まだ小さかった頃。
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そのとき私は、まだまだ小さな女の子でした。

お日さまが沈むほうに海が見える、小さな平屋のおうちに住んでおりました。

母さんや父さんはまだ生きていて、私は蝶よ花よと優しく愛されて育てられました。

とてもとても、幸せでした。

 

 

ある日のことです。

当時はまだ珍しかったウキワを、父さんが私に買ってきてくださりました。

初めて頂いた高価な贈り物に、私は心まで跳ね上がるほど嬉しくて、

もう夕暮れだというのに頂いたウキワを片手に海へ泳ぎに行ってしまいました。

夕焼けの茜と、夜の藍と、海の蒼と、他にも沢山の名前もわからない色が入り交ざったそこに、私は胸を弾ませました。

 

一時間くらい経っていたのでしょうか。

いい加減、底冷えしてきた海に私は漸く観念して、ウキワでなんとか浮きながら岸まで戻りました。

いいえ、戻ろうとしたのです。

 

いくら進めど進めど、一向に岸にはたどり着けず、顔をあげて岸の方見て見たら、

そこには水平線しかありませんでした。

私は驚いて、慌てて反対の方へ振り向きますと、振り向いた後ろ側に岸はありました。

私は、戻る方向を間違えていたのです。

 

空は暗くなり、海はもっと暗くなっておりました。

黒いお空と、黒い海に、わたしはだんだん怖くなってきました。

それでも、よく母さんが私に寂しくても泣かないの、と宥めて下さっていたのを思い出し、

なんとか涙を堪えて岸に向かってバタ足をしました。

岸に戻ればほめて貰えると、私はその時思っていたのを今でも覚えております。

だからひたすらバタ足をしておりました。

 

ですが、このときは運が悪く海は満ち潮で、水面も波も高くなる一方で、

私はなかなか前へ進むことが出来ません。

 

バタ足をやめ、岸の方を見て見ると、いくらも岸には近づいておりませんでした。

近づいていたとしても、満ち潮を知らない私には、それは分からないことだったのでしょう。

 

わたしは寒くて黒い海や、高すぎて黒いお空が急に怖くなりました。

大好きな海もお空も、その時ばかりは鬼かおばけに見えておりました。

父さんが悪い子供のところには鬼さんが現れて、どこかへ連れて行って

二度と戻って来れなくなってしまうと言って、よく私を諌めた事を思い出して、

わたしはとうとう、泣き出してしまいました。

 

大きくなった波は私に何度も覆いかぶさり、そのたび私の涙は海のあぶくに溶けてゆきました。

涙と水飛沫でゆがんだお空には、星はひとつも見えませんでした。

 

「たすけて

 母さん、父さん、たすけて」

しっかりとウキワを両手で捉えながら、私は叫びました。

そうしてなんとか海に浮かんでいたその刹那のことでした。

 

ぶわっと何かが隣から、ものすごい勢いで飛び上がってきました。

なにがなんだかわからずに、私はそのものすごい勢いで飛び上がってきたものに

無我夢中で両手を差し出ししがみ付いてしまいました。

 

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海から勢い良く飛び出して来たそれは、金色と銀色が混じり明るく輝いておりました。

弧とトンガリがあり、なんとか攀じ登ると丁度真ん中くらいで座ることもできました。

私がしがみついたそれは、私がしっかりと座れるまでその場で止まって待ってくれました。

漸く落ち着くと、金色と銀色の混じった、ものすごい勢いで飛び上がってきたものは

私を乗せたまま、まるで私が落ちてしまわないように、ゆっくりと空の方へのぼってゆきました。

 

「ありがとう

 たすけてくれて、ありがとう」

私はのんびりとそこに横たわりながらいいました。

 

「どこまでゆくの?」

「お空と海はいつからまっくろになってしまったの?」

「あなたはだれなの?」

 

私は他にも沢山のことを気持ちの赴くままに尋ねました。

けれども、金色と銀色の混じった、ものすごい勢いで飛び上がってきたそれは、

なんにもいいませんでした。

 

 

私はいつのまにか雲の上におりました。

黒かったはずのお空には、ちらちらとたくさんのお星様が瞬いておりました。

金色と銀色の混じったそれに乗った私は、瞬くお星様に向かって、両手を伸ばしました。

なんだか、こうしてずっと手を伸ばしていたら、

いつかもしかしたらお星様をつかみ取れるような気持ちになっていました。

下を見ると、黒だけだったはずの海に、ちらちらとたくさんのお星様が写っておりました。

 

いつのまにか涙も海の水も乾いた頬には、

ほんの少し湿った海の風が、軽々と吹きぬけてゆきました。

 

そうしてのんびりと雲を潜り抜けながら海に映った様子をみているうちに、

私はふとある事に気がつきました。

私は尋ねました。

 

「あなたはもしかして、お月さまなの?」

 

私が尋ねたその直後、

大きな風が一陣、私を包みました。

 

 

・・・

 

「その女の子はどうなったの?」

まだまだちいさな女の子は、もうずいぶんお年を召した老婆に聞きました。

かわいらしい大きな目をきらきらと瞬かせて、聞きました。

老婆は、優しげに細めた目を閉じて言いました。

 

 

それから私は、自分がどうなってしまっていたのか解らず、

目を覚ましたときには浜辺に打ち上げられておりました。

心配して探しにきた母さんや父さんに抱き起こされて、

とても心配したこと、もう二度と会えないのではないかと思ったこと、

無事で居てくれて本当に嬉しいを、抱きしめられながら聞かされました。

私はまた、涙があふれてきました。

今度は海の水に溶けてしまうことはありませんでした。

 

 

あれから私は何十年も生きてきました。

かわいい孫娘と、かわいい息子たちと、大好きな夫と、大好きな両親に囲まれて、

気がつけばもう何十年も、生きてきました。

 

その不思議な出来事が本当だったのか、もしかしたら夢だったのか、

いつまでたっても解らないままそっと胸のうちに仕舞っていた思い出を、

ある時から私は子供たちに御伽噺と言って聞かせてやることをしました。

 

そしてお話の結びには必ずひとつ、付け加えて参りました。

 

 

説明
昔々の遠い記憶に手を伸ばすように、そっと目を閉じて思いを馳せながら、愛しい子へと物語を託してゆきます。
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