前に掛け、鍵の掛かった扉を開いた。

 

「何だ、出かけていて居ないのね・・・」

 

溜息を付く彼女、今の自らの心境を垣間見れば解る。

間違いない、自分はアークに恋をしている・・・唯会えなかっただけで溜息を吐き、寂しさを感じている己の心が何よりの証拠だ。

“本当の恋”と言うものが此処まで凄いものだとは彼女自身も思いもしなかった。

 

何気なく窓の外に広がる青い空を見つめるキュルケ。

あの澄んだ青い空の如く、自らの心に生まれたアークへの恋心も清く輝けば良い・・・そんな風にも考えるようになっていた。

―――恋とは人を詩人に変えるとは本当のようだ。

 

だがその時、不意に外を見つめたキュルケの目にある光景が映る。

なんとそれは仲睦まじそうに笑いながら馬に乗り、遠出をしようとしているアークとその主であるルイズの姿が見えたのだ。

その瞬間、キュルケは恋心以外に今まで一度も感じた事の無い“感情”を胸の奥に抱いた。

 

今まで抱いた事の無い感情、それは―――

 

「ル、ルイズ・・・ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエェェェェェェル!!!!!」

 

その感情は“嫉妬”。

人が持つ七つの大罪と呼ばれる罪の一つであり、今までのキュルケならば決して抱く事の無かった感情。

享楽に耽り、まるで女王の如く男を篭絡して優越感に浸っていた時には感じる事などなかった『生の感情』である。

それに気付いた彼女は驚いたような表情を一瞬した後に冷静を装いながら一人呟く。

 

「ふ・・ふん、そうよ、あり得ないわ。

私が・・・私が、あんなお子ちゃまのルイズに嫉妬するなんて・・・大体私でも駄目だったというのに、アークがルイズに靡く訳無いじゃない・・・。

・・・あぁ、そう言えばあっちは城下町の方ね」

 

誰も居ない部屋の中で誰に聞かせるでもなく一人呟き、キュルケは急いで部屋を出て再び扉に鍵を掛けると何処かへと向かっていくのであった。

 

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丁度同じ頃、自室に篭っていたタバサは読書に勤しんでいた。

静かに読書をしながら気長に一日を過ごす、それこそが彼女の休日の過ごし方である。

・・・まあ実際の所、実はアークに剣の稽古をつけて貰おうとしたのだが『今日は先約があるから』と言われてしまい、少々残念そうだったのは内緒だ。

 

読んでいる本は彼女が昔から愛読している御伽噺である『イーヴァルディの勇者』。

人と違うが故に人々から蔑まれ、疎まれ、恐れられ続けた主人公の勇者が世界に蔓延る不平や不満と戦い、最後には多くの賛同者を得て悪しき理を打破すると言う物語。

タバサはまだ幼き頃、それこそ両親が何も無く健在で穏やかに生きていた頃からこの物語が大好きであった。

 

多くの人々から疎まれようと誰に憎悪を向ける事も無く。

多くの人々と違うが故に恐怖され、排斥されてもそれを恨む事も嘆く事もなく唯己の信じる事を貫き通す。

それにより多くの人々は勇者を信じ、彼と共に進む事を選んだ―――まるで今の自分とは正反対な人物と言えるだろう。

 

ゆっくりとページを捲りながらそんな事を考えていたタバサ。

元々幼き日から慣れ親しんだ作品であるが故に内容は一言一句間違える事無く脳裏に刻まれているのだが、それでも彼女はこの本を必ず休日には読んでいた。

 

特に彼女が好きなシーンは物語の後半にある、悪しき者達によって攫われた皇女を勇者が助ける場面である。

勇者に救われた皇女は救われた事に感謝し、そして勇者の強い信念と優しさに徐々に心惹かれていき、勇者もまた皇女の自らを外見や外聞で判断しない優しさに惹かれた。

そして世界の悪しき理を打破した後、世界には優しさが溢れ、誰もが皇女と勇者が結ばれると思っていた。

 

だが勇者は皇女と結ばれる事無く国を去った。

『世界にはまだ不平や不満によって虐げられている者達が居る、そんな人達を護るのが自分の役目だ』と皇女に伝えて。

そのまま皇女と結ばれれば穏やかで平和な日常が待っていたと言うのに、勇者はそれら全てを捨てて市井の人々の為にその剣を振るい続けるのを選んだと言う事だ。

弱く儚き者達の為に己の全てを投げ捨てて生きようとするその信念、その強く優しい勇者の人物像にタバサは御伽噺でありながら憧れていた。

(・・・まっ、本人はそれ以外に密かに『勇者に助けられる囚われのお姫様』に憧れてる節もあるが)

 

強き者が力無き者を護る、それは当然の事。

幼き日からタバサはそう思い、自分の事しか考えぬ者達が何故居るのかと言うのを真剣に考えた事がある。

そしてその頃は姉妹のように仲の良かった従姉・イザベラや共に居た母に質問を投げ掛けた事もあった―――その時のイザベラと母は少しだけ悲しげな顔をして言った。

 

『世界中の人々が貴女の様に優しければ、悲しむ人達は居ないのにね』

 

その時の言葉は今でも忘れていない。

意図して忘れようとした事もあった・・・両親と己の人生を狂わされ、叔父を憎悪した時に。

だが忘れられなかった―――多分それは憎悪の禍々しき炎を心の中で燃やし続けながらも、心の何処かで彼女は理解していたからだ。

アークが言った『悪しき理を変えねば何も変わらない』という言葉は、彼女の心の奥に燻り続けていた“思い”を蘇らせる結果となったのである。

 

憎しみは晴らさねばならないのは当然の事。

しかしそれは叔父であるジョセフ一人を殺せばそれで済む事だろうか?

いや、そもそも叔父が父を殺した理由は本当に後継問題が原因なのだろうか?

多くの疑問が浮かび、そして答えは出ぬまま蓄積されては消えていく・・・答えの無い疑問を浮かばせ続ける事が良い事かどうかは理解出来ないが、少なくとも己の名の如く“人形として何も考えずに叔父を殺す”と言うような事になっていないだけでも充分だろう。

 

いずれにせよ、答えは必ず出る。

その時までに少しでも強くなり、少しでも多くの事を知る事が己の今すべき事だ。

そう思い、タバサは開いていた『イーヴァルディの勇者』を閉じて本棚に大切にしまうと次の本を読もうと取り出そうとしたその時の事だった。

 

“ドンドンドンッ!!”

 

突然扉が乱暴にノックされる。

折角の穏やかな休日を邪魔されても敵わない故、タバサは扉の近くに立て掛けてあった杖を取ると呪文を唱えた。

するとどうした事だろうか、今まで耳障りな程に響いていた乱暴なノック音が瞬く間に消えたのだ―――これは『サイレント』と言う周囲の音を消す魔法である。

音が消えた事に満足したタバサは次に読むと決めた本を本棚から出して静かに文章の方へと目を落とした。

 

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だが、彼女の穏やかな読書の時間は再び邪魔される。

サイレントで消音した故に音は聞こえなかったが、勢い良く扉が開かれ、一人の女性は部屋の中に飛び込んできたのだ。

飛び込んできた人物が誰かを確認してみれば、それはタバサにとっては数少ない友人の一人であるキュルケである。

 

「・・・▽×※! ∵■◎☆!! ○●▲※□∵:!?!」

 

部屋になだれ込んで来たキュルケは必死に何かをタバサに伝えようとしているらしい。

しかし悲しいかな、サイレントの魔法の効果が効いている室内では何を言っているのか全く以って解らない。

本来ならタバサにとって虚無の曜日がどう言う日なのか知っている人物だったので無視しても構わなかったのだが、余りにも必死な様子を気になった為に魔法を解く。

 

「タバサ、今から出かけるわよ!! 支度をして!!」

「・・・今日、虚無の曜日」

 

表情を全く変えずにタバサがそう呟くが、キュルケは口を尖らせながら言葉を続けた。

 

「ええ、解ってるわ・・・貴女にとって虚無の休日がどんな日だか。

だけど・・だけど今はそんな事を言っていられないの!! 私ね、恋をしたの!! いつものちっぽけで優越感に浸りたい為の安い恋じゃなくって!!

いえ、もうあれは恋なんて呼べないわ!! 生まれて初めて、本気で、本当の恋をしたのよ、解る!?」

 

キュルケの剣幕に少々引きながらも首を傾げるタバサ。

今まで彼女は頼みもしないのにいつも延々と恋を語っていたと言うのに、それを全否定するとは思わなかったのだ。

 

「でも、その人が今日ついさっきにっくきヴァリエールと出かけたの!!

それも仲睦まじそうに城下町へ!! 私はそれを追って、何をしに行くのか突き止めなければならないの!! ねえ、解るでしょタバサ!?」

 

別に仲睦まじく出かけた訳ではないし、そんな事いきなり言われてもタバサには理解出来ないだろう。

剣幕に驚いたのか眼を点にしながら首を横に振るタバサに、キュルケは落ち着きを取り戻し始めた。

 

「あっ・・・ご、ごめんなさい。

そうよね、貴女には順を追って説明しないと解らないわよね」

 

順を追って説明を始めるキュルケ。

どうやら彼女の話によると、ルイズとその使い魔であるアークが二人で城下町の方へと向かったので何をするのか調べたいとの事だ。

それを聞いてやっと合点がいったタバサ・・・しかしまさか、親友が本気で恋をしたのが自らの剣の師匠とも言えるアークだとは思わなかった。

更にキュルケの説明を聞いてアークが今日『先約がある』と言っていた相手がルイズだという事を知って―――ほんの少しだけだが『ムカッ』としたらしい。

・・・勿論、その感情が何なのかは彼女はまだ理解出来ていなかったのだが。

 

「ねえお願いよタバサ!!

かなり先に行っちゃたみたいだから今から出たら間に合わないの!! だから貴女の使い魔で連れてって欲しいの、ねえ助けて!!」

 

タバサに泣き付くキュルケ。

人には人のプライベートな時間があるのだから覗きのような事はしたくない・・・きっと今までの彼女ならばそう言っただろう。

しかし今のタバサは少しの間ではあるがアークと触れ合い、彼の正体に興味が湧くようになっていた。

 

「解った、少し待っていて・・・」

 

窓を開けて口笛を吹くタバサ。

すると直ぐに青空の向こうから翼を羽ばたかせ、彼女の使い魔である風竜のシルフィードが現れた。

二人はゆっくりとその背に乗りこんだ・・・そしてタバサはシルフィードに向かって呟く。

 

「アークの匂いを追って」

『きゅい? きゅいきゅいきゅい〜〜〜〜♪』

 

心なしか嬉しそうに鳴き声を挙げ、シルフィードは周囲を見渡すように首を動かし、一つの方向を見定めると城下町に向かって進路を向けた。

そんなシルフィードの背の上、キュルケはタバサを見つめると口を開く。

 

「タバサ、貴女どこか変わった?」

 

言葉にタバサはキュルケの方を向くと首を傾げる。

その姿はさながら、言われた質問の意味が判っていないと言う風にも感じられたが。

 

「あ、いや、その・・・変な意味じゃないわよ?

何だかここ数日間の貴女を見てたけど、氷のような雰囲気が消えたように感じたの・・・私の気の所為かしら?

まあそれに何処が変わったって断言出来る訳じゃないけど・・・」

 

続いた言葉に再び首を傾げるタバサ。

しかし幾ら考えても答えは出ない―――彼女は自分の変化に気付かぬまま、城下町の方向を再び向き直すのであった。

 

説明
〜これは真の恋を知った少女と悩みながらも前に進む少女のある日の物語〜
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神羅万象全般 ゼロの使い魔 クロスオーバー その他 

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